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コトリ祭 -3-
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「お姉ちゃんいる?」
僕らは全員、入口の方を見遣った。そこには髪の毛をツインテール様に結わえたアスカが立っていた。ううむ…このカフェはもしや、僕の知らない、皆の溜まり場だったのだろうか…。アスカはランドセルを背負い、手提げ袋には…変わった形の鍵盤ハーモニカが入っている。
「そうか、出校日だったのか」
「違うよ、音楽部の活動だよ」
僕が訊くと、アスカはそう答えた。小学校だと、吹奏楽部とかじゃなくて、音楽部、だよなあ。
「へえ、アスカちゃん、音楽部だったんだ。それで鍵盤ハーモニカを持ってるんだ」
「ん? なんだって?」僕の言葉に反応したのは、野辺だった。「圷、お前、今、なんつった? 鍵盤ハーモニカだと?」
「なんだなんだ? 鍵盤ハーモニカ以外の呼び方があるのか?」
僕の狼狽に、野辺は、ククク、と笑った。
「これだから陸から来た人間はなぁ…。これは鍵盤ハーモニカじゃないぞ?」
確かに、僕が知っているあの楽器とは少し形状が違う。横長というよりは、なんだか小型のグランドピアノみたいなデザインだけれど…。
「ウミ、これは鍵盤ハーモニカじゃないの?」
僕はウミに助けを求めた。ウミも、ケラケラと笑った。
「そうだね、それは鍵盤ハーモニカじゃないね」
「いや、だって、小学校で習う楽器といったら、リコーダーか鍵盤ハーモニカだろ?」僕は、アスカにそのグランドピアノの赤ちゃんみたいな楽器を渡すように仕草で催促した。僕はそれを受け取ると、本体を回転させながら仕組みを伺い、ついにマウスピースノズルの差込口を発見した。「ほら!」僕は顔を上げて挿入口を指さした。「あるじゃん。ここにノズルを差し込んで、息を吹き込みながら演奏をするんだろ? アスカちゃん、ノズルノズル」
アスカは、あたしが口をつけたやつだからね、ユウにいちゃんは吹かないでよね、と悪態をつきながら、手提げ袋から見慣れたノズルを取り出すと、僕に渡してきた。僕はそれを挿入口に差し込んだ。
「アスカちん」アメリが呼びかけた。「息を入れてあげたら?」
アスカは悪戯そうな笑顔を作ると、うん、と頷き、マウスピースを口に含んだ。
「そうか…ピアニカだな」僕が言った。「ここでは、鍵盤ハーモニカとは言わずに、ピアニカというんだ。ホッチキスとステープラーの関係と一緒だよ。それか、メロディオン」
「いいから、音を出してみたら」
ウミは微笑を崩さず、両手で頬杖を突きながら、促した。僕は鍵盤楽器に…というか、楽器全般に自信がなかったので、その楽器をアスカに戻した。
アスカは大きく息を吸うと、手慣れた指さばきで何やら曲を吹き始めた。その音色に…僕は驚きを隠せなかった。何故なら、それは、僕がよく知っている鍵盤ハーモニカとは全く違う、予想しようもない音色だったからだ。
「なんだそれ?」僕は思わず声を上げてしまった。「リコーダーかな? リコーダーなのか?」
野辺が笑った。
「だから、違うんだって。これは『アンデス』」
「アンデスだよね、アスカちん」
アメリが言った。
「そう、アンデス」
アスカが答えるように繰り返した。
「そうだよ、ユウくん、それはアンデスだよ」
ウミが続いた。なんなんだよ一体…。そんな、島限定みたいなローカル楽器が存在するのか?
アスカはそのまま、今練習しているであろう楽曲を、間違えることなく見事に演奏してみせた。なるほど、その音色は唸るほどきれいだ。形や奏法は鍵盤ハーモニカなのに、音はリコーダーそのものだなんて…。という事は、この島ではリコーダーは練習しないのだろうか。
「お姉ちゃん、せっかくだから、何か合奏しようよ」
アスカが、ウミに向かって言った。ウミは、そうだなあ、と呟きながら立ち上がった。合奏なんて高度な技術が、この姉妹にはあるんだろうか。
「ウミは何か楽器ができるの?」
僕は思わず訊いた。ウミはアップライトピアノに向かう歩を止めると、上体だけ僕の方に向け、少し恥ずかしそうに頷いた。
「ピアノをね、少しだけ」
「ウミは歌も上手だよ」
アメリが言った。
「歌はどうかなあ…。ユウくん、ギターかカホンできる?」僕はそもそも、楽器ができない。それで、大きくかぶりを振った。「じゃあ、ユウくんはそこで聴いててね。マスター、ギターお願い。野辺くんはカホンね」
「俺だって、できるうちに入らないのに…」
マスターは壁からアコースティックギターをとると、それをアメリに渡した。
「へえ、アメリはギターを弾けるんだ」
僕が関心して驚いた声を上げると、アメリは得意げに首肯した。
「といっても、コードはちょっとしか知らないし、バレーコードはうまく鳴らせないんだけれどね」
手持無沙汰の僕は、ひとり背筋を伸ばして椅子に腰かけ、対峙する皆の顔をまじまじと見ながら、パチパチと拍手をした。
「ちょうどいいじゃん」そんな僕を見て、ウミが笑いながら言った。「夏休みになっちゃったけれど、ユウくんの歓迎会ってことにしよう」
「もうそんな他人行儀な関係でもねえけどな。今度までにカホンはユウに練習させて、俺はマラカスかトライアングルを担当してやる」
「じゃあいくよ」
アスカが、マウスピースを咥えながら言った。
「ちょっとまった、何の曲をやるんだ?」
「優しい曲にしてね。わたし、コードをあんまり知らないんだから」
「アスカ、なんだっけ、あの曲。音楽部で合唱したでしょ? 『鏡の森』じゃなくて…」
「『永遠の森』ね」アスカが答えた。「ユウにいちゃん、知ってたら歌ってね」
「知らない。というか、合唱曲をやるの?」
「メロディはあたしがアンデスでとるから大丈夫なの。ほら、いくよ」
僕は慌ててスマホを取り出すと、ウミを中心に目の前の楽隊を画角に収めた。
「ちょっと、ユウくん、恥ずかしいからやめてよ」
ウミが笑いながら、手を僕のスマホに向かって突き出してきた。
「ほら、いくよ。いち・に・さん・し・いち・に・さん!」
なんだがグダグダな始まりだったが、アスカの合図でウミがピアノを弾き始めた。
それは、とても素敵な旋律だった。ウミは僕が想像したよりもずっと器用に指先を操り、ピアノを奏でた。それに絡まるアメリのワンテンポ遅れたギターと、野辺の投げやりなカホンは、ウミの音をより際立たせるようでもあった。僕はスマホを構える事は止め、といっても膝の上で動画撮影は続けていたが、演奏に見入っていた。時折ウミが、恥ずかしそうに染めた頬の表情の横目で、僕の方に、チラチラと視線を送ってくるのが解った。対比して、アスカは次女らしく、得意気な表情を崩さずに、リコーダーの音の鳴る鍵盤ハーモニカ…アンデスだっけ? を演奏した。
誰も歌わなかったので、恐らく歌で言うところの一番だけで演奏が終わり、僕は皆に向かって拍手をした。
ウミは立ち上がると、僕がスマホをまだ膝に立てているのに気付いたのか、笑顔を湛えたまま、ちょっとユウくん、もう止めてよ、と言って近寄って来た。僕は、まだ撮影になっている事に気づいて、すぐに止めた。確かに、撮るのは野暮だったかもしれないな。
「野辺くんとアメリちゃんはもっと練習ね」
アスカが頬を膨らませながら言った。
「わたしはもういいかなぁ。次は圷くんにギターの役を渡してあげるね」
「カホンにギターに、忙しいな…」僕が言った。「それよりも大変な役を、今日はアメリのお姉さんから仰せつかってるんだから、勘弁して欲しいよね」
僕の言葉に、アメリとウミは勢いよく、顔を見合わせた。
「やっぱりユウくんがやるんだ!」
「そうそう、うちの姉がね、圷くんに決めたって」
二人は、両手を握り合わせると、数回飛び跳ねるようにしながら、きゃああ、と発声した。本当に勘弁してくれ…。
それにしても、今日は、僕がまだ知らないウミを色々と発見できた、貴重な一日だった。バイトの事や、ピアノの事はもちろんそうだけれど、それ以上に、ウミという女の子が、僕が思っているよりもずっと繊細で、傷つきやすい娘なんだろうな、という事が何よりも新発見だった。彼女は彼女なりに、普段の自分を頑張って生きているのだ。考えてみれば、僕とウミはまだ出会って四ヵ月も経たない。これからの高校生活で、彼女が十五年とちょっとの人生の間に蓄積した、色々な経験や記憶を、一緒に紐解いていくのは、きっと愉快で素敵な事に違いない。
僕らは全員、入口の方を見遣った。そこには髪の毛をツインテール様に結わえたアスカが立っていた。ううむ…このカフェはもしや、僕の知らない、皆の溜まり場だったのだろうか…。アスカはランドセルを背負い、手提げ袋には…変わった形の鍵盤ハーモニカが入っている。
「そうか、出校日だったのか」
「違うよ、音楽部の活動だよ」
僕が訊くと、アスカはそう答えた。小学校だと、吹奏楽部とかじゃなくて、音楽部、だよなあ。
「へえ、アスカちゃん、音楽部だったんだ。それで鍵盤ハーモニカを持ってるんだ」
「ん? なんだって?」僕の言葉に反応したのは、野辺だった。「圷、お前、今、なんつった? 鍵盤ハーモニカだと?」
「なんだなんだ? 鍵盤ハーモニカ以外の呼び方があるのか?」
僕の狼狽に、野辺は、ククク、と笑った。
「これだから陸から来た人間はなぁ…。これは鍵盤ハーモニカじゃないぞ?」
確かに、僕が知っているあの楽器とは少し形状が違う。横長というよりは、なんだか小型のグランドピアノみたいなデザインだけれど…。
「ウミ、これは鍵盤ハーモニカじゃないの?」
僕はウミに助けを求めた。ウミも、ケラケラと笑った。
「そうだね、それは鍵盤ハーモニカじゃないね」
「いや、だって、小学校で習う楽器といったら、リコーダーか鍵盤ハーモニカだろ?」僕は、アスカにそのグランドピアノの赤ちゃんみたいな楽器を渡すように仕草で催促した。僕はそれを受け取ると、本体を回転させながら仕組みを伺い、ついにマウスピースノズルの差込口を発見した。「ほら!」僕は顔を上げて挿入口を指さした。「あるじゃん。ここにノズルを差し込んで、息を吹き込みながら演奏をするんだろ? アスカちゃん、ノズルノズル」
アスカは、あたしが口をつけたやつだからね、ユウにいちゃんは吹かないでよね、と悪態をつきながら、手提げ袋から見慣れたノズルを取り出すと、僕に渡してきた。僕はそれを挿入口に差し込んだ。
「アスカちん」アメリが呼びかけた。「息を入れてあげたら?」
アスカは悪戯そうな笑顔を作ると、うん、と頷き、マウスピースを口に含んだ。
「そうか…ピアニカだな」僕が言った。「ここでは、鍵盤ハーモニカとは言わずに、ピアニカというんだ。ホッチキスとステープラーの関係と一緒だよ。それか、メロディオン」
「いいから、音を出してみたら」
ウミは微笑を崩さず、両手で頬杖を突きながら、促した。僕は鍵盤楽器に…というか、楽器全般に自信がなかったので、その楽器をアスカに戻した。
アスカは大きく息を吸うと、手慣れた指さばきで何やら曲を吹き始めた。その音色に…僕は驚きを隠せなかった。何故なら、それは、僕がよく知っている鍵盤ハーモニカとは全く違う、予想しようもない音色だったからだ。
「なんだそれ?」僕は思わず声を上げてしまった。「リコーダーかな? リコーダーなのか?」
野辺が笑った。
「だから、違うんだって。これは『アンデス』」
「アンデスだよね、アスカちん」
アメリが言った。
「そう、アンデス」
アスカが答えるように繰り返した。
「そうだよ、ユウくん、それはアンデスだよ」
ウミが続いた。なんなんだよ一体…。そんな、島限定みたいなローカル楽器が存在するのか?
アスカはそのまま、今練習しているであろう楽曲を、間違えることなく見事に演奏してみせた。なるほど、その音色は唸るほどきれいだ。形や奏法は鍵盤ハーモニカなのに、音はリコーダーそのものだなんて…。という事は、この島ではリコーダーは練習しないのだろうか。
「お姉ちゃん、せっかくだから、何か合奏しようよ」
アスカが、ウミに向かって言った。ウミは、そうだなあ、と呟きながら立ち上がった。合奏なんて高度な技術が、この姉妹にはあるんだろうか。
「ウミは何か楽器ができるの?」
僕は思わず訊いた。ウミはアップライトピアノに向かう歩を止めると、上体だけ僕の方に向け、少し恥ずかしそうに頷いた。
「ピアノをね、少しだけ」
「ウミは歌も上手だよ」
アメリが言った。
「歌はどうかなあ…。ユウくん、ギターかカホンできる?」僕はそもそも、楽器ができない。それで、大きくかぶりを振った。「じゃあ、ユウくんはそこで聴いててね。マスター、ギターお願い。野辺くんはカホンね」
「俺だって、できるうちに入らないのに…」
マスターは壁からアコースティックギターをとると、それをアメリに渡した。
「へえ、アメリはギターを弾けるんだ」
僕が関心して驚いた声を上げると、アメリは得意げに首肯した。
「といっても、コードはちょっとしか知らないし、バレーコードはうまく鳴らせないんだけれどね」
手持無沙汰の僕は、ひとり背筋を伸ばして椅子に腰かけ、対峙する皆の顔をまじまじと見ながら、パチパチと拍手をした。
「ちょうどいいじゃん」そんな僕を見て、ウミが笑いながら言った。「夏休みになっちゃったけれど、ユウくんの歓迎会ってことにしよう」
「もうそんな他人行儀な関係でもねえけどな。今度までにカホンはユウに練習させて、俺はマラカスかトライアングルを担当してやる」
「じゃあいくよ」
アスカが、マウスピースを咥えながら言った。
「ちょっとまった、何の曲をやるんだ?」
「優しい曲にしてね。わたし、コードをあんまり知らないんだから」
「アスカ、なんだっけ、あの曲。音楽部で合唱したでしょ? 『鏡の森』じゃなくて…」
「『永遠の森』ね」アスカが答えた。「ユウにいちゃん、知ってたら歌ってね」
「知らない。というか、合唱曲をやるの?」
「メロディはあたしがアンデスでとるから大丈夫なの。ほら、いくよ」
僕は慌ててスマホを取り出すと、ウミを中心に目の前の楽隊を画角に収めた。
「ちょっと、ユウくん、恥ずかしいからやめてよ」
ウミが笑いながら、手を僕のスマホに向かって突き出してきた。
「ほら、いくよ。いち・に・さん・し・いち・に・さん!」
なんだがグダグダな始まりだったが、アスカの合図でウミがピアノを弾き始めた。
それは、とても素敵な旋律だった。ウミは僕が想像したよりもずっと器用に指先を操り、ピアノを奏でた。それに絡まるアメリのワンテンポ遅れたギターと、野辺の投げやりなカホンは、ウミの音をより際立たせるようでもあった。僕はスマホを構える事は止め、といっても膝の上で動画撮影は続けていたが、演奏に見入っていた。時折ウミが、恥ずかしそうに染めた頬の表情の横目で、僕の方に、チラチラと視線を送ってくるのが解った。対比して、アスカは次女らしく、得意気な表情を崩さずに、リコーダーの音の鳴る鍵盤ハーモニカ…アンデスだっけ? を演奏した。
誰も歌わなかったので、恐らく歌で言うところの一番だけで演奏が終わり、僕は皆に向かって拍手をした。
ウミは立ち上がると、僕がスマホをまだ膝に立てているのに気付いたのか、笑顔を湛えたまま、ちょっとユウくん、もう止めてよ、と言って近寄って来た。僕は、まだ撮影になっている事に気づいて、すぐに止めた。確かに、撮るのは野暮だったかもしれないな。
「野辺くんとアメリちゃんはもっと練習ね」
アスカが頬を膨らませながら言った。
「わたしはもういいかなぁ。次は圷くんにギターの役を渡してあげるね」
「カホンにギターに、忙しいな…」僕が言った。「それよりも大変な役を、今日はアメリのお姉さんから仰せつかってるんだから、勘弁して欲しいよね」
僕の言葉に、アメリとウミは勢いよく、顔を見合わせた。
「やっぱりユウくんがやるんだ!」
「そうそう、うちの姉がね、圷くんに決めたって」
二人は、両手を握り合わせると、数回飛び跳ねるようにしながら、きゃああ、と発声した。本当に勘弁してくれ…。
それにしても、今日は、僕がまだ知らないウミを色々と発見できた、貴重な一日だった。バイトの事や、ピアノの事はもちろんそうだけれど、それ以上に、ウミという女の子が、僕が思っているよりもずっと繊細で、傷つきやすい娘なんだろうな、という事が何よりも新発見だった。彼女は彼女なりに、普段の自分を頑張って生きているのだ。考えてみれば、僕とウミはまだ出会って四ヵ月も経たない。これからの高校生活で、彼女が十五年とちょっとの人生の間に蓄積した、色々な経験や記憶を、一緒に紐解いていくのは、きっと愉快で素敵な事に違いない。
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