3 / 3
3
しおりを挟む阿以子が死を覚悟した瞬間、
「待てーッ!」
背後から男の声がした。神主と長老がその声に気を取られ、握力を緩めた瞬間、阿以子は二人の手を振り払って逃げた。後方にいたのは、リュックを背負った野球帽の男だった。
(あ~、よかった。現実に戻れた)
「さあ、こっちに」
男は阿以子の手を握ると、走った。
夢中で走った。そして、神社の森を抜けた。
「ハーハーハー……。ここまで来れば大丈夫だ」
男は荒い息を立てながら辺りを見回した。
「ハァハァハァ……ありがとうございます。……あなたは?」
男から手を離した阿以子が訊いた。
「あ、神山と言います。ぶらっと一人旅してたら道に迷って。そしたら、さっきのとこに出て」
サングラスと帽子のつばで目は見えなかったが、小さな口に特徴があった。
「……私は早乙女と言います。映画を観に――」
この時、阿以子は思った。駅の回収箱にあった一枚の切符は、この神山のものに違いないと。阿以子はこの駅に降りてからの経緯を話した。
「――この村は廃村です」
少し前を行く神山が話し始めた。
「……廃村?」
「現在は存在してない村です」
「……どうして、そんな駅に電車が停まったんですか?」
「レールですよ」
「レール?」
「ええ。レールはそのまま残ってる。運転士が居眠りでもして、この駅まで来てしまったのでしょ。僕のほうも居眠りしてたから、慌てて電車から降りてアッと思ったけど、引き返すにも、電車が発車した後だった。仕方なく、その辺を散策して時間を潰してたら道に迷って。そのお陰で、ま、君に出会えたわけだけど――」
「本当にありがとうございました。神山さんに助けてもらわなかったら、今頃、私――」
「この村は昔、【映画村】という別名で名が知られていたらしい」
「【映画村】?」
「ええ。当時流行っていた最新の時代劇が何本も上映され、映画好きな観光客で賑わっていたそうだ。ところが、昭和△年から凶作が続き、若い人達が一人、二人と村を捨てた。残されたのは体を病んだ老人だけ。昔の活気を維持することなど出来るはずもなく、次第に村は過疎と化し、結果、廃村に追いやられた。つまり、幻の村だ」
「幻、……の村」
「とにかく、隣の駅に戻ろう」
神山が小走りになった。
……映画で栄えた村。今は存在していない村。……観光客を楽しみにしていたに違いない。阿以子はそんなふうに思いながら、来た道を振り返ってみた。そこには、一枚の写真のように、静止した田園風景があった。
阿以子は背筋にひんやりしたものを感じながら、先を行く神山を追った。――
隣の駅に着くと、ちょうど電車が停車していた。神山の次に切符を買って、改札を見ると駅員は居なかった。ここも無人駅のようだ。
神山の後に付いて乗った直後、ドアが閉まった。乗客の頭がぽつぽつとあった。神山の後ろの最後列に座った。
(あ~、よかったぁ、間に合って)
阿以子はホッとすると、ポシェットから携帯を取り出して開いてみた。やはり、圏外のままだった。……もしかして、携帯電話のことにも詳しいかもしれないと思い、訊いてみようと顔を上げると、神山の姿が無かった。
(エッ!……ど、どこに行ったの?)
別の席に移ったのかと、車内を見回したが、野球帽の神山の頭は無かった。
阿以子は運転席の近くに行くと、乗客に振り返った。
「……ウエッ」
そこに居たのは、あの神主や長老、老いた村人達だった。そして、あの、伏し目がちに微笑んでいたモギリの老婆も居た。まるで蝋人形のように、皆が微動だにせず、目を伏せていた。
訳の分からぬままに、頭がこんがらがった阿以子は、運転士に助けを求めようと、運転室のガラスを叩いた。振り向いた顔は、
埴輪のように目の玉が無く、その小さな口は神山に似ていた。――
「ギャーーーッ!」
ガタンゴトン
ガタンゴトン
ガタンゴトン
ガタンゴトン
ガタン……ゴトン
ガタン
ゴトン。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】わたしの娘を返してっ!
月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。
学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。
病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。
しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。
妻も娘を可愛がっていた筈なのに――――
病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。
それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと――――
俺が悪かったっ!?
だから、頼むからっ……
俺の娘を返してくれっ!?
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
視えてるらしい。
月白ヤトヒコ
ホラー
怪談です。
聞いた話とか、色々と・・・
どう思うかは自由です。
気になった話をどうぞ。
名前を考えるのが面倒なので、大体みんなAさんにしておきます。ちなみに、Aさんが同一人物とは限りません。
子籠もり
柚木崎 史乃
ホラー
長い間疎遠になっていた田舎の祖母から、突然連絡があった。
なんでも、祖父が亡くなったらしい。
私は、自分の故郷が嫌いだった。というのも、そこでは未だに「身籠った村の女を出産が終わるまでの間、神社に軟禁しておく」という奇妙な風習が残っているからだ。
おじいちゃん子だった私は、葬儀に参列するために仕方なく帰省した。
けれど、久々に会った祖母や従兄はどうも様子がおかしい。
奇妙な風習に囚われた村で、私が見たものは──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる