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第三話 バンクエットオブレジェンズ⑧
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コォォォォォォ…………………
間近に対面した竜王が誇る偉容を見上げ、ジークはその余りな存在感に呑まれ攻撃という選択肢を思い浮かべる事すら出来なかった。
剣を振れば確実に命中する距離に立っているにも関わらず、ピクリとも動かず唯々その琥珀に虹を散らした瞳に反射した自分を見ていたのだ。
考えてもみて欲しい。今正に噴火し辺りを超高温にて焼き払わんとする火山を前にして、我武者羅に棒切れを振り回す馬鹿が何処にいるであろうか?
紅蓮竜ヴォルガーンは最早生命という枠組みを逸脱し、それ自体で世界を形作っているエネルギーの理を成していた。
大気は全て自我を持っているかの様に奴の中へと吸い込まれていき、その肋骨の内にて熱へと変換されていくのがリアルタイムに目視できる。腹皮を透かしてテラテラとした光が漏れ出しその奥で蠢く業火の胎動を示していたのだ。
更にその余りに高まり留めきれなくなったエネルギーは周囲へと滲み出し、陽炎に揺らめく空間と赤色に輝く竜の外皮はもう数秒もせず自らへと向けられる破壊のメタファーであった。
(駄目だ、今更何やった所でこのエネルギーからは逃げられない。あの大口が開かれた瞬間全部が終る)
今自分が剣で多少奴を引っ掻いたとしてもブレスを中断させるだけのダメージを与える事は不可能。今一目散に逃げたとしても、其処には背中から焼かれるか正面から焼かれるかという違いしかない。
ジークには唯、決着が現実として形を表すその瞬間を待つ以外に無かったのである。
そしてそんな彼の瞳の中、遂にエネルギーを限界まで内に溜め込む事に成功したヴォルガーンの全身が深紅に染まる。
その瞬間ジークは悟ったのだ。奴に付けられた紅蓮竜という異名が、この死を鼻先に睨む絶景を目にした勇者達によって名付けられた物なのだと。
だがそんな事に今更気付いても事態は既に手遅れ。
紅蓮竜ヴォルガーンはもう勝敗は決したと言う代わりに大気を吸う為半分浮かせていた上体を三日月の如く反らせ、それから身体を叩き付ける様にし地面へ伏せた。
現実を直視したジークと、終劇の準備を終えたヴォルガーンの視線が一直線に重なる。
「…ああッ認めるよ、お前は強い。このゲームも捨てたもんじゃないかもな」
そうジークが手を伸せば届く距離で牙の隙間より炎を漏らす紅蓮竜へ笑い掛けると、ヴォルガーンの口が僅かに吊り上がった様に見えた。
そして何時の間にか一回り二回りどころの話ではないスケール差を持つ者達の間に出来た奇妙な繋がりの決着として、その大口が開かれる。
熱・光・音・あらゆる感覚を焼き飛ばし知覚する事さえ許さぬ紅蓮の業火が解き放たれた。
ギャオ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″ンッ!!!!
と思われた直後、何とヴォルガーンは業火の代わりに天を突く程甲高い悲鳴を吐き出した。そして身体を奇妙な体勢で硬直させたかと思えば横倒しと成る形で地面に倒れたのである。
あの偉大な山の王が、唯の小動物に過ぎぬ人間が放った反撃の激痛と衝撃にダウンさせられたのだ。
「それでも、やっぱりオレは勝負事には手を抜けない質なんだ。頼むからまだ壊れないでくれよバンクエットオブレジェンズ!!」
竜王にこれ程の不覚を取らせた張本人、ジークはたった今敵の急所を抉った剣を再び振りかぶりながらそう呟く。
その瞳には、つい先程までヴォルガーンの瞳に灯っていた物と同じ炎が灯っていた。
ヴォルガーンの攻撃を強引に中断させた物。それは瞬き一つも無い隙にジークが滑り込ませた斬撃、そしてこの世界のモンスターであれば例え王たる彼であろうと平等に存在していた弱点。
ジークはブレスが解き放たれる寸前に一瞬だけ露出する、『口の中』という紅蓮竜のクリティカルポイントを剣で突き穿ってみせたのだ。
少し前、モッチーナからこのモンスターの攻撃が通る箇所を聞いた時に明らか異質感を覚える付け足し方をされていた部位。それが口の中であった。
その引っ掛かりにゲーマーとしての勘で目聡く気付いたジークは、口の中こそが敵のクリティカルポイントなのではないかと睨んでいたのだ。
そして此れまでの戦いの中で、それ以外にモッチーナが刃の通る場所だと言っていた点を攻撃し怯みが生じなかった事で疑惑は確信に変わる。しかしその段階へ至り問題と成ってくるのは、如何にしてその口の中へと攻撃を届かせるのかという事であった。
紅蓮竜の頭部はスッポリと黒曜石を思わせる漆黒の外皮に覆われており、外部から直接攻撃を叩き込む事は不可能。
であれば内部から、そう自らのすべき行動を定めるに多くの時間は要さなかった。
ジークが狙ったのはブレスが放たれるその寸前。
『奴の猛牙立ち並ぶ大口が開かれるタイミング』、『喰らえば即死する超高温の炎が放たれるタイミング』、その狭間にある僅かな時間に刃を潜り込ませる事で形勢逆転の狼煙としようという作戦を立てたのである。
そしてその作戦を最も実行し易いのが長時間の溜めを要するブレス攻撃の瞬間。
それを距離を取って戦う事により誘い出そうとしたのだが、予想外に向こうが接近した状態で溜めを始めた結果台本に無い奇妙な睨み合いが生まれる事となったのだった。
(外皮が、紅に染まったまま……ッ)
正しく刹那的な0.1秒もないチャンスを巡る攻防を物にし、ヴォルガーンのクリティカルポイントへと一撃入れたジークに更なる嬉しい誤算が降って来た。
放出寸前に攻撃を中断させられ行き場を失ったエネルギーが竜の内に残り、その身を発熱させ続けていたのだ。
そして確かモッチーナが言っていたのは、熱が篭り外皮が赤く発光している状態であれば肉質が柔らかくなり攻撃が通らない箇所でも………
ザシュンッ!
ジークはモッチーナの言葉を完璧に思い出すより早く、行動にて確証へ手を伸ばしていた。普段黒曜の鎧が覆いあらゆる攻撃を弾く外皮へと剣を振り下ろしたのである。
すると手応えは重いが、確かに外皮を貫通しその奥の肉を刃は切り裂いたのだ。
直感的に分かる、今この瞬間が決着の時なのだと。この高鳴っている心臓が落ち着く頃には間違いなく勝者と敗者が決していると。
そこに彼らの意志が入り込む余地が有るとするなら、其れはどちらが勝者の椅子に座るのかという事のみ。当然勝負を譲る気等ないジークはこの好機に少しでも敵の命を削ろうと間髪入れず剣を振るった。
ザンッ! ズバアッ! ズダア″ア″ンッ!!
まるで何かに憑かれているかの如く身体が動き、袈裟と横一閃の斬撃が残像の重なる程の連撃として放たれる。
更に二撃より僅かなの間隔を空け剣が大きく跳ね上がり、上段からの全体重を乗せた渾身の一撃が叩き込まれた。それは重く踏み込んだ足音と斬音を重ねながら、依然内に熱抱え赤々と輝く竜の胸部を深く抉る。
ッオ″オ″オ”オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″!!!!
敵の命へと間違いなく痛手を刻んだ、そう刃が受け取り鍔を超え 柄へと伝ってきた衝撃が教えてくれる。
だが気持ち良くなる暇も無くそれを上書きして次の衝撃が鼓膜を揺らした。ヴォルガーンが伏していた身体を起こし、ジークへと魂を震わせ奏でる様な咆哮をぶつけて来たのである。
そしてその音圧で生み出した僅かな隙につけ込み主導権を奪還せんと、このチャンスにジークが放った四発の斬撃全てを合わせても足りぬ破壊力を秘めた鉤爪を一閃させた。
ブオ″オ″オ″″ンッ!!
これまでであれは大きく飛び退き、間違っても直撃を貰う事は無い様にとしていた筈の攻撃。
しかしジークは敢えてこの瞬間聴覚が風切り音で埋まる程ギリギリでの回避を選択した。
彼はこの時既に守りの選択肢を脳内から取り去っていたのだ。
もう自らの命を可愛がる為の回避はしない、必ずその先にカウンターが繋がる攻めの回避以外は選ばない。そう言葉ではなく行動で雄弁に語り、彼は背筋を覆う死の寒気を押し殺し足を前へと踏み込んだ。
ズザッザアァン!!
強敵との戦いの中で細胞に刻まれた記憶が蘇ったか、将又単なるレベルアップでステータスが上がった事の賜物か、ジークはヘルズクライシスで培った技の一つを放つ。
大気と敵の骨肉を切り裂く斬音が一つに繋がって聞こえる二重の斬撃、『二重音一十文字』が紅蓮竜ヴォルガーンへと叩き込まれた。
クゴォ……ッ、オ″オ″オ″!!
空振りした右前足の付け根、肩を石火散らす速度で刻んだ鋭い痛みに山の王から不覚にも漏れた苦悶の音。それを隠す様にヴォルガーンは間髪入れず咆哮による威嚇を放った。
だがそれが虚仮脅しである等と見通す気も無いジークは、敵の見せた甘露な隙の匂いに脊髄のみで反応し追撃の刃を振り下ろしたのである。
ガギィィンッ
しかし、其処で甲高い鉱物と鉱物がかち合う音がボーナスタイムの終了を知らせる。それまでブレスを中断させられ竜の体内に篭っていた熱が冷め始めたのだ。
外皮が深黒へと戻り、その取り戻された本来の硬度にジークの握る剣は問答もさせて貰えず弾き返される。
たった1秒前まで大きくジーク側へと傾いていた筈の勝敗の天秤、しかしその事実のみで秤はゼロに戻るどころかヴォルガーンの方へと傾く。
(クソッ、仕留め切れなかった!! 想像より冷めるのがはやッ……)
ルオ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オッ!!
攻め手を失い途端に腰が引けたジークとコントラストする様に、紅蓮竜ヴォルガーンは取り戻した無敵の硬度を盾とし突っ込んできた。
その動きは最早この空間の絶対的王者としての物では無い。一瞬の驕りや油断が即命取りとなる拮抗した両雄、その片翼として己の全てをこの瞬間に捧げた突進であった。
それは下剋上を成立させ得ぬ全身全霊と力戦奮闘のぶつかり合い。唯強い者が勝ち弱い者が負ける単純明快で雑音無き真剣勝負。
そしてその条件下であれば勝者は悩む間でもない……
「ブースト、起動」
【ブースト ソードオブジャスティス起動。正義を執行して下さい】
己の持つ全てを発露させた一部の惜しみも無い攻撃。しかしその目前で敵影は忽然と消え、代わりに顔の直ぐ横で声が聞こえたのである。
その正体はまるで研ぎ抜かれた刃の如く冷たい音で編まれたジークの声。そして、正しく世界の声と呼んで差し支えない無機質な機械音声であった。
ヴォルガーンに与えた傷はそう簡単に塞がる程浅くは無い。議論の余地さえなくパワーではヴォルガーンに軍配が上がる。自分があの一瞬優位を取れたのは人間らしい知力の賜物であって無鉄砲に剣を振るう蛮勇が為ではない。
目を閉じれば無限に湧き上がってくる、一旦引き体勢と思考を立て直すべきだという根拠達。
しかしにも関わらず、ジークは今紅蓮竜の首の真横で光り輝く剣を振り上げている。
それはもしも斬撃が敵の外皮に阻まれ仕留め損ねる様な事があれば即返しの刃で自らの命が切り裂かれる距離。一か八かに全てを賭ける非常に危険な博打であった。
しかもそれを正解だと肯定してくれる論理的拠り所は無い。其処にはただ一つ、生まれ持った剥き出しの感性がフィーリングで自らの行動を指し示しているのみ。
だがその彼含め誰も説明できない勝利の方程式こそが、群雲疾風という男が天才である事のこの上無き証明なのだ。
(数秒後に飛んでるのがオレの首がコイツの首か……一瞬先すら読めない緊張感。これだよこれッ、オレが欲しかったのはこれなんだ!!)
ジークは今自分がこのバンクエットオブレジェンズの世界に心から没入しているのをヒシヒシと感じていた。
確かにこの世界は所詮作り物かも知れない、だがこの敗北を恐れ勝利を渇望する鼓動だけは現実なのである。外の世界でのどんな瞬間よりも自分が生きている気がしたのだ。
決着の瞬間、彼は間違い無くこの世界の住人としてそのブーストの追加効果を乗せた剣を振り下ろしていたのである。
ッザン………
ジークの放った斬撃は本来あらゆる人間の攻撃を弾き返す筈の黒光する外皮を貫通し、その奥に隠された命を両断した。
派手な決着を知らせる大音量は無い。大岩を叩き割った様な重鈍なる衝撃もない。ゲームでありがちな最後にボスが絶叫し息絶えるという演出も無かった。
唯淡々と致命傷を受けた紅蓮竜ヴォルガーンは瞳を閉じ、そして光の粒と成り世界へと拡散していく。
それが死力を尽くし合った1人と1匹にとって最も理想的な決着だったのである。
プレイヤー コード・ジークは、この世界の王たる紅蓮竜ヴォルガーンの討伐を見事成し遂げたのであった。
間近に対面した竜王が誇る偉容を見上げ、ジークはその余りな存在感に呑まれ攻撃という選択肢を思い浮かべる事すら出来なかった。
剣を振れば確実に命中する距離に立っているにも関わらず、ピクリとも動かず唯々その琥珀に虹を散らした瞳に反射した自分を見ていたのだ。
考えてもみて欲しい。今正に噴火し辺りを超高温にて焼き払わんとする火山を前にして、我武者羅に棒切れを振り回す馬鹿が何処にいるであろうか?
紅蓮竜ヴォルガーンは最早生命という枠組みを逸脱し、それ自体で世界を形作っているエネルギーの理を成していた。
大気は全て自我を持っているかの様に奴の中へと吸い込まれていき、その肋骨の内にて熱へと変換されていくのがリアルタイムに目視できる。腹皮を透かしてテラテラとした光が漏れ出しその奥で蠢く業火の胎動を示していたのだ。
更にその余りに高まり留めきれなくなったエネルギーは周囲へと滲み出し、陽炎に揺らめく空間と赤色に輝く竜の外皮はもう数秒もせず自らへと向けられる破壊のメタファーであった。
(駄目だ、今更何やった所でこのエネルギーからは逃げられない。あの大口が開かれた瞬間全部が終る)
今自分が剣で多少奴を引っ掻いたとしてもブレスを中断させるだけのダメージを与える事は不可能。今一目散に逃げたとしても、其処には背中から焼かれるか正面から焼かれるかという違いしかない。
ジークには唯、決着が現実として形を表すその瞬間を待つ以外に無かったのである。
そしてそんな彼の瞳の中、遂にエネルギーを限界まで内に溜め込む事に成功したヴォルガーンの全身が深紅に染まる。
その瞬間ジークは悟ったのだ。奴に付けられた紅蓮竜という異名が、この死を鼻先に睨む絶景を目にした勇者達によって名付けられた物なのだと。
だがそんな事に今更気付いても事態は既に手遅れ。
紅蓮竜ヴォルガーンはもう勝敗は決したと言う代わりに大気を吸う為半分浮かせていた上体を三日月の如く反らせ、それから身体を叩き付ける様にし地面へ伏せた。
現実を直視したジークと、終劇の準備を終えたヴォルガーンの視線が一直線に重なる。
「…ああッ認めるよ、お前は強い。このゲームも捨てたもんじゃないかもな」
そうジークが手を伸せば届く距離で牙の隙間より炎を漏らす紅蓮竜へ笑い掛けると、ヴォルガーンの口が僅かに吊り上がった様に見えた。
そして何時の間にか一回り二回りどころの話ではないスケール差を持つ者達の間に出来た奇妙な繋がりの決着として、その大口が開かれる。
熱・光・音・あらゆる感覚を焼き飛ばし知覚する事さえ許さぬ紅蓮の業火が解き放たれた。
ギャオ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″ンッ!!!!
と思われた直後、何とヴォルガーンは業火の代わりに天を突く程甲高い悲鳴を吐き出した。そして身体を奇妙な体勢で硬直させたかと思えば横倒しと成る形で地面に倒れたのである。
あの偉大な山の王が、唯の小動物に過ぎぬ人間が放った反撃の激痛と衝撃にダウンさせられたのだ。
「それでも、やっぱりオレは勝負事には手を抜けない質なんだ。頼むからまだ壊れないでくれよバンクエットオブレジェンズ!!」
竜王にこれ程の不覚を取らせた張本人、ジークはたった今敵の急所を抉った剣を再び振りかぶりながらそう呟く。
その瞳には、つい先程までヴォルガーンの瞳に灯っていた物と同じ炎が灯っていた。
ヴォルガーンの攻撃を強引に中断させた物。それは瞬き一つも無い隙にジークが滑り込ませた斬撃、そしてこの世界のモンスターであれば例え王たる彼であろうと平等に存在していた弱点。
ジークはブレスが解き放たれる寸前に一瞬だけ露出する、『口の中』という紅蓮竜のクリティカルポイントを剣で突き穿ってみせたのだ。
少し前、モッチーナからこのモンスターの攻撃が通る箇所を聞いた時に明らか異質感を覚える付け足し方をされていた部位。それが口の中であった。
その引っ掛かりにゲーマーとしての勘で目聡く気付いたジークは、口の中こそが敵のクリティカルポイントなのではないかと睨んでいたのだ。
そして此れまでの戦いの中で、それ以外にモッチーナが刃の通る場所だと言っていた点を攻撃し怯みが生じなかった事で疑惑は確信に変わる。しかしその段階へ至り問題と成ってくるのは、如何にしてその口の中へと攻撃を届かせるのかという事であった。
紅蓮竜の頭部はスッポリと黒曜石を思わせる漆黒の外皮に覆われており、外部から直接攻撃を叩き込む事は不可能。
であれば内部から、そう自らのすべき行動を定めるに多くの時間は要さなかった。
ジークが狙ったのはブレスが放たれるその寸前。
『奴の猛牙立ち並ぶ大口が開かれるタイミング』、『喰らえば即死する超高温の炎が放たれるタイミング』、その狭間にある僅かな時間に刃を潜り込ませる事で形勢逆転の狼煙としようという作戦を立てたのである。
そしてその作戦を最も実行し易いのが長時間の溜めを要するブレス攻撃の瞬間。
それを距離を取って戦う事により誘い出そうとしたのだが、予想外に向こうが接近した状態で溜めを始めた結果台本に無い奇妙な睨み合いが生まれる事となったのだった。
(外皮が、紅に染まったまま……ッ)
正しく刹那的な0.1秒もないチャンスを巡る攻防を物にし、ヴォルガーンのクリティカルポイントへと一撃入れたジークに更なる嬉しい誤算が降って来た。
放出寸前に攻撃を中断させられ行き場を失ったエネルギーが竜の内に残り、その身を発熱させ続けていたのだ。
そして確かモッチーナが言っていたのは、熱が篭り外皮が赤く発光している状態であれば肉質が柔らかくなり攻撃が通らない箇所でも………
ザシュンッ!
