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公爵令嬢様はお持ち帰りする 過去編
堪忍袋と言う名の我慢がはちきれそうですわ!
しおりを挟む静寂が支配する部屋。
そんな中、口を開いたのはアリシアだった。
「貴方のせいなの?」
2人からの視線が集まる。
パチンと扇子を閉じるアリシア。
射抜くようにセリオスを見る。
「貴方がレイモンドを不幸にしたのかしら?貴方が謝るべきことかしら?」
セリオスは心臓を射抜かれたようになった。
どの答えが正解なのか…正解を言わないと自分が殺されるのではないかと思うほど彼女からの殺気はすごかった。
呼吸が乱れる。太腿の上に置いている手は尋常じゃないほど汗をかいている。
普段から自分は感情をコントロールすることを学んでいる。
それは王族として当然の教育で常に冷静に物事に対処しなければいけないからである。
残念ながら戦場を経験したことがないので、その場において自分が冷静でいられるかわからないが、しかしセリオスは感じた。
この殺気を一身に浴びるのは拷問であると。
剣術の稽古で相手の殺気を浴びることも訓練させられるが、これはその比ではない。
確実に殺される……!!!!
自身は王族である。
そしてその教育を受けてきた。
国の暗部も知らなければならないので、レイモンドのことも知っていた。
正直、会うことはないと思っていたが実際目の当たりにすると、自分でも驚くほど憐れみや哀しみ、そして自分がレイシュタッドではなかった安堵を覚えてしまった。
レイモンドはそんな王族が隠したがっているコトと醜い感情を呼び起こす危険人物だった。
「それと、謝るならば呼ぶのではなく本人の元へ来るのが誠意というものではないでしょうか?貴方は王族という立場を考えてのことかもしれませんが、彼がここへ来るたびに負う傷を理解していますか?彼は私のために来てくれたのです。貴方のためでも、王族のエゴのためでもない。ましてや貴方のその醜い感情を消化するためでもありません。貴方は理解していますか?苦しみを、心の傷を。身体の傷は治っても、心の傷は一生かかっても治すことはできません。本人が治したいと思ってもそれは完治するのではなく、そこに傷があっても乗り越えられる強さを有したときです。それをどれほどの人間が得られるのでしょうか?周囲がサポートしても無理なのです。本人に意思がなければ。
王太子殿下、まだまだ言い足りないことはいくらもあります。
で・す・が!
貴方は謝るなんて口先だけ言って、ただ自分の気持ちを軽くしたいだけです。こんな茶番劇、結末がお粗末すぎますわ。
断罪するならしてごらんなさい。
あなた方の闇の闇まで暴露して差し上げますわ!」
一呼吸で言い切ったアリシア。
レイモンドはポカンとアリシアを見る。
レイモンドが入れた茶をアリシアが飲みほす。
そして用は無くなったと言わんばかりに優雅に立ち上がった。
その動作を何も発することなく見るセリオス。
「こんな所に1秒でもいたら、心が腐ってしまいますわ。帰るわよ、レイモンド!」
「は、はい!」
アリシアがレイモンドを伴って退室する。
2人は振り返らない。
ここには用はないと言わんばかりに。
1人取り残されたセリオスは緊張を解く。
アリシアが言ったことは本当だった。
自分の心を見透かされたかのように感じた。
自分は間違ったのだ。
初手から間違っていた。
レイシュタッドいやレイモンドにもアリシアにも。
彼女はただの公爵令嬢ではなかった。
いや、彼女はただの令嬢ではないことを忘れていた。
彼女は錬金術狂いの頭のおかしい令嬢と巷では言われているが実際はそうではない。
彼女ほどnoblesse obligeに相応しい人間はいない。
「欲しいな…」
ポツリと呟いた言葉を聞く者は誰もいなかった。
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