上 下
88 / 120

第89話 世界に触れる感覚

しおりを挟む
 意識が切れたディーノは夢か幻覚かは分からないが、幽体離脱を経験した。

 よく聞く話によると自分が寝ている姿を天上から見たというが、ディーノはそれと微妙に違い寝ている自分を感じたのである。

 目で見ている訳でも、耳で聞いている訳でも、触って感触を確かめている訳でも無いのに全てが分かった。そもそも離脱した精神には目や耳など存在しない。

 それでも自分が死体の様な顔色をしている事、体温が下がってきている事、そして近くに立つアンベルトが心配してくれているのか心拍数が高くなっている事を感じたのだ。



(其れでも俺を助けようとしないのは、俺に興味が無いのか信じてくれてるのかどっちかね?)



 ディーノは現在進行形で天に召されようとしているにも関わらず、初めて見たアンベルトの戸惑う表情を見て嬉しくなった。

 既にもう死に対する恐怖感は無い、謎の全能感に満たされて心穏やか。

 若しかするともう自分は死んでしまったのかも知れない、そんな考えが脳内を過ぎったが其れを一笑に伏せるほど心に余裕が存在していたのである。



 其処で唐突に今の自分が何処までの事を起こせるのか興味が湧き、死にかけている自分の身体を放置して他の場所に意識を向ける。

 言った事もない国の美しい蝶が羽ばたき発生するそよ風を感じた、たった今生まれた赤子が初めて発した声を聞いた、死にゆく老人の消えゆく体温を感じた。

 全てが移り変わり変化し続けている事を全身で感じたのである。



(少し、悪戯してみようかッ)



 ディーノは唐突に自分が現在何でも出来る存在であると気が付いた。

 試しに巨大な嵐を生み出してカラカラに乾いた砂漠にぶつけて見ると、嵐によって降った水は地面を通じて地下へ流れ込み、それが吹き出で無数のオアシスを生み出される。

 そしてそのオアシスの周辺に無数の草花が現われ、動物たちが集まってきた。



 其れは途轍もない満足感と幸福感であった。

 自らの力によって地形を変えて新たな生態系を生み出す、紛うこと無き神の所業である。

 自分の思い通りに世界が変化していて、自分のどんな些細な望みであっても世界の方から望んで叶えてくれる。

 その感覚はとても形容出来無いが、強いて言うなら『世界に触れている感覚』であった。



(次は何をしてみようか! 何でも出来るッ全て俺の手の上に登っているッ!!)



 ディーノは更なる刺激を求め、死に瀕している人間を生き返らせるか、逆に大地震を起こして何人の人間を殺せるかのどちらに挑戦しようか悩んでいた。

 するとその時、ずっと放置していた自分本来の身体がそろそろ本気でヤバい事を感じ取る。

 慌てて意識を自身の身体に向けると、其処には先程よりも一層青くなっている自分の身体が転がっていた。体温30度を下回り呼吸も弱くなっている。

 放っておけば後数秒で死んでしまうだろう、迷わず今すぐに手を打たなくては成らない。



 しかし、ディーノは一瞬今の状態を放棄して元の身体に戻ることに強い拒絶感を覚えた。

 其れほど彼が今感じている全能感というのは心地よく、手放すには惜しい力に感じてしまったのである。

 そして本当に肉体としての生を手放し、精神と全能感だけの存在に身を落としそうになった時、何処か聞き覚えのある声が耳に届いた。



『ディーノ、苦労せず手に入れたモノを誇ってはいけません。誇って良いのは自分で手に入れたモノ、そして他人に与えて貰ったモノのみです。貴方にも自分の手で掴みたいモノがあった筈ですよ』



 其れは女性の声であった。

 まるで木々のさざめきや穏やかな波の音のように、無意識に生み出しているフィルターを無視してストレートに脳の奥まで響く不思議な声。

 その声が彼の中で何度も反響する間に、ディーノは忘れていた最も大切なことを思い出す。

 自分が何の為に生まれてきたのか、今まで自分を守る為に死んでいった人々や自分の弱さの為に死んでいった子供達の為に誓った夢は何だったのか。



(そうだ……俺は、ディーノ・バラキアとして世界を変えなくちゃ成らない。生きて、生きた人間として死んだ人間達に意味を与えなくちゃ……ッ!!)