ジークはモッチーナの言葉を完璧に思い出すより早く、行動にて確証へ手を伸ばしていた。普段黒曜の鎧が覆いあらゆる攻撃を弾く外皮へと剣を振り下ろしたのである。
すると手応えは重いが、確かに外皮を貫通しその奥の肉を刃は切り裂いたのだ。
直感的に分かる、今この瞬間が決着の時なのだと。この高鳴っている心臓が落ち着く頃には間違いなく勝者と敗者が決していると。
そこに彼らの意志が入り込む余地が有るとするなら、其れはどちらが勝者の椅子に座るのかという事のみ。当然勝負を譲る気等ないジークはこの好機に少しでも敵の命を削ろうと間髪入れず剣を振るった。
ザンッ! ズバアッ! ズダア″ア″ンッ!!
まるで何かに憑かれているかの如く身体が動き、袈裟と横一閃の斬撃が残像の重なる程の連撃として放たれる。
更に二撃より僅かなの間隔を空け剣が大きく跳ね上がり、上段からの全体重を乗せた渾身の一撃が叩き込まれた。それは重く踏み込んだ足音と斬音を重ねながら、依然内に熱抱え赤々と輝く竜の胸部を深く抉る。
ッオ″オ″オ”オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″!!!!
敵の命へと間違いなく痛手を刻んだ、そう刃が受け取り鍔を超え 柄へと伝ってきた衝撃が教えてくれる。
だが気持ち良くなる暇も無くそれを上書きして次の衝撃が鼓膜を揺らした。ヴォルガーンが伏していた身体を起こし、ジークへと魂を震わせ奏でる様な咆哮をぶつけて来たのである。
そしてその音圧で生み出した僅かな隙につけ込み主導権を奪還せんと、このチャンスにジークが放った四発の斬撃全てを合わせても足りぬ破壊力を秘めた鉤爪を一閃させた。
ブオ″オ″オ″″ンッ!!
これまでであれは大きく飛び退き、間違っても直撃を貰う事は無い様にとしていた筈の攻撃。
しかしジークは敢えてこの瞬間聴覚が風切り音で埋まる程ギリギリでの回避を選択した。
彼はこの時既に守りの選択肢を脳内から取り去っていたのだ。
もう自らの命を可愛がる為の回避はしない、必ずその先にカウンターが繋がる攻めの回避以外は選ばない。そう言葉ではなく行動で雄弁に語り、彼は背筋を覆う死の寒気を押し殺し足を前へと踏み込んだ。
ズザッザアァン!!
強敵との戦いの中で細胞に刻まれた記憶が蘇ったか、将又単なるレベルアップでステータスが上がった事の賜物か、ジークはヘルズクライシスで培った技の一つを放つ。
大気と敵の骨肉を切り裂く斬音が一つに繋がって聞こえる二重の斬撃、『二重音一十文字』が紅蓮竜ヴォルガーンへと叩き込まれた。
クゴォ……ッ、オ″オ″オ″!!
空振りした右前足の付け根、肩を石火散らす速度で刻んだ鋭い痛みに山の王から不覚にも漏れた苦悶の音。それを隠す様にヴォルガーンは間髪入れず咆哮による威嚇を放った。
だがそれが虚仮脅しである等と見通す気も無いジークは、敵の見せた甘露な隙の匂いに脊髄のみで反応し追撃の刃を振り下ろしたのである。
ガギィィンッ
しかし、其処で甲高い鉱物と鉱物がかち合う音がボーナスタイムの終了を知らせる。それまでブレスを中断させられ竜の体内に篭っていた熱が冷め始めたのだ。
外皮が深黒へと戻り、その取り戻された本来の硬度にジークの握る剣は問答もさせて貰えず弾き返される。
たった1秒前まで大きくジーク側へと傾いていた筈の勝敗の天秤、しかしその事実のみで秤はゼロに戻るどころかヴォルガーンの方へと傾く。
(クソッ、仕留め切れなかった!! 想像より冷めるのがはやッ……)
ルオ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オ″オッ!!
攻め手を失い途端に腰が引けたジークとコントラストする様に、紅蓮竜ヴォルガーンは取り戻した無敵の硬度を盾とし突っ込んできた。
その動きは最早この空間の絶対的王者としての物では無い。一瞬の驕りや油断が即命取りとなる拮抗した両雄、その片翼として己の全てをこの瞬間に捧げた突進であった。
それは下剋上を成立させ得ぬ全身全霊と力戦奮闘のぶつかり合い。唯強い者が勝ち弱い者が負ける単純明快で雑音無き真剣勝負。
そしてその条件下であれば勝者は悩む間でもない……
「ブースト、起動」
【ブースト ソードオブジャスティス起動。正義を執行して下さい】
己の持つ全てを発露させた一部の惜しみも無い攻撃。しかしその目前で敵影は忽然と消え、代わりに顔の直ぐ横で声が聞こえたのである。
その正体はまるで研ぎ抜かれた刃の如く冷たい音で編まれたジークの声。そして、正しく世界の声と呼んで差し支えない無機質な機械音声であった。
ヴォルガーンに与えた傷はそう簡単に塞がる程浅くは無い。議論の余地さえなくパワーではヴォルガーンに軍配が上がる。自分があの一瞬優位を取れたのは人間らしい知力の賜物であって無鉄砲に剣を振るう蛮勇が為ではない。
目を閉じれば無限に湧き上がってくる、一旦引き体勢と思考を立て直すべきだという根拠達。
しかしにも関わらず、ジークは今紅蓮竜の首の真横で光り輝く剣を振り上げている。
それはもしも斬撃が敵の外皮に阻まれ仕留め損ねる様な事があれば即返しの刃で自らの命が切り裂かれる距離。一か八かに全てを賭ける非常に危険な博打であった。
しかもそれを正解だと肯定してくれる論理的拠り所は無い。其処にはただ一つ、生まれ持った剥き出しの感性がフィーリングで自らの行動を指し示しているのみ。
だがその彼含め誰も説明できない勝利の方程式こそが、群雲疾風という男が天才である事のこの上無き証明なのだ。
(数秒後に飛んでるのがオレの首がコイツの首か……一瞬先すら読めない緊張感。これだよこれッ、オレが欲しかったのはこれなんだ!!)
ジークは今自分がこのバンクエットオブレジェンズの世界に心から没入しているのをヒシヒシと感じていた。
確かにこの世界は所詮作り物かも知れない、だがこの敗北を恐れ勝利を渇望する鼓動だけは現実なのである。外の世界でのどんな瞬間よりも自分が生きている気がしたのだ。
決着の瞬間、彼は間違い無くこの世界の住人としてそのブーストの追加効果を乗せた剣を振り下ろしていたのである。
ッザン………
ジークの放った斬撃は本来あらゆる人間の攻撃を弾き返す筈の黒光する外皮を貫通し、その奥に隠された命を両断した。
派手な決着を知らせる大音量は無い。大岩を叩き割った様な重鈍なる衝撃もない。ゲームでありがちな最後にボスが絶叫し息絶えるという演出も無かった。
唯淡々と致命傷を受けた紅蓮竜ヴォルガーンは瞳を閉じ、そして光の粒と成り世界へと拡散していく。
それが死力を尽くし合った1人と1匹にとって最も理想的な決着だったのである。
プレイヤー コード・ジークは、この世界の王たる紅蓮竜ヴォルガーンの討伐を見事成し遂げたのであった。
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