21 / 25
40秒で射精しな!
第3話
しおりを挟む
「そろそろ来るか…」
僕はユグドラジル社を眼前に臨めるオープンテラスのスタバでコーヒーを飲みながら、落ち着かずにスマホを何度も点けては時計を確認した。土曜の早朝。道行く人はまばらだ。
突然、手に持っていたスマホが震えた。電話だ。金山からだ。
「どうした?」僕はスマホを耳に遣るなり、話した。「遅れる話か?」
「初潮を迎えた処女の娘の扱いに困る父親の心境よりもデリケートな事をしようというのに時間を守れない程、俺は愚かじゃない。右を向け」
言われて、僕は首を右に振った。金山の姿が見えるかと思ったが…いない。
「悪い。左だ」金山が言った。「左を向け」
それで、逆方向、左を向いた。少し離れた所に停車している車の運転席から、電話をしながら手を振る金山が見えた。僕は電話を切ると、金山の方に向かった。助手席には豊橋が乗っているのが解った。
僕は後部座席のドアを開けた。
「グズグズするな」金山が言った。「ドアを閉めるんだ」
僕は扉を閉めながら、後部座席に腰を落ち着けた。
「スタバのテラス席で実行するんじゃないのか?」
僕が訊いた。
「この時間帯に、いい年をした男3人がスタバでPCを弄るのは目立ちすぎる。Wi-Fiを掴む為に移動するにも車は都合がいい」
豊橋は膝に乗せたノートPCを操作しながら、無表情に答えた。
「この時間帯を選んだ理由は?」
再び僕が訊いた。金山が運転席から僕の方に身を乗り出すと、「ユグドラジルのサイトで社員募集要項を確認したが、どの職種も土日祝日休みだった。つまり、土曜の朝にハウジングしているサーバ会社側でハッキングを検知したとしても、ユグドラジル自体が本格的に動くまでに時間を稼ぐことができる」と答えた。なるほど。
「…よし、大丈夫だ」豊橋が、ダッシュボードに置かれた妙な機械のアンテナを弄りながら、言った。「ビルの見える区画であれば、外周どこからも電波が掴める事が確認できた」
「これはWi-Fiのレピータだ」金山が、僕の表情を読んだのか、訊く前に答えた。「簡単に言えば、電波増幅装置だ」
なるほど。
「念には念を入れたい」豊橋が言った。「スタバで何か食い物を買ってきてくれ」
「鳴海よ」金山が言った。「俺はシナモンロールとホットを所望する。豊橋にはパンプキンスコーンでもやっておけ」
意味が解らなかったが、言われるままに僕は車を降り、先ほどのスタバで言われた物を買う事にした。朝食をとりに来た客でレジはちょっとした行列になっていた。僕は、店の窓ガラス越しに車の方を気にしながら、順番を待った。
シナモンロールとパンプキンスコーン、コーヒー2つを入手した頃には、15分程度が経過していた。僕は小走りに車に向かった。
「買ってきたぞ」
僕はコーヒーを零さない様に慎重に後部座席の扉を開くと、車に乗り込んだ。
「…よし、下準備が完了した。あとはUNIXコードを入れていくだけだ」
豊橋が言った。
「弄れる状態になったのか?」金山が言った。「おい、シナモンロールをくれ」
僕はコーヒーとシナモンロールを金山に渡した。パンプキンスコーンを豊橋に渡すタイミングをつかめず、言われるまで手に持つ事にした。
「root権限を乗っ取った。改竄後に侵入ログは全て消去する予定だが、敢えて痕跡を残す手段もある。どうする?」
「面白くなって来やがった」
豊橋の言葉に、金山がにやりと笑いながら言った。
「ログなんか残さない方がいいんじゃないか?」
僕が訊いた。
「現場に何も残さないのは自信がない事の発露だ」金山が答えた。「ラスコーリニコフは証拠隠滅を図ったが良心の呵責には耐えられなかった。翻って、ピッコロ大魔王は魔の字のビラを残したし、ルパンは似顔絵と小粋なコメントを残した。ハッキング界の上流階級のお作法に則るなら、侵入の痕跡を残す事こそ美しい」
