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第1章 婚約破棄

Ⅷ.グロリア視点

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 「お、お父様、それは本当のことですか?」
 「ああ」

 私は初めてお父様の執務室に呼ばれた。
 お父様はお姉様を執務室に呼ぶことはあっても私を執務室に呼ぶことはない。
 分かっている。
 私なんかにお父様は用がないことを。
 私と違って美人で優秀なお姉様を重宝していることも。
 それでも私は悲しかった。
 お父様に愛されていないんじゃないかと思うと。
 今日、初めてお父様に呼ばれて私は嬉しかった。
 心の底から舞い上がっていた。
 けれど、それは直ぐに間違いだと知らされる。
 私の前には4人の同い年ぐらいの男の方の資料があった。

 「でも、私が婚約だなんて」

 いつかは私もしなければいけないことだっていうのは分かっている。
 いけないことだっていうのも分かっている。
 それでも私はミハエル様を愛していた。
 でも、ミハエル様はお姉様の婚約者だし、私なんかよりもお姉様を選ぶのは目に見えている。
 だって私なんかと比べることもなくお姉様は綺麗だもの。
 そう言えばお姉様、また新しいドレスを着ていたわ。
 いいな。
 お父様やお母様にまた買ってもらったのね。
 本当に、お姉様は誰からでも愛されるのね。

 病気がちで友達もない私とは大違い。

 「グロリア、直ぐに決める必要はない。
 でもこの中から誰か一人は選びなさい」
 「お父様、私は」
 「いいね」
 「・・・・はい」

 お父様に睨まれ、更に決定事項だといいうように言い渡された私は何も言えなかった。
 お姉様はミハエル様に愛されている。
 二人は政略結婚だと聞いたけれどそれでもお互いに思い合っている。
 私もそんな結婚がしたいと思っていたけれど、所詮私はお姉様とは違う。
 お姉様のように愛し愛される結婚なんて夢のまた夢なのよね。

 そう思うと、ポロリと私の目から涙が零れた。




❄️❄️❄️❄️❄️❄️❄️❄️❄️❄️❄️❄️❄️❄️




 お姉様に何を言いたいのか私には分からなかった。
 婚約の件を相談したかったのか、それとも私に婚約をさせるように父に勧めたのはお姉様なのかを聞きたかったのか。
 私には分からない。
 けれど、私は兎に角お姉様とお話がしたかった。
 でもご友人の多いお姉様を捕まえるのはなかなか至難の業だった。
 邸にいないことも多いし、いたとしてもジークに追い返される。
 「セシル様は忙しく時間が取れない」と言っていた。
 どうせ、またお友達と遊びの算段でもつけているのだろう。
 学校にもほとんど行かずに遊び惚けている。
 どうしてこんな人が伯爵家の人間なのだろう。
 そんな醜い感情が渦巻いて、私はそんな自分が嫌いになった。

 邸でお姉様に会えないのならと強行突破をすることにした。
 お姉様のいる特進科に行ったのだ。
 お姉様はオルフェン殿下と楽しそうにお話をしていた。
 双子の妹である私だって殿下とは幼馴染のはずなのに病弱の私は殿下とはほとんど接点がない。


 私は勇気を出して近くに居た女子生徒に自分がセシルの妹で、姉を訪ねて来たことを話した。
 すると察しが良く優しいその女子生徒はお姉様に声をかけてくださいました。

 「セシル様、お客様が来ていますわ」

 お姉様が私を見た。
 綺麗なルビー色の瞳には何の感情も込められておらず、訝し気に見るお姉様が私を疎んじていることは分かっていた。
 それでも私はお姉様の元へ言った。
 周りから奇異の目で見られても私は我慢した。
 仕方がない。
 どうしたって私なんかとお姉様を比べてたら文句が言いたくなるものだ。
 でも私だって病弱でなかればお姉様と同じ特進科に入ることだってできたはずだ。

 勇気を振り絞って行った結果、惨敗
 お姉様に帰るように言われてしまった。
 あんなに頑張ったのにお姉様は私の話すら聞いてはくれない。
 私は気がついたら教室を飛び出していた。


 「グロリア、どうしたんだい?」

 教室から逃げた私は中庭の噴水の所に居た。
 ミハエル様とは同じ一般科なのでお姉様の婚約者である私のことをミハエル様は何かと気にかけてくださる。
 私がお姉様の妹だから与えられる特権で、全てはミハエル様の優しさでしかないことは私にも分かっている。

 「いえ、何も」
 「そんなことはないだろう。明らかに元気がない」
 お優しいミハエル様は中庭の噴水に腰かける私の隣に座り、優しく肩を抱いてくれた。

 「私では君の役に立たないかい?」
 「そんなことはありません。ですがお優しいミハエル様のお手を煩わせるわけには」
 「私は誰にでも優しいわけではないよ」
 クスリと苦笑するミハエル様。
 そんな表情ですら私は見惚れてしまう。
 「グロリアだから私は優しくしたいんだ」
 「私なんか」
 「君は綺麗だよ。セシルよりもずっと綺麗だ」
 それがお世辞だということは私にも分かっていた。
 でも、嬉しかったのだ。
 そんなことを言ってくれる人はいなかったから。
 だから私の目からは堪えていた涙が溢れ出た。

 そんな私をミハエル様は抱き締めてくださいました。
 私は教室であった出来事や婚約の話をミハエル様にしました。
 するとミハエル様は憤慨してくださいました。
 本当に、何てお優しい方なのでしょう。

 「お申し訳ありません、お姉様はミハエル様の婚約者。
 私の話しはミハエル様を不快にさせてしまうものですわね。
 それでも聞いた下さりありがとうございます。
 おけですっきりしましたわ」

 全てを話し、おもいっきり泣いたせいか私の心は先程よりも軽くなっていた。

 「いや、いいんだ。
 それにね、グロリア。私は確かにセシルの婚約者だけど君のことを愛しているんだ」
 「ありがとうございます、私もミハエル様のことが好きですわ」
 「うーん、そういう意味ではなくてね、私はもし叶うのなら君と結婚したいと言っているんだ」
 それは思わない一言だった。
 私は無作法と知りつつもミハエル様を見つめてしまった。
 ミハエル様は困った顔をして、そしてゆっくりと私の方に顔を近づけ、唇を重ねる。
 何が起きたのか全く分からなかった。

 「・・・・・ミ、ミハエル、様?」
 「愛している、グロリア。君のことを愛しているんだ」
 「でも、ミハエル様はお姉様の婚約者です。
 お姉様はとてもお美しくて、そのお姉様を差し置いてミハエル様が私なんかを選ぶなんて」
 「君だって十分美しいよ」
 「嘘です!私は地味で、お姉様の美しさには足元にも及びませんわ」
 「そんなことはない。
 それに君はセシルと違って慎み深いし、優しい。
 君のお姉様を悪く言うのはあれだけど、セシルはそういうことに疎い。
 傲慢で、己を着飾ることにしか興味のない子だ。
 でも、君は違うだろ。
 私は君のそんなところがとても気に入っているんだ」
 「ミハエル様」
 私は感激した。
 お姉様よりも私を選んでくれる人がいることを。
 しかもそれがずっと片想いをしていたミハエル様だということを。

 「私も、私もミハエル様のことをお慕いしております。
 初めてお会いした頃からミハエル様のことが好きでした」
 「グロリア」
 感極まった二人は中庭の噴水の前で抱き合い、熱いキスを交わした。


 そう、ここは中庭の噴水の前だ。
 授業が始まる目前だとしてもここは教室から丸見えなのだ。
 だが、二人は気づかない。
 姉の婚約者に手を出した妹と婚約者の妹に手を出した二人には侮蔑、奇異、好奇心、様々な眼差しが向けられていることに。
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