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三章
ストーカーを連れてきてしまった
しおりを挟む夜の八時すぎ。最後のお客さんは十分前に帰っていった。入り口に近い電灯のみ消す。それから店内の一番奥にある机に座って、怪しい女と向かい合う。
俯いて沈黙している。黒装束はすでに剥ぎ取っていた。中からは、歌劇団で男役をやっていそうな、クールな感じの女が現れた。普通にお茶するだけならば、私もちょっとはドキドキしたかもしれない。しかしこいつにはストーカー疑惑がかかっている。心は鉄壁の取り調べモードだ。
「えっと。成子のお客さん、かな?」
気後れした様子で、お父さんが水を持ってきてくれた。そそくさと裏に去っていく。頼りない大人だ。もう私が店長になった方がいい。
メロウが口を開いた。
「キリキリと吐いてくださいよ。あなたはマッドサイエンティスト、ナンシー・レイチェルの使いですね?」
「だから違うと、何度も言っているだろう! そんな奴は知らない。根掘り葉掘りの質問に答えてやったし、身分証は示したし、家族や所属先の確認までしやがったじゃないか! 念入りに! プライバシーを丸裸にする勢いで!」
「裸にするのは得意ですからね。裸になるのも得意です」
いらん申告すな。お前の裸に、もはや情緒はない。
「今のところ、あなたに疑わしい点がないのは事実です。とはいえね。ネット上で匿名の人物に雇われたって可能性もありますし。軽い小遣い稼ぎのつもりでやったんじゃないですか?」
「そんな取引、断じてしてない! 家のパソコンを調べてくれても構わない!」
「あの。お姉さん」「……な、なにかな。成子ちゃん」
手を上げる。
「なんちゃられいちゃらの使い、みたいな大層な犯罪者じゃなくても。私のこと、ストーキングしてましたよね? ストーカーですよね? 最初から私の名前知ってたし。私の写真持ってたし」
「…………」
女――運転免許証によると名前は佐伯春乃――は露骨に目を逸らした。怪しい。なんとなく、改造される前の沐美と同類っぽいフインキを漂わせている。まああいつほどドロドロしたものは感じないけど。
水を飲んだ。机にコップを置く。佐伯の肩がビクリと跳ねた。
スマホを取り出す。ストーカーは、シクシクと泣き始めた。
「警察に……電話するんだよね……うん」「認めるの?」
「はい……成子ちゃんにウソをつくわけにはいきません……バレてしまってはしょうがありません。わたしは成子ちゃんのストーカーでございます。ゴキブリ未満の存在です」
神妙な口調で、素直にも認める。スマホを置き、ほおづえを突く。ジトリと睨みつけた。
「なんで?」「え?」
「なんで私なんかをストーキングするの? 嫌がらせ? 誘拐目的?」
「そんな、滅相もない! わたしはただ、成子ちゃんをずっと見ていたかっただけで」「私を? 見てても面白くないでしょ。隣の痴女はともかく」
「美しすぎて飽きないということでしょうか?」
シャランとポーズをとるメロウ。ポジティブだな。
面白いというのは、ジュ◯シックパークのティラノサウルス枠でという意味なんだけどな。
「もっと時間をゆーいぎに使いなよ。マンガ読むとか料理するとか」
「性的悦びに浸るとかですね」
「メロクサ。三十分ぐらい上唇と下唇を融合させて」
「耳の穴と声帯を繋げてしゃべりますよ。睦言を」
「クリーチャームーヴやめて」
メロウがたくさんいたら、耳と耳をくっつけあってコミュニケーションとか出来そう。気持ち悪い。しかし「メロウがたくさんいる」という想定も、ありえない話じゃないと思う。がんばったらクローンとか作れそうじゃん。
人類は生物として完全に負けてる。マッドサイエンティストのなんちゃられいちゃらに滅ばされなくとも、いつかメロウの集団にクチクされるのでは。生存競争によって。
「あの」
佐伯は水を飲み、そして口を開く。頬が赤い。もじもじと人差し指をくっつけて、恥ずかしそうに言う。
「成子ちゃんも、かわいすぎて飽きない、よ?」
目をまん丸にした。
「へ、へえ。そうですか? えへへ。ドゥエへへ」
ニヤニヤが止まらなくなった。スマホをポケットにしまう。警察に連絡するのはかわいそうかな、うん。
というか、私にストーカーを責める権利はない。他ならぬ私が、播磨くんに何度もやっている。
「お父さぁん! このお姉さんになにかふるまってあげて」
「え? あ、うん」「ちょっと成子ちゃん。チョロすぎますよ」
「かわいいって言われたらうれしいでしょーがっ!」
ドンッ、と机を思いっきり叩いた。「あ、はい」とひっこむメロウ。
よくばりな承認欲求をさらに満たそうと、身を乗り出して尋ねる。
「私、ホントにかわいいですか?」
「成子ちゃんよりかわいい存在は見たことない」
「ホントのホントに?」「うん。うん! 永遠になでてたいくらいに!」
「ん? なでさせたげてもいーよ?」
頭を佐伯さんに向けた。「あ……あ……」と感動したように呻き、ゆっくりと手を伸ばしてくる。目をつぶって待った。けど、いつまで経っても触られた心地がしない。
まぶたを開く。目前に、メロウの背中があった。佐伯さんはゾッとした表情で、伸ばした手を引っ込める。
怒鳴った。
「おんどりゃあ!? 変態の汚ねえ乳触らせんなっ! ぶっ殺すぞ!」
「なんですって!? 聖女のセイなるボディに対して、ひどい暴言です! 犯して捨てますよ!」
「ちょっとぉ。夜中にうるさい」
お母さんが厨房から出てきた。右手にノートを持っている。新メニューでも考えてたんだろう。少しだけど、眉間にシワが寄っていた。
「あれ。佐伯さん」
「な、成子ちゃんのお母さま! どうも、ご無沙汰しております!」
「あれ? 知り合い?」「ええそうなの」
お母さんは、ほんわか微笑んで頷いた。
「佐伯さんはメンバーなの。成子ちゃんストーカー団体の。お母さん公認♡」
「別にいいけど、親でしょ? 公認してんじゃねーよ」
だって面白そうだったんだもん。
お母さんはそう言って、ウフ♡ と笑った。
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