籠の鳥

橘 薫

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「完全に当ててはダメ。少しだけよ。強い刺激を期待させてはぐらかすの。そうするともっと欲しくなるから」
 その後に、心の中で言葉を続けた。淫らになってまでも、欲しいと思ってしまうのよ、と。

 自分が変わっていく。こんな面があるのかと我ながら驚き、しかしそれもまた自分であるとどこか妙に納得して受け入れていったあのプロセス。モーター音が空気を揺らす。微細な振動が皮膚に伝わる。当てて。早く。刺激が欲しいの。お腹を空かせて待つわたしの目の前に美味しそうなパイを掲げ、いつ与えられるかと涎を垂らしそうに待っているというのに、直前で下げられるパイのようにあの男は、玩具を背中に隠して促した。

 美彩、『ください』は?

 屈辱だった。けれども、本能に従う心地よさには敵わず、わたしは恐る恐るプライドを捨てた。そして小さな声で哀願したのだ。なのにあの男は「聞こえない、大きな声で言って」と命令した。わたしは唇の端をぎり、と噛み締めた。滲んだ鉄の味。屈辱でありながらも、幸せな全面降伏。この男にならすべてを投げ出したい。プライドも自我もかなぐり捨てて、彼が望む痴態を見せつけたい……そうとすら思ってしまった、あの日々。

「美彩さん、これって気持ちいいんですか」
 恐々と敏感な箇所に当てながら聞いてくる一真くん。この様子を見れば気持ち良いのかそうでないのかくらいはわかるだろうと叱責したい気分だった。
 機械による刺激とはいえ、刺激は刺激だ。好みもあるだろうけれども、コレはわたしには充分満足できるものだった。

「当て続けないで。焦らして」
「でも、気持ち良いんですよね」
「気持ち、いい、から……焦らして。あの男がしたように、焦らして」
 気持ち良いことの継続を望まずに、外して焦らせ、なんて理解できるわけがない。けれども、わたしにとってはこの焦らしによる欲求の高まりもまた、快楽の一つなのだ。
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