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第100話 空腹と炎の三日間

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(あのクソハゲ……この修行が終わったら絶対殴り殺してやる…………)



 ディーノは朦朧とした意識の中、懸命に集中の糸を繋いで則にイメージを送り続ける。

 精神肉体共に限界を遙かに上回る疲労に蝕まれていた。



 この修行を申しつけられてから何度も短針が一周し、本当に一度も食事を与えられないまま三日目の深夜に突入した所である。

 何度か気絶する様に眠ったが当然栄養が不足している為回復できる訳が無く、慢性的な眠気と頭痛と怠さに悩まされていた。

 外見も大きく変化して、顔は肉が消えて骨が突き出し目の周りは大きく落ちくぼんだ。

 たった数日でこれ程変化するものかと驚く気力すら湧いてこない。



 その時、ディーノの耳に殺意しか感じないグゴゴゴゴゴッという濁音が聞こえてきた。

 ゴンザレスのいびきである。



(人が餓死しかけている時にスヤスヤグースカ寝やがってッ。どうせ俺がこの修行を終えるまで暇なんだから一緒に断食をしてくれれば良いのによ!)



 ゴンザレスはディーノの直ぐ背後で横に成って爆睡しており、この何も無い空間での行き場の無い怒りは全て彼に向けられていた。

 彼はアンベルトから監視の役割を与えられており、一日中ディーノが逃げない様に監視しているのだ。

 其れだけなら未だ良かったのだが、食事中も監視を続ける為に目の前でムシャムシャ物を食べるのである。その瞬間ほど咀嚼音に殺意を覚えた事は無い。

 加えて暇つぶしの筋トレなどから発される音や、今のいびき等がささくれ立ったディーノの精神を刺激して不満は爆発寸前であった。



 しかし、ゴンザレスが居たからこそ得られたメリットもある。

 彼はこの修行を突破するために必要な助言を複数授けてくれたのだ。

 蝋燭を長保ちさせるポイントは主に二つ。一つが炎の火力をギリギリまで抑える事、もう一つが極限まで消火の速度を速める事であった。



 そしてディーノがこの訓練を三日間続けて分かった事は、その二つのポイントを一万回全て完璧に実行しなくてはこの修行を達成する事が不可能という事である。



(9241、9242、9243、9244、9245、9246、9247ッ……ダメだぁ)



 ディーノは汗を滴らせてこれ以上は不可能だと思う程の集中を捧げたが、9247回目で蝋燭が燃え尽き1時間半の努力が水疱と化した。



 自らの全てを磨り減らした結果確かに経験値は身体に刻まれ、安定して9000の大台を超えられるまでに成長していた。

 しかしどうしても9500から先に超えられないのだ。

 1万回という莫大な数試行を行う為、点火と消火は一秒に2回というハイペースを守る必要がある。

 しかし感覚に任せて高速着火を繰り返しているとどうしても数十回に一回力加減を誤ってしまい、其れが積み重なって1万回に到達出来ない。



 結局ディーノは前日から数時間9000台前半をウロウロしており、自分の成長が感じられずまるで出口の無いトンネルを歩いているかの様であった。

 今回の修行で空腹より辛いのは、その成長を感じられないという点である。

 今までどれ程辛い修行で死にそうな目に遭ったとしても、自分が成長しているという実感だけは得られていた。

 其れが感じられなくなった今回、漸くそれがどれ程幸福な事であったかを理解する。



「だめだ、もう無理だぁ……」



 ディーノは1時間半の努力が全て無駄になったという事実に耐えられず、とうとう投げ出して地面に寝転がってしまった。

 久し振りに感じる床の感覚は固いコンクリートにも関わらず、高級ベッドの様な心地よさを提供してくれる。もう二度と立てなく成る気がしない。



(……一日全てを使って我武者羅に挑戦したけど、全く成長が見られなくなった)



 ディーノは無限地獄の中で感情が麻痺してしまい、光が消えた暗い穴の様な瞳で天井を眺め続ける。喜怒哀楽など持っていては一日で気が狂っていただろう。

 しかし感情が消滅して身体が音を上げても、ディーノの脳は依然としてこの地獄の抜け出し方を探しゆっくりと回転を続けていたのである。



(いやッ考え方を変えよう……この一日のお陰でだだ経験値を積み重ねるだけじゃ1万回を突破する事は不可能だと証明できた。それなら、此処から作戦を変えようッ)



 栄養不足で糖分が足りない脳味噌を可能な限りブン回したが、結局ディーノが掴み取った結論は何時ものアレであった。

 人事は既に尽くせるだけ尽くした、後は天命を待つだけである。

 要するに、追い込まれに追い込まれた自分が覚醒する事を願うのだ。



(頼んだぜ未来の自分……お願いだからこの地獄を脱出できる位の才能がまだ眠っててくれよ…)



 ディーノは冗談交じりに脳内でそう呟くと、全身の力を抜いて少しでも疲れを取る為に休憩を始めたのである。

 身体の力を抜いた瞬間蓄積された疲労達が凄まじい力で眠りの世界へ引き摺り込もうとしてくるが、其れを鍛え上げられた精神で押さえつけ薄目を開け続けた。

 全ては体力を温存する為、来たるべきその瞬間に自らの全てを捻り出す為の布石である。



 
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