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第Ⅰ章 お優しい家族
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カールが帰った後、アンナは別館の入り口に塩を巻いていた。
「主。学校、行きたい?」
カールが帰ったので私は自室で紅茶を飲みなおしていた。すると、ジルが首を傾けて聞いてくる。
二メートルはある大男なのだけど仕草に可愛らしさがあるのはなぜだろう?
きっと彼の後ろに尻尾を振る犬の幻影があるからだろう。
「面倒なだけ。行きたくもないわ」
半分は強がりから出た嘘。半分は本当だ。
マリアナと一緒に通ったところで周囲の視線がうるさいだろうし。
◇◇◇
「お姉様、勉強をおしえてくださる?」
カールと話をしてから一週間後にマリアナは学園へ入学した。それからすぐにマリアナは私のところに教科書を持ってくるようになった。
キラキラした目で学園が配布している教科書を詰めた学園指定のカバンを持ち、学園が指定している制服を着て私の所へ来るのだ。どれも私の持っていないものだ。私とは無縁のものだ。
「授業の内容が理解できていないの?」
私は読み途中の本から視線を上げてマリアナを見る。私の問いかけにマリアナは「いいえ、そういうわけでは」と歯切れ悪く答える。
「では私が教えることなんてないはずよ」
「わ、私。少しでもお姉様と一緒の時間が過ごしたくて」
マリアナは上目遣いに「ダメですか?」と聞いてくる。
男ならいちころだなと私は心の中で嘆息した。私と一緒にいたいという理由は百歩譲って聞き流してやろう。だけど、その為のチョイスが最悪だろう。
何で学園に通わせてもらえない私に学園に通わせてもらえるあんたが授業内容を聞きに来るのよ。
「勉強のことは学園の先生に聞きなさい。私が教えることなんてないわ」
「お姉様」
マリアナは何かを言おうとしたけど言わせない。シャットダウンするように私は言葉を重ねる。
「それと、何度も言うけれどあまり来ないでくださる」
「どうしてですか?」
傷ついたように目を潤ませながら私を見るマリアナ。妾腹で元平民。姉に虐げられながらでも健気に姉を慕うマリアナ。そんな構図が容易に想像できる光景だなと私はマリアナを見ながら思った。
「私はあなたと仲良くするつもりはないもの。したいとも思わないわ」
「どうしてですか?私が愛人の子だからですか?でもお姉様、私はお姉様のことが」
好きだとでも?冗談。そんな胸糞悪いセリフは言わせない。
「ここは私とお母様が過ごした場所。思い出の場所。何も知らないあなたに踏み荒らされたくはないわ」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりはないの。でも、お姉様。お姉様のお母様なら私にとっての大切なお母様なの」
パシンっ
自分でも何が起きたのか分からなかった。
左頬を赤く腫らしたマリアナは目を丸くして私を見ている。何が起きたのか理解できていない表情だ。
私の手は赤く、ジンジンと痛んだ。それが心の傷から来る痛みなのか、マリアナの左頬が赤くなっていることと関係しているのか私には分からなかった。
マリアナを叩いたんだと遅れながら頭が理解する。でも不思議と罪悪感はなかった。というか何の感情も浮かんでこなかった。頭が真っ白になるとはこういうことを言うのだろうかと現実逃避気味に考える。
「お、お姉様」
私よりも一秒遅れて自分が叩かれたと気づいたマリアナは信じられないものでも見るように私を見た。
「・・・・・行って。出て行ってっ!」
私に叩かれて傷ついた顔をしたマリアナを見て湧き上がるのは怒りと憎しみと悲しみと悔しさ。
◇◇◇
マリアナは出て行った。
「主」
力なくソファーに座る私をジルが優しく抱きしめてくれた。彼の体温が伝染するように体温が戻る。すると体が思い出したように循環を始めた。血液が体内を巡り、心臓に必要な酸素を運んでくれる。
体が上手く機能することによって感情が追いつくように私の目から涙が零れた。
泣き続ける私をジルはずっと抱きしめてくれた。アンナは自分が必要になるまでずっと傍に控えていてくれた。
良かった。一人じゃなくて。心からそう思う。
「主。学校、行きたい?」
カールが帰ったので私は自室で紅茶を飲みなおしていた。すると、ジルが首を傾けて聞いてくる。
二メートルはある大男なのだけど仕草に可愛らしさがあるのはなぜだろう?
