2 / 7
二話
しおりを挟む合鍵を使って入ると、梢はまだ寝ていた。誠は慣れた手つきでコーヒーを淹れると、煙草を喫んだ。
「……来てたの?」
寝室から出てきた梢は眠そうに目を擦った。
「ああ。来たばっか」
「昨夜、大井さん、ずっと待ってたわよ。来られないなら電話一本してよ」
マイカップにサーバーを傾けながら、誠を睨んだ。
「悪かった」
「何、麻雀?」
「……ああ」
「あの人、呑むとしつこくて。閉店時間までいたわよ。誰も相手にしなくてもいるんだもの、嫌い」
シルクのガウンの紐を締めながら愚痴った。
「仕方ないさ、我慢しろ。警察署のお偉いさんだ。あの人らのおかげで安心して営業できてるんだから。ただ酒も大目に見ろ」
「……はーい。承知いたしました」
「何か着ない服ないか?」
「何、またスカウト」
「ああ」
「おばちゃんに任せればいいじゃない」
「駄目だよ、センスないから」
「もう……。サイズは?」
「少し大きめがいいな」
「……何があったかしら」
梢は重そうに腰を上げると、衣装部屋を開けた。
使い飽きたというハンドバッグと、クリーニングの袋を被ったスーツ二着、パンストを紙袋に入れると、誠はタクシーを拾った。
出掛ける前に取った出前のカツ丼を平らげていたみゆきは、大人しくテレビを観ていた。
「これに着替えて」
濃紺のツーピースを手渡した。みゆきは姿見の前で着替えを始めた。
「靴のサイズは?」
誠は電話のダイヤルを回した。
「……二十三」
「あ、俺。二十三センチの黒のハイヒールを買ってきてくれ。――ばーか、俺が履くわけないだろが。――店員にパンプスって言えば分かるよ。――ばーか、パンストとじゃないよ。……俺が黒のパンスト穿いてどうすんだよ、タコ。ちゃんとメモしろ。二十三センチの黒のパ・ン・プ・スだ。俺の部屋に持ってこい。大至急だ」
着替えを終えたみゆきは何度も鏡に映していた。
「あ、篠塚です。――どうも、久しぶり。紺色のスーツを着た十代の子が行くから、流行りの髪型にしてやってくれ。――ああ。ついでに化粧も頼む。――よろしく」
電話を切ると、みゆきがこっちを見た。
「今、靴が来るから。そしたら、出て右に行くと、〈かつみ〉というパーマ屋があるから綺麗にしてもらえ。『篠塚さんの紹介です』と言ってな」
みゆきは頷いた。
舎弟が持ってきたパンプスを履いたみゆきは、ぎこちない足取りで美容院に行った。
――戻ってきたみゆきは、洒落たヘアースタイルにメイクを施され、肉体と比例した年格好になっていた。
「歳はいくつだ?」
「……十六」
「十六か……これから行くとこにおばちゃんがいるから、歳を聞かれたら、十八って言え。分かったな」
「うん」
頷いたみゆきの目は、「あなたにすべてを任せます」と言っていた。
一緒に歩いていても恥ずかしくないみゆきの身形に、誠は株を上げた心持ちだった。
歌舞伎町にある雑居ビルの一室のチャイムを押した。
「はーいっ!」
ドアスコープで誠を認めたのか、矢継ぎ早にチェーンを外す音がしてドアが開いた。
「これはこれは、若頭、お久しぶりです」
おばちゃんは深く頭を下げた。
「元気だったか」
「はい、おかげさまで」
「また、頼む」
誠の後ろに隠れているみゆきを顎で指した。誠の背後を覗き込むと、
「あら、ま。掘り出し物ですね」
おばちゃんはそう言って喜んだ。
「挨拶しな」
みゆきの背中を押した。
「……そねみゆきです」
「みゆきちゃんか。いい名だね」
おばちゃんの言葉に、みゆきは恥ずかしそうに俯いた。
「今日から、このおばちゃんが世話してくれるから、ちゃんと言うことに聞くんだぞ」
みゆきは哀しそうな目を誠に向けると、ゆっくりと俯いた。
「さあさあ、入って」
おばちゃんがみゆきの腕を引っ張った。
「じゃあ、頑張れよ」
瞬きをすれば零れそうな涙を目にいっぱい溜めたみゆきは、誠を見つめていた。誠はそれを遮るかのようにドアを閉めた。――
その、みゆきの顔が瞼にこびりついて、誠の視界から離れなかった。パチンコをしていても、麻雀をしていても、みゆきのその顔が、残像のようにちらついていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
JC💋フェラ
山葵あいす
恋愛
森野 稚菜(もりの わかな)は、中学2年生になる14歳の女の子だ。家では姉夫婦が一緒に暮らしており、稚菜に甘い義兄の真雄(まさお)は、いつも彼女におねだりされるままお小遣いを渡していたのだが……
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
お見合い相手は極道の天使様!?
愛月花音
恋愛
恋愛小説大賞にエントリー中。
勝ち気で手の早い性格が災いしてなかなか彼氏がいない歴数年。
そんな私にお見合い相手の話がきた。
見た目は、ドストライクな
クールビューティーなイケメン。
だが相手は、ヤクザの若頭だった。
騙された……そう思った。
しかし彼は、若頭なのに
極道の天使という異名を持っており……?
彼を知れば知るほど甘く胸キュンなギャップにハマっていく。
勝ち気なお嬢様&英語教師。
椎名上紗(24)
《しいな かずさ》
&
極道の天使&若頭
鬼龍院葵(26歳)
《きりゅういん あおい》
勝ち気女性教師&極道の天使の
甘キュンラブストーリー。
表紙は、素敵な絵師様。
紺野遥様です!
2022年12月18日エタニティ
投稿恋愛小説人気ランキング過去最高3位。
誤字、脱字あったら申し訳ないありません。
見つけ次第、修正します。
公開日・2022年11月29日。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる