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カエルの歌が聴こえない

第4話

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 夜、あんまりくさくさしたものだから、中野の友人を呼び出した。というか、僕が新宿まで行った。
 僕は、道化は苦手な方ではなかった。入社してすぐに配属された部署は法人営業で、その或る意味時代錯誤的な閉鎖的文化故に、取引先のみならず、先輩や上司に対してもお追従やお道化を卒なくこなす事は非常に重要だった。僕のコミュニケーション能力は、この文化下において徹底的に破壊されたと言って過言ではない。あまりにも地雷が多すぎて、一言々々、発声に気を付けなければ、どの言葉が誰の気分をどう害すかなんて解ったものではなかった。わざと罠を仕掛けて、僕が過ちを犯すのを愉しむ人種もいたし、それは大抵、そういった文化下においては、教育の名の元に正当化されてしまう。でも、これは仕方がない。彼らには、客観的基準がないのだ。彼ら自身が同じように教育を受け、それが絶対であると教え込まれ、半ば洗脳され、その文脈の中で十年二十年と生きてくれば、そりゃあ、自分を否定できる訳がない。だから、こういった文化は、とどのつまり、寂しいのだ。お互いに本心を隠したまま、只管届かないSOSを発信している。
 僕はそんな文化において、生き抜く手段として、出来るだけ言葉を話さないか、またはオウム返しする事を学んだ。オウム返しは鏡と同じで、それを批判するのは、自分を批判するのと同じだから、大抵はセーフ。あとはお道化だ。これは色々やった。飲み会の時なんかは、必ず何かしらの芸を仕込んだ。弾けないウクレレを練習した事もあったし、手品なんかを披露した事もあった。これは僕自身、非常に愉快にやれたので、僕はなんとかその世界で生き残る事ができた。だから、未だに当時のメンバとはつきあいがある。が、同時に、他人との正しい距離感という物を完全に失った。もともと早口でコミュニケーションに自信がなかった自分は、さらに訳が解らなくなった。だから、という事でもないが、太宰の描く葉蔵には、大抵のコミュ障がそうであるように、妙なシンパシーを覚えた。
 そういった経験がトラウマになっている訳ではないが、僕は未だに飲み会という物が好きになれないし、できれば参加したくないと思っている。単純に自分の創作活動に時間を使った方が建設的、という事もあるし、やはり、距離感の解らない人と話すのが大変疲れるのだ。
 だから、僕が今回中野の友人を飲みに誘うというのは、かなり稀で、特異な機会だと言っていい。

 クラフトビールの店に入った。本当はウイスキーが好きだが、結局は、珍しい飲み物や香りの強い飲み物が好き。
 テーブル席を案内された。

 僕は、一杯目のビールで唇を濡らしながら、友人にスランプである事を告げた。彼は、話を始める前にミコを召喚してくれよ、と所望した。僕は苦笑しながら、ミコを呼ぶ事にした。が、いつもの様に意識してみても、ミコが出てこない。あれ? と思い、辺りを見渡したら、バーカウンターの中で、バーテンと同じ格好をしたミコが、何やら親しげに、ストゥールに腰かけた男性と話し込んだり、笑ったりしていた…というのは見せかけで、当然ミコは現実の人間とは僕を除いて会話ができないので、会話を弾ませている振りをしているだけだった。

 ミコが、僕の視線に気がついて、というか、気が付く振りをして、笑顔で近寄ってきた。
「なんだ、キミも来てたんだね」
 僕は苦笑いを崩せなかった。
「だんだん登場も手が込んでくるね」
 ミコは、キシシ、と笑った。
「だってこれは…」
「僕が作り出してるっていうんだろ?」
「そう!」
 そう言うと、ミコは僕の隣に腰かけた。あえて意識したつもりはなかったが、バーテンの恰好のミコはいつもとまた雰囲気が違って、華やかだった。
 友人が、おいおい、状況を教えてくれよ、と慌てた。
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