落語 初夢

紫 李鳥

文字の大きさ
上 下
1 / 1

落語 初夢

しおりを挟む
 

 えー、秋風亭流暢しゅうふうていりゅうちょうと申します。

 一席、お付き合いを願いまして。

 ここで、謎かけを一つ。

 雑煮ぞうにを食い過ぎたのとかけて、元カノと別れた原因と解く。さて、その心は?

 焼き餅の焼きすぎ。って、なんだかよく分からねぇが、ま、口から出任せ、あなたにお任せってことで、ご勘弁を願いまして。

 えー、正月ってことで、めでていはなしをぶっちゃけさせてもらいますが。

 昔の正月ってぇと、歌の文句じゃねぇが、たこを揚げたり、独楽こまを回して遊んだもんだ。

 他にも、羽子板はごいた歌留多かるた双六すごろく福笑ふくわらいなど、遊ぶもんには事欠ことかかなかったが。

 令和れいわの今じゃ、原っぱも空き地もねぇもんだから、凧揚げどころか、羽子板もできねぇ。正月ならではの光景を目にするなんざぁ皆無かいむだ。

 昭和の頃は正月ならではのイベントが目白押めじろおしよ。

 えー? 毛卍文けまんもん模様の大風呂敷を身にまとった獅子舞ししまいが、口をパクパクさせながら、門松かどまつを飾った玄関先にやって来て、家ん中で退屈してる父ちゃん、母ちゃんに、

「明けましておめでとうございます」

 なんて、しゃべりに合わせて、獅子もどきが口を動かすわけだ。ま、腹話術ふくわじゅつのめでてぇ版みてぇなもんだ。

「どうも、おめでとうさんです」

 なんて、言葉を返して新年の挨拶あいさつだ。お坊っちゃまやお嬢ちゃまは、七五三しちごさんで着た以来の着物なんか着せられて、はしゃぐにはしゃげねぇ窮屈な思いをして、最後にゃあっちこっちはだけちまって、酔っ払った与太郎よたろうみてぇな格好で、もうどうにでもしてくれぇって有り様だ。それでも、獅子舞に頭を噛まれて大喜びだ。

 きねうすのある家は餅つきなんかしちゃって、きな粉だのあんこだのをまぶして食うわけだ。つきたて餅のうめえことうめえこと。

 ま、うめえもんを挙げたら切りがねぇから程々にしとくが。

 こたつに入りながら雑煮やらおせちやらを食った後は、テレビを観ながらみかんを食うってぇのが正月の定番だ。



 えー、ここいらからちっとばっかり話が変わるんで、遅れねぇようについてきておくんなせいよ。

 タマはぽかぽかのこたつ布団からちょこっと尻尾しっぽを出して、気持ち良さそうにうたた寝だ。

 一方、番犬のポチは暖房のねぇ吹きっさらしの犬小屋で身を丸め、

「……ったくよ、なんでこんなに差があるんでぇ。不公平じゃねぇか。ブルブル……」

 って武者震むしゃぶるいみてぇに震えちまって、可哀想かわいそうなもんだ。外の気温と大して変わんねぇ、バスもトイレも付いてねぇワンルームで、一日二回の冷や飯を食わされ、毛布一つねぇフローリングで寝ろったって、熟睡できるわけがねぇ。

 凍死寸前の状態でブルブル震えながら、犬歯でガチガチ歯音を立てて、まんじりともできず、夢だかうつつだか分かんねぇ状態でうとうとしてる有り様だ。

 反抗するかのように、嫌がらせに知らねぇ客が来ても教えねぇでいると、

「客が来たら吠えなさいよっ、この役立たずっ!」

 なんて、お多福たふく顔の奥方からののしられ、逆らったら飯にありつけねぇかもと危惧きぐして、とりあえず、

「うわわ~~~ん」

 なんて、反省の色と反抗心をミックスした玉虫色の鳴き声でご機嫌をうかがってみる。するってぇと、

「今度吠えなかったら、飯抜きだからねっ!」

 って、あまりにも非情なお言葉。

 嗚呼ああ! ……悲しきかな犬生いぬせい。……一遍いっぺんでいいから、タマとスイッチしてぇな。だが、タマのほうは承知しねぇだろな。こんな冷遇、誰だって嫌だもんな。

 あ~、神様、仏様、こんな哀れなおいらを一度でいいから、ホカホカ、ポカポカにしてやっておくんなせい。頼んますぅ。グスッ……。

 信仰心の一欠片ひとかけらもねぇポチだが、正月ってぇことで、なんかご利益でもあるんじゃねぇかと、わらにもすがる思いで、泣いて頼んでみた。


 するってぇと、

「これこれ。ポチとやら起きなされ」

 じじいの、のんびりした声が聞こえた。

「ムニャムニャ……」

 ん? レム睡眠に訪れる夢ってぇ奴かぁ?

 夢だと思ったポチは、目を開けるのをやめるってぇと、その夢の続きを見ることにした。

「さあ、ポチ、わしと一緒に来なされ。ホカホカ、ポカポカに案内しよう」

「えっ! マジで? やりーっ!」

 やっぱ、お願いしてみるもんだなぁ。縁起のいい夢じゃねぇか。と、夢だと思い込んでる夢ん中に夢中だ。



 杖をついた長い白髭しらがの、仙人せんにんみてぇなじじいに連れて行かれたのは、山のてっぺんだ。

 目の前には、ふわふわ、ぷかぷかの雲なんか浮かんじゃって、山の向こうからは朝日が昇り始めてるじゃねぇか。

「どうじゃポチ、きれいじゃろ?」

「美的センスがねぇんで専門的なことは分からねぇが、ま、青い空を赤く染める太陽だ、彩りは悪くねぇなぁ。ちっとまぶしいが」

「初日の出と言ってな、縁起のいいものなんじゃよ」

「ほう、そうですかい。どれ、願い事でもしてみるか」

 パチパチ!

 前足で柏手かしわでを打つってぇと、

「えー、ポチと申す、しがない雑種でございます。毎年この時期になりますと、凍死状態でありまして、“生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ”でして。どうか、一度でいいからホカホカ、ポカポカを体験させてやっておくんなせい。頼んます。パチパチっと」

 ポチはそう言って、もう一遍柏手を打つとお辞儀をした。

「ポチ、どうじゃ、ホカホカ、ポカポカになったかのう」

「えー? なるわけないっしょ。ここは山のてっぺんじゃないっすか」

「何事も気の持ちようじゃ。修行が足りんのう」

「エッ……修行って?」

「ホカホカ、ポカポカになるための修行じゃよ」

「げっ。何するんですか」

「この山を下っては、また登るんじゃ」

「えー? ……そんな。グスッ」

 あまりにも予想と違う夢の内容にポチは絶望するってぇと、夢から覚めるために後ろ足で頬っぺたをつねってみた。

「イッツ」

 ところが、痛いだけで状況はちっとも変わらねぇ。同じ雲に、同じ朝日。そして、同じじじい。嗚呼、神様、あんまりじゃねぇですか。こんな過酷な仕打ちを受けるぐらいなら、まだワンルームの凍死状態のほうがマシです。どうか、元に戻しておくんなせい。グスッ……。

