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俺たちのオナニーに賢者タイムはいらない
第3話
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「SNSでのプロモーションの話をするんだと思っていたけれど」会議室を後にして、エレベーターホールに向かう金山と堀田の背中に向かって僕は声をかけた。「会議室の中じゃダメなのか?」
僕の言葉に、二人が同時に振り向いた。
「まずはラノベ自体を分析しなければならん」金山が言った。「それには、新たなチート機能に手を出す必要がある。GODモードとまではいかないが、まあ壁をすり抜けられる程度の効果はあるだろうな」
「あたしはあまり気が進まないけどね」エレベーターのボタンを押してから、堀田が言った。「確かに彼とは仕事ではよく絡むけれども、苦手なタイプなのよね…」
「安心しろ」金山が言った。「そういう場合は、相手もそう思っている場合が殆どだ。デジタルマーケティング部の呼続を除いてはな」
「デジマケ? さらに人を集めるのか? そこまで話を大きくするつもりはなかったんだけれどな」
僕らはエレベーターに乗り込んだ。この時間、下降する人は多いが上昇する社員は少ない。いい会社だ。
「的確なプロモーションには的確なマーケティングアプローチが必要だ」金山が言った。「呼続は確かにコミュ力たったの5のアスペ野郎だが、前職がマーケティング会社だったから経験は豊かだ」
「コミュ力53万の君に言われちゃ、その呼続って人も可哀そうだよな」
僕が言うと、堀田が、ふふ、と笑った。
僕らはエレベータを降りた。
「まだ残業してるかしらね?」
堀田が言った。金山が颯爽と歩きながら首肯した。
「奴は合理的な生き方をしている。間違いなく残ってる」
デジマケ部の扉を開けると、既に大半の明かりは消灯していたが、窓際の一部だけ点いていた。なんだか、甘ったるい匂いがする。空調は18時で自動的に切れる仕組みになっているから、それ以降の時間帯は匂いがこもりやすい。
「おい、呼続」
金山が明かりに向かって叫んだ。椅子の背もたれが鳴る音がして、デスクの仕切りから男の顔が覗いた。すぐに理解した。この男、巨漢、というか、肥満体だ。
僕らは呼続の手招きに、歩を進めた。堀田が呟くように、デリカシーがないんだから、と言った。
「金山くんか」呼続が言った。ビニル袋を擦る音が同時に聞こえたのは、彼が菓子パンを手にしていたからだ。「新商品のリリース後の時期に残ってるなんて珍しいね。堀田さんが一緒って事は、広告換算額算出の相談かな?」
「いや、違う」金山が、既に空席になっている隣のデスクの椅子に腰かけながら言った。「もっとプライベートな内容の相談だ」
「プライベート?」呼続が少し驚くように言った。「人生相談を受けるような柄じゃないんだけれどな」
「そうでしょうね」堀田が即座に返した。「金山くんはあなたの事を合理的な人間だと言ったけれど、残念ながらあたしはそうは思わないわ」
「そうだろうね」呼続は笑いながら答えた。嫌味のない笑いだ。「こんな時間に1人で残業していて、さらに小倉マーガリンサンドとMAXコーヒーを貪る人生が合理的には見えないよね」
ただし、この物言いに非常に客観性があるという観点からは、なるほどマーケティングの業務は性に合っているんだろうな。
「堀田よ。外見や見てくれの行動に惑わされるな。これほど合理的な男はいない」金山が言った。「少なくとも呼続は、『自分が何歳まで生きるつもりの生き方をしているのか』に対する明確な回答を持っているし、その計画に従った生活をしているに過ぎない。お前は子供の頃、アリとキリギリスの話を読まなかったのか」
「…もちろん、読んだわよ」堀田が不機嫌そうに言った。「だから? それが何?」
