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一章:聖女が日常に組み込まれてしまった
憧れの男の子に声をかけられてしまった
しおりを挟む老女は椅子から立ち上がる。足腰はまだ壮健そうだ。
ドアノブを掴む。澄ました表情の孫に言った。
「ついてきな」
老女はニヤリと笑う。
◇◇◇
「夜、メロウの布団がちょっとうるさかったんだけど」
朝の七時半。昨日の惨事は忘れることにした。
顔を洗い、髪を梳かし、UVカットクリームを塗り、制服に着替えつつ、クレームをつける。
「ありゃ? 注意してたはずなんですけれど。聞こえてましたか」
「何してたん?」「それは言えませんねぇ」「……」
挙動不審になった。怪しい。メロウの掛け布団を引き剥がす。
乱れた姿の沐美が横たわってた。虚な目をして、ビクビクと気持ち良さげに痙攣している。意思は感じられない。
布団を掛け直す。
「は?」「まあまあ」
「メロウってレズだったの?」「うぅん。ちょっと違いますかね」
人差し指をピンと立てる。「ヒントですが」と言った。
「私は生やせるのです。で、これがクセになります。快楽大好きです」
「強い恐怖を感じた」「逆も好きです」
「もしかして。すでにお子さんとか……」
「産ませたことも、産んだこともあります」
「うっ……!?? ……シスターってそれでいいの?」
「いいんです。成子ちゃんに首状態で拾われて、新しい胴体に換わってからは、まだ一度もされてませんし。つまり清いんですよ」
清らか判定ガバガバ過ぎる。「そろそろしたいかもしれません。無責任なのを一発」とか言ってる時点で、存在としてはアンダーグラウンドだろと思った。
私と同じ中学二年生って、ひょっとして嘘なんじゃないの?
希望が見えてきた。
「成子ちゃんのお父さんって、男として結構いいセン行ってますよね」
「やめろよ。絶対やめろよ」
釘を刺す。気持ちが先行し過ぎて、私の手には、丸釘とトンカチが握られていた。
朝ごはんを食べる。さりげなく、「お父さんお母さん、そろそろメロウにも個室を用意してあげたいね」と、寝床を離す布石を打っておいた。
いってきますの直前に、メロウを玄関まで呼び寄せた。地獄耳のお母さんに聞こえぬよう、小声で話しかける。
「どうされました?」
「今日は誤魔化すけど。土日挟んで、来週の月曜までに、沐美ちゃんを社会的活動が可能なよう修復出来たりしない?」
「納期は三日後。了解しましたぁ!」
ビシッと敬礼された。ホッと溜息を吐く。
とりあえず、沐美が一人暮らしで良かった。あまり父母と連絡してなかったらしいし、行方不明をすぐには悟られなくて済む。
学校に向かう。自席に座った。机の中に教科書を入れる。最近は一応、全部持ってくるようになった。もうすぐ期末テストだ。いきなり点数が上がったりはしないだろうが、でも、頑張らないと。
定食屋「まだい」を、しっかり継ぐんだ。
でも勉強やだなぁ。
「おはよう未韋」「おはよう御影さん」
「今朝のニュース。良かったじゃん」「え? あ」
硬直する。忘れてた。
「取材の放映日、今日だった……」「えー見てないのぉ?」
「一生の不覚」「今朝のニュースなら、多分サイトに上がってる」
後ろの男子に教えてもらった。確かにアップロードされてた。食い入るように見つめる。三分ほどの特集。ハイライトには、私への後継者意気込みインタビューが使われている。
写りが良い。チラリとコメントを流し読みした。「跡継ぎの女の子めっちゃカワヨ」「まだいのコにガチ恋」。
満面の笑みを浮かべる。満たされる承認欲求。
「分かりやす。いや。わっかりやす」「うっさいな」
「さっすが当校きっての庶民派ヒロイン」
「ワタクシはまだミステリアス令嬢路線を諦めておりませんわよ。おほほ」
「黙ってれば雰囲気ミステリアスめ。お前は一生下町の下民だよ」
「はぁらぁたぁつぅ。こんちくしょう。私の弁当食わせたらあ。城のコックが務まることを証明してやる」
「いやそれ。貴族じゃなくね?」
貴族じゃなかった。貴族令嬢にはなれなかったよ。
机に突っ伏し、唇を噛んで悔しがる。下町の下民を迎えに来てくれる白馬の王子様はどこにいるの?
「あの」
上から声をかけられた。胸の奥底からじんわり温められるような、まるでハニージンジャーティーが如くの、甘く優しいvoice...だった。清らかってのはこういうのを言うんだと思う。断じて我が家のクレイジー系再生クリーチャーには当てはまらない。
顔を上げた。
播磨琉くんがいた。私の推しの。
背筋がピンと跳ねる。立ち上がろうとした。「い、いいって」と制される。
あひゃあ。クラッとする。掌を組んだ。心中で拝む。近くで見るとかっこよさが倍増する。神気出してるって絶対。入信しちゃう。
え? どうしてこんな下町の井戸端に直接いらっしゃったのですか? 不衛生ですよここ。病気になるか、腐女子の餌食になってしまいます。使いの者でも出しとけば良かったのに。サッカー部の山田とか。
「あ、あの……」
困惑する。しっちゃかめっちゃか。
とりあえず、頭を軽く下げつつ口を開く。
「ご機嫌麗しゅう播磨さま。座ったままで失礼いたしますわ。今朝はお日柄も大変良く、お茶を飲みながらの本読みがとても捗りました。播磨さまにとっても良き日でありますよう。さて、どのようなご用件でして?」
「ミステリアス令嬢路線で押し通そうとしているっ!?」
横から全力でツッコまれた。
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