オトナのラノベの作り方

ぼを

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諦観と達観のスキマにて

第1話

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「ねえ」朝。会社のエレベータでたまたま堀田と一緒になり、彼女は小声で声をかけてきた。「鳴海くんのラノベ、調子いいみたいね」
 言われて、僕は苦笑を隠せなかった。
「…まあね」僕が言った。「堀田さんのおかげだよ」
 堀田が降りる階は、僕よりも早い。
「また詳細きかせてね」
 堀田はプロモ部の居室に消え、エレベータの中は僕1人になった。溜息をついた。

 昼頃、金山が僕の席までやってきた。神出鬼没がモットーの奴だ。
「おい、今夜、また会議室を押さえておけよ」金山が言った。「まだ数日あるが、現状におけるお前の評価を聞きたい」
 現状の評価って…。
「個人的には、ハッキングがバレてないかを未だに気にしているんだけどね」
「安心しろ」金山が言った。「豊橋にネットの声をリアルタイムに収集させているが、発覚を匂わせる情報はない。ユグドラジル側からしてみると『急に潮流が変わった』くらいは思っているだろうし、分析も試みているだろうが、徒労と言うものだ。アクセス端末、年齢性別、GPS座標全てにおいて、偽装データをランダム生成の上投票させている。国勢調査の人口データでウェイトバックもかけているから万全だ。奴らは『何か起こっているようだが、これといって有意なマーケティングデータが採れない』程度の小並感で終わっている」
 であればいいんだけれどね。
「今朝、エレベータで堀田さんに偶然会って、調子がいいね、って言われちゃったよ」僕が言った。「ハッキングの事は結局彼女には話していないしな」
「ガラクタがゴミに見えるとしたら、その価値を判断できるだけの知識が備わっていないからだ。旦那が趣味で集めたティントイは古物商が数百万で買い取るかもしれないが、妻から見れば気づかずに踏んづけたレゴブロックよりも我慢がならないガラクタだ。翻って、百貨店の1階に並ぶ夥しい数のルージュは男から見れば1色のピンクでどれも同じだが、女から見ればsRGBの再現域よりも広い膨大な色彩を放つ色数に分類される。堀田は賢しらだし、実際に賢いが、残念ながらハッキングの妙味を理解できるだけの知識を得る機会をその人生に於いて逸している。お前にとってそれがリスクだと映るのであれば、黙っておくのが最もエモーショナルな選択肢だ」

 会議室には、僕と金山と豊橋が集まった。僕は相変わらず、この豊橋とどうコミュニケーションをとって良いか解らず、苦手だ。今日も、ノートPCを開いて腕組みをしながら、三白眼の眼光を無表情に向けてくる。
「…まずは情報共有だ」豊橋が言った。「お前のラノベの順位は、今何位になっている?」
 僕はスマホを取り出すと、2人に見える様に管理者ページを開いた。
「今、3位だ」
 僕の言葉に、金山は笑いながら豊橋の肩を揺らした。
「人生が荒波だと自分や他人に期待する事自体が過ちだと気づく時が来るが、それでも予定通りの結果が得られるのは悪い気分じゃない」金山が言った。「因みに、1位はどんな作品だ?」
 僕はフリックしてページを繰った。
「それが、なかなか面白い状況なんだが…」僕が言った。「今回、『あおのさまよい』と一緒に、周辺のラノベを偽装投票しただろ? そのうちの1つが現在トップだ」
 僕の言葉に、豊橋は少し身を乗り出した。彼にとっては想定外だったか。
「豊橋のコードにミスがあるとは思えん」金山が言った。「どうしてそうなった?」
 豊橋は腕を組んだまま、暫く沈黙を保った。
「…恐らくだが」豊橋が言った。「偽装投票である程度上位に食い込んだ所で、SNSか何かでバズったか、とにかく多くに知れ渡る何らかの要素が加わったな」
「因みに、鳴海よ」金山が言った。「その1位になったラノベは何てタイトルだ?」
「ええと…」僕は、タイトルを読み上げた。「『AV監督だったけれどファンタジー異世界に転生しちゃったから女勇者をそそのかしてAV作ってレベル1のままラスボスと戦うハメになった件』。なんじゃこりゃ」
 金山が目を見開いた。
「なんだそのタイトルは…」金山が言った。「マジでクソ面白そうだ。聞いただけで、今すぐ読みたくなるタイトルだ。あとでメッセンジャーでURL転送しておけ。俺が感想と言う名のカタパルトで1位の牙城を崩しておいてやる」
「…単純に」豊橋が言った。「タイトルだけではなく、内容ともに面白い可能性があるな。つまり、上位に上がって作品に触れる人数が増える中で、その作品が優良である事が発見された」
 なるほど。その可能性は高い。つまり、埋もれていた訳だ。勿論、僕の作品も埋もれていた訳だが、ユグドラジルでラノベを読んでいる層により刺さったのは、その作品だった、て訳か。
「化けの皮が剥がれたな」金山が言った。「その理屈で行くと、ユグドラジルのWEB投票はそもそも機能不全だったって事だ。もともと1位に躍り出る可能性のあった作品を埋もれさせていた訳だからな」
 そうなんだ。そこが問題なんだ。恐らく、他にも優良でユグドラジルにとって金になる作品はいくつも埋もれているに違いない。発見されるかどうかは、運次第なんだ。そして重要な事実は、僕の作品は、その運の部分を人為的に操作しても、1位にはなれなかった、という事だ。悔しいが、これは恐らく間違っていない。それとも、近未来ではAIが全て下読みをして、その曇りなき眼で運の要素を取り除いた選考をしてくれるんだろうか。否、そのレベルになっているのであれば、そもそもユグドラジルは人間にラノベを書かせるよりも、AIに書かせた方が確実だし早い。
「因みに、感想の事なんだが…」僕が言った。「逆に、僕のラノベにも少なくない感想がついてるんだ」
「やったな」金山が言った。「ファンレターが来るのは作家先生のステータスだ。俺は相手が太宰や大江だとしても、先生なんて呼称は死んでもしないがな」
「評価が半々なんだ」僕が言った。「いい評価の感想も勿論あるが、半数は批判的な物が多い。男の娘が一人称である事を嫌った感想や、面白く読めたがこのタイトルでは手に取りようがない、といった物や、無駄な文章が多すぎて読みづらい、ラノベに普遍的なテーマを仕込むのは適当ではない、などなど。このまま1位になると、読者からもユグドラジルからも怪しまれる可能性がある」
「批判は反響の裏返しだ」金山が言った。「いつの世も毒は薬にもなる。批判者はケア次第では最高の支援者になる事を忘れるな。これはチャンスだ」
 また無責任な事を言う。
「…要因は色々考えられそうだ」豊橋が言った。「だが、まず言えるのは、AV監督がなんたらのラノベはユグドラジルの読者層と合致していた『埋もれた名作』だったが、お前の作品はそもそもターゲットに合致しない『どのみち受賞は無理だった作品』だという事だ」
 それは解ってる…。
「このまま突っ走るのは不安がある」僕が言った。「状況を深堀りする方法はないだろうか」
 僕の言葉に、豊橋はまた鋭い眼光を向けてきた。
「…いいだろう」豊橋が言った。「今度はユグドラジルのサーバから読者のデモグラ情報を抜く。それを感想のDBと突合すれば、批判者の年代、性別くらいは判明するだろう」
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