きっと彼の後ろに尻尾を振る犬の幻影があるからだろう。
「面倒なだけ。行きたくもないわ」
半分は強がりから出た嘘。半分は本当だ。
マリアナと一緒に通ったところで周囲の視線がうるさいだろうし。
◇◇◇
「お姉様、勉強をおしえてくださる?」
カールと話をしてから一週間後にマリアナは学園へ入学した。それからすぐにマリアナは私のところに教科書を持ってくるようになった。
キラキラした目で学園が配布している教科書を詰めた学園指定のカバンを持ち、学園が指定している制服を着て私の所へ来るのだ。どれも私の持っていないものだ。私とは無縁のものだ。
「授業の内容が理解できていないの?」
私は読み途中の本から視線を上げてマリアナを見る。私の問いかけにマリアナは「いいえ、そういうわけでは」と歯切れ悪く答える。
「では私が教えることなんてないはずよ」
「わ、私。少しでもお姉様と一緒の時間が過ごしたくて」
マリアナは上目遣いに「ダメですか?」と聞いてくる。
男ならいちころだなと私は心の中で嘆息した。私と一緒にいたいという理由は百歩譲って聞き流してやろう。だけど、その為のチョイスが最悪だろう。
何で学園に通わせてもらえない私に学園に通わせてもらえるあんたが授業内容を聞きに来るのよ。
「勉強のことは学園の先生に聞きなさい。私が教えることなんてないわ」
「お姉様」
マリアナは何かを言おうとしたけど言わせない。シャットダウンするように私は言葉を重ねる。
「それと、何度も言うけれどあまり来ないでくださる」
「どうしてですか?」
傷ついたように目を潤ませながら私を見るマリアナ。妾腹で元平民。姉に虐げられながらでも健気に姉を慕うマリアナ。そんな構図が容易に想像できる光景だなと私はマリアナを見ながら思った。
「私はあなたと仲良くするつもりはないもの。したいとも思わないわ」
「どうしてですか?私が愛人の子だからですか?でもお姉様、私はお姉様のことが」
好きだとでも?冗談。そんな胸糞悪いセリフは言わせない。
「ここは私とお母様が過ごした場所。思い出の場所。何も知らないあなたに踏み荒らされたくはないわ」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりはないの。でも、お姉様。お姉様のお母様なら私にとっての大切なお母様なの」
パシンっ
自分でも何が起きたのか分からなかった。
左頬を赤く腫らしたマリアナは目を丸くして私を見ている。何が起きたのか理解できていない表情だ。
私の手は赤く、ジンジンと痛んだ。それが心の傷から来る痛みなのか、マリアナの左頬が赤くなっていることと関係しているのか私には分からなかった。
マリアナを叩いたんだと遅れながら頭が理解する。でも不思議と罪悪感はなかった。というか何の感情も浮かんでこなかった。頭が真っ白になるとはこういうことを言うのだろうかと現実逃避気味に考える。
「お、お姉様」
私よりも一秒遅れて自分が叩かれたと気づいたマリアナは信じられないものでも見るように私を見た。
「・・・・・行って。出て行ってっ!」
私に叩かれて傷ついた顔をしたマリアナを見て湧き上がるのは怒りと憎しみと悲しみと悔しさ。
◇◇◇
マリアナは出て行った。
「主」
力なくソファーに座る私をジルが優しく抱きしめてくれた。彼の体温が伝染するように体温が戻る。すると体が思い出したように循環を始めた。血液が体内を巡り、心臓に必要な酸素を運んでくれる。
体が上手く機能することによって感情が追いつくように私の目から涙が零れた。
泣き続ける私をジルはずっと抱きしめてくれた。アンナは自分が必要になるまでずっと傍に控えていてくれた。
良かった。一人じゃなくて。心からそう思う。
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