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第五話 最強の敵④
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『済まん、やられた』
たった今デス通知が入ったエターナルグローリーのアーチャー『yoichi』がボイスチャットへ入ってくる。そして潔くそう報告した。
『やーい雑魚乙ッ!! お前のチーム内カーストはどん底まで失墜したぞッ。おいyoichi、焼きそばパン買って来いよ~!!』
しかしそんな潔さなど一切考慮に入れぬウィザードの罵倒が飛んだ。
だが彼女の戯れ言に一々付き合っていては時間が幾ら有っても足りないというのはこのチームの共通認識。アーチャーは程々に聞き流しリーダーへの報告を行う。
『相手はアサシン、中立地帯内で戦闘に成った。イベントという事もあり少し前に出すぎて自陣に戻れなかった、それが敗因だ』
『あらら、かわいちょうに。アサシンって事は不意打ち喰らっちゃったんだ?』
『いや。敵とは十メートル以上の距離が有る上、互いに正面を向いた状態で遭遇。完全に五分の条件で戦ったが…久し振りに戦ったクラスだった事もあり間合いの管理に失敗、接近を許してキルを取られた。以上が全てだ』
アーチャーはそう自らの敗北を総括した。
「………いやッ、それだけじゃないでしょ?」
しかし、レッドバロンは仲間が倒された地点へと最短距離で向かいながらそう容赦無く問い詰める。
彼はこのチームのエースであり同時にリーダーでもある、メンバー一人一人の力量は正確に把握しているつもりだ。その中でもアーチャーは最も古くからの付き合いで実力は他の誰より知っている。
それ故に、この男が今話した条件で逃げる事すら出来ずにキルを取られるとはどうしても思えなかった。
「yoichi、お前が五分の、しかも十メートルも距離がある状況で敵と遭遇してキルを取られる筈が無い。例え相手が戦い慣れていないジョブで、イベントの関係で前に出すぎていたとしてもだ。他に、未だ報告していない事が有るだろッ?」
レッドバロンはそう笑いを堪えるのが必死という様子で尋ねた。
全クラス中最もデス率が高いアーチャーというジョブ、その中でも彼の仲間はプロリーグで最高のデス回避率を誇っている。謂わば生存のプロフェッショナルだ。
そんな男がいとも容易くキルを取られた、しかもこれまでどんな倒され方をしてもチームを思い事細かに説明してきた男が何かを隠している。
それら全てを引っくるめて、最強無敵のエースは今最高にテンションが上がっているのだ。
『ああ、済まない。実は俺の中でもまだ情報の整理が付かず話していない事がある。……見間違いかも知れないか、アサシンがトップスピード状態で方向転換した様に見えた。そして何故か、矢が敵の身体を擦り抜けた』
「フフッ、面白いな」
『何? ヨリピ酒入ってるの? 公道逆走する老人みたいな事言ってるよ??』
本来であればウィザードの発言が正解な、とても事実とは思えない発言。
しかしアーチャーの腕を知っているレッドバロンは寧ろ納得していたのだった。その程度の事が起こらなければ自分の相棒がやられる筈は無いと。
アサシンはスピード値が高すぎて人間には方向転換出来ないというのが此処の界隈の常識。そして矢が擦り抜けたに関しては、最早聞いた事すら無い現象である。
普通に聞いたなら眉唾だと思うだろう。しかしあのyoichiが冗談で言っているとは思えず、ウィザードも何だかんだで事実として考え始める。
『事実ベースで考えるならチートとかバグ……若しくはこのゲームじゃ珍しい回線の不具合によって発生したラグとか多分その辺が原因であると考えられるであろー』
『その可能性は俺も理解している。だが何となく奴からは今まで戦ってきたチーターとは違う雰囲気を感じた、とだけ付け加えたい。回線の不具合か如何かは分からん……』
其処まで知識を出し合い、沈黙が流れた。
頭の中だけで、論理的思考のみで推し量れるのは如何やら此処までの様である。
後は実際を目で見て、戦って真実を知るしかない。
「まあどのみち助かったじゃないか。相手がチーターなら改造プレイヤー対プロプレイヤーって見出しで配信が盛り上がる。でも若しもそうじゃなかったら、きっとオレ達の目標は大きく前進するよッ」
そう口では言いながらも、レッドバロンはこの時既に半分確信していたのである。今回のはそうじゃない方だと。
昔から自分はこういう事には鋭いのだ。親が始めてゲーム機を買ってきてくれた日も、始めてこのゲームに出会った時も、始めてチームメンバー達に出会った時もみんな予感があったのである。
それでも今回は格別だ。世界の色全てが塗り変わるくらいで特大の予感。
「………何だ、そっちからも来てくれてたのか」
アーチャーのキルログが表示されたのを認めるや否や駆け出したその足が、それを発見し急速に纏った速度を霧散させていった。
自分がバンディットをキルした場所。敵がアーチャーをキルした場所。その二つを結んだ直線の丁度中点でそれは姿を現したのである。
見えたのは全身上から下までカスタムの痕跡がない、初期設定のスキンに覆われた真っ黒な影。
しかしその飾り気一つ無い、戦いに不必要な物は全て排除された佇まいが彼にとっては寧ろ侮りがたい雰囲気を受け取らせたのである。有料スキン、限定スキン、大会記念スキン、プロ限定スキン、そんな物をレッドバロンは今まで数無数に両断してきたのだから。
「さあ、君が何者なのか教えてよ……コード・ジーク君ッ」
そのアサシンに脳内ではなく現実として対した彼は、半分だった確信を完全な物とする。
そして敵が構えるよりも早く剣を抜き構えを作ったのであった。
最強の男が、その今日始めたばかりのアサシンを敵と認めたのだ。
たった今デス通知が入ったエターナルグローリーのアーチャー『yoichi』がボイスチャットへ入ってくる。そして潔くそう報告した。
『やーい雑魚乙ッ!! お前のチーム内カーストはどん底まで失墜したぞッ。おいyoichi、焼きそばパン買って来いよ~!!』
しかしそんな潔さなど一切考慮に入れぬウィザードの罵倒が飛んだ。
だが彼女の戯れ言に一々付き合っていては時間が幾ら有っても足りないというのはこのチームの共通認識。アーチャーは程々に聞き流しリーダーへの報告を行う。
『相手はアサシン、中立地帯内で戦闘に成った。イベントという事もあり少し前に出すぎて自陣に戻れなかった、それが敗因だ』
『あらら、かわいちょうに。アサシンって事は不意打ち喰らっちゃったんだ?』
『いや。敵とは十メートル以上の距離が有る上、互いに正面を向いた状態で遭遇。完全に五分の条件で戦ったが…久し振りに戦ったクラスだった事もあり間合いの管理に失敗、接近を許してキルを取られた。以上が全てだ』
アーチャーはそう自らの敗北を総括した。
「………いやッ、それだけじゃないでしょ?」
しかし、レッドバロンは仲間が倒された地点へと最短距離で向かいながらそう容赦無く問い詰める。
彼はこのチームのエースであり同時にリーダーでもある、メンバー一人一人の力量は正確に把握しているつもりだ。その中でもアーチャーは最も古くからの付き合いで実力は他の誰より知っている。
それ故に、この男が今話した条件で逃げる事すら出来ずにキルを取られるとはどうしても思えなかった。
「yoichi、お前が五分の、しかも十メートルも距離がある状況で敵と遭遇してキルを取られる筈が無い。例え相手が戦い慣れていないジョブで、イベントの関係で前に出すぎていたとしてもだ。他に、未だ報告していない事が有るだろッ?」
レッドバロンはそう笑いを堪えるのが必死という様子で尋ねた。
全クラス中最もデス率が高いアーチャーというジョブ、その中でも彼の仲間はプロリーグで最高のデス回避率を誇っている。謂わば生存のプロフェッショナルだ。
そんな男がいとも容易くキルを取られた、しかもこれまでどんな倒され方をしてもチームを思い事細かに説明してきた男が何かを隠している。
それら全てを引っくるめて、最強無敵のエースは今最高にテンションが上がっているのだ。
『ああ、済まない。実は俺の中でもまだ情報の整理が付かず話していない事がある。……見間違いかも知れないか、アサシンがトップスピード状態で方向転換した様に見えた。そして何故か、矢が敵の身体を擦り抜けた』
「フフッ、面白いな」
『何? ヨリピ酒入ってるの? 公道逆走する老人みたいな事言ってるよ??』
本来であればウィザードの発言が正解な、とても事実とは思えない発言。
しかしアーチャーの腕を知っているレッドバロンは寧ろ納得していたのだった。その程度の事が起こらなければ自分の相棒がやられる筈は無いと。
アサシンはスピード値が高すぎて人間には方向転換出来ないというのが此処の界隈の常識。そして矢が擦り抜けたに関しては、最早聞いた事すら無い現象である。
普通に聞いたなら眉唾だと思うだろう。しかしあのyoichiが冗談で言っているとは思えず、ウィザードも何だかんだで事実として考え始める。
『事実ベースで考えるならチートとかバグ……若しくはこのゲームじゃ珍しい回線の不具合によって発生したラグとか多分その辺が原因であると考えられるであろー』
『その可能性は俺も理解している。だが何となく奴からは今まで戦ってきたチーターとは違う雰囲気を感じた、とだけ付け加えたい。回線の不具合か如何かは分からん……』
其処まで知識を出し合い、沈黙が流れた。
頭の中だけで、論理的思考のみで推し量れるのは如何やら此処までの様である。
後は実際を目で見て、戦って真実を知るしかない。
「まあどのみち助かったじゃないか。相手がチーターなら改造プレイヤー対プロプレイヤーって見出しで配信が盛り上がる。でも若しもそうじゃなかったら、きっとオレ達の目標は大きく前進するよッ」
そう口では言いながらも、レッドバロンはこの時既に半分確信していたのである。今回のはそうじゃない方だと。
昔から自分はこういう事には鋭いのだ。親が始めてゲーム機を買ってきてくれた日も、始めてこのゲームに出会った時も、始めてチームメンバー達に出会った時もみんな予感があったのである。
それでも今回は格別だ。世界の色全てが塗り変わるくらいで特大の予感。
「………何だ、そっちからも来てくれてたのか」
アーチャーのキルログが表示されたのを認めるや否や駆け出したその足が、それを発見し急速に纏った速度を霧散させていった。
自分がバンディットをキルした場所。敵がアーチャーをキルした場所。その二つを結んだ直線の丁度中点でそれは姿を現したのである。
見えたのは全身上から下までカスタムの痕跡がない、初期設定のスキンに覆われた真っ黒な影。
しかしその飾り気一つ無い、戦いに不必要な物は全て排除された佇まいが彼にとっては寧ろ侮りがたい雰囲気を受け取らせたのである。有料スキン、限定スキン、大会記念スキン、プロ限定スキン、そんな物をレッドバロンは今まで数無数に両断してきたのだから。
「さあ、君が何者なのか教えてよ……コード・ジーク君ッ」
そのアサシンに脳内ではなく現実として対した彼は、半分だった確信を完全な物とする。
そして敵が構えるよりも早く剣を抜き構えを作ったのであった。
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