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12章:二號研究が成功した世界線を夢見るのは俺の趣味じゃないが、それは断じて悪い夢じゃない

第1話

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 俺は、7つ目の駅…それは意外にも品川駅から数駅の、平和島駅だった…のコインロッカーの前で、何もできずに、立ち尽くしていた。何故なら、この駅のコインロッカーは全て現金式だったからだ。全く、頭を悩ませやがる。豊橋が送ってきた最後の座標は、確かに平和島駅を指している。さっきから5回くらい確認しているから間違いない。とすると、どうすればいい。ICカードではロッカーを開ける事ができない。即ち、豊橋がブツの最後の欠片を持ってのこのこやってきた所で、それをロッカーの中に仕舞う事ができないって訳だ。
 俺は一旦コインロッカーを離れると、トランシーバーで豊橋を呼び出した。が、応答しない。30秒おきに5分程度に渡って呼びかけたが、応答がない。電池が切れたとも思えない。あの豊橋なら、あらゆる状況で応答はするはずだ。という事は、電波が届かない場所にいるのか、豊橋の身に何かがあったのか、それとも、コインロッカーが現金式である事を解っていて故意に応答しないのか。
「チッ」俺は思わず舌打ちをした。「最悪、豊橋にハメられるシナリオも想定しておいた方がよさそうだな」
 物の本によると、グリーンランドは、名前こそ緑だが、氷だらけで人が住めるような土地じゃないらしい。翻って、アイスランドは、緑豊かで楽園だと聞く。度し難い物で、人を騙したいときには、実情とは逆張りの名称を付けて欺いたりするのは常套手段だ。つまり、この平和島は、全くもって平和な場所ではない。昼間からストロング系チューハイを片手にボートレースの新聞を読み漁る連中の多さを見ても、それは計り知れる。そして俺は、そんな土地で死にたくない。

 俺はイライラしながらも、ビデオの録画ボタンを押した。レンズは、コインロッカーの方に向け、ライブ配信を開始した。
「ゴールドフンガーだ。配信が断片的であることは謝罪するべきだし、諸君らも何時間もつきあわされるのに、そろそろ飽きてきた頃だろう」俺が言った。「諸君の期待通りかどうかは正直興味がないが、トラブル発生だ。俺がずっと交通系ICカードを使って、ここまで6箇所のコインロッカーを開けてきた事は、諸君もご存知の通りだ。だが、7つ目で座礁している。ここは…へっ、cicadaに最も似つかわしい駅のひとつだろうな。平和島駅だ。そして、俺が目下経験中のトラブルというのは、つまり、コインロッカーを開けられない、という事象だ。何故開けられないか。要因は実に明快かつ簡便で、この腐れた駅に設置されたコインロッカーは、現金式でICカードでは開けられないからだ。確かに、現金を入れれば開けられるだろう。俺がそれをやらないのは、俺がケチだからじゃない。どのロッカーを開けていいか解らないからだ」
 或いは、ICカードを豊橋に渡して何らかスキミングさせれば、最後に開けるロッカーの番号が判明するのかもしれない。だが、豊橋はトランシーバーに応答しない。
「さあ、どうしたものかな」俺はカメラの風防付きマイクに向かって言った。「このまま呆然と待っていれば、何も知らないギルガメッシュがやってきて、ロッカーが開かない、ブツを入れられない、と泣き始めるだろうか。それはそれで一興だが、今回は命がかかっている」俺は、片手でトランシーバーを取り上げると、豊橋に呼びかけた。「ギルガメッシュよ、聞こえるか。聞こえたら応答しろ」だが返答はなかった。「不安になるぜ。俺はこうしてライブ配信を続けているが、諸君らに話しかけ続けないと精神を安定させられないくらいには不安だ。いくつかの起こりうるパターンを考えているが、HSP性向の高い俺は、常に最悪のパターンを考えてしまう。最悪なパターン。さあ、なんだろうな。豊橋がアノニマスと一緒に、あのホームに続く階段から降りてきて、俺を何らかの方法で殺すような近未来かな。諸君らにとっては、なかなかエモいシナリオかもしれない」

 が、その予想に反して、豊橋は一人でホームの階段を降りてきた。その様子は、平常だ。焦っている風でも、挙動不振な訳でもない。いつもの豊橋だ。そして、少し離れた場所からコインロッカーを狙っている俺には気づいていない。どうすればいい? 声をかけるべきか? 然し、この状況にあるにも関わらず、トランシーバーに応答しなかったというのは解せない。つまり、豊橋は故意にトランシーバーに反応しなかった。この理由は次の2つのうち、どちらかだ。俺をハメるためか、俺を護るため。さあ、どっちだ。
 俺は、そのまま観測を続けた。豊橋は、あたりを伺うでもなく、一直線にコインロッカーに向かった。脇に、何やら銀色の丈夫そうな袋を抱えている。なるほど、その中に最後のブツがある訳だ。だが、ロッカーは開いていない。そもそも、連絡が取れていないから、今までの6つの駅のように、どのロッカーが開いたか、を俺は伝えていない。だが…。
「なんだと…?」俺は、思わず声を漏らした。これは、ライブ配信にも伝わっている筈だ。「諸君、ギルガメッシュの様子が解るだろうか。俺は、どうすればいいんだ」
 豊橋は、躊躇なくズボンのポケットに手を入れると、コインロッカーの鍵を取り出したのだ。そんな示し合わせは、当然やってない。じゃあ、なんだってんだ。ヤツは、どこまで状況が解ってる? 俺がロッカーを開けられなかった事、配信をしている事は、恐らく認識しているだろう。となると、あの鍵の存在は、何らかの方法で入手しておきながら、俺には言わなかった内容のひとつって事だ。
 俺は、脇腹を冷や汗が辿るのを感じながら、トランシーバーの通話スイッチを押した。そして、ギルガメッシュ、聞こえるか、と小さな声で話した。しかし、豊橋がトランシーバーを取り出す様子はなかった。もっと言えば、ヤツはトランシーバーを持っていない。どこかで廃棄してきたのか? 何の為に?
 豊橋は、コインロッカーの一つを、その鍵で以て開けると、銀の袋をその中に入れ、ロッカーの扉を閉めた。それから、何のためらいや確認もなく、ホームの階段を登っていった。鍵は、ロッカーに挿さったまま…。つまり、誰にでも開けられる状態だ。つまり…「善意の第三者が間違ってそのロッカーを開ける」前に、アノニマスはこの場所にやってくる、という事だ。

 やばいぞ。どうする。改札を出て、何も知らなかった事にするか? それとも…。
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