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三章

自我を主張してしまった

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「すみません。情報をもらってすぐに、いきなり重要参考人らしき輩と出くわすなどという超ご都合展開が起きるとはまったく思ってなくて」

 夕食とお風呂の後、部屋でメロウが謝ってくる。頭を下げてくる。
 こいつは謝らないタイプと勝手にらく印を押してたけど、人類滅亡が迫ってるとなるとさすがに弱気にもなるということかな。

「そんな創作物的な……WEB小説的な展開が起きるとは思ってなくて」
「なんで言い直したの? ご都合はご都合でも、読まれるWEB小説のそれとはちょっと風味が違わない? というか、邪教徒のメロウなら『この世は神の手による創作物! 皆がみな神のダッチワイフなんじゃい!』くらいカゲキなこと言うと思ってた」
「決めつけないでくださいよ。邪教の教えを。いや邪教じゃないんですけれども。エギューバ様は破壊と混沌と創造のすべてを司る神ですが、同時に、そのすべてにおいてキッカケに過ぎないのです。人は神の創作物ではありません。確固とした自我を有する、『我思う故に我あり』な、一つの個なのです。成子ちゃんも、無論、私も」

 メロウはにっこり笑う。
 自我を主張するホムンクルス。字面だけ見るとなんか怖い。少なくとも、あわよくば私を邪教に入信させてやろうぐらいの熱意はありそう。まずはライトな思想から。だんだんと沼に引き摺り込んでいくって感じ。
 メロウもクウィンの同類なのでは。機械生命体の布教兵。
 ストップサギ被害。私はだまされない。

「あれ? メロウさん、エギューバさんのこと唯一神っておっしゃってましたが、『時間の神』というのもいるんですよね? 矛盾してませんか?」
「突然の敬語に分厚い壁を感じますが。奴はカッコ付きの『神』なんですよ。神に並ぶほどの力を持ってますが、しかし本当の神じゃあないんです。不遜にも『神』を自称する、悲しきクリーチャーなんですよ」
「…………」

 お前がゆーな。そう思った。
 勉強机のイスに座る。学校メモ用ノートを開くと、「これやってこい」と命じられた課題の名前が並べられている。見るだけで吐き気をもよおす。
 パタンと閉じた。

「親衛隊に頼んだらやってくれないかな……?」
「やってくれると思いますけれど、良いんですか?」
「私はいそがしいの。宿題なんてやってるヒマなし。料理トレーニングでしょ。マンガラノベアニメでしょ。メロウの子守りに」
「はい? 私が成子ちゃんの子守りしてるんですが」
「ほざけ。えっと、あのお姉さん。重要参考人のソーサク」

 メロウに尋ねる。

「ちゃんと顔おぼえてる?」「いいえ。ちゃんと見てなかったので……」
「私はおぼえてる。どや」「ぐぬぬ」
「メロウがあの人を見つけるには、私の力が必要ってわけ」

 胸を張る。「揉んでいいんですか?」と問われた。言いわけないでしょ。そもそも、もめるほどないんよ。悲しいことに。

「顔も分からないよりはまだマシですけれども。やはり顔だけでは、国が秘密裏に作成している顔写真付き国民データベースにアクセス出来たとしても、パーソナリティを暴くのにかなりの時間がかかります」
「そんなデータベースあんの?」「あったとしたらです」

 じゃあ、実際にはさらに時間がかかるのか。
「うーん」とうなり、ひらめく。

「私の記憶をスキャンとか出来ない? 沐美をネオ沐美にした要領で」
「難しいですね。こちらの記憶を成子ちゃんに読み取らせるとかなら可能なんですが。逆はちょっと。それに、あの暗そうな女の顔を知っていたところで、雑踏のなか見分けがつくかと言われても、全然自信がありません」

 雑踏というものが生まれるほど、この街に人はいない気がする。定食屋「まだい」の周りだけは、最近になって活気が出てきたものの、街全体としてはちょっとずつ人口が減ってきてるらしいし。
 トントントントン、指で机をたたいた。
 コメカミを押さえる。「まだい」が年末年始もやってたらな。店内張り込みで見つけられたかもしれないのに。今日だって夕飯時に店の前でウロチョロしてたのだし……。

「待って」「はい?」
「あのお姉さんって、ナンシー・レイチェル本人じゃないよね?」
「そうですね。違いますね」
「じゃあ、ただの使いっ走りだったとしてもさ。メロウの行動を調べるべく『まだい』にやってきたとしたら、あれ・・はお粗末すぎない? 隠れられるモノカゲなんて、この辺にはいくらでもあるのに」
「だから『まだい』に食べに来ただけの、無関係な一般人と言いたいのですか? 成子ちゃんに話しかけられた瞬間、脱兎の如く逃げたでしょう」
「あれだってさ。『いくらなんでもさすがにあれは』ってヤツじゃん。パシられそうなタイプだったけど、パシって利益がある人材には見えないよ」
「あえておバカなド素人さんを選んだのでは? 逆に怪しまれないと踏んで」
「そうなのかなぁ」

 腕を組んで首をかしげる。
 怪しくなくとも、手がかりっぽいものがそこにしかなければとりあえず当たってみるのが生きた人間であると。そうは考えなかったのか、マッドサイエンティストのナンシーさんは。
 頭が熱い。近い将来ウイルスで人類が滅ぶからと、バカなのに考えすぎた。
 親衛隊メンバーのおっちゃんによると、彼女はここ十日で「まだい」付近に現れ始めたらしい。やっぱりちょっと怪しすぎる。
 うん。散歩と称して出歩いてみれば、再会出来るかもしれない。
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