 自分を突き動かす生まれた瞬間に与えられた至上命題を思い出したディーノは、自らの生まれ持った身体に戻る事を決意した。

 其れからまるで息を吹き込むかの様に大した労力も用いず手首の傷を塞ぎ、出血を止めて身体を癒やす。彼の神の如き力の前では人間一人を救う事など些事である。

 そして彼の身体から生物的な血色が戻り始めた時、突然ディーノの全能感に満ちあふれた意識は途切れて限りある肉の牢獄に押し戻されていった。



「うッ、うぅ……頭いでえな。失血し過ぎた、マジで死ぬかと思ったぞ……」



 意識を取り戻したディーノは身体がまるで鉛で出来ている様に感じる倦怠感と、頭をハンマーで殴られ続けているかの様な頭痛を覚え、床に寝そべったまま頭を抱えた。

 身体が限界を迎えていると本能的に察し、何をするでも無く天井を見上げる。



 その時、死に瀕している自分をズッと見詰め続けて居た人物の声が耳に入ってきた。



「フッ、悪運の強い男だ。まあ、今回は失血死寸前まで追い込まれるという醜態を晒した訳だが、一応修業を達成した事に関しては良くやったとッ……」



 そのアンベルトの声を聞いた瞬間、ディーノの首がまるで錆び付いた歯車の様にギリギリと回って声のする方に向いた。

 そして疲労感で忘れていた全ての元凶を思い出し、彼の中で烈火の如き感情が爆発する。



「てめえーッ!! よくもやってくれたなッぶっ殺してやる!!」



 ディーノは先程まで感じていた倦怠感や頭痛を嘘の様に忘れ、つい数秒前まで人形の様に真っ青な色をしていた顔を赤く染めながらアンベルトに飛び付いた。

 そして素早く背後に回り、腕を回して絞め殺しに行く。



「な、何だと貴様ッ!! 人が珍しく褒めてやっておると言うのにッ」



「なんで俺を殺し掛けた元凶が賞賛してんだ、このハゲッ!! 賞賛じゃねえ謝罪しやがれ!!」



「誰が謝罪などするかッ!! これも立派な修行だ、現に私がこの修業を思い付いたお陰で飛躍的に則のコントロール技術が向上しただろうがッ。お前が私に感謝しろ、手首を切り裂いてくれてありがとうございましたと言えーッ!!」



「言う訳ねえだろ、どんなSMプレイだよッ!! 良いからさっさと謝罪しやがれ、クソジジイ!!」



「死んでも謝罪などせんッ! 頭に乗るなクソガキ!!」



 アンベルトは渾身の力で後方に飛び、背後で締め落とす為に張り付いているディーノを壁に叩き付けて首に回されていた腕の拘束を外す。

 そして正面から向き合った二人は一切手加減無しで殴り合い、ディーノは先程覚えたばかりの則を用いた回復法を早速試す事と成ったのだった。 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

最強執事の恩返し~大魔王を倒して100年ぶりに戻ってきたら世話になっていた侯爵家が没落していました。恩返しのため復興させます~

榊与一
ファンタジー
異世界転生した日本人、大和猛(やまとたける)。 彼は異世界エデンで、コーガス侯爵家によって拾われタケル・コーガスとして育てられる。 それまでの孤独な人生で何も持つ事の出来なかった彼にとって、コーガス家は生まれて初めて手に入れた家であり家族だった。 その家を守るために転生時のチート能力で魔王を退け。 そしてその裏にいる大魔王を倒すため、タケルは魔界に乗り込んだ。 ――それから100年。 遂にタケルは大魔王を討伐する事に成功する。 そして彼はエデンへと帰還した。 「さあ、帰ろう」 だが余りに時間が立ちすぎていた為に、タケルの事を覚えている者はいない。 それでも彼は満足していた。 何故なら、コーガス家を守れたからだ。 そう思っていたのだが…… 「コーガス家が没落!?そんな馬鹿な!?」 これは世界を救った勇者が、かつて自分を拾い温かく育ててくれた没落した侯爵家をチートな能力で再興させる物語である。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...