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そよよ
第8話
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休日で、銀座の通りは歩行者天国になっていた。車道の真中にパラソル付きのテーブルなんかが並べられていたけれど、座っているのは殆どが外国人だ。車道を歩いても良い、と言われても、律儀に歩道を歩いてしまうのが日本人の悲しい性質だよな、と思う。そして、何度来ても、この通りはあまり好きにはなれない。なんとなく高尚な感じがするからだろうか。まだ表参道の方が気さくなイメージだ。
「じゃあさ」ミコが言った。「銀座の、気さくな場所に行ってみる?」
気さくな場所…って、そもそも僕は銀座には詳しくない。なんでミコがそんな事を知っているんだろう。
ミコは、僕の手を取ると、ひっぱって先導した。僕は少し前のめりに倒れこみそうになりながら、回りに変な目で見られる事を警戒して、ミコと歩調を合わせた。
資生堂パーラーの交差点を左折して、すぐ一本目の裏路地に入った。来た事が…多分、ない。僕自身は、慫慂が好きだし、大抵こういう有名な通りを歩くときは、必ず裏路地も攻略しようとするのだけれど、銀座の、この小路には来た事はない。
「どこに連れて行こうとしているの?」
僕が訊いたが、ミコは微笑みを湛えたまま、僕の手をひっぱり続けた。
1ブロックを踏破しそうになったところで、気付いたようにミコが、あ、通り過ぎちゃった、と言うと、僕等は慌てて来た道を引き返した。
「ねえ」僕が、先導するミコに声を掛けた。「僕は、こんな道を歩いた記憶がないよ」
「だから?」
「だから、なんで君が僕を誘導できるのかが理解できないんだ」
僕の言葉に、ミコは足を止めた。僕は、ミコがなんらかの説明をしてくれるのだと期待した。つまり、僕が記憶していない、なんらかの過去が、この道に存在している可能性があるのだ。
「着いたよ」
え?
「着いた…って?」
何か説明してくれる為に立ち止まったんじゃないのか。
しかし、何もない。変哲のない裏路地だ。小料理屋や、間口の狭いビルが密集して立ち並んでいるだけ。
「もう」ミコが言った。「どっち見てるの?」
ミコは、日本料理屋の建物と、その隣の雑居ビルの間の、数十センチ程度の暗闇を指さした。僕は、混乱した。これって、猫の通り道か何かじゃないのか? そういえば、そんなマンガが昔あったな。猫は、こういった隙間に入り込んだ先に、猫だけのファンタジーの世界を持っていて、そこでは猫は人間と同じように歩いて、話して、生活をしているという。
「猫、というより、狐、だけどね」ミコが言った。それから、手を引っ張ると「行くよ」と言った。
行くって、この暗闇に入って行くのか?
「これ、これ」ミコが、暗闇の手前にポツンと立っている、小さな石柱を、その手で、ぽんぽん、と叩いた。そこには、神社の名前が書かれていた。
「神社?」僕は、思わず、周囲の人にも聞こえてしまうくらいの声量で、声を出してしまった。「この、数十センチくらいの隙間に?」
まさしく、異世界への入口とでも形容すべき、隙間だ。普通、こんな石柱に気づかないし、ましてや、この隙間に入って行けるとも思わないだろう。確かに、東京という都市では、ビルとビルの間等の隙間は結構多種多様で、人が入れる隙間もある。こういう通路は業務関係者でなければ通常は通らないから、どんなに都心においても、結構独りになれる場所だったりするし、天気のいい日は、その隙間から見上げる、ビルに切り刻まれた蒼空は、なかなか趣深いものがあったりする。いつか、東京の隙間マップに関する本でも書いてやろうか、と思うくらいだ。
しかし、そんな隙間を通って行かなければならないような神社仏閣が、この銀座という立地に存在している事が、既にカオスだ。
「じゃあさ」ミコが言った。「銀座の、気さくな場所に行ってみる?」
気さくな場所…って、そもそも僕は銀座には詳しくない。なんでミコがそんな事を知っているんだろう。
ミコは、僕の手を取ると、ひっぱって先導した。僕は少し前のめりに倒れこみそうになりながら、回りに変な目で見られる事を警戒して、ミコと歩調を合わせた。
資生堂パーラーの交差点を左折して、すぐ一本目の裏路地に入った。来た事が…多分、ない。僕自身は、慫慂が好きだし、大抵こういう有名な通りを歩くときは、必ず裏路地も攻略しようとするのだけれど、銀座の、この小路には来た事はない。
「どこに連れて行こうとしているの?」
僕が訊いたが、ミコは微笑みを湛えたまま、僕の手をひっぱり続けた。
1ブロックを踏破しそうになったところで、気付いたようにミコが、あ、通り過ぎちゃった、と言うと、僕等は慌てて来た道を引き返した。
「ねえ」僕が、先導するミコに声を掛けた。「僕は、こんな道を歩いた記憶がないよ」
「だから?」
「だから、なんで君が僕を誘導できるのかが理解できないんだ」
僕の言葉に、ミコは足を止めた。僕は、ミコがなんらかの説明をしてくれるのだと期待した。つまり、僕が記憶していない、なんらかの過去が、この道に存在している可能性があるのだ。
「着いたよ」
え?
「着いた…って?」
何か説明してくれる為に立ち止まったんじゃないのか。
しかし、何もない。変哲のない裏路地だ。小料理屋や、間口の狭いビルが密集して立ち並んでいるだけ。
「もう」ミコが言った。「どっち見てるの?」
ミコは、日本料理屋の建物と、その隣の雑居ビルの間の、数十センチ程度の暗闇を指さした。僕は、混乱した。これって、猫の通り道か何かじゃないのか? そういえば、そんなマンガが昔あったな。猫は、こういった隙間に入り込んだ先に、猫だけのファンタジーの世界を持っていて、そこでは猫は人間と同じように歩いて、話して、生活をしているという。
「猫、というより、狐、だけどね」ミコが言った。それから、手を引っ張ると「行くよ」と言った。
行くって、この暗闇に入って行くのか?
「これ、これ」ミコが、暗闇の手前にポツンと立っている、小さな石柱を、その手で、ぽんぽん、と叩いた。そこには、神社の名前が書かれていた。
「神社?」僕は、思わず、周囲の人にも聞こえてしまうくらいの声量で、声を出してしまった。「この、数十センチくらいの隙間に?」
まさしく、異世界への入口とでも形容すべき、隙間だ。普通、こんな石柱に気づかないし、ましてや、この隙間に入って行けるとも思わないだろう。確かに、東京という都市では、ビルとビルの間等の隙間は結構多種多様で、人が入れる隙間もある。こういう通路は業務関係者でなければ通常は通らないから、どんなに都心においても、結構独りになれる場所だったりするし、天気のいい日は、その隙間から見上げる、ビルに切り刻まれた蒼空は、なかなか趣深いものがあったりする。いつか、東京の隙間マップに関する本でも書いてやろうか、と思うくらいだ。
しかし、そんな隙間を通って行かなければならないような神社仏閣が、この銀座という立地に存在している事が、既にカオスだ。
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