「オオカミ少年の話が、嘘を戒めるのではなく、本来、人を信じ続ける事ができない心の愚かさを示した寓話であるように、アリとキリギリスはコツコツ働かない者を戒める寓話なんかじゃない。大きな間違いだ。あの話は、正に『何歳まで生きる生き方をすべきか』を明確に表している。何故なら、アリには2年も寿命があるのに対し、キリギリスは2ヵ月しかないからだ。2ヵ月で尽きる命だと知っていたら、お前らは盲目的にコツコツ働くのか? 違う。1日1日を大切に、できるだけ人生の幸福度を最大化してから天寿を全うしたいと思う筈だ。キリギリスは従っただけだ。自分の天命に。だから、バイオリンを奏でて歌を歌った。対して、アリはなんだ? 2年の寿命がまるで永遠の時間の様に勘違いしてやがる。冬に向けてコツコツ働くのはいい。だが、キリギリスを非難する権利はない。アリどもを楽しませたキリギリスのバイオリンが労働じゃないと言うのであれば、資本主義の構造上フェアじゃない。そして、自分があとどのくらい生きられるのか、といった感覚値を失った者ほど、自分の人生に真剣ではなくなる。コツコツ働いたアリの大半は、組織の歯車のひとつでしかなかった事にすら気づかないまま、自分の一生がなんだったのか、幸福だったのか、誰かの役に立ったのか、に疑問を抱きつつ、死んでいくんだ。死ぬ直前に何を後悔するのか、どういう気持ちで死にたいのか、を本気で考えながら生きている人間は、取引先とのバーターで福利厚生の名のもと無理やり導入した無名の飲料を定価で売りつけるこのフロアの自動販売機で当たりが出る数よりも少ない」
金山の物言いに、呼続は、ひひひ、と笑った。こういう耳慣れない笑い方は、意図的に癖付けないとなかなか習得できない。人生の覚悟とは、或いはこういう事なのかもしれないな、と思った。
「悪いけど、そろそろ紹介してくれないかな」僕が金山に言った。「僕は初対面なんだから」
僕の言葉に、金山が、まあ焦るな、と言った。
「こいつは鳴海だ」金山が呼続に言った。僕は、鳴海です、と被せた。「営業企画部のスティーブと呼ばれている」
「スティーブ」呼続が笑みを浮かべながら、僕と金山の顔を交互に見ながら言った。「ジョブズの方? ウォズニアックの方?」
否、スティーブなんて呼ばれてない。
「ウォズの方だ」金山が言った。「そして、ジョブズは俺だ。俺がプロデュースをする」
呼続は、また、ひひひ、と笑った。
「じゃあ、革新的なイノベーションを起こせるのは、鳴海さんの方って事だね」呼続が言った。「営業企画部とはあまり交流がないから、色々話を聞けるのは嬉しいよ」
「悪いが呼続、お前は2つ見誤っている」金山が言った。「ひとつは、今回の相談は鳴海の抱える業務の話ではなく、鳴海がプライベートで生み出したとあるプロダクトについての話だ。ふたつめは、営業企画部の人間にマーケティングやプロモーションの話を理解させるのは、縁日の屋台で掬ってきた金魚に芸を仕込むよりも難しいって事だ」
「おいおい」僕が言った。「言うじゃないか」
「お前らの組織はまさにアリの集団だ。天才を殺す凡人の集まりだ。凡人が凡人を指名して出世させ、そいつがまた凡人だけを育て上げて天才を排除する組織構造が染みついてしまってる。だから、どいつと話をしても、金太郎飴の如く紋切り型だ。学生時代は野球部に所属し、大学では文化祭委員会を取り仕切り、今の趣味は偽りのゴルフで、稀に、よさこいという副菜が加わる。そして飲み会の頻度が尋常ではない癖に、毎回仕事の話や上司の悪口ばかりで、一切建設的な会話が為されない。アカデミックな話がなければ、議論もない。それでもって根回しが成立してしまう愚かな組織体だ。よくもまあ、同じような人間ばかり集めてくると感心してしまうが、それが会社にとって、ショッカーを統率するが如く安易で合理的であるから、という事にすら、お前らは気づいていない。大体、販売をすべて代理店に押し付けて、その原動力を手数料やインセンティブだけに偏らせてしまった故に、考える事を停止してしまったんだ。代理店も人参をぶらさげて貰わないと勃起すらできないED野郎に成り下がってしまった。そして、マーケティングやプロモーションの入り込む余地を無くしたんだ。地道で顧客を理解する為の分析や訴求は、手数料というドーピングの前には砂漠の砂程の味しかしない。それは『ロードス』の時代では良かったかもしれないが、『転スラ』の時代ではそうはいかない。お前らはいい加減『ロードス』が今になって40代のオヤジ達向けにしか広告を出していない事に気づくべきだ。つまり、ターゲットから現代の若者を排除する事で生き残る道を選択をした。これは破滅を意味する」
「それは同感だ」僕が言った。「だけれど、それで会社が回っているのも事実だ」
「ああそうだ」金山が言った。「俺たちはお前たちから見れば、何の利益も生み出さないただのコストに過ぎない。おっと、俺は商品企画をしているから、堀田、お前たちは、だな」
「良く解らないけれど」堀田が言った。「その考え方で組織が動いているのであれば、この状況にいる鳴海くんはレアキャラって事ね」
「そんな組織でウォズが力を発揮できるとは思えないもんね」呼続が言った。「で、僕に相談って?」
ようやっと本題に戻ってきた。そして、ウォズと称されるほど何かをしている訳ではない、と解説するタイミングを失ってしまった。だって、ラノベだぞ、こっちは。
「プロダクトアウトで作られてしまった製品をプロモーションしたいの」堀田が言った。「だから、あたしたちはマーケティング的な分析を必要としている」
呼続は笑った。
「堀田さんらしい無茶な要件だなあ」呼続が言った。「悪いけど、断るよ」
「なんですって?」堀田が言った。「まだ内容を一切聞いていない状態で、断るって言うの?」
「プロダクトアウトで作られた製品を売るのは面白いと思うよ。できれば何か協力したい気持ちはある。でも、残念だけど僕は役に立てない」
「呼続よ」金山が言った。「お前のオナニーの時間を邪魔するつもりはないんだ。協力できない理由の説明を求める」
呼続は笑みを湛えながら頷いた。
「ジョブズを自称する金山くんが理由を解らないなんて、意外だね」呼続が言った。金山が、尊大な枕詞は不要だからさっさと話せ、と返した。「だって、ジョブズはマーケティングを嫌っていた、と言うよ。彼は、作りたい物を作っていたんだ。そして、世界を席巻した」
確かにそうだ。ジョブズは、家族が欲しいと言った物を作ったり、ただ自分が作りたい物を作ったのだ、という話を聞いたことがある。これでは、話が逆転してしまうじゃないか。マーケティングやプロモーションが大事だ、という流れではなかったか。
「他人の演説を長々と聞かされるのは好みではないが…」金山が言った。「まずはお前の話を聞くことにしよう」
「例えば、1900年初頭、量産型の自動車開発を目論んでいたフォードが市場調査をした、なんて話がある。ホントか嘘かしらないけど。彼は消費者になる市民に尋ねた。速く移動をしたいか、そのためにはどんなプロダクトがあればいいと思うか。回答は明快で『速く移動するために、足の速い馬が欲しい』だった。だって、彼らは自動車なんて存在を知らなかったんだもの。思い付きもしないよ。馬車が主流の時代に発動機で移動しようなんて考えが突飛だったのさ。これはジョブズだって同じで、ガラケーの世界しか知らない人たちに、スマホが欲しいか、なんて訊いても、意味のある回答なんて得られやしないよ。だから、革新的イノベーションの前にはマーケティングは残念だけど役には立たないよ。プロダクトアウトの製品を売るとはつまり、そういう事さ」
呼続の言葉に、僕らは言葉を失ってしまった。堀田の顔から自信が失われるのが解った。でも、僕は焦った。プロダクトアウトのラノベだとしても、革新的イノベーションでもなんでもないからだ。
「まあ、頑張んなよ」呼続が言った。「何のプロダクトなのかは敢えて訊かないけれど、プロモーションする時にデジマケの観点から協力が必要な場合はまた声をかけてよ。WEB解析やカスタマージャーニーマップ作成くらいなら協力するよ」
僕の言葉に、二人が同時に振り向いた。
「まずはラノベ自体を分析しなければならん」金山が言った。「それには、新たなチート機能に手を出す必要がある。GODモードとまではいかないが、まあ壁をすり抜けられる程度の効果はあるだろうな」
「あたしはあまり気が進まないけどね」エレベーターのボタンを押してから、堀田が言った。「確かに彼とは仕事ではよく絡むけれども、苦手なタイプなのよね…」
「安心しろ」金山が言った。「そういう場合は、相手もそう思っている場合が殆どだ。デジタルマーケティング部の呼続を除いてはな」
「デジマケ? さらに人を集めるのか? そこまで話を大きくするつもりはなかったんだけれどな」
僕らはエレベーターに乗り込んだ。この時間、下降する人は多いが上昇する社員は少ない。いい会社だ。
「的確なプロモーションには的確なマーケティングアプローチが必要だ」金山が言った。「呼続は確かにコミュ力たったの5のアスペ野郎だが、前職がマーケティング会社だったから経験は豊かだ」
「コミュ力53万の君に言われちゃ、その呼続って人も可哀そうだよな」
僕が言うと、堀田が、ふふ、と笑った。
僕らはエレベータを降りた。
「まだ残業してるかしらね?」
堀田が言った。金山が颯爽と歩きながら首肯した。
「奴は合理的な生き方をしている。間違いなく残ってる」
デジマケ部の扉を開けると、既に大半の明かりは消灯していたが、窓際の一部だけ点いていた。なんだか、甘ったるい匂いがする。空調は18時で自動的に切れる仕組みになっているから、それ以降の時間帯は匂いがこもりやすい。
「おい、呼続」
金山が明かりに向かって叫んだ。椅子の背もたれが鳴る音がして、デスクの仕切りから男の顔が覗いた。すぐに理解した。この男、巨漢、というか、肥満体だ。
僕らは呼続の手招きに、歩を進めた。堀田が呟くように、デリカシーがないんだから、と言った。
「金山くんか」呼続が言った。ビニル袋を擦る音が同時に聞こえたのは、彼が菓子パンを手にしていたからだ。「新商品のリリース後の時期に残ってるなんて珍しいね。堀田さんが一緒って事は、広告換算額算出の相談かな?」
「いや、違う」金山が、既に空席になっている隣のデスクの椅子に腰かけながら言った。「もっとプライベートな内容の相談だ」
「プライベート?」呼続が少し驚くように言った。「人生相談を受けるような柄じゃないんだけれどな」
「そうでしょうね」堀田が即座に返した。「金山くんはあなたの事を合理的な人間だと言ったけれど、残念ながらあたしはそうは思わないわ」
「そうだろうね」呼続は笑いながら答えた。嫌味のない笑いだ。「こんな時間に1人で残業していて、さらに小倉マーガリンサンドとMAXコーヒーを貪る人生が合理的には見えないよね」
ただし、この物言いに非常に客観性があるという観点からは、なるほどマーケティングの業務は性に合っているんだろうな。
「堀田よ。外見や見てくれの行動に惑わされるな。これほど合理的な男はいない」金山が言った。「少なくとも呼続は、『自分が何歳まで生きるつもりの生き方をしているのか』に対する明確な回答を持っているし、その計画に従った生活をしているに過ぎない。お前は子供の頃、アリとキリギリスの話を読まなかったのか」
「…もちろん、読んだわよ」堀田が不機嫌そうに言った。「だから? それが何?」
「オオカミ少年の話が、嘘を戒めるのではなく、本来、人を信じ続ける事ができない心の愚かさを示した寓話であるように、アリとキリギリスはコツコツ働かない者を戒める寓話なんかじゃない。大きな間違いだ。あの話は、正に『何歳まで生きる生き方をすべきか』を明確に表している。何故なら、アリには2年も寿命があるのに対し、キリギリスは2ヵ月しかないからだ。2ヵ月で尽きる命だと知っていたら、お前らは盲目的にコツコツ働くのか? 違う。1日1日を大切に、できるだけ人生の幸福度を最大化してから天寿を全うしたいと思う筈だ。キリギリスは従っただけだ。自分の天命に。だから、バイオリンを奏でて歌を歌った。対して、アリはなんだ? 2年の寿命がまるで永遠の時間の様に勘違いしてやがる。冬に向けてコツコツ働くのはいい。だが、キリギリスを非難する権利はない。アリどもを楽しませたキリギリスのバイオリンが労働じゃないと言うのであれば、資本主義の構造上フェアじゃない。そして、自分があとどのくらい生きられるのか、といった感覚値を失った者ほど、自分の人生に真剣ではなくなる。コツコツ働いたアリの大半は、組織の歯車のひとつでしかなかった事にすら気づかないまま、自分の一生がなんだったのか、幸福だったのか、誰かの役に立ったのか、に疑問を抱きつつ、死んでいくんだ。死ぬ直前に何を後悔するのか、どういう気持ちで死にたいのか、を本気で考えながら生きている人間は、取引先とのバーターで福利厚生の名のもと無理やり導入した無名の飲料を定価で売りつけるこのフロアの自動販売機で当たりが出る数よりも少ない」
金山の物言いに、呼続は、ひひひ、と笑った。こういう耳慣れない笑い方は、意図的に癖付けないとなかなか習得できない。人生の覚悟とは、或いはこういう事なのかもしれないな、と思った。
「悪いけど、そろそろ紹介してくれないかな」僕が金山に言った。「僕は初対面なんだから」
僕の言葉に、金山が、まあ焦るな、と言った。
「こいつは鳴海だ」金山が呼続に言った。僕は、鳴海です、と被せた。「営業企画部のスティーブと呼ばれている」
「スティーブ」呼続が笑みを浮かべながら、僕と金山の顔を交互に見ながら言った。「ジョブズの方? ウォズニアックの方?」
否、スティーブなんて呼ばれてない。
「ウォズの方だ」金山が言った。「そして、ジョブズは俺だ。俺がプロデュースをする」
呼続は、また、ひひひ、と笑った。
「じゃあ、革新的なイノベーションを起こせるのは、鳴海さんの方って事だね」呼続が言った。「営業企画部とはあまり交流がないから、色々話を聞けるのは嬉しいよ」
「悪いが呼続、お前は2つ見誤っている」金山が言った。「ひとつは、今回の相談は鳴海の抱える業務の話ではなく、鳴海がプライベートで生み出したとあるプロダクトについての話だ。ふたつめは、営業企画部の人間にマーケティングやプロモーションの話を理解させるのは、縁日の屋台で掬ってきた金魚に芸を仕込むよりも難しいって事だ」
「おいおい」僕が言った。「言うじゃないか」
「お前らの組織はまさにアリの集団だ。天才を殺す凡人の集まりだ。凡人が凡人を指名して出世させ、そいつがまた凡人だけを育て上げて天才を排除する組織構造が染みついてしまってる。だから、どいつと話をしても、金太郎飴の如く紋切り型だ。学生時代は野球部に所属し、大学では文化祭委員会を取り仕切り、今の趣味は偽りのゴルフで、稀に、よさこいという副菜が加わる。そして飲み会の頻度が尋常ではない癖に、毎回仕事の話や上司の悪口ばかりで、一切建設的な会話が為されない。アカデミックな話がなければ、議論もない。それでもって根回しが成立してしまう愚かな組織体だ。よくもまあ、同じような人間ばかり集めてくると感心してしまうが、それが会社にとって、ショッカーを統率するが如く安易で合理的であるから、という事にすら、お前らは気づいていない。大体、販売をすべて代理店に押し付けて、その原動力を手数料やインセンティブだけに偏らせてしまった故に、考える事を停止してしまったんだ。代理店も人参をぶらさげて貰わないと勃起すらできないED野郎に成り下がってしまった。そして、マーケティングやプロモーションの入り込む余地を無くしたんだ。地道で顧客を理解する為の分析や訴求は、手数料というドーピングの前には砂漠の砂程の味しかしない。それは『ロードス』の時代では良かったかもしれないが、『転スラ』の時代ではそうはいかない。お前らはいい加減『ロードス』が今になって40代のオヤジ達向けにしか広告を出していない事に気づくべきだ。つまり、ターゲットから現代の若者を排除する事で生き残る道を選択をした。これは破滅を意味する」
「それは同感だ」僕が言った。「だけれど、それで会社が回っているのも事実だ」
「ああそうだ」金山が言った。「俺たちはお前たちから見れば、何の利益も生み出さないただのコストに過ぎない。おっと、俺は商品企画をしているから、堀田、お前たちは、だな」
「良く解らないけれど」堀田が言った。「その考え方で組織が動いているのであれば、この状況にいる鳴海くんはレアキャラって事ね」
「そんな組織でウォズが力を発揮できるとは思えないもんね」呼続が言った。「で、僕に相談って?」
ようやっと本題に戻ってきた。そして、ウォズと称されるほど何かをしている訳ではない、と解説するタイミングを失ってしまった。だって、ラノベだぞ、こっちは。
「プロダクトアウトで作られてしまった製品をプロモーションしたいの」堀田が言った。「だから、あたしたちはマーケティング的な分析を必要としている」
呼続は笑った。
「堀田さんらしい無茶な要件だなあ」呼続が言った。「悪いけど、断るよ」
「なんですって?」堀田が言った。「まだ内容を一切聞いていない状態で、断るって言うの?」
「プロダクトアウトで作られた製品を売るのは面白いと思うよ。できれば何か協力したい気持ちはある。でも、残念だけど僕は役に立てない」
「呼続よ」金山が言った。「お前のオナニーの時間を邪魔するつもりはないんだ。協力できない理由の説明を求める」
呼続は笑みを湛えながら頷いた。
「ジョブズを自称する金山くんが理由を解らないなんて、意外だね」呼続が言った。金山が、尊大な枕詞は不要だからさっさと話せ、と返した。「だって、ジョブズはマーケティングを嫌っていた、と言うよ。彼は、作りたい物を作っていたんだ。そして、世界を席巻した」
確かにそうだ。ジョブズは、家族が欲しいと言った物を作ったり、ただ自分が作りたい物を作ったのだ、という話を聞いたことがある。これでは、話が逆転してしまうじゃないか。マーケティングやプロモーションが大事だ、という流れではなかったか。
「他人の演説を長々と聞かされるのは好みではないが…」金山が言った。「まずはお前の話を聞くことにしよう」
「例えば、1900年初頭、量産型の自動車開発を目論んでいたフォードが市場調査をした、なんて話がある。ホントか嘘かしらないけど。彼は消費者になる市民に尋ねた。速く移動をしたいか、そのためにはどんなプロダクトがあればいいと思うか。回答は明快で『速く移動するために、足の速い馬が欲しい』だった。だって、彼らは自動車なんて存在を知らなかったんだもの。思い付きもしないよ。馬車が主流の時代に発動機で移動しようなんて考えが突飛だったのさ。これはジョブズだって同じで、ガラケーの世界しか知らない人たちに、スマホが欲しいか、なんて訊いても、意味のある回答なんて得られやしないよ。だから、革新的イノベーションの前にはマーケティングは残念だけど役には立たないよ。プロダクトアウトの製品を売るとはつまり、そういう事さ」
呼続の言葉に、僕らは言葉を失ってしまった。堀田の顔から自信が失われるのが解った。でも、僕は焦った。プロダクトアウトのラノベだとしても、革新的イノベーションでもなんでもないからだ。
「まあ、頑張んなよ」呼続が言った。「何のプロダクトなのかは敢えて訊かないけれど、プロモーションする時にデジマケの観点から協力が必要な場合はまた声をかけてよ。WEB解析やカスタマージャーニーマップ作成くらいなら協力するよ」
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