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第Ⅰ章 お優しい家族

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怒りに顔を歪めるカール殿下。
「折角の義妹の気づかいを無碍にするなんて。なんて女だ」
頼んでいな気遣いは押しつけがましい親切と一緒。つまりは、いい迷惑だ!
「お前のような女を婚約者にはしておけない」
声を荒げる殿下。教室の中にいる人間だけではなく、廊下にいた生徒や違う教室の生徒も騒ぎに気付き、集まって来る。そんな中でカール殿下は容赦なく言う。
「エマ・スティファニー。お前との婚約を破棄させてもらう」
周囲は騒然となった。
私も驚いた。家が決めた婚約を誰の許可も得ず、正規の手続きせず、公衆の面前で破棄するほど良識のない人間だったなんて。
「カール様。どうしてですか!?」
マリアナが縋りつくようにカールに詰め寄る。
おかしい。婚約破棄をされたのは私なのに。これではマリアナが婚約破棄を嫌がり、縋りつく婚約者ではないか。
なぜ当事者を差し置いてそんな構図ができているのだろう。
「思いやりのない人間を王妃にはできない」
マリアナを宥めるようにカール殿下は言う。それに対してマリアナは激しく反論する。
「いいえ!いいえ!いいえ!お姉様は誰よりも思いやりのある方です。とても優しくて、いつも私を気遣ってくださいます」
「お前は優しい子だな、マリアナ」
カール殿下がマリアナの頭を優しく撫でる。だから何で、当事者を差し置いて舞台が進んでいるんだ。
「だが、これはもう決めたことだ。そして、マリアナ。私はお前となら良きパートナーになれると思っている」
「えっ」
一瞬何を言われたのか分からず、マリアナはきょとんとしていた。そして、理解するにつれてマリアナの頬は朱に染まっていく。彼女も満更ではないようだ。
けれど、馬鹿・アホ王太子殿下よりかは良識が働いているようだ。
気遣うように私をちらりと見る。
「お、お姉様に悪いですわ」
喧嘩を売っているのか。その気がなくても。いや、その気がないからこそ余計に腹が立つ。
「奴の婚約破棄は自業自得だ」
自業自得とは何かをしないと自業自得にはならないと思う。私は何もしていない。それとも何もしなかったことが自業自得なんだろうか。今となってはどうでもいいことだ。
覆水盆に返らず。もう元には戻らないのだから。
「でも」と渋りながらマリアナはちらちらと私を見る。
周囲はそんな舞台を冷めた目で、あるいは哀れみと嘲笑を込めて見ている。
「承服しました」
「お姉様っ!?」
悲鳴に近い声を上げるマリアナ。当然だとばかりの顔をするカール殿下。
「では正式な手続きを速やかに行わせていただくために私は邸に帰らせていただきます。失礼します」
私は一礼をして教室を出た。
「お姉様、待ってください」
とてとてとて。マリアナが小走りで私を追いかけてくるけど私はわざわざ足を止めてやったりはしない。
「お姉様、本気ですか」
あなたがそれを言うのか。カール殿下に好意を抱いていたくせに。
「何か問題でも?ないわよね。あなたはカール殿下のことが好きなようですし。これで全部丸く収まるのだから」
「でも、カール様はお姉様の婚約者。私ではとても務まりません」
何を今更。
「姉の婚約者を寝取っておいて何を言っているの?自分が釣り合うと思ったから。いいえ、私よりも自分の方が似合っていると思ったから寝取ったのでしょう」
私の言葉にマリアナは驚いたように目を見開く。
「違います!誤解です。お姉様」
「誤解なんてしていませんわ(だって私はあなたが寝取っていないと知っていて言っているんだもの)」
「お姉様、私は」
尚も言いつのろうとするマリアナ。その目から幾つも涙を零していた。私の言葉に傷ついたのだろう。本来なら、婚約破棄をされた私が泣くべきなのに。
「事実はどうであれ、周りはそう見るわ。そして勝手に噂をするの。社交界とはそういう所よ」
思わず足を止めて、途方に暮れた顔で私を見るマリアナ。私に助けを求めているようにも見える。でも、私は助けてなんてやらない。だって、マリアナは自分から踏み込んだんだもの。
「醜悪で汚物にまみれた世界へようこそ」
マリアナはもう私を追いかけては来なかった。それを幸いと私は彼女の元から去った。
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