1 / 1
[かすみ荘]の人々
しおりを挟む私んちの一階には、4人のタナコがいます。部屋を借りてる人のことを“タナコ”と言うそうです。おじいちゃんが言ってました。
お父さんが仕事の事故で死んでから、家賃を収入にしようと言うことになって、おじいちゃんが生きてるとき、一軒家だったのを、一階だけアパートにしたんです。
アパートの名前は、[かすみ荘]。
[かすみ荘]のかすみは、私の名前、“佳純”からとったそうです。
一階がなくなって、部屋がせまくなったけど、おばあちゃんとお母さんと、川の字に寝るのも、なかなか新鮮です。
でも、来年になったら、おじいちゃんの部屋だった一番奥を私の部屋にしてくれるって、お母さんが言ってました。
おじいちゃんの遺品とかある、おじいちゃんの部屋は、骨董品屋さんみたいで面白いです。
この前も、花瓶みたいのがあったので、お母さんに聞いたら、“たんつぼ”だって言ってました。なんでもバッチいものらしいです。
あ、そうそう。大人の人たちが、「ジョケイ家族だね」と言います。私は意味がわからないので、とりあえず、「……はい」と返事をします。
ここで、[かすみ荘]の人々を紹介します。
1号室に住んでるのは、夜、キレイな服を着て出かける、美人な女の人です。歳はわかりません。若くもなく、かといって、オバサンでもありません。
2号室に住んでるのは、全然目立たない普通の若い男の人です。仕事はわかりません。
3号室の人も、普通の若い女の人です。お母さんが、「オーエル」と言ってました。
4号室には、一番長く住んでる、太ったオバチャンがいます。一日中いるので、無職だと思います。お母さんが、「タケカワさん」と呼んでました。
その中で、私が一番好きなのは、1号室の女の人です。お母さんに名前を聞いたら、「マツモトさん」だと言ってました。仕事を聞いたら、「ミズショウバイ」だと言ってました。夜の仕事の人をミズショウバイって言うみたいです。
どうして好きかって言うと、なんか、大人の女を感じるからです。
一度、ハゲたオジサンと一緒に部屋に入るのを見て、すごくショックでした。
美人なのに、どうして、若くてステキな人と付き合わないんだろうと思いました。
でも、それ以外は好きです。昼間、スーパーで買い物したマツモトさんに会ったとき、「こんにちは」って、声をかけてくれました。
私が小さな声で、「……こんにちは」って返事をすると、思い出したように、「アッ」と言って、レジ袋からミカンを出して、「よかったらどうぞ」と、1つくれました。
そのとき見たけど、長い爪に花の模様があって、キレイでした。私はお礼を言って、ミカンをもらいました。小さなミカンだったけど、とても美味しかったです。
――なのに、一番好きだったマツモトさんがいなくなったんです。それも、突然に……。
おばあちゃんとお母さんが、「夜逃げ」だと言ってました。夜逃げとは、家賃とか払わないで、黙って出ていくことだそうです。
私は信じられませんでした。一番好きだったマツモトさんが夜逃げするなんて……。
なんだか寂しくて、悲しくて、一人で泣きました。
「だから、水商売の人は信じられないのよ」とマツモトさんのことを悪く言う、おばあちゃんとお母さんが嫌いでした。
置いてった家具とか荷物とか、どうしようかとおばあちゃんとお母さんが相談してました。
マツモトさんには、連帯保証人がいなくて、お金で保証人になる会社の人が保証人になってたそうです。
マツモトさんの働いてた店にお母さんが電話したら、無断で休んでると言う返事だったそうです。
結局、連絡があるまで荷物はそのままにしとこうと言うことになったみたいです。
そんなある日、私はマツモトさんの部屋が見たくて、おばあちゃんとお母さんに内緒で、鍵を使って部屋に入りました。
――部屋は、ピンク色でした。カーテンもカーペットも、ベッドカバーも……。なんか、王女さまのお部屋みたいで、思わず、「わぁ~」って、熱い吐息をもらしました。それに、お花みたいないい匂いもしました。
丸いテーブルには、ガラスの花瓶があって、椅子が2つありました。ベッドの上には、花の絵のクッションが2つありました。
白いタンスを開けてみると、色とりどりの沢山の服がかかってました。次に、その横の低いタンスの引き出しを引いてみました。キレイな色のパンツが、デパートで売ってるみたいに、キレイにたたまれて、いっぱい入ってました。
私の綿100%のパンツと違って、薄くて、柔らかくて、リボンとかレースとかがついてて、私のハートをギュッとつかみました。目をキラキラさせて、しばらくパンツに夢中になってました。
最後に、押し入れを開けてみました。
それから何日かして、私が学校から帰ると、うちの前にパトカーが止まって、人が集まってました。
何があったのか、おばあちゃんに聞くと、マツモトさんの部屋の換気をしようと、下りてみたら鍵が開いてて、押し入れにあったマツモトさんの死体を発見したと言うのです。
私はビックリして、一瞬心臓が止まりました。……あの、美人な女の人が死んでた!私の頭にマツモトさんの顔が浮かびました。
でも、そのとき、なんかオカシイなって思いました。押し入れの中から見つかったって、おばあちゃんが言ってたけど、マツモトさんの死体はいつから押し入れにあったんだろう……?私が押し入れを見たとき、死体はなかった。
財布やアクセサリーなど、金目のものが盗まれてることから、強盗殺人だと断定したみたいです。
と言うことは、私がマツモトさんの部屋に侵入したあとに、マツモトさんがアパートに戻ってきて、誰かに殺されたんだ。夜逃げじゃなかったんだ。誰に殺されたんだろう……。
アッ!私の頭に、一度見た、あのハゲおやじの顔が浮かびました。
私は探偵みたいになって、そのことを警察の人に言うと、「貴重な情報をありがとう」とほめられました。私は少し、有頂天になりました。
その夜は、おばあちゃんもお母さんも、マツモトさんの話ばかりしてました。「3号室のオーエルとマツモトさんは仲が悪かった」とか、「4号室のタケカワさんは、マツモトさんにお金を借りてた」とか。
2号室の男の人の話は出ませんでした。いるか、いないか、わからないくらい大人しいタイプだったので、話題にならなかったのかもしれません。
ところが、その大人しい2号室の男の人が犯人だったんです。
それで初めて、名前を知りました。梅田だと。そしてマツモトさんの漢字も知りました。松元だと。
おばあちゃんとお母さんの会話でわかったことをまとめてみました。
松元さんと梅田さんは付き合ってたそうです。梅田さんの部屋に遊びに来てた松元さんと別れ話のことで喧嘩になり、カーッとなった梅田さんが、松元さんの首を絞めて殺したんだそうです。
梅田さんは、松元さんの死体を自分ちの冷蔵庫の中に隠してタンスけど、冷蔵庫が使えなくて不便だったので、黒いビニール袋を松元さんの頭と足から被せて、ガムテープでグルグル巻いて、松元さんの押し入れに移したんだそうです。
松元さんちの冷蔵庫は小型だったから、死体が入らないので、押し入れにしたそうです。そして、強盗に見せかけるために、財布とかアクセサリーを盗んで、わざと鍵をかけなかったそうです。部屋に入るときは、松元さんが持ってた鍵を使ったそうです。
どうして、梅田さんが犯人だとわかったかと言うと、ビニール袋やガムテープに梅田さんの指紋がついてたからだそうです。梅田さんは最初、ゴム手袋をしてたけど、ガムテープを剥がせなかったので、無意識に右手の手袋をはずしてガムテープを剥がしたから、指紋がついたそうです。
それよりも、私が一番ショックだったのは、松元さんの本名が、“松元治郎”だったと言うことです。――
――私は今、机の引き出しに隠してる、リボンのついたかわいいパンツをどうしようか、迷ってます。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
秘密基地とりっくんの名前
イル
ミステリー
ある日秘密基地の夢をみたしゅう。そんな時なぞの転校生りっくんが来た。
しゅうの友達けんたとりっくんと神社へ遊びに行くことになったが、森に迷い込んでしまった。
徐々に明かされるりっくんの正体。
彼らは無事に帰ることが出来るのか…。
A Ghost Legacy
神能 秀臣
ミステリー
主人公である隆之介と真里奈は地元では有名な秀才の兄妹。
そんな二人に、「人生は楽しんだもの勝ち!」をモットーにしていた伯父の達哉が莫大な遺産を残したことが明らかになった。
ただし、受け取る為には妙な条件があった。それは、ある女性の為に達哉の「幽霊」を呼び出して欲しいと言うもの。訳が分からないと戸惑いながらも、二人は達哉の遺言に従って行動を開始する。
どんでん返し
あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
深淵の迷宮
葉羽
ミステリー
東京の豪邸に住む高校2年生の神藤葉羽は、天才的な頭脳を持ちながらも、推理小説の世界に没頭する日々を送っていた。彼の心の中には、幼馴染であり、恋愛漫画の大ファンである望月彩由美への淡い想いが秘められている。しかし、ある日、葉羽は謎のメッセージを受け取る。メッセージには、彼が憧れる推理小説のような事件が待ち受けていることが示唆されていた。
葉羽と彩由美は、廃墟と化した名家を訪れることに決めるが、そこには人間の心理を巧みに操る恐怖が潜んでいた。次々と襲いかかる心理的トラップ、そして、二人の間に生まれる不穏な空気。果たして彼らは真実に辿り着くことができるのか?葉羽は、自らの推理力を駆使しながら、恐怖の迷宮から脱出することを試みる。
最後の一行を考えながら読むと十倍おもしろい140文字ほどの話(まばたきノベル)
坂本 光陽
ミステリー
まばたきをしないうちに読み終えられるかも。そんな短すぎる小説をまとめました。どうぞ、お気軽に御覧ください。ラスト一行のカタルシス。ラスト一行のドンデン返し。ラスト一行で明かされる真実。一話140字以内なので、別名「ツイッター小説」。ショートショートよりも短いミニミニ小説を公開します。ホラー・ミステリー小説大賞に参加しておりますので、どうぞ、よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる