上 下
60 / 65

第九話 練習③

しおりを挟む
「…………おいへキム。自陣への帰還は絶望的だッ、悪いが死に方の指示をくれ」

『起ってしまった事は仕方ない。せめて少しでも時間を稼いでから死んでくれ』

「了解、後は頼んだ。じゃあ遺言終わり」

 敵陣とヘブンズウォールの間に挟まれた逃げ場のない狭いスペース。
 その中でボロボロに成ったエイナは自らの死を避けられぬ物と認識し、リーダーの相模海斗、元いプレイヤーネーム『へキム』へと最後の通話を繋いだ。

 退路をヘブンズウォールで断たれた後。狙い澄ました様にパラディンとバンディットが敵陣側より現われ、壁を背にしながらの戦闘と成った。
 エイナはプレイヤーキルで得たレベルアップのアドバンテージも有り、多少の抵抗はしたものの流石に二対一では分が悪い。

 勝ち目が無いと悟りアイテム『エルメスシューズ』を使用した為、今は一時的に敵との間に距離が出来ている。しかしそれでも自陣へ戻るには至らず、今もこうして光壁と敵陣に挟まれたままだ。
 恐らくもうじき敵が追い付いてきて、自分はキルされるであろう。

ガサガサッ

 言っているそばから、藪が踏み分けられる音が聞こえてきた。

(チッ、自分勝手にやった行動が裏目に出ちまった。このままじゃ恥ずかしくて帰れねえ、せめて最後ぐらいチームの為みっともなく足掻くとするか…)

 その気配の接近に、エイナは一秒でも足掻いて敵の時間を消費し味方にレベリングの時間をもたらそうと背から矢を取り出す。
 そしてハンターセンスでぼんやりと見えるその人影が姿を現した瞬間、先制攻撃を仕掛けようと弓弦を引き絞った。

「…………………………………………はッ?」

 しかし、実際その人影が飛び出して来た時、エイナが放ったのは矢では無く全くもって想定外の物を見た驚愕の音だったのである。


「あ、いた。おーい助けに来てやったぞ~ッ!!」


 現われたのは敵よりもよっぽど心臓に悪い驚きを与えてくる存在。
 何故か、今はまだ自陣中盤でレベリングを行なっている筈の我らが新エース、群雲疾風元いプレイヤーネーム『コード・ジーク』がやぶを掻き分け姿を現したのである。

 そしてエイナは数秒ポカンとそのニコニコしながら手を振っている男を眺めた後、声帯が許す限りの大声で叫んだ。

「なッ……何”で”お”前”が”此”処”に”居”る”ん”だ”よ”ッ!! ジークてめえッ、未だレベリング中の筈だろうが!!」

「えぇ、なんでそんな怒ってんのッ? 態々レベリング中断してまで助けにきてやったに決まってんだろうが」

「馬鹿かッ!! さっき海斗に教わったばかりだろ、命を大切にしろって言われたのもう忘れたのか鳥頭ッ!!」

「とッ、鳥頭!? オレは3つ歩いてもちゃんと物を覚えてるよッ。寧ろ覚えてたから助けに来てやったんだろうが!」

「大切にすんのは手前てめえの命だけで良いんだよ! お前自分の立場分かってんのかッ、ウォーリアクラスのプレイヤーが落とされたら詰みなんだぞ。それがこんな危ねえ場所に態々突っ込んでくる馬鹿があるか、今すぐ引きかッ………」


ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ ガシャンッ


 突然姿を現したジークにエイナは何故こんな場所に居るのかと怒鳴り声を上げるが、彼自身は何を怒られているのか理解していない様子。
 そんなエースを彼女は今すぐ自陣へ引き帰させようとするが、既に事態は取り返しの付かない所まで進んでしまっていた。

 今度は勘違いではない。歩みと共に甲冑の擦れ合う音を響かせながら、敵のパラディンとバンディットが等々追い付いてきたのである。


「クソッ、もう手遅れか。精々敵の足引っ張って死ぬつもりだったのに、何でこんな所で最終決戦しなきゃならねえんだよ!!」


 奇妙な事に今この瞬間、まだ試合も序盤という所で両陣営のエースが揃い2対2の決戦が行われようとしていた。
 この戦いで敗れた側は、ウォーリアジョブのプレイヤーと頭数の半分を失う事に成る。つまりこの一戦で殆ど勝敗が決すると言っても過言ではない。

「なんだ、良かったじゃねえか。残った敵はウィザード除けばあの二人だけなんだろ? 此処で二人共倒せばこっちの勝ち、探す手間が省けて良かった」

「それはアタシらも同じだろうがッ!! けどもう仕方ねえ……やってやるよ」

「良いね、そう来ねえと。オレもちょっと楽しく成って来たッ」

 敵を目前に捉え、エイナはもう此処からジークを逃すのは不可能であると悟らずにはいられなかった。そして仕方なくこの予期せぬ決戦に挑む覚悟を決める。

 しかし一方のジークは此処まで来ても全く状況の深刻さを理解していない。ニヤニヤしながらその現われた二つの敵影を眺める。
 そして軽い足取りで平然と突進し、開戦の火蓋を切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

戦艦大和、時空往復激闘戦記!(おーぷん2ちゃんねるSS出展)

俊也
SF
1945年4月、敗色濃厚の日本海軍戦艦、大和は残りわずかな艦隊と共に二度と還れぬ最後の決戦に赴く。 だが、その途上、謎の天変地異に巻き込まれ、大和一隻のみが遥かな未来、令和の日本へと転送されてしまい…。 また、おーぷん2ちゃんねるにいわゆるSS形式で投稿したものですので読みづらい面もあるかもですが、お付き合いいただけますと幸いです。 姉妹作「新訳零戦戦記」「信長2030」 共々宜しくお願い致しますm(_ _)m

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...