上 下
40 / 64
三章

ストーカーを連れてきてしまった

しおりを挟む

 夜の八時すぎ。最後のお客さんは十分前に帰っていった。入り口に近い電灯のみ消す。それから店内の一番奥にある机に座って、怪しい女と向かい合う。
 俯いて沈黙している。黒装束はすでに剥ぎ取っていた。中からは、歌劇団で男役をやっていそうな、クールな感じの女が現れた。普通にお茶するだけならば、私もちょっとはドキドキしたかもしれない。しかしこいつにはストーカー疑惑がかかっている。心は鉄壁の取り調べモードだ。

「えっと。成子のお客さん、かな?」

 気後れした様子で、お父さんが水を持ってきてくれた。そそくさと裏に去っていく。頼りない大人だ。もう私が店長になった方がいい。
 メロウが口を開いた。

「キリキリと吐いてくださいよ。あなたはマッドサイエンティスト、ナンシー・レイチェルの使いですね?」
「だから違うと、何度も言っているだろう! そんな奴は知らない。根掘り葉掘りの質問に答えてやったし、身分証は示したし、家族や所属先の確認までしやがったじゃないか! 念入りに! プライバシーを丸裸にする勢いで!」
「裸にするのは得意ですからね。裸になるのも得意です」

 いらん申告すな。お前の裸に、もはや情緒はない。

「今のところ、あなたに疑わしい点がないのは事実です。とはいえね。ネット上で匿名の人物に雇われたって可能性もありますし。軽い小遣い稼ぎのつもりでやったんじゃないですか?」
「そんな取引、断じてしてない! 家のパソコンを調べてくれても構わない!」
「あの。お姉さん」「……な、なにかな。成子ちゃん」

 手を上げる。

「なんちゃられいちゃらの使い、みたいな大層な犯罪者じゃなくても。私のこと、ストーキングしてましたよね? ストーカーですよね? 最初から私の名前知ってたし。私の写真持ってたし」
「…………」

 女――運転免許証によると名前は佐伯さいき春乃――は露骨に目を逸らした。怪しい。なんとなく、改造される前の沐美と同類っぽいフインキを漂わせている。まああいつほどドロドロしたものは感じないけど。
 水を飲んだ。机にコップを置く。佐伯の肩がビクリと跳ねた。
 スマホを取り出す。ストーカーは、シクシクと泣き始めた。

「警察に……電話するんだよね……うん」「認めるの?」
「はい……成子ちゃんにウソをつくわけにはいきません……バレてしまってはしょうがありません。わたしは成子ちゃんのストーカーでございます。ゴキブリ未満の存在です」

 神妙な口調で、素直にも認める。スマホを置き、ほおづえを突く。ジトリと睨みつけた。

「なんで?」「え?」
「なんで私なんかをストーキングするの? 嫌がらせ? 誘拐目的?」
「そんな、滅相もない! わたしはただ、成子ちゃんをずっと見ていたかっただけで」「私を? 見てても面白くないでしょ。隣の痴女はともかく」
「美しすぎて飽きないということでしょうか?」

 シャランとポーズをとるメロウ。ポジティブだな。
 面白いというのは、ジュ◯シックパークのティラノサウルス枠でという意味なんだけどな。

「もっと時間をゆーいぎに使いなよ。マンガ読むとか料理するとか」
「性的悦びに浸るとかですね」
「メロクサ。三十分ぐらい上唇と下唇を融合させて」
「耳の穴と声帯を繋げてしゃべりますよ。睦言を」
「クリーチャームーヴやめて」

 メロウがたくさんいたら、耳と耳をくっつけあってコミュニケーションとか出来そう。気持ち悪い。しかし「メロウがたくさんいる」という想定も、ありえない話じゃないと思う。がんばったらクローンとか作れそうじゃん。
 人類は生物として完全に負けてる。マッドサイエンティストのなんちゃられいちゃらに滅ばされなくとも、いつかメロウの集団にクチクされるのでは。生存競争によって。

「あの」

 佐伯は水を飲み、そして口を開く。頬が赤い。もじもじと人差し指をくっつけて、恥ずかしそうに言う。

「成子ちゃんも、かわいすぎて飽きない、よ?」

 目をまん丸にした。

「へ、へえ。そうですか? えへへ。ドゥエへへ」

 ニヤニヤが止まらなくなった。スマホをポケットにしまう。警察に連絡するのはかわいそうかな、うん。
 というか、私にストーカーを責める権利はない。他ならぬ私が、播磨くんに何度もやっている。

「お父さぁん! このお姉さんになにかふるまってあげて」
「え? あ、うん」「ちょっと成子ちゃん。チョロすぎますよ」
「かわいいって言われたらうれしいでしょーがっ!」

 ドンッ、と机を思いっきり叩いた。「あ、はい」とひっこむメロウ。
 よくばりな承認欲求をさらに満たそうと、身を乗り出して尋ねる。

「私、ホントにかわいいですか?」
「成子ちゃんよりかわいい存在は見たことない」
「ホントのホントに?」「うん。うん! 永遠になでてたいくらいに!」
「ん? なでさせたげてもいーよ?」

 頭を佐伯さんに向けた。「あ……あ……」と感動したように呻き、ゆっくりと手を伸ばしてくる。目をつぶって待った。けど、いつまで経っても触られた心地がしない。
 まぶたを開く。目前に、メロウの背中があった。佐伯さんはゾッとした表情で、伸ばした手を引っ込める。
 怒鳴った。

「おんどりゃあ!? 変態の汚ねえ乳触らせんなっ! ぶっ殺すぞ!」
「なんですって!? 聖女のセイなるボディに対して、ひどい暴言です! 犯して捨てますよ!」
「ちょっとぉ。夜中にうるさい」

 お母さんが厨房から出てきた。右手にノートを持っている。新メニューでも考えてたんだろう。少しだけど、眉間にシワが寄っていた。

「あれ。佐伯さん」
「な、成子ちゃんのお母さま! どうも、ご無沙汰しております!」
「あれ? 知り合い?」「ええそうなの」

 お母さんは、ほんわか微笑んで頷いた。

「佐伯さんはメンバーなの。成子ちゃんストーカー団体の。お母さん公認♡」
「別にいいけど、親でしょ? 公認してんじゃねーよ」

 だって面白そうだったんだもん。
 お母さんはそう言って、ウフ♡ と笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...