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一章:聖女が日常に組み込まれてしまった

悪霊を退散させてしまった

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 期末テストは中止となった。なあなあ・・・・のまま冬休みが始まる。定食屋「まだい」も臨時休業だ。
 自室の椅子をギコギコ鳴らしつつ、リモコンを手に取った。パソコンのテレビを点ける。

『八人死亡、怪我人と住宅損壊多数』
『死亡者の中には、まだ中学生の少女二人が含まれており、大変痛ましい事件』
『詳しい原因は明らかになっていませんが』
『住民によると、一人の女・・・・が狂気を発して乱舞していたと……』

 ブレブレの映像が流れる。何も分からないが、音は凄まじい。
 一点気になる。一人の女? 怪物は?

『また、近くの公園にいた、被害者中学生らの同級生一人が、メカニックな怪物によって彼女たちが殺害される場面を目撃したとの情報も入ってきています』
『幻覚を見ていた可能性がありますね。よほどショックが大きかったのでしょう。目撃者が精神を壊していないか心配です』
「あっ。私の証言だ! 幻覚として処理されてる」

 ハハハと笑ってポテチを頬張る。精神は至って健康だった。期末テストの中止を聞いて、心から喜んでるくらいだもの。御影さん経由で手に入れた期末テスト問題の解答も、結局覚えきれてないし。
 テレビを消す。

「はあ。どこもかしこもコレ一色だなぁ」「お祭り状態ですねぇ」
「宇宙人とか、身体能力の高過ぎる変質者とか、政府が秘密裏に作り出したミュータントとか。SNSでは色々言われてる」
「そうなんですか。バカですねぇ。全部ハズレです」
「はいはい自称聖女の再生系クリーチャーだよね。真犯人については、何がアタリなの? そろそろ教えてよ」

 メロウに尋ねる。彼女はあの怪物について、よく知ってそうな雰囲気を醸し出している。
 きっと同類に違いない。同じ研究所で開発された仲間とか。

「あれは、『時間の神』の尖兵なのです」
「……時間の神?」

 首を傾げた。なんじゃそりゃ。問い返す。
 メロウは口を開きかけた。が、閉ざしてしまう。
 目を瞑り、少し迷ってから言う。

「言えません。禁則事項に抵触してしまうかも」「定食?」
「おバカな成子ちゃんにも分かるように説明すると、規則を犯す、ルールの壁に穴を開けることです。さすがに禁則事項は破りたくないですね。穴を犯すことには目がない私ですが」
「メロウ。物置に使ってた部屋片付けたんだけど、今日からそこで寝てね」

 なんなら永遠に出てこなくてもいいよ。
 沐美をギュッと抱きしめる。こいつもう私の専用奴隷とします。

「床暖房あります?」「ないよ。なんならガスが通ってない」
「凍え死んじゃいます~」
「メロウはちょっと凍ってるくらいの方が可愛いって」
「やだなぁ。私はいつだって可愛いですよ♡」

 苦笑いを返す。そうは言っても、中身がザ・ホムンクルスだからさ。ター◯ネ◯ターかもしれない。
 ピン、ポーン。
 インターホンが鳴った。会話が途切れる。
 訝しむ。誰だろう。一昨日怪物が現れたばかりの、このご時世に。
 お父さんから聞くところによると、現在街の皆々、自宅に引きこもってるか他地域に逃げるかしてる。安全確認を切実に待ってるのだ。外に出て他人ひとのウチを訪ねられる空気感ではない。

「んー。切羽詰まった取り立て屋かな?」
「消費者金融からも借りてらっしゃったんですか?」
「さあ。でも、メロウが来る前ならあり得たかも」

 自称聖女ざしきわらしによって大幅黒字に転じた今、お父さんの性格上、借りっぱなしにしとくとは考えにくい。推理はお手上げだ。私に探偵など務まるはずがなかった。
 自室の扉を小さく開けて、裏口玄関の様子を伺う。お母さんが出ようとしていた。訪問者を躊躇なく迎える。

「え……」

 驚きで口元を押さえた。指が震える。

 ウチにやってきたのは、播磨くんだった。

 頭が真っ白になる。
 髪、梳かしてない。服、めっちゃダサい。
 完全無欠のオフモード。吐血もののハプニングだ。

「いらっしゃ~い。播磨くんだっけ」「はい。えっと。あの」

 お母さんに話しかけられ、キョドキョドしている。しどろもどろだ。
 気持ちが先行しているらしい。

「と、友達が殺されるところ直に見ちゃって。それで刑事さんたちに変なこと言ってたって。未韋さん、相当なショック受けてるんじゃないかって聞いて。えっと。心配になって。だから、来ました」

 心臓が熱暴走した。体温が急上昇する。
 わ、私のことを心配して来てくださったの? こんな、下町定食屋の芋粥娘のために? ブワッと涙腺崩壊しそうになる。播磨くんの心の中に、私という存在が確かにいた証拠。
 あと、マナジリ下げて弱ってる播磨くん、捨てられた子犬みたいでかわいすぎ。
 無意識に足が動く。

「成子のお見舞いに来てくれたの? ありがとね~。あの子ピンピンしてるけど」
「そ、そうなんですか?」「播磨くん!」

 階段を一段飛ばしで駆け下り、靴脱ぎ場に向かう。

「来てくれてありがとう!」「未韋さん。げ、元気そうで何より」
「播磨くんの顔見れて一層元気になった! 嬉しい!」

 自然と笑みが溢れた。なぜか固まる播磨くん。くるりと方角を換える。
 どうしたのだろう。私のオフモード、ひょっとして自分で思ってる以上にダサいのだろうか。面と向かって播磨くんからそういう評価を下された場合、崖から海に身を投げ入れる選択も辞さない。
 海底レストランの店長になります。
 振り返った播磨くん。
 鼻をつまんでいる。赤い液体が指を伝う。

「ごめん。ば、鼻血が……」
「はなぢ……鼻血!? 大変! お母さん、ティッシュ! お母さん!? なんで座ってるの!?」
「青春は核エネルギー。成子ちゃんにはまだ早いでしょうけど、間近でビットリ見せつけられると、こんなおばさんの身の上では簡単に死に至るのです。つまり過呼吸で立てない」
「お父さんっ、お母さんが意味不明な理屈で過呼吸になった!」
「なんだって!? しっかりしろ! くっ。だから娘の青春に首を突っ込むなとあれほど言ったのに。過剰摂取は毒。俺たちはもう若くないんだ」

 悔しげに言ったのち、お母さんを抱えて連れて行く。なんの茶番だ。
 そうしている間にも、播磨くんの鼻から血は流れ続ける。ティッシュが必要だ。けど、一階のティッシュ箱は、お母さんが場所を頻繁に移動させるため、どこにあるかは常にミステリー。「私っ、私の部屋の」と呟く。

「来て! 私の部屋に!」「……ぬぇ?」

 彼の服をちょいと掴んで、階段をゆっくり上がる。ポタポタと血が垂れる。
 自室に着いた。勉強机のティッシュ箱を引ったくって、十枚ほど出す。三枚押し当てた。すぐに赤く染まる。替えた。

「ぎょめん」

 鼻声で謝られる。とんでもない。播磨くんのお世話は、幸せ以外の何物でもない。

「いーって。いい……って……」

 気づく。状況を、より正確に理解する。
 お互いの顔のキョリ、だいたい十センチ。
 吐息が当たる。とても嬉しくて、とても恥ずかしい。



「…………」「……………………」
「ぁアー。アアアアァァァァッッ!?」

 私のベッドに腰掛けていたメロウが、突然高速振動を始め、魂の籠った叫びを上げる。悶え苦しむ。
 そして、頭と頬と首をガシガシと掻き毟り出す。
 え。急にどうしたの。こわ。

「こんなウブで初々しくて可愛くてキラッキラなアオハル、見てられるものですかあっ! 汚れちまった自分が憎い!」

 床が壊れそうな勢いで立ち上がった。少し砕けた。猛然と出口へ向かう。
 去り際にこう言い残した。

「悪霊は退散させていただきます!」

 ドアが閉まる。
 お前悪霊だったのか。まあそうなんだろうなと思ってました。
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