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しおりを挟む結局、結香が仕事の代行をした。――夕方、結香から電話があった。
「今、仕事終わって帰るとこ」
「ありがとね」
「ううん。段ボール作ったり、シール貼ったりして、結構、面白かったよ」
「ご苦労さん」
「武藤さんの役に立ててよかった」
「こっちこそ、ありがとう。私のほうも助かった。ケガが治ったら電話する」
「うん、分かった」
「じゃあね。あっ、明日は学校行きなよ」
「うん」
「それと、化粧、ちっと濃いから、薄めにしな」
「うん。……そうする」
「それと、スカートから尻見えてるし。もう少し長めにしたら」
「プッ。分かった」
数日後。傷が癒えた晶子は、結香と待ち合わせた。素っぴんに近い薄化粧の結香はTシャツにジーパン姿だった。晶子のほうは、カーキのシャツに白いパンツだった。
「武藤さん、カッコいい。この間と全然違う」
「そう?あれは仕事着だからよ。仕事を離れれば、オシャレの一つもするわいな」
「見違えた」
「結香ちゃんだって、ナチュラルで素敵じゃない。ケツ出してないし」
「プッ。あ、これ、作業確認票」
結香が、仕事の代行をした証拠を見せた。
「スゴい。“優”じゃない」
「全員、“優”だったよ」
「サンキュー。さて、予定ある?」
「ない」
「この間のダチは?」
「……会ってない」
「なんで?」
「……なんででも」
結香は俯くと、ストローに口を付けた。
「……何しよっか。映画でも観る?」
「うん、いいよ」
笑顔を向けた。
スリラー映画を観ると、居酒屋に入った。
「結香ちゃんは未成年だから、ソフトドリンクにしな」
メニューを手にしながら結香を一瞥した。
「えー?少しなら飲んでいいでしょ」
口を尖らせた。
「じゃ、一杯だけね」
「やった。私、チューハイ」
店員の若い男に注文した。
「私も同じものを」
「チューハイ、2丁、承りましたぁ」
ユニークな言い回しの店員が背を向けた途端、二人は吹き出した。
「何食べよっかな。結香ちゃんも好きなの食べな」
「うん、選んでる」
「最近、ビタミンC不足だから、サラダと肉野菜炒めにするかな。結香ちゃんは?」
「んとね……、最近、カルシウム不足だから、ぶり大根とじゃこサラダにする」
「通じゃん。酒の肴にもなるしね」
ジョッキが来ると乾杯した。
「う~ん、うまい」
晶子がオヤジみたいな表情をした。
「……あのう」
「ん?」
「治療費とか、バイトして必ず返しますので」
「うむ……。それは助かるけど、すぐじゃなくていいからね。少しは貯金あるし」
店員が置いたサラダに箸を付けた。
「それと……、警察に連れて行かないで、……ありがとうございます」
頭を下げた。
「だって、私だってイヤよ。事情聴取って言うの?色々訊かれるんでしょ?私が不良だったのバレるのイヤじゃん」
「えっ、不良だったんですか?」
結香が目を丸くした。
「まぁね。けど、結香ちゃんみたいにヘビーじゃなかったわよ」
「……」
結香が俯いた。
「縁があってさ、こうやって知り合ったんだから言っちゃうけど、生活荒れてない?」
「……」
結香が小さく頷いた。
「原因は自分で分かってる?」
その問いに、結香が頷いた。
「聞かせてくれる?」
ジョッキを傾けた。
「……中1の時、父さんが女作って、家、出てった。……母さんは水商売やってる。……いつも一人ぼっちで寂しかった。不良しないと友だちできないし、……ヤケになって」
ジョッキに口を付けた。
「自分のこと、よく分かってるじゃん。その冷静さなら、立ち直れるよ。今からでも全然遅くない。人生、やり直してみる?」
その問いに、結香は口を固く結ぶと、晶子を見ながら頷いた。
「よーし、約束だよ。武藤のオバサンも一人ぼっちだけど、あんたの嫌いなリュックおんぶして頑張ってんだから、クソガキのあんたが頑張れないわけないじゃん。ね?」
「プッ。うん」
「よーし。じゃ、二人の出会いと、結香の再出発を祝って、カンパーイっ!」
次の土曜。お茶でもしようと思い、結香に電話をした。だが、「――電波の届かない場所にいるか――」何度かけても、それだった。電話に出られない時は必ず、“伝言メモ”にしていると言った結香の言葉に反したその状況は、晶子を不安にさせた。
居ても立っても居られず、携帯に登録してある結香の住まいに向かった。――要町にあるそのマンションの703号室は静まり返り、チャイムを押しても応答がなかった。「母さん、水商売やってるから」結香の言葉を思い出した晶子は、管理人に母親の勤め先を訊いた。
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