「ほら、ポチ、早くしなされ」

「は、はい」

 仕方ないや、とあきらめると、その深い雪ん中を下った。



 下ったはいいが、登るのは無理だ。

「はぁはぁはぁ……」

 荒い息と共に、その場に倒れちまった。

 ……もう駄目だ、登れねぇ。このまま逃げるか。そんなよこしまな考えが浮かんだ時だ。

「ポチ殿」

 バスバリトンのいい声が聞こえた。

「エッ?」

 ポチがキョロキョロするってぇと、

「上です」

 と、また低音のいい声だ。ポチが見上げるってぇと、大きく翼を広げた鷹が羽ばたいてるじゃねぇか。

「どうぞ、拙者せっしゃにお乗りくだされ」

 鷹はそう言って、滑空してきた。

「かたじけのうござる」

 って、ポチまで武士言葉だ。

「さあさあ」

「では、お言葉に甘えて」

 ポチは鷹の上に乗ると、抱きついた。

「それではポチ殿、参りまする」

「お頼み申す」

 ポチを乗せた鷹は、羽ばたきながら空高く飛び立った。

「うひょ~、飛んでるぜぇ。気持ちい~」

 初体験の飛行に大喜びだ。

 ……苦あれば楽ありかぁ。ポチがそんなことを思ってると、あっという間にてっぺんに到着だ。

「ポチ殿、ここからは歩いてくだされ」

「ははー、承知いたしそうろう

「さらばじゃ」

 鷹はそう言って飛び去った。

 ポチは全速力でじじいの所まで走った。



「はぁはぁはぁ……」

 息を荒げて戻ると、

「ポチ、お帰り。速かったのう。どうじゃ、ホカホカ、ポカポカになったかなぁ」

 じじいはのんびりと言った。

「ええ、確かになりましたよ。走りゃ、誰だってポカポカになりますよ」

「なったかぁ。では、帰ろうぞ」

 ったく。走るだけなら犬小屋の周りでいいじゃねぇか。わざわざこんな山のてっぺんに連れて来なくてもよぉ。

「ポチ、いま修行をした山は富士山と言ってな、日本一の山なんじゃよ」

「そうですかい、そうですかい。犬のおいらには別に関係ないっすけどね」

「ま、そうかも知れんが、縁起のいい山だと言うことを覚えておきなされ」

「はい、はい」

 ポチは雲ん上を歩きながら生返事だ。

「それじゃ、いい夢をの」

 じじいはそう言って、雲ん中に消えちまった。




 気がつきゃ、再び吹きっさらしのワンルームん中だ。

 ……ったく、何がホカホカ、ポカポカだ。あ~腹減った。ポチは空腹と寒さから、また凍死状態の眠りに入っちまった。



「――ポチ、新年、おめでとう」

 ん? なんだ? いつも怒鳴どなってる飼い主の奥方がニコニコ顔じゃねぇか。心変わりか? 単なる気まぐれビーナスか? それとも、正月ってことで特別待遇かぁ? もしかして、こっちのほうが夢か……? ってか、俺、家ん中にいるし。しかも、こたつに尻入れてるし。タマは尻尾出してるし。暖けぇ~、幸せだな~。

「ポチ、ほら、お食事よ。分厚いサーロインステーキに、おやつはビーフジャーキーよ」

 ……ウソだろ? マジかよ。うわ~、うまそ~。ガブリッ! ガブリエル。ムシャムシャ……武者小路実篤むしゃのこうじさねあつ……ん~、メッチャうめ~。し・あ・わ・せ~。

「えー、明けましておめでとうございます」

 なんだなんだ? ……これがかの有名なテレビって奴か? 一人で喋ってるぜ。

「――どんな初夢を見ましたか? 縁起がいいとされる夢が、一富士いちふじ二鷹にたか三茄子さんなすび――」

 ん? ……富士も鷹も夢で見てるじゃん。……げっ、縁起のいい夢だったんだぁ……。あ~、うまかった~。満腹、満腹っとぉ。

 ピンポ~ン!

 アッ、客だ。おいらの出番だ。

「ワンワン!」

 やっぱ、うまいもんを食うと、“吠え”の質が違うねぇ。自分で言うのもなんだが、惚れ惚れするいい吠え方じゃねぇかぁ。ましてや、ホカホカ、ポカポカの室内だ、喉もうなるってぇもんだ。クッ。

「これはこれは、蛭子えびすさんの奥様、明けましておめでとうございます」

「おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。まあ、可愛いワンちゃん」

 ……なぬぅ、ワンちゃんだ? ちょっとのぞいてみっか。



 うひょ~、かわい~。おいらのタイプだぜ。

「お名前は?」

「ナスビです」

 ん? ……ナスビ? ふじ、たか、なすび。これで全部出揃ったじゃねぇか。

「これ、ポチくんにお年玉です」

 えーっ! おいらにお年玉って。ナスビを?

「まぁまぁ、ありがとうございます。ポチも喜びますわ」





 これがホントのポチ袋ってか? こりゃあ、春からめでていや。





■ ■
■ ■ ■
■ ■ ■ ■
■ ■ ■ ■ ■
■ ■ ■ ■ ■
■ ■ ■ ■ ■
■ ■ ■ ■ ■
■ ■ ■ ■ ■
____幕____
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

落語 運命

紫 李鳥
大衆娯楽
金太は相変わらずだなぁ……

落語 蜜柑の大輝

紫 李鳥
大衆娯楽
独身の大輝は、三十過ぎてるってぇのに定職にも就かず、自由気ままに生きていた。

落語 招き猫

紫 李鳥
大衆娯楽
火事に遭遇した松吉は、取り残された子猫を助けようと奮闘する。 ※古希(こき):七十歳 ※四方山話(よもやまばなし): 種々雑多な話。 世間話。 雑談。 ※鳶口(とびくち):長さ1.5m~2mほどの木製の棒の先に、鳥のくちばしのような形状をした鉄製の鉤(かぎ)が付いた道具。木材を引っかけて運搬したり、木造家屋を解体したりするために用いられる。 ※丸髷(まるまげ):結婚した婦人が結う、日本髪の型。頭上に楕円(だえん)形の、やや平たい髷(まげ)をつけたもの。 ※旧暦の春は一月~三月。 ※欣喜雀躍(きんきじゃくやく):大喜びで、小躍りすること。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

落語家に飼われた猫のはなし

サドラ
現代文学
ペットショップにいたとある猫はある日、落語家に買い取られた。人間に興味があった猫にとって奇妙な職業、落語家に就く男との一人一匹暮らしは滑稽なものとなった。賢くて良識もあるけれど、毒舌な猫と落語家の男とが巡る愉快な生活が始まる。

創作落語 ほんまにただやな

はまだかよこ
大衆娯楽
金蔵さんがおりました。 奥さんに死に別れて一人暮らしの爺さんです。 生来のケチが災いして近所付き合いもギクシャク。 ある日、リフォーム業者がインタホンを鳴らします。 さて…… 創作落語、読んでくださいませ

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

処理中です...