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第一章

13.【なんてうつくしいのでしょう】●

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 ──エスト神聖教会、教皇のグレイアム様に呼ばれた時の事だった。

「シスター、カーライル……貴女は神に選ばれました」

 意外だった。
 私はグレイアム・ゴールディングという男はこの国を治める覇王の言いなりでしかないと思っていたのだ。
 けれど、彼は震えながら私を王城内にある礼拝堂へ呼び。涙と汗を浮かべながら私に必死に何かを伝えようとしているのが分かる。
 そして彼は私が城内にいる事を覇王に気づかれぬよう、教会が秘匿する禁忌の魔法のひとつ──『12番施行』を使っている。幾つも重ねたそれにより私の姿はおろか、礼拝堂の外にこの密会を知られる可能性は万が一にも無いだろう。
 慎重なのではない、彼はこの一時にそれだけの秘匿性を本気で感じている。

「神、とは」

「貴女や我等が信仰しているエスト王国における神聖とは、全くの別物。真にこの世界を創造された、本物の『神』です。シスターカーライル」

「とても光栄な事で御座いますが……偉大なる御方に選ばれるという事で何の不都合が?」

「神は啓示にて仰られた。貴女は仕えるべき勇者がいると、そしてこう続けられた……その事を絶対に知られてはならぬと」

 教皇グレイアムが震えながら私に告げたそれは、呪いに等しい啓示だった。
 だが同時に私は理解した。彼が震えている理由を。

(──『それが』人間の味方である存在か保証できないのですね。グレイアム)

 ただのシスター一人にこれほど縮こまった教皇を見るのは初めてだった。
 そもそも、相手が自らの信仰する存在ではないと確証出来ている時点でおかしい。もしそれを成せるならば、それはつまり──。

(グレイアムに啓示を授けた神は……奇跡を行使したという事。なるほど、この世界の創造者ならば根源的存在として使えても不思議ではありませんね。そして何よりこちらがまるで推し量る事の出来ない意志……それさえ、グレイアムはきっと私の知らない言伝をされているのでしょう)

 なるほど、恐ろしい存在。
 私はそこまで考えた時、チラと視線が城の外を映し出しているステンドグラスに向いてしまう。
 ああ──なるほど、と。また同じように納得した。
 超常の存在は肩を叩いて耳打ちするほど間近な存在であると、その認識を一度刷り込まれてしまえばもう二度と自分を『誰も見てない』などという気になれない。秘密は無くなり、呼吸のリズムさえ掌握された気分になる。
 私はグレイアムの恐怖が伝播してしまったのか、微かに手の指先が震えてしまった。

「貴女への使命は今日にでも城へ招かれる人物へ尽くす事です。そして身を捧げ、命を捧げるのです……よいですね? 貴女はもう──誰の物でもない。神の所有物なのです」

 教皇グレイアムも私につられてしまったのか、ステンドグラスの方を怯えた眼差しで見遣ってからそう告げた。
 何度も。同じ言葉を彼は続けていた。

(……わかりませんね)

 私はそんなグレイアムへ真摯に頷いては手を取り、優しく微笑んで涙すら流して見せた。
 神という恐ろしい存在はわかった。だが終始、私の中にあったのは。

(私に啓示を下さらない以上は、私がその使命を忠実に守る必要などあるわけ無いでしょうに)

 白けた無の感情だけだった。





 何が起きたのかは薄っすらとしか理解できなかった。
 ただ、神託が降った戦士。勇者とはロセッタ西通りの教会で出会った青年フェリシアだった事には驚いていた。
 彼は私がヴェールを脱いだ後、瞬く間に騎士団の面々を倒して陛下を殺害しようとしていた。少なくとも私にはそれしか分からない。

(グレイアム)

「な、なんという……ッ」

(だめですね)

 玉座へと進み行く勇者を止められる者はいない。グレイアムの側には教会の実力者が護っていたが、彼等もあからさまに戦意を喪失している。
 止めなければ国が傾く事態に、何を怯える事があるのかと私は溜息すら吐きそうになる。
 だが、玉座に座した陛下の姿に変化はない。
 傍目に見ても信じ難い程の魔力を浴びせられた筈だが、彼は健在だった。

(……私が出て行っても、効果は無いようですが)

 事態の収拾はつかないと見た私は静観に徹する。
 得体の知れない存在、神に選ばれたという少年──フェリシアはここ数年で大陸唯一の敵勢力と化した『魔王』率いる者共の首魁が一人を討ったと聞かされている。それがどういう事かピンと来ていなかったが、なるほどか。
 私は──いつでも転移で城へ帰還できる準備を整えてから事の成り行きを見守っていた。

 そうしている間に、何事か会話をしていた勇者と王の間で泣き叫びそうな声が上がった。
 私はそれに気を取られ、勇者フェリシアの顔へ視線を向けた瞬間。

(あの時と同じ……昏い眼────)

 苦渋に歪んだ表情に浮かぶその眼差しに、私はついに正体を見た。
 あれは、深い絶望から這い上がろうとしている。哀れで悲壮な人間の孕む熱を帯びている。
 嗚呼……そうか。神は、やはり神なのだ。

(────なんて、うつくしいのでしょう)

 フェリシアの悲痛な表情と声に魅せられた私は、気づけば目を奪われていた。




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