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一章:聖女が日常に組み込まれてしまった

怪物が現れてしまった

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 前回のあらすじ:黒いヒビから、やばそうな怪物が現れた。

「ね、ネ◯バー……?」

 好きな漫画の、異界からの侵略者になぞらえてみる。
 意外と余裕があるのだろうか。違う。冷や汗がドッと噴き出る。半歩ジリリと後退ってから、体はほとんど動かない。
 怪物は、殺意の塊だった。俺以外の存在はすべて敵だぜ、みたいなキレッキレの雰囲気を醸し出している。ああ、ここで死ぬのだなと、単に諦めただけだ。諦めると、心が楽になる。両手を組み合わせた。
 短い人生でございました。
 一度くらい、播磨くんとデートしたかったなぁ。
 欲を言えば、二人で定食屋「まだい」を継ぎたかったです。

「えっ何あれ」「分かんない。未韋のコスプレ友達?」
「あー。あいつよく、『料理屋の娘』って感じのコスプレしてるもんねぇ」

 それコスプレじゃねえし。
 聞き覚えのある声だった。ファンクラブから派遣されたらしき、今日の嫌がらせ当番だ。明らかに、危機感が欠如していた。
 分かんないの? と訝しむ。あいつらカン鈍すぎ。
 怪物からの興味が私から逸れた。奴は振り返り、かつて同志だった者たちの方を向く。目はないのに、前か後かはあるらしい。
 のしのしゆったり、住居の陰から出てきた二人に、怪物は近づいていく。少女たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。意地の悪そうな表情だった。
 公園の敷地に入り、あろうことか、自ら怪物の側に寄る。

「おじさぁん。なにその変なカッコー」
「ウケる~。弱いからって、ツヨツヨなヨロイ着ちゃってさ」
「だっさ。ソトだけ取り繕おうとするのって、自分の弱さの裏返しだよ~」
「コスプレ衣装作る前に心鍛えなきゃねぇー。あはは」
「ざぁこ♡ ざぁこ♡」「ざぁこ♡ ざぁこ♡」

 腹立つ芸風だな。あんなのやられたら、私なら反射で殴る。
 右、左と首を傾げる怪物。あれが「おじさん」に見えるって、あいつらの目は節穴か? 両眼ともに「目◯おやじ」として抜け出してるんじゃない?
 播磨くんファンクラブの入団動機、「みんなが好きって言ってるから」みたいなうっすい理由じゃなかろうな。そんなの許さんぞ。
 怒りで、冷え切った体が熱を帯びてきた。思考を取り戻す。
 怪物の動きに注目。かなりノロかった。距離おおよそ十メートル。
 ひょっとして。逃げられるんじゃない?
 希望を抱く。その時だった。
 少女たちの上半身が、消えた。

「…………ぱ?」

 戦慄する。遠くでグチャッと音がした。そして、二人の下半身がドサッと、血を撒き散らして倒れ込む。あ。死んだ。あいつら死んだんだ。
 見えなかった。何も見えなかった。
 怖い。あんな死に方は嫌だ。子供や孫に惜しまれながら、安らかに死んでいきたい。歯をガチガチと鳴らす。
 怪物が、こっちに来る。震える声で、涙ながらに「こ」と呟く。

「こないで」

 周囲に撒き散らされてた殺気が、一気に私に収束した。嗜虐心など欠片もない、ただ純粋な殺意。
 背筋が竦む。怖い、怖い怖い怖い!
 首をギュッと絞められた心地。失神しかける。漏らしたかもしんね。
 怪物は、大きな足を踏み込んだ。
 大気の揺れが、モロに届く。
 あ、はい。再び諦める。死ぬんですね。皆さんさよなら。
 来世は三つ星イタリアン料理店で働く超一流シェフの娘になります。
 神の粋な計らいか、景色がスローに映る。死の瞬間をゴムみたいに引き伸ばされても、正直無意味なんだよなぁ。どうせスローにするなら、テスト時間とかにやってくれ。私の抱える問題は時間不足でなく勉強不足と脳細胞不足なので、あんまり効果はないと思うけど。
 視界の端に、沐美を発見した。賢さ面ではポンコツな私としては大変珍しいことに、脳の回路がピチッと繋がる。今の彼女は無印でなく、「ネオ」なのだ。
 目からビームが出ます!
 アホな自称聖女の言葉。

「沐美」

 指令を出す。

「ビーム」

 眩い光が、辺り一面を覆い尽くす。
 私に落とされる無慈悲な手刀が、弾かれた。一方の私の体は、風に押されて舞い上がる。墜落寸前、沐美にお姫さま抱っこで助けられた。

「サンクス沐美! 追加のオーダーなんだけど」「なぁに?」
「超逃げてっ!」

 彼女はニンマリ笑う。目は虚だが。

「りょーかい」

 公園を抜ける。助走をつけて、民家の上にピョンと飛び乗った。
 それで終わりじゃない。次々と飛び移る。
 早い。風が気持ちいい。沐美の運動能力はかなり低かったはずだが、改造手術によって、明らかな急成長を遂げている。オリンピックに出場させたいくらいだ。チート判定されるでしょうがね。
 怪物は、しつこくも追いかけてくる。俊敏だ。ファンクラブメンバー二人に近づいた時のノロノロ感は、きっと演技だったのだ。ズルい奴。
 いずれ追い付かれる。

「成子ちゃん。誰かに押し付ける?」
「うーん。それはなんかダメな気がする!」
「じゃーどーするの?」「スマホでメロウに連絡するとか!」

 あの再生系クリーチャーなら、この状況もなんとかしてくれるはず。根拠はないけど、黒いヒビの怪物よりもメロウの方が強そう。
 二秒の沈黙後、沐美は口を開く。

「手っ取り早く、メロウさま『召喚』する?」

 おおよそ現実的とは言えない、魔法みたいな提案だった。一拍置いて、「ん?」と尋ね返す。彼女は淡々と、召喚の概要だけ教えてくれる。

「私の中にはメロウさまの体液が滞留してる」
「そっか。かわいそうに」
「そこから彼女を『再生』可能。出来上がるのは分身だけど、メロウさまが呼応してくれれば、こっちが本体になる」
「どんなメカニズムで生きてんだあいつ」

 沐美は口から、光沢なき真珠のようなものを吐き出す。白く濁ってる。原材料は聞きたくない。
 唇で押さえたのち、「ぷっ」と後方の怪物に向かって射出する。
 汚い真珠は空中で、ニュルニュルと変形を始めた。
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