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Zayin(ザイン)
第7話
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風俗店やラブホの前を通り過ぎて、正直、再会したばかりの有香と歩くのは恥ずかしかったが、場違いに西洋風の古い軒が一部立ち並んでおり、彼女は、そのうちの一軒だと示した。昭和初期くらいの建物だろうか。
古い木の扉には、私語禁止、撮影禁止、の文字が。なるほど。
有香は、慣れた手つきで扉を開けた。外が明るいのに対し、室内は随分暗がりだった。近代の凝ったインテリアの照明演出、ではなく、恐らくは開店当時からそうであっただろう電球の配置によるものだった。興味深い事に、椅子はその殆どが、電車の座席のように同じ方向を向いており、その先には壁に埋め込まれた巨大なスピーカーがあった。そして、そこからクラシック音楽、僕は明るくないので誰のなんて曲かは知らないが、が流れており、どこから集まったのか解らないくらい、多くの人が、確かに私語をする事なく、コーヒーを飲んだり本に目を落としたりしながら、音楽を浴びるように聴いていた。
僕等の存在に気づいた店員が、狭い通路の奥からやってくると、声をかけられる前に、有香は2本指を立て、小声で、2名で、2階席いいですか、と言った。が、聞こえなかったらしく、何名様ですか、と訊いて来た。僕は、同じく指を2本立てて、2名で、2階の席を希望です、と答えた。店員は少し怪訝な表情を見せると、僕等を2階へ案内した。そう、気付かなかったけれど、この店、スピーカー部分が吹き抜けになっていて、小さなオペラ劇場みたいに客席が2層構造になっているのだ。
僕等は、スピーカーの脇の、窓際の2人並んで腰かけられる席に案内された。なるほど、椅子が同じ方向を向いているから、2人で来ると、必ず横並びに座る事になる。これなら筆談は現実的かもしれないな。
メニューを持ってきた店員に対し、コーヒーを2つ、文字通り、指示した。すぐにコーヒーがやってきたが、店員は僕の前に2つとも置いた。失礼だな、と思いながら、僕はそのうちの1つを有香の前に置いてやった。
有香は、早速、紙とペンを取り出すと、テーブルの上の、僕等のちょうど真中の位置に置いた。有香が、歯を見せて笑顔を作りながら、仕草で僕に何か書く事を促した。僕は、少し考えてから、鉛筆を取り上げると、ここの店員、ちょっと失礼だよね、と書いた。彼女は僕の手から鉛筆をとった。手が少しだけ触れて、彼女の温もりが感じられた。
(少ない言葉数で接客しなければいけないから、大変なんだよ、きっと)
彼女らしい回答だ。
(こんな店、どうやって見つけたの?)
彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
(内緒)
内緒ねえ。
(さすがに、渋谷の風俗街にこんな落ち着いた喫茶店があるとは思わなかったよ)
タイミングよく、彼女に鉛筆を渡す。筆談って、したことなかったけれど、相手が書いている時間や、少しずつ出来上がっていく言葉を見ているのが面白い。これって、パソコンとかキーボード使ってやるとまた違うのかな。普段早口の僕からすると、こんなに緩やかで落ち着いた会話は新鮮だ。文字として表れるから、書いている途中に若干推敲もできるし、話し言葉よりも伝達率は高いのかもしれないな。
(意外でしょ)彼女が書いた。(時々、インスピレーションが湧かない時、ここに来て歌詞を考えるんだよ)
きっと、こうやって紙と鉛筆で考えるんだろうな。そういえば、彼女は学生時代も、詩を書くときは紙と鉛筆だった様に思う。
僕は、彼女から鉛筆を取り上げた。
(それで)僕はゆっくりと書いた。(有香の歌詞のCDは見せて貰えるの?)
有香は僕と目を合わせてから、数度頷くと、鞄から1枚のCDを取り出した。
古い木の扉には、私語禁止、撮影禁止、の文字が。なるほど。
有香は、慣れた手つきで扉を開けた。外が明るいのに対し、室内は随分暗がりだった。近代の凝ったインテリアの照明演出、ではなく、恐らくは開店当時からそうであっただろう電球の配置によるものだった。興味深い事に、椅子はその殆どが、電車の座席のように同じ方向を向いており、その先には壁に埋め込まれた巨大なスピーカーがあった。そして、そこからクラシック音楽、僕は明るくないので誰のなんて曲かは知らないが、が流れており、どこから集まったのか解らないくらい、多くの人が、確かに私語をする事なく、コーヒーを飲んだり本に目を落としたりしながら、音楽を浴びるように聴いていた。
僕等の存在に気づいた店員が、狭い通路の奥からやってくると、声をかけられる前に、有香は2本指を立て、小声で、2名で、2階席いいですか、と言った。が、聞こえなかったらしく、何名様ですか、と訊いて来た。僕は、同じく指を2本立てて、2名で、2階の席を希望です、と答えた。店員は少し怪訝な表情を見せると、僕等を2階へ案内した。そう、気付かなかったけれど、この店、スピーカー部分が吹き抜けになっていて、小さなオペラ劇場みたいに客席が2層構造になっているのだ。
僕等は、スピーカーの脇の、窓際の2人並んで腰かけられる席に案内された。なるほど、椅子が同じ方向を向いているから、2人で来ると、必ず横並びに座る事になる。これなら筆談は現実的かもしれないな。
メニューを持ってきた店員に対し、コーヒーを2つ、文字通り、指示した。すぐにコーヒーがやってきたが、店員は僕の前に2つとも置いた。失礼だな、と思いながら、僕はそのうちの1つを有香の前に置いてやった。
有香は、早速、紙とペンを取り出すと、テーブルの上の、僕等のちょうど真中の位置に置いた。有香が、歯を見せて笑顔を作りながら、仕草で僕に何か書く事を促した。僕は、少し考えてから、鉛筆を取り上げると、ここの店員、ちょっと失礼だよね、と書いた。彼女は僕の手から鉛筆をとった。手が少しだけ触れて、彼女の温もりが感じられた。
(少ない言葉数で接客しなければいけないから、大変なんだよ、きっと)
彼女らしい回答だ。
(こんな店、どうやって見つけたの?)
彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
(内緒)
内緒ねえ。
(さすがに、渋谷の風俗街にこんな落ち着いた喫茶店があるとは思わなかったよ)
タイミングよく、彼女に鉛筆を渡す。筆談って、したことなかったけれど、相手が書いている時間や、少しずつ出来上がっていく言葉を見ているのが面白い。これって、パソコンとかキーボード使ってやるとまた違うのかな。普段早口の僕からすると、こんなに緩やかで落ち着いた会話は新鮮だ。文字として表れるから、書いている途中に若干推敲もできるし、話し言葉よりも伝達率は高いのかもしれないな。
(意外でしょ)彼女が書いた。(時々、インスピレーションが湧かない時、ここに来て歌詞を考えるんだよ)
きっと、こうやって紙と鉛筆で考えるんだろうな。そういえば、彼女は学生時代も、詩を書くときは紙と鉛筆だった様に思う。
僕は、彼女から鉛筆を取り上げた。
(それで)僕はゆっくりと書いた。(有香の歌詞のCDは見せて貰えるの?)
有香は僕と目を合わせてから、数度頷くと、鞄から1枚のCDを取り出した。
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