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第87話 則を利用した回復法

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 ディーノは自分のヘソの上に乗せられたアンベルトの手を訝しげに見詰める。



「何だよ、人が怪我で動けない隙にセクハラかよ。お前が未成年のヘソフェチだとは思わなかったぞ、地獄に墜ちろ」



「誰が貴様の汚いヘソを好き好んで触るかッ!! 治療じゃッ! 治療ッ!!」



 ゴミを見る様な目で見てくるディーノに、アンベルトは普段青白い肌を真っ赤に染め上げて怒鳴り声を上げる。

 そしてアンベルトが触れて数秒後、奇跡の様な出来事が起きた。

 手を当てられたヘソを中心としてみるみる内に痛みが抜けていき、内出血によって紫色に変色していた部分は色が抜け薄い桃色にまで回復した。

 加えて何とぼやけていた左目までが完全回復し、視力が戻ってきたのだ。



「何ッだよ……これッ!?」



 ディーノは訳の分からない精神療法でもされると思い冷めた目で天井を見ていた視線を慌てて自分の腹部に向ける。

 すると其処にはアンベルトの手を中心として色取り取りの光の玉が身体の中に入り込んでいるという、余りにも神秘的な光景が広がっていた。

 神秘的すぎて現実味が無い。



「よし、立ってみろ」



 アンベルトは一分程度ディーノの腹部に手を当て、其れからディーノにベッドから下りて立ち上がる様促した。

 その声に従って、ディーノは恐る恐るベッドから下りて立ち上がる。

 するとなんと、痛み所か節々の軋みすら感じさせない万全の状況に身体が戻っていたのだ。



「凄え……凄えよアンベルト!! どう成ってんだ、骨折も大量にしてた筈なのに痛みもねえし痣も殆ど分からねえぞ!?」



 ディーノは驚きと歓喜で自分の身体をペタペタと触りまくり、ゴンザレスの拳を受けた箇所を一つ一つ確認していく。

 しかし何処もダメージを受けた形跡すら無い、本物の奇跡である。



 そんな驚きと感動ではしゃぎまくるディーノとは対象的にアンベルトは無表情で、今起こした奇跡を大事だとは思っていない様である。

 その様子から改めて目の前の存在がどれ程桁違いなのかを実感させられた。



「その様子では、則による回復を見たことが無いようだな」



「則? 則って確か、トムハットに教わった気が……」



 ディーノはそう言って天上を見上げながら遠い目をした。

 どうやら幾らか昔の記憶は戻って来たらしいが、完璧に全て思い出した訳ではなく部分的にぼやけている部分がある様だ。



「則とは感情によって世界の法則を操る力、その程度の認識で充分だ。現にお前は則が何たるかを知らないままで攻撃に則を用いているのだからな」



「攻撃に則を用いている? この俺がか?」



「ああ、恐らく無意識にだがな。希に存在するのだよ、世界に愛された人間というのがね。お前の脳から漏れ出す敵を打ち倒したいという願いに世界が応え、思わずとも法則をねじ曲げてお前に力を貸している」



 アンベルトの言った事にが理解できず、ディーノは思考停止して口をポカンと開ける。

 しかし無理も無い、突然世界が何だの法則が何だのと言われてスムーズに理解できる人間はこの世に存在しないだろう。



 仕方なくアンベルトが言葉を噛み砕き、分かりやすい言葉に変える。



「お前は父親に似て世界に愛されており、何も考えずとも則を操れているという事だ。今後はその則を意識しながら動かす訓練に入る」



「その則を意識しながら動かせば、さっきみたいに身体を凄い速さで回復させられるのかよ?」



「其れだけでは無い、則を操れば人間が持っている全てのパラメーターが飛躍的に上昇する。だがお前には先ず則を用いた回復を覚えて貰うぞ。腕を出せッ」



 突然話が変わり腕を出せと言われて戸惑ったが、ディーノは取り敢えず腕捲りをして右手を差し出す。

 するとアンベルトが突然隠し持っていたナイフを取り出し、目にも留まらぬ速度でディーノの手首を一閃した。

 すると手首がパッカリと開き、其処を通っていた動脈から大量の血液が噴き出す。



 ディーノは何が起こったのか最初は理解出来ず固まったまま自分の右腕を凝視していたが、痛みガ追い付いてきた瞬間自分が何をされたのか理解し、声の限り絶叫を上げた。



「ぎゃあああああッ!? あ、アンベルトッてめえ、何しやがッる!!」



 腰が抜けてヘナヘナと尻餅を付いたディーノは慌てて自分の手首を抑え出血を止めようとするが、ドクドクと漏れ出す血液は止まらない。

 大量の出血で床に真っ赤な水溜まりが出現し、次第に頭痛と吐き気を感じ始める。



 パニックに成って必死に止血しようとするディーノとは対照的に、アンベルトは冷めた目でディーノを見下ろしていた。

 そして平坦な口調で声を掛ける。



「止血しようとしても無駄だ、このナイフには凝血と血管の収縮を抑制する薬物が塗られている。通常の手段では絶対に血は止まらない、失血死する」



「はあ!? 何でそんな事をッ、てめえ俺を殺す気かッ!!」



 ディーノは失血が始まって青くなった顔を怒りで真っ赤に変え、血流が早くなり出血速度が上がるのも気にせずアンベルトに掴みかかった。

 しかしアンベルトは不敵な笑みを浮かべたままディーノの努顔と相対し、右手一閃で殴り飛ばす。



 その一撃によって床に叩き返されたディーノの顔は再び真っ青に染まり直し、刻一刻と死が近づいてきている男を見下ろしながら言葉を言い放った。



「殺す気など毛頭無いさ、単に最も効率よくお前が成長できる選択をしただけだ!! その傷口を塞ぐ方法は唯一則を用いた治療のみ、お前が自分で則をコントロールして塞げッ!!」



「おいッ……冗談だろ?」



「私が今まで冗談を言った事が有ったか?? ほら急げ、早く傷口を塞がなければ意識が飛ぶぞ。そうなれば失血死まで真っ逆さまだ!」



「クソ……ッ!! てめえ、この傷口塞いだら必ず殺してやるからな!!」



 漸くディーノは自分んで出血を止めなくては本当に死ぬと気が付き、18年の人生でも経験した事がない様な集中力を自分の手首に注ぐ。

 恐らく此れがアンベルトの狙いなのだろう。

 傷を塞がなければ死ぬ状況を作り、則のコントロールとリミッターの解除を同時に行おうとしているのだ。

 これを成功させれば一度に二つの成果を手にできるが、失敗すれば命を含む全てが失われる頭のイカれた修行法。



(何でこんな頭のオカシイ修行法を思い付くんだよッ!! いやそもそも、思い付いたとして実行に移さねえだろッ人間ならよお!!)



 こうしてディーノは瀕死の重傷から回復し、そしてその回復させてくれた人物の手によって再び瀕死の重傷を負わされたのだった。



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