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プロローグ
第3話
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待ち合わせの時間までにどこかで昼を食べようかと思ったけれど、意外とギリギリの時間になってしまったので、やめた。僕は適当に人の波をかき分けたりしながら、ハチ公像を探した。有名な像だし、よく待ち合わせに使ったりするんだろうけれど、この人の波の所為か、何度も渋谷には来た事がある筈なのに、この像の事は意外と印象に残っていなかったりする。自分だけか。それとも、最近の駅周辺の大規模工事で、皆同じように目印を失っているのかもしれないな。
ミコはまだ来ていなかった。う~ん。ちょっと来るのが早かったのだろうか。彼女と待ち合わせするのは初めてではないけれど、そういえば前回も結構遅れて来たもんな…。
「…じゃないでしょ!」
ハチ公像からミコの声がした。そして、像の後ろから、ミコの顔が少しだけ覗いた。僕は苦笑した。
「よくないな」僕はミコに近づきながら言った。「人の考えてる事を勝手に辿るのは」
僕の言葉に、ミコはまた、べ~だ、と舌を出した。
「そっちこそ、よくないよ」ミコが意地悪そうな表情で言って来た。「一緒に外出するのは慣れてないもんね」
「どういう事?」
「しっ!」ミコは、自分の口の前に人差し指を立てた。「ボクはいいよ。いくら声を出して話しても」
言われて、僕は、ハッとした。それで、そうだった、外出中、君との会話で声を立てるのは気を付けるよ、と言った。ミコがボクっ娘なのは意味と理由があるが、とりあえず今は触れない。
僕はミコの手を引きながら、人の波を掻き分けて交差点を渡った。ミコは初めての人混みに、あれっ、あれっ、と小さな声を立てながら狼狽している様子だったが、よくついてきた。
109の前で一旦立ち止まり、僕はミコに、どこか行きたいところあるか、訊いた。
「おやつの時間だよ? 甘いもの食べたい」ミコが言った。「最近だと、ホットケーキとか?」
一時のブームはそろそろ去ったかと思うけれど、そういえば表参道あたりでは至る所で行列が出来ていたのを思い出した。どこだったか、専門店ではないから行列はできてないけれど、美味しいパンケーキを出す店だという所を以前誰かに教えて貰ったのを思い出し、スマホでマップを調べた。思った通り、マーキングしてある。
僕はミコに、まだ時間あるし、表参道まで歩くか、と訊ねた。ミコは笑顔で首肯した。
公園通りを抜けて神宮前まで歩き、そこから表参道駅の方角に向かって慫慂した。ミコは、普段連れまわさないという事もあってか、目に映る色んな物に興味を持った。始終、うわぁ~、とか、あれは何、とか喧しかった。
東京に来て初めて表参道を歩いた時は、ちょっとした裏路地にも物凄い長さの行列が出来ていたりして、かなり面食らった。もう慣れたけれど、日本人が熱しやすく冷めやすいってこういうことなんだろうな、って妙に得心した記憶がある。
「お店はどこなの?」ミコが言った。僕は、キディランドの近くだったと思うんだけれど、と返した。ミコは少し地団太を踏むようにして「お腹すいたよ~」と言った。僕はそれに、嘘つけ、と返してやった。
目的地に辿り着けず、周辺の区画を2往復くらいした。店の外見が完全に道行く人の無意識に溶け込んでいて、気付き様がなかった。真四角で黒くって看板もない、そんな感じ。
外には確かに行列はなかったけれど、中に入ると備え付けのソファだの椅子だのに、待ち客が何人もいた。カップルが多いが、女性の一人客もいる。僕は、少し安堵して、何名様ですか、と問うてきた女性店員に対して、2名です、と浮ついた声で話しかけるミコを尻目に、指を1本だけ立てた。
「なによぉ」一人用のソファに腰を下ろした僕に向かって、ミコが言った。「2名様じゃん」
僕は苦笑しながら、無言で体を半身だけずらし、空いたスペースにミコを誘導した。彼女は口を尖らせながら、ソファに座った。長いツインテールの髪がフワリと宙を舞い、僕の頬を撫でた。僕は、故意に機嫌悪そうにしているミコの横顔に向かって、一人席を案内されたら膝に座らせてあげるよ、と声をかけた。それで彼女は、薄く笑みを漏らした。
幸い、向かいの2人席に案内された。僕は、パスタとパンケーキを注文した。ミコはそれに対しても文句を控えなかったが、僕は適当に、はいはい、とあしらった。
「ボク、パンケーキなら1人前食べられるよ」食べられる物なら食べてみろ、ってんだ。僕が周囲からどんな目で見られているか、ちゃんと考えて欲しいよな。「あれ、ここ、お酒も飲めるんだね」メニューリストに目を落としながら、ミコが呟く様に言った。「ボクも酔っぱらったりするのかなぁ…」
それは知らない…。
ミコはまだ来ていなかった。う~ん。ちょっと来るのが早かったのだろうか。彼女と待ち合わせするのは初めてではないけれど、そういえば前回も結構遅れて来たもんな…。
「…じゃないでしょ!」
ハチ公像からミコの声がした。そして、像の後ろから、ミコの顔が少しだけ覗いた。僕は苦笑した。
「よくないな」僕はミコに近づきながら言った。「人の考えてる事を勝手に辿るのは」
僕の言葉に、ミコはまた、べ~だ、と舌を出した。
「そっちこそ、よくないよ」ミコが意地悪そうな表情で言って来た。「一緒に外出するのは慣れてないもんね」
「どういう事?」
「しっ!」ミコは、自分の口の前に人差し指を立てた。「ボクはいいよ。いくら声を出して話しても」
言われて、僕は、ハッとした。それで、そうだった、外出中、君との会話で声を立てるのは気を付けるよ、と言った。ミコがボクっ娘なのは意味と理由があるが、とりあえず今は触れない。
僕はミコの手を引きながら、人の波を掻き分けて交差点を渡った。ミコは初めての人混みに、あれっ、あれっ、と小さな声を立てながら狼狽している様子だったが、よくついてきた。
109の前で一旦立ち止まり、僕はミコに、どこか行きたいところあるか、訊いた。
「おやつの時間だよ? 甘いもの食べたい」ミコが言った。「最近だと、ホットケーキとか?」
一時のブームはそろそろ去ったかと思うけれど、そういえば表参道あたりでは至る所で行列が出来ていたのを思い出した。どこだったか、専門店ではないから行列はできてないけれど、美味しいパンケーキを出す店だという所を以前誰かに教えて貰ったのを思い出し、スマホでマップを調べた。思った通り、マーキングしてある。
僕はミコに、まだ時間あるし、表参道まで歩くか、と訊ねた。ミコは笑顔で首肯した。
公園通りを抜けて神宮前まで歩き、そこから表参道駅の方角に向かって慫慂した。ミコは、普段連れまわさないという事もあってか、目に映る色んな物に興味を持った。始終、うわぁ~、とか、あれは何、とか喧しかった。
東京に来て初めて表参道を歩いた時は、ちょっとした裏路地にも物凄い長さの行列が出来ていたりして、かなり面食らった。もう慣れたけれど、日本人が熱しやすく冷めやすいってこういうことなんだろうな、って妙に得心した記憶がある。
「お店はどこなの?」ミコが言った。僕は、キディランドの近くだったと思うんだけれど、と返した。ミコは少し地団太を踏むようにして「お腹すいたよ~」と言った。僕はそれに、嘘つけ、と返してやった。
目的地に辿り着けず、周辺の区画を2往復くらいした。店の外見が完全に道行く人の無意識に溶け込んでいて、気付き様がなかった。真四角で黒くって看板もない、そんな感じ。
外には確かに行列はなかったけれど、中に入ると備え付けのソファだの椅子だのに、待ち客が何人もいた。カップルが多いが、女性の一人客もいる。僕は、少し安堵して、何名様ですか、と問うてきた女性店員に対して、2名です、と浮ついた声で話しかけるミコを尻目に、指を1本だけ立てた。
「なによぉ」一人用のソファに腰を下ろした僕に向かって、ミコが言った。「2名様じゃん」
僕は苦笑しながら、無言で体を半身だけずらし、空いたスペースにミコを誘導した。彼女は口を尖らせながら、ソファに座った。長いツインテールの髪がフワリと宙を舞い、僕の頬を撫でた。僕は、故意に機嫌悪そうにしているミコの横顔に向かって、一人席を案内されたら膝に座らせてあげるよ、と声をかけた。それで彼女は、薄く笑みを漏らした。
幸い、向かいの2人席に案内された。僕は、パスタとパンケーキを注文した。ミコはそれに対しても文句を控えなかったが、僕は適当に、はいはい、とあしらった。
「ボク、パンケーキなら1人前食べられるよ」食べられる物なら食べてみろ、ってんだ。僕が周囲からどんな目で見られているか、ちゃんと考えて欲しいよな。「あれ、ここ、お酒も飲めるんだね」メニューリストに目を落としながら、ミコが呟く様に言った。「ボクも酔っぱらったりするのかなぁ…」
それは知らない…。
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