「おい」豊橋が言った。「時間を掛けたくない」
金山が、解ったよ、と返した。
「ハッキングログを消去しても、ユグドラジルに不自然な動作があれば、ウィルスやトロイの木馬といった外部からの影響を勘繰るのが情セキ部門の役務ってものだ。つまり、どのみち疑われるのであれば、敢えて痕跡を残す事で、ハッキングした人間が俺たちではない事を誘導しておいた方がいい。情セキの連中がハッキング解析の結果、犯人を見つけられなかったとしても、ここまでは頑張って追跡しました、という手土産にもなるしな」
「さしあたり」豊橋が言った。「投票順位1位のラノベの作者名のアナグラムでも忍ばせておくか」
豊橋が提案した。それで、僕にも、今からやろうとしている事が理解できた。
「1位はまずい」金山が言った。「リアリティがないし、そもそも1位ならハッキングしない。3位を狙え」
「了解。車を出してくれ。一周で終わらせる」
豊橋の言葉に、金山はハザードを切ってウインカーを出すと、車を発進させた。移動しながらやるつもりか?
最初の信号で、赤にひっかかった。
「…よし」豊橋が言った。「あとは1位にしたいラノベに大量の投票を入れるだけだ。何票入れればいい」
現時点で必要なのは1万5千票だが…。
「一度に入れるのはスマートじゃない」金山が言った。「投票期間終了までの2週間をかけて、徐々にトップに躍り出るようにするんだ。自然に見せたい。『あおのさまよい』だけが妙な動きをするのもまずい。『あおのさまよい』前後の数作品についても、『あおのさまよい』よりは遅いスピードで2週間かけて上位に食い込ませたい。あと、今後2週間において1位に投票された票の10%が3位の作品に振り分けられるようにしてくれ。可哀相ではあるが、3位のヤツに容疑者になって貰う」
「…了解した」豊橋が言った。「1周追加してくれ。2周で終わらせる」
僕はユグドラジル社を眼前に臨めるオープンテラスのスタバでコーヒーを飲みながら、落ち着かずにスマホを何度も点けては時計を確認した。土曜の早朝。道行く人はまばらだ。
突然、手に持っていたスマホが震えた。電話だ。金山からだ。
「どうした?」僕はスマホを耳に遣るなり、話した。「遅れる話か?」
「初潮を迎えた処女の娘の扱いに困る父親の心境よりもデリケートな事をしようというのに時間を守れない程、俺は愚かじゃない。右を向け」
言われて、僕は首を右に振った。金山の姿が見えるかと思ったが…いない。
「悪い。左だ」金山が言った。「左を向け」
それで、逆方向、左を向いた。少し離れた所に停車している車の運転席から、電話をしながら手を振る金山が見えた。僕は電話を切ると、金山の方に向かった。助手席には豊橋が乗っているのが解った。
僕は後部座席のドアを開けた。
「グズグズするな」金山が言った。「ドアを閉めるんだ」
僕は扉を閉めながら、後部座席に腰を落ち着けた。
「スタバのテラス席で実行するんじゃないのか?」
僕が訊いた。
「この時間帯に、いい年をした男3人がスタバでPCを弄るのは目立ちすぎる。Wi-Fiを掴む為に移動するにも車は都合がいい」
豊橋は膝に乗せたノートPCを操作しながら、無表情に答えた。
「この時間帯を選んだ理由は?」
再び僕が訊いた。金山が運転席から僕の方に身を乗り出すと、「ユグドラジルのサイトで社員募集要項を確認したが、どの職種も土日祝日休みだった。つまり、土曜の朝にハウジングしているサーバ会社側でハッキングを検知したとしても、ユグドラジル自体が本格的に動くまでに時間を稼ぐことができる」と答えた。なるほど。
「…よし、大丈夫だ」豊橋が、ダッシュボードに置かれた妙な機械のアンテナを弄りながら、言った。「ビルの見える区画であれば、外周どこからも電波が掴める事が確認できた」
「これはWi-Fiのレピータだ」金山が、僕の表情を読んだのか、訊く前に答えた。「簡単に言えば、電波増幅装置だ」
なるほど。
「念には念を入れたい」豊橋が言った。「スタバで何か食い物を買ってきてくれ」
「鳴海よ」金山が言った。「俺はシナモンロールとホットを所望する。豊橋にはパンプキンスコーンでもやっておけ」
意味が解らなかったが、言われるままに僕は車を降り、先ほどのスタバで言われた物を買う事にした。朝食をとりに来た客でレジはちょっとした行列になっていた。僕は、店の窓ガラス越しに車の方を気にしながら、順番を待った。
シナモンロールとパンプキンスコーン、コーヒー2つを入手した頃には、15分程度が経過していた。僕は小走りに車に向かった。
「買ってきたぞ」
僕はコーヒーを零さない様に慎重に後部座席の扉を開くと、車に乗り込んだ。
「…よし、下準備が完了した。あとはUNIXコードを入れていくだけだ」
豊橋が言った。
「弄れる状態になったのか?」金山が言った。「おい、シナモンロールをくれ」
僕はコーヒーとシナモンロールを金山に渡した。パンプキンスコーンを豊橋に渡すタイミングをつかめず、言われるまで手に持つ事にした。
「root権限を乗っ取った。改竄後に侵入ログは全て消去する予定だが、敢えて痕跡を残す手段もある。どうする?」
「面白くなって来やがった」
豊橋の言葉に、金山がにやりと笑いながら言った。
「ログなんか残さない方がいいんじゃないか?」
僕が訊いた。
「現場に何も残さないのは自信がない事の発露だ」金山が答えた。「ラスコーリニコフは証拠隠滅を図ったが良心の呵責には耐えられなかった。翻って、ピッコロ大魔王は魔の字のビラを残したし、ルパンは似顔絵と小粋なコメントを残した。ハッキング界の上流階級のお作法に則るなら、侵入の痕跡を残す事こそ美しい」
「おい」豊橋が言った。「時間を掛けたくない」
金山が、解ったよ、と返した。
「ハッキングログを消去しても、ユグドラジルに不自然な動作があれば、ウィルスやトロイの木馬といった外部からの影響を勘繰るのが情セキ部門の役務ってものだ。つまり、どのみち疑われるのであれば、敢えて痕跡を残す事で、ハッキングした人間が俺たちではない事を誘導しておいた方がいい。情セキの連中がハッキング解析の結果、犯人を見つけられなかったとしても、ここまでは頑張って追跡しました、という手土産にもなるしな」
「さしあたり」豊橋が言った。「投票順位1位のラノベの作者名のアナグラムでも忍ばせておくか」
豊橋が提案した。それで、僕にも、今からやろうとしている事が理解できた。
「1位はまずい」金山が言った。「リアリティがないし、そもそも1位ならハッキングしない。3位を狙え」
「了解。車を出してくれ。一周で終わらせる」
豊橋の言葉に、金山はハザードを切ってウインカーを出すと、車を発進させた。移動しながらやるつもりか?
最初の信号で、赤にひっかかった。
「…よし」豊橋が言った。「あとは1位にしたいラノベに大量の投票を入れるだけだ。何票入れればいい」
現時点で必要なのは1万5千票だが…。
「一度に入れるのはスマートじゃない」金山が言った。「投票期間終了までの2週間をかけて、徐々にトップに躍り出るようにするんだ。自然に見せたい。『あおのさまよい』だけが妙な動きをするのもまずい。『あおのさまよい』前後の数作品についても、『あおのさまよい』よりは遅いスピードで2週間かけて上位に食い込ませたい。あと、今後2週間において1位に投票された票の10%が3位の作品に振り分けられるようにしてくれ。可哀相ではあるが、3位のヤツに容疑者になって貰う」
「…了解した」豊橋が言った。「1周追加してくれ。2周で終わらせる」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる