それでも生きて

神崎真紅

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片割れ時

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 暑くもなく、さりとて寒くもない、というより気温というものがない。なのに辺り一面に花が咲いている。名前も分からない花達。
 それは死者の魂が形を変えて花として咲き乱れている。 
 向こうのずっとはるか遠くに川が流れている。浅いけれど、広い川。
 橋はない。
 小舟に乗った船頭が、やれやれと腰をおろす。たった今まで小舟を漕いでいたようだ。
 
 で?
 私はどこにいるのかしら?
 
 私の名前は明日香。 
 父方の祖父の臨終に呼ばれて、父の実家に来ていたはずだけれど。

    そこは昔からの名家であった。いつ造られたのか分からないような武家屋敷の門構え。
 そこから一歩踏み込めばしだれ桜の大きな木が涼風にそよいでいる。
 屋敷の真ん中にあるだだっ広い二間続きの和室からはそのしだれ桜がよく見える。
 そこに叔父や叔母、従兄弟達が集合している様はなかなか精悍であった。
 
 そして私ひとりなぜか父の実家ではなくて、よく分からない花園に来ていた。
 
 どうやらここはあの世とこの世の境目らしい。おじいちゃんに引っぱられてついて来てしまったようだ。
 死の間際の人間に近寄ると私はいつもそこに連れていかれる。
 
 別に何の興味もないのに。
 誰かが死んでも私は変わらない。
  
 死は全ての人に等しく降り注ぐ。誰もが生まれた瞬間から死に向かって歩いている。
 
 それじゃあおじいちゃんはどうして私を連れてきたの?
 「そうだねぇ明日香がかわいくて」
 それ、質問の答えになってないと思う。
 でもいいわ。
 おじいちゃんには可愛がってもらったし、最期の見送りは私がしてあげる。
 
 「明日香、儂はこれからどこに行けばいいんだい?」
 あそこに船頭がいるでしょう?あの小舟に乗せてもらって川の向こう側に行くのよ。
 「川を渡るのかね?」
 そうよ。ほら、向こう岸におばあちゃんがいるのが見える?
 「ああ、そうだ。あれはばあさんだ…会いたいと思っていたが、こんな所にいたのか」
 
 そうねおじいちゃんとおばあちゃんは仲がよかったものね。だからああやって迎えに来てくれたんだわ。
 
 「明日香はどうするんだね?」
 私はこれ以上行けないわ。だって川の向こう側は死者の国だもの。
 私はまだ死んでないから、もとの世界に戻るわ。おじいちゃんを見送るのが私の役目だったのだわ。
 
 「そうかい。もう会えないのかい?」
 いいえ。
 私もいずれここに来る時が来るわ。そしたらその時はおじいちゃんが迎えに来てね。
 「おお、そうか分かったよ明日香。ありがとう」
 いいのよ。
 さあ、おばあちゃんが呼んでるわ。船頭さん、おじいちゃんをお願いします。
 
 船頭はひと言も語らずに、おじいちゃんに小舟に乗るよう合図した。
 
「じゃあな明日香。元気でな」
 ええ、おじいちゃんもおばあちゃんと仲良く元気でね。
 
 祖父の姿が見えなくなったその時、私は現実の世界に戻っていた。
 そして、祖父は静かに眠るように息を引き取った。みんなに見守られながら。
 それがこの世に生を受けたものの理なのだろう。
 
   夏の終わりの太陽が傾いて、祖父の亡骸の上に降り注いだ。 
 ひぐらしのカナカナという鳴き声が遠く近くに響いていた。
 
 おじいちゃん。
 大好きだった優しいおじいちゃん。
 次に会えるのはいつになるのだろうか。
 それは私がこの世を去る時に分かるのだろう。
  

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