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第六話 イベント⑥

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(何だあいつ、アサシン? チッ、昨日の今日でもう影響されるミーハーが出るとはな)

 二人は古代ローマのコロッセオを思わせる土と壁のステージに転送された。この1on1の為に用意された、半径10メートルの逃げ場も遮る物もない円形の戦場だ。
 此処で互いのどちらか一方が倒されるまで戦う、それだけのシンプルなルールである。

 それ故試合が始まった瞬間瞳に映った敵の姿に石渡、もといプレイヤーネーム ミミックは顔を顰めた。
 相手のプレイヤーが選択してきたジョブはアサシンであり、しかも初期スキンではないか。

 昨晩、全てのバンクエットオブレジェンズプレイヤーが度肝を抜かれたビッグニュースは、彼の耳にも届いていた。何とこのゲームの頂点に立つ絶対王者レッドバロンが、ランクマッチで偶々遭遇したアサシンに幾発も攻撃を入れられ、あろう事か倒されかけたのだという。
 それはアサシンのスピード値を制御するという縁木求魚えんぼくきゅうぎょを成し遂げた、全く異なる技術体系を持った無名のプレイヤーだったそうだ。

 そしてその話は瞬く間にネット上で広がり、同じ事を試してみよう多くのプレイヤーが考えた。結果それまで1%にも満たなかったアサシンの使用率が一時期10%にまで及んだらしい。
 目の前の男も、きっと同じ理由でそのジョブを選んだのであろう。
 
(……虫唾が走る思考回路だッ。強く成りたいなら、一つのジョブ以外に浮気している余裕など無いだろうが!!)

 その一時期の流れに乗りジョブ変更をしたであろうプレイヤーを前に、ミミックは自分の身体が怒りに震えるのを感じる。

 彼は1ジョブ至上主義という思想、そしてナイト至高論という考えを持ったプレイヤーであった。
 1ジョブ至上主義とは最強を目指す上で複数ジョブに手を出すのはタイムロスなので、一つ極めるジョブを決めればそれ以外を決して使用せず、只管自らの腕を鍛える事のみを目的に行動しろというガチ勢に多い思想。
 そしてナイト至高論とは、客観的事実としてナイトが全ジョブの中で最も優れているので、ウォーリアクラスで他ジョブを選択するのは論外という考え。

 そしてその主義思考に、目の前の男はことごとく反していた。
 ミミックは全力で勝負に徹していない人間が許せないのである。強く成る最短ルートから外れた、無駄な間違いを繰り返す馬鹿な人間が大嫌いであった。

「証明してやるよ、お前達が間違いで俺が正解なんだって事をな!! この俺のッ極め抜いた最強の剣技で!!!!」

 そうボイスチャットが相手に通じない設定に成っているのを良い事にミミックは叫び、上段に構え一息吐くのと同時に敵へと斬り掛かった。

ズオォォォンッ!!

 身体の軸を僅かすらも乱さぬまま一直線に敵へと突進。全身で生み出されたエネルギーを纏う斬撃が振り下ろされ、敵の存在座標そんざいざひょうを刃が見惚みほれてしまいそうな程美しい円弧えんこの残像を描き斬り裂いた。

 だが剣がその身に達する寸前、アサシンがギリギリで背後へと飛んだため初撃決着には至らなかった。
 しかし反撃を放って来ないという事は余りの剣技におそおののきそれどころでは無いのだろう。

 ミミックは依然いぜん乱れなき体勢のまま足を引き、剣を構え直した。

(フッ、たった一振りで己と敵の間にある実力差を悟ったか。まあ無理も無い、どうやら剣筋に俺がこれまで費やした地獄の努力が滲んでしまったらしいッ)

 最多記録達成を目前にし、見えずとも感じる多数の視線に彼は口元へ笑みを浮かべる。
 そして更に自らの剣技へ酔いしれる様に、美しさ極まる斬撃を世界に見せ付けた。

ブオンッ!! ズザァンッ!! ザッ、ズオオオッ!!

 横凪、袈裟懸け、突き、斬り上げ、と勢いのまま連続で剣が振るわれる。しかもそのどれもが美しいブレ一つない軌跡を描き、攻撃を放った後も体勢を崩す事なく次撃へと滑らかに繋がってゆくのだから見事としか言いようが無い
 そして多少知識の有る者なら彼を見てこう思うであろう、まるでレッドバロンの様だと。


 ミミックがこのゲームに何もかもを捧げる程どっぷりハマった切っ掛け、それは嘗てプロリーグで見たレッドバロンの見事な剣捌きであった。

 攻めに回ればどんな堅牢な守りでも容易く崩し、守りに入ればそこへ目に見えぬ壁が築かれた様に何人なんぴとたりとも懐で剣を振るう事許さない。
 そんな力でもスピードでもなく、正しく技で強敵を斬り倒していく姿に憧れた。それがまるで人間の完成形であるかの様に美しかったから。

 だからその姿へ少しでも近付きたいと映像を脳裏に深く焼き付くまで繰り返し眺め、そしてその剣閃をなぞる様に一日中剣を振り続けた。
 そしてその時間の結晶として、憧れと殆ど大差ない究極の剣技を手に入れたのだ。

 贔屓目ひいきめ抜きにしたとしても、プロリーグにさえ自分と同等の技術を持っている人間は殆ど居ないとミミックは確信している。例え今すぐプロリーグへ参戦しても問題無く戦えるだけの力を既に持っているのだ。
 其れなのに未だ自分が有象無象うぞうむぞうに埋もれている理由は、きっと足手纏いなチームメイト達のせいに違いない。

 彼の夢は何時かプロリーグの舞台でレッドバロンと戦う事。自分の鍛え抜いた剣技と彼の剣技、どちらがより優れているのか勝負する事が夢なのである。
 その為に、こんな一般人しか居ない様な場所で苦戦する訳にはいかないのだ。


ブオォォォンッ!!

「ッおっと…」


(凄い剣技だ、動きのキレと無駄の削ぎ落とされ具合だけならレッドバロンと大差ない)

 スレスレで躱したミミックの剣技は、レッドバロンを追い詰め幾度も斬撃を交わした張本人であるジークの目から見ても非常に優れた物として映っていた。
 彼の努力は無駄ではなく、結果として確かに頂きの一つへと彼を導いていたのである。

「でも、それ以外がまるで駄目だな」

ッキィィィィン!!!!

 そう無慈悲に見切りを付け、そしてその評価を証明する様にジークは振り下ろされた斬撃に対して流し受けを行う。
 するとその想定外な敵の行動にミミックは鳩が豆鉄砲喰らった様な顔となり、思考停止して動けなくなる。

ドゴォッ”!!!!

 そしてガラ空きに成った顔面へと拳を叩き込まれ、ミミックはさながら土台の固まっていない建物が強風に煽られたかの様に総崩れとなって吹き飛んだ。

 この一瞬だけでも、レッドバロンと彼の優劣を語るには充分であろう。

 ミミックは、石渡雄馬は、間違い無くその全てをささげ剣技という山の頂きを極めていた。
 だが彼にとって不幸だったのは、常人には例えどれだけ努力したとしても山一つ極めるのが限度であったという事。そしてこの世には、容易く山を二つも三つも極めてしまう常識外れな天才が当然の如く存在しているという事であった。
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