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皆川兄妹の受難 樹編
しおりを挟む「美代子は絶対私立に行った方が良かったと思う。というか今でも思ってる。もっとレベルの高い授業でも余裕だったでしょ」
歩きながら1週間に一度は言ってしまう言葉が、今日もポロリと出た。でもこれは本当のこと。美代子は美しいだけでなく、中身も自分にべったりなことを除けば完璧だった。文武両道才色兼備の文字通りの人間なのだ。こんな中の中ランクの、平凡な高校に通うような人間ではないのだ。
「やだぁ、樹ったらお馬鹿さん。そんなとこ行ったら、樹のそばにいられないでしょ」
「いや、そばにいなくて良いんだけど」
「えーっ!こんなに美人が近くにいて何が不満なのー?」
「外見の問題じゃないよ。近すぎるし、そもそも常に人が近くにいたら疲れるでしょ」
「そう?私は樹なら全然!全く問題ないけど?」
「……そう」
言葉は違ったりするが、ここまでが大体セットで毎回の流れ通りである。
駅に着けば美代子には自然と周りからの視線が集まる。スラリとして美しい体に、透けるような白い肌。長い髪は染めず黒のままで天使の輪が光る。顔は小さく、色気の漂う垂れ目がちな目元と、スッと伸びた鼻筋、紅く艶のある唇。化粧をしなくても素材の良さで目を引く外見に、樹はわずかながら苦手意識を持っていた。なにせ、対する樹は黒髪の短髪に、目は大きくもなくどちらかというと小さめで、鼻もそんなに高くない。背だってギリギリ170センチあるだけ。本当によくいるタイプの平凡な男子だ。
幼少期は綺麗な女の子が幼馴染で嬉しかったのを覚えている。仲良く遊んだし、同じ布団でお昼寝もした。お泊まりをすると、夜に樹の布団に潜り込み一緒に寝ようとする美代子を、可愛いと思った時期もあった。でも小学校に入ってしばらく経つ頃、自分と美代子はどうも違う環境にいるべき人間だということに気付いた。
そこから素直に仲良くできなくなり、とにかく色々なことに現れる差が、樹の心に重くのしかかった。さらには、そんな自分より遥か上をいく存在が、自分にべったりで一緒にいたいと言って全く離れてくれないことが、混乱を生んだ。
(美代子は何を考えているんだろう)
「樹ぃ?」
声がして、ぼんやり宙をみていた視線を向けると、かなり至近距離に美代子の美しい顔があって、なんだかゾクっとした。
「うわ!びっくりした!!近いよ顔!!!」
電車内なので、小声で怒りつつ慌てて美代子から距離をとった樹を見て、美代子は美しい笑みを浮かべた。
「樹、何考えてるか大体わかってるけど、一応言っておくね。私はただ樹が好きで好きでしょうがなくて、ずっと側にいたいだけなの」
いつもと少し違う大人びた表情と言い方に、樹は驚いた。こいつ、いつもの話し方やめてこれぐらい落ち着いて話せば良いのに。そう思っていると、電車が学校のある駅に着いた。
「さ、早く降りないとドア閉まっちゃうよ~?」
ぐいぐいと腕にしがみついて、駅のホームへと引っ張る美代子は、普段の話し方にもう戻っていた。周りは同じ学校の生徒だらけで、恥ずかしい樹は慌てて振り払おうとするが、意外と力の強い美代子には勝てなかった。
「樹ぃ、ダメだよ。離れちゃ。変な奴が寄ってきたらどうするのぉ?」
「……確かに美代子は痴漢とかされそうだし、この間も改札のとこで告白されてたもんな。しょうがない。でも学校着いたら離れてよ」
「はぁい!」
嬉しそうに返事をする美代子は、さらに強い力で樹の腕にしがみついた。
(はぁ、しょうがない奴だなぁ)
内心ため息をつきつつ、諦めの境地を迎えた樹は美代子を引きずるように歩き出した。美代子はそんな樹を見つめて、幸せそうな表情を浮かべた。
(可愛い可愛い樹。私のこと本当は苦手なのに、優しいから断れないのね。はぁ、絶対絶対ぜーったい離さない。樹はぜーんぶ、私のものなんだから。他の女なんか、絶対近付かせないんだから)
樹は知らない。美代子がとっても裏表のある性格をしていることを。見た目は平凡でも、優しい性格でクラスの女子人気が上位なことを。他の女子からの好意は、美代子に完璧にブロックされていることも。樹は何も知らない。
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