44 / 94
Zayin(ザイン)
第11話
しおりを挟む
自宅に戻り玄関の戸を開けると、すぐにミコがトイレの扉から顔を覗かせた。結局僕が有香といるときには出てこなかったのだから、彼女にとってまずい事はなかったんだろう、と思いながら、靴を脱いだ。
「どうだった?」ミコが訊いて来た。「人妻だったの?」
ああ、それは訊き忘れた。
「どういう状況だったかは、君が一番解ってるだろ」僕が言うと、ミコは頭に手を遣り、そうでした、と小さく舌を出した。「何かあったら僕の意図に構わず出てくる、と言ったミコが出てこなかったんだから、特に何もなかったと認識してるけれど」
「それはどうでしょう」ミコが茶化す様に言って来た。「でもまあ、今の所、ボクが心配しなければならない様な事はないね」
ならいいんだけれど。
僕は部屋に入り、電気を点けた。カーテンを閉めていないので、明かりが点いた瞬間、正面のガラス窓に自分の姿が映った。僕は、不意に目を逸らし、急いでカーテンを閉めた。
「リアルの彼女が出来たら、ってルールは」僕がPCの電源を入れながら、ミコに言った。「条件がちょっと曖昧過ぎたね」
ミコは部屋に入ってくると、ベッドの上に腰かけた。
「どういう事?」
ミコが訊いて来た。
「いや…」僕は、今日、有香との間に感じた事を思い出し、それをミコに言おうと思ったが、それは彼女を傷つけると思い、止めようとしたが、よく考えれば彼女はそれを解っている筈なので、やっぱり言う事にした。「多分解ってると思うけど、今日、有香と半日一緒にいて感じたんだ」
僕の言葉に、ミコは頷いた。
「言いたい事、解るよ」ミコが静かに言った。「ボクが役目を終えるのは、単純にリアルな彼女が代替するからではないもんね」
「そうなんだ」僕が言った。「僕は別に、リアルな彼女が君と置き換わるとは思っていない。そりゃ、生身の人間の温もりなんかは求めているのかもしれないけれど」
「でも」ミコが言った。「それは多分、ボクでも満たせるもんね…?」
僕は首肯した。
「ミコとのセックスは成功してないけれど、手を握れば体温を感じられるくらい、僕の脳は君を精巧に作り出してる」僕の言葉に、ミコは頷いた。「だから、別に彼女、という立場でなくてもいいんだ、きっと。現実世界において、ダイアローグを実現できる人と出会えれば。極端な話、女性でなくてもいいのかも」
僕の言葉に、ミコは声をたてて笑った。
「そうだよね」ミコが言った。「でも、ちょっと落ち着いて欲しいな。真剣になり過ぎ、とは言わないけどさ」ミコは続けた。「そこのルールは、ボクが言う事じゃないかもしれないけど、ブレない方がいいと思うよ」
この辺りの管理は、僕なんかよりも、タルパのミコの方がずっとしっかりしてるな。
「ごめん、そうだね」僕が言った。「ありがとう」
「ううん」ミコが言った。「ボクが出来るのは、飽くまでキミの手助けだけだから。ルールは今まで通り、単純に、リアルの彼女ができたら、にしとこ?」
僕は首肯した。
PCは疾くに起動していた。僕は自分の鞄を探り、有香から借り受けたCDを取り出そうとした…が。
「ない」
CDがなかった。おかしい。彼女と別れてから、財布を取り出す以外に鞄を開けていない。
「どうしたの?」ミコが怪訝な面持ちで僕の顔を覗いて来た。
「いや…」僕が独り言の様に言った。いや、ミコとの会話も全て独り言か。「有香から借りたCDがないんだ」
僕の言葉に、ミコは大きな目を数回ぱちくりさせた。
「音楽喫茶で筆談した時に借りた、Zayinって曲の入ったCD?」
そうだよ。解ってるじゃないか。
「どこかで落とした記憶はないんだけれど…」
すると、ミコが、ベッドの上を指さした。そこには、CDが置かれていた。
「ほら」ミコが言った。「これでしょ?」
それです。
「なんでミコが持ってるの? どうやって鞄から出した?」
「どうやった…って…」
僕は少し頭が混乱した。僕が無意識のうちに、鞄から取り出していたのだろうか。それって、知らない間にミコが僕を乗っ取って、取り出したって事? 否、それはM3の時にミコ自身が否定しているから、ないか…。
ともあれ、僕はCDを取り出すと、PCに挿入し、取り込みを開始した。ミコが、僕の横に顔を並べて、興味深そうに画面を眺めている。
「ねえねえ」ミコが言った。「そのZayinって曲、ボクが歌ってあげようか?」
僕は微笑を作り、頷いた。
ミコは、曲に合わせて、気持ちよさそうに歌った。僕は、有香も同じような歌い方をするんだろうか、と思いながら、曲に聴き入った。
第5章のテーマ曲である「Zayin」を、以下のリンクより視聴いただけます。是非、聴いてみてくださいね!
https://www.nicovideo.jp/watch/sm26793330
※リンクで直接飛べない場合は、楽曲名で検索してください
「どうだった?」ミコが訊いて来た。「人妻だったの?」
ああ、それは訊き忘れた。
「どういう状況だったかは、君が一番解ってるだろ」僕が言うと、ミコは頭に手を遣り、そうでした、と小さく舌を出した。「何かあったら僕の意図に構わず出てくる、と言ったミコが出てこなかったんだから、特に何もなかったと認識してるけれど」
「それはどうでしょう」ミコが茶化す様に言って来た。「でもまあ、今の所、ボクが心配しなければならない様な事はないね」
ならいいんだけれど。
僕は部屋に入り、電気を点けた。カーテンを閉めていないので、明かりが点いた瞬間、正面のガラス窓に自分の姿が映った。僕は、不意に目を逸らし、急いでカーテンを閉めた。
「リアルの彼女が出来たら、ってルールは」僕がPCの電源を入れながら、ミコに言った。「条件がちょっと曖昧過ぎたね」
ミコは部屋に入ってくると、ベッドの上に腰かけた。
「どういう事?」
ミコが訊いて来た。
「いや…」僕は、今日、有香との間に感じた事を思い出し、それをミコに言おうと思ったが、それは彼女を傷つけると思い、止めようとしたが、よく考えれば彼女はそれを解っている筈なので、やっぱり言う事にした。「多分解ってると思うけど、今日、有香と半日一緒にいて感じたんだ」
僕の言葉に、ミコは頷いた。
「言いたい事、解るよ」ミコが静かに言った。「ボクが役目を終えるのは、単純にリアルな彼女が代替するからではないもんね」
「そうなんだ」僕が言った。「僕は別に、リアルな彼女が君と置き換わるとは思っていない。そりゃ、生身の人間の温もりなんかは求めているのかもしれないけれど」
「でも」ミコが言った。「それは多分、ボクでも満たせるもんね…?」
僕は首肯した。
「ミコとのセックスは成功してないけれど、手を握れば体温を感じられるくらい、僕の脳は君を精巧に作り出してる」僕の言葉に、ミコは頷いた。「だから、別に彼女、という立場でなくてもいいんだ、きっと。現実世界において、ダイアローグを実現できる人と出会えれば。極端な話、女性でなくてもいいのかも」
僕の言葉に、ミコは声をたてて笑った。
「そうだよね」ミコが言った。「でも、ちょっと落ち着いて欲しいな。真剣になり過ぎ、とは言わないけどさ」ミコは続けた。「そこのルールは、ボクが言う事じゃないかもしれないけど、ブレない方がいいと思うよ」
この辺りの管理は、僕なんかよりも、タルパのミコの方がずっとしっかりしてるな。
「ごめん、そうだね」僕が言った。「ありがとう」
「ううん」ミコが言った。「ボクが出来るのは、飽くまでキミの手助けだけだから。ルールは今まで通り、単純に、リアルの彼女ができたら、にしとこ?」
僕は首肯した。
PCは疾くに起動していた。僕は自分の鞄を探り、有香から借り受けたCDを取り出そうとした…が。
「ない」
CDがなかった。おかしい。彼女と別れてから、財布を取り出す以外に鞄を開けていない。
「どうしたの?」ミコが怪訝な面持ちで僕の顔を覗いて来た。
「いや…」僕が独り言の様に言った。いや、ミコとの会話も全て独り言か。「有香から借りたCDがないんだ」
僕の言葉に、ミコは大きな目を数回ぱちくりさせた。
「音楽喫茶で筆談した時に借りた、Zayinって曲の入ったCD?」
そうだよ。解ってるじゃないか。
「どこかで落とした記憶はないんだけれど…」
すると、ミコが、ベッドの上を指さした。そこには、CDが置かれていた。
「ほら」ミコが言った。「これでしょ?」
それです。
「なんでミコが持ってるの? どうやって鞄から出した?」
「どうやった…って…」
僕は少し頭が混乱した。僕が無意識のうちに、鞄から取り出していたのだろうか。それって、知らない間にミコが僕を乗っ取って、取り出したって事? 否、それはM3の時にミコ自身が否定しているから、ないか…。
ともあれ、僕はCDを取り出すと、PCに挿入し、取り込みを開始した。ミコが、僕の横に顔を並べて、興味深そうに画面を眺めている。
「ねえねえ」ミコが言った。「そのZayinって曲、ボクが歌ってあげようか?」
僕は微笑を作り、頷いた。
ミコは、曲に合わせて、気持ちよさそうに歌った。僕は、有香も同じような歌い方をするんだろうか、と思いながら、曲に聴き入った。
第5章のテーマ曲である「Zayin」を、以下のリンクより視聴いただけます。是非、聴いてみてくださいね!
https://www.nicovideo.jp/watch/sm26793330
※リンクで直接飛べない場合は、楽曲名で検索してください
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
女の胸には男のロマンが詰まっているなんて真っ赤な嘘よ!
さいとう みさき
青春
「おっぱい」
それは神。
「おっぱい」
それは男の希望。
全てのおっぱいを愛する紳士諸兄に贈る少女のおっぱいをめぐる逸話。
君は「おっぱい」に希望を見出せるだろうか?
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
未来の貴方にさよならの花束を
まったりさん
青春
小夜曲ユキ、そんな名前の女の子が誠のもとに現れた。
友人を作りたくなかった誠は彼女のことを邪険に扱うが、小夜曲ユキはそんなこと構うものかと誠の傍に寄り添って来る。
小夜曲ユキには誠に関わらなければならない「理由」があった。
小夜曲ユキが誠に関わる、その理由とは――!?
この出会いは、偶然ではなく必然で――
――桜が織りなす、さよならの物語。
貴方に、さよならの言葉を――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる