お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩

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番外編

エーミルの場合1

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生きている者は自分が死ぬことを知っている。しかし,死んだ者には何の意識もなく,彼らはもはや報いを受けることもない。なぜなら,彼らの記憶は忘れ去られたからである。
また,その愛も憎しみもねたみも既に滅びうせ, 彼らは日の下で行なわれるどんなことにも,定めのない時に至るまでもはや何の分も持たない

伝道の書 9章5、6節






彼は眠ったのだ。
いいや、すでに眠っていたけれども死という眠りについたのだ。
彼女がどんな想いで彼を看取ったかは僕に量れるものではない。
貴族の婚姻は複雑で平民のようにはいかない。
けれども人が人を想う気持ちは貴族も平民も一緒なのかなと感じたのは彼女が彼を最期まで看取った事実があるからだろうと思う。




彼女の顔を初めて見たときは憂いを帯びた顔で

次に見たときは綺麗な涙を流しながら夫を愛しているといい

次に見たときは、凛とした顔で人々を癒し、

最後は穏やかな笑顔で寝たきりの彼に声をかけていた。






僕が幼い時に彼女と友人となった(今思えば厚かましいことだけど)
彼女と彼の仲は僕には分からないほど複雑だったみたいだ。
それは身近にいた大人である父ファビアンに何回も質問したから覚えている。

「エーミル、ここ数日会ったことは私たちが首を突っ込んではいけない問題だ。軽々しく私たちが口にすれば奥様が傷つくんだぞ?」



「嫌だ!マレーネ様を傷つけたくない!」


父は深くうなづいた。

「そうだろう?だから私たちは何事もなかったようにするんだ」


僕はまだ幼くてただただ、マレーネ様が泣いてることとが嫌で、泣いている原因であるアクラム様が憎かった。


父は屋敷に飛び込んでいった日からすぐ後にアクラム様が倒れたことで問題が動いたことだけは成長してから察した。

それから屋敷の主人が正式にマレーネ様になって、薬草の手入れを教わって、マレーネ様と一緒に収穫したりしていたんだ。

幼い子供だった僕はアクラム様のこともすっかり忘れ、お母さんがいたらこんな感じかな?と思わせる優しい雰囲気のマレーネ様に夢中だった。


あの時の涙が嘘のように、彼女の微笑みはとても穏やかに見えた。

それから数年経って、マレーネ様が経営してる治療院での仕事も手伝うようになった。
庭師の父を持つ僕は薬草学も同じ植物だから、またマレーネ様の役に立ちたいという思いから薬草学を学ぶようになった。
残念ながら平民はまだまだ学校らしきものがなかったので、必死にマレーネ様の言われることを聞いた。
見て覚え、時に質問した。


「エーミル…実は手伝って欲しいことがあるの」

「はい!光栄です!」


マレーネ様は僕の言葉に穏やかな顔を向けてくれた。


そして重症患者が寝泊まりするその奥の1番陽当たりのいい場所に彼は横たわっていた。

「え…」

「私の夫だった人です」


マレーネ様はあくまで穏やかだった。







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