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5段重ね殺人事件

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♪♪♪♪♪

 ここは群馬県の静かな湖畔にある小さな別荘。バス、トイレ等を除けば大きなワンルームである。
 床には、人型の白線、番号の書かれた目印、そして、血痕などがあり、ここで殺人事件があり、鑑識が仕事を終えたらしいことがうかがわれた。

 やがてどやどやと声がして、所轄の刑事たちが戻ってきた。
「しかし、参りましたなぁ。この事件」
 そう定年間近の 古論ころん刑事が言うとまだ20代の川村婦警が入り口入って右手の壁にあるあるアップライトのピアノを弾き出した。
♪ダッ、ダッ、ダッ、ダーン、ダッダ、ダッダ
♪ダッ、ダッ、ダッ、ダーン、ダッダ、ダッダ
 低く繰り返した。
 すると、中堅の黒部刑事が歌い出した。
「この山は、不可解だ。
 遺体が5体、積み上げられて」
 続いて20代後半の段菜刑事も歌う。
「しかも、積まれた順が、
 ジェンガのように、バラバラ事件」
 新人の鬼津刑事とアラサーの三田婦警が、交互に歌う。
「最後に死んだ五木が1段目」
「3番目に死んだ三鷹が2段目」
「2番目に死んだ仁藤が3段目」
「4番目に死んだ四谷が4段目」
「最初に死んだ一ノ瀬が5段目」
 鬼津と三田が絶妙なハモりで、
「誰が積んだーーーーー? 罪なやつーーーーー」
 と歌うと、段菜刑事がラップで、
「屋敷は当時、外から封鎖。
 常識じゃ当然、行き来はダメさ。
 屋敷は騒然、救助に捜査。
  
 さなかに犯行、犯人は内部。
 四谷が一ノ瀬、凶器はナイフ。
 五木が仁藤、凶器はナイフ。
 四谷が三鷹、凶器はナイフ。
 五木が四谷、凶器はナイフ。
 五木が自殺、凶器はナイフ」
 すると、黒部刑事がラップで応酬。
「YO! YO!
 それじゃ、誰が、死体を積んだんだYO?
 最後に死んだ五木の死体は1段目なんだZE?」
 そのとき、ピアノが、
 ♪ダーーーーーーーーーーン
 と、重く大きい音を立てた。
「だ・か・ら?」
 と川村婦警はかわいく言って、軽やかなメロディを奏で始めた。
「この山はーーーーー!」
 古論刑事が大きく弧を描いてジャンプしながら歌い。
「お宮入りーーーーー!」
 見事にターンを決めて着地しながら歌った。
「さぁ、みんな?」
 古論刑事が目で導く。
「この山はーーーーー?」
 古論刑事が大きく手招きしながら歌うと、
「お宮入りーーーーー!」
 と、それぞれに歌い踊りながら他の刑事たちが古論刑事たちの下に集まった。
「マスコミが先に新事実に気付いても?」
「もちろん知っていました」
「なんで隠してた?といわれても?」
「配慮した上でのことです」
「謎なーんか、ほっとーいて。調べられることだけ、調べーて」
「このやーまは?」
「このや~まは?」
「この山は?」「この山は?」「この山は?」「この山は?」「この山は?」
「おーみーやーいーりーーーーー!」
♪ティロリロティロリロティロリロティロリロティロリロティロリロティロリロ
 と川村婦警はピアノを弾くと、
「私がしたいのはお嫁入り」
 と歌い、他の刑事は全員同時に。
「わぉ!」
 と言ってその場に倒れた。


「『わぉ!』じゃねぇ!」
 そんな怒声とともにトイレのドアがガバッと開いて刑事長が現れた。一瞬にして一列に並び居住まいを正す刑事たち。
「刑事長、先にいらしてらしたんですか?」
 古論刑事が聞くと、
「ああ、すべて見せてもらったよ」
 刑事長はまさに鬼の形相だ。 
「きさまら、あんな歌と踊りでニューヨーク市警に勝てると思っているのかっ!」
「すみませんっ!」
 刑事一同謝った。
「ニューヨーク市警はもっとキレッキレに踊り歌いながら事件を解決しているぞっ!」
「はいっ!」
「そもそも、なぜ我が署が歌い踊るのか? それは、踊って事件を解決する熱い刑事たち湾岸署のことを知ってからだ。しかし、私は考えた。真似をしたところで追いつくのが精一杯だ。私は彼らを超えたい。悩んだ私は就職後初めて有給休暇を取ってニューヨークへ行った。そこで私は見たのだよ! ブロードウェイのステージを! これだ! 歌って踊れば彼らを超えられる! きっとニューヨーク市警も歌い踊っているに違いない!」
「はいっ!」
「君たちはよく頑張ってくれている。しかし、フラッシュライトが光りっぱなしのような国アメリカに勝つにはまだまだだ。頑張ってくれたまえ」




 さて場所は変わって、 歌踊署かようしょの会議室。先ほどの面々がきちんと席について情報をまとめようとしていた。
「刑事長? 席について会議するんですか?」
 古論刑事が額に汗しながら聞いた。
「私の天敵、署長がいるんだ。歌って踊ってというわけにはいかん。みんな我慢してくれ」
「会議ってそういうものですよ。がんばりましょう」
 ホワイトボード脇の川村婦警が言った。
 黒部刑事が、
「まずまぁ、死体の、位置ですが」
 と軽くラップ調で言うと、刑事長が、
「普通に話せ」
 とたしなめた。黒部刑事が改めて言い始めた。
「まず、部屋の中の配置を確認しますと、細長い部屋の端に玄関があり、まず、大テーブルの周りに8人座れるパーティスペース、その奥に四畳半ほどのパティースペースと続きのフリースペースがあって、そのまた奥に四畳半の畳敷きのスペースがあって、キッチンが一番奥です」
「そして、死体は、パーティースペースと畳敷きの間のフリースペースに5体キッチリ積まれていたというわけか」
 黒部刑事の言葉を刑事長が引き継いだ。
「はい、几帳面にキッチリと同じ向きで気をつけの姿勢で」
 黒部刑事が言うのを聞いて、刑事長は古論刑事に目を移した。
「どういう順番で、誰が誰を殺したか? だが」
「はい、まず最初に、四谷が一ノ瀬をナイフで殺害。次に、五木が仁藤をナイフで殺害。次に、四谷が三鷹をナイフで殺害。つぎに、五木が四谷をナイフで殺害。最後に五木がナイフで自殺」 
 古論刑事の話を聞くと刑事長は、
「これだけ聞くと、五木と四谷という2大殺人鬼が暴れて、五木が頂上決戦に勝利した後、自殺した。というストーリーで収まるんだが」
 といった。しかし、段菜刑事が、
「では、なぜ死体の山の一番下に五木の死体は収まっているのか? ですよね」
 と引き継いだ。
「ああ、あと、大いに気に入らんのは、殺害の順番はおろか、殺害後死体の山を築いた不埒者が屋敷の中にもいなかったし、潜入してもいないし、逃げ出してもいないことを証言してしまっているのが、他でもない我々だと言うことだ!」
 刑事長は荒々しく机を叩いた。
「我々は何者かによって施されたあの屋敷の封鎖を解くため、ずっとあそこに居ましたからねぇ」
 鬼津刑事が言った。
「ちょっと待って、あの屋敷を封鎖したのは、少なくとも死んだ5人以外の誰かのはず。犯人かどうかは置いておいて、この事件の関係者は最低でも6人、あるいはもっと居るはずよ」
 川村婦警が言った。
「確かに、殺人には無関係で屋敷の封鎖をしただけかもしれませんが、1から数名の人間が関わっている可能性は高いですよ。そして、犯人に雇われていたとでもなれば、立派な共犯者です」
 鬼津刑事が言った。
「そいつらのせいで俺たちこんな目に遭ってるわけだな。そして、共犯者の口は軽い。いっちょ、そいつら探して締め上げるか」
 刑事長が言った。
「じゃあ、『別荘封鎖犯を追う』ってことで」
 川村婦警がホワイトボードのその部分に太くアンダーラインを書こうとした。
 そのとき、
♪キュッキュキュ、キュキュッキュ、キュッキュッキュ
とリズムを刻んでしまった。これに段菜刑事が反応してラップを歌い出してしまった。
「朝から鳴り出す所轄の電話
 家から出られず救助の電話
 誰かが漏らさず外から目張り
 ドアから出られず窓から出れず
 署から繰り出す手練れの刑事
 外から見てみりゃあきれた見栄え
 ドアから窓から板で釘打ち
 上からテキトーコンクリかけて」
 その後を、黒部刑事が奪った。
「YO! これ、俺たちの仕事かい?
 YO! これ、業者に任せんかい?
 YA! それが、中が不穏な空気!
 OH! 中で、起こる凄惨な事件!
 イライラするけど入れないYO!
 ナカナカ中に入れないYO!
 ツギツギ起こる殺人GA!
 KーJIの前で止まらないYO!」
 そこに、
♪シャーーシャカ、シャーーシャカ、シャーーシャカ
 という小気味よい音とリズムが聞こえて来た。三田婦警が自在ホウキでブラインドを順撫でしていた。鬼津刑事もいた。三田婦警が歌い出した。
「なんとーかー、入いーてー、目にしーたーものはー、5段に積まれーたー。死体のー山ー」
「でも、誰も中の様子を見てなかったんですか?」
 鬼津が聞くと、
「じゃあ、あなたは何で見なかったの?」
「いや、中の全員死んじゃったから、もう何も起きないだろうと思って」
「みんな、そう思ったのよーーーーーーーーーーーーーー」
 そこに、
♪ガンガンッガガン、ガガンガンガン
 と金属音がした。古論刑事がホウキの棒でバケツを叩いていた、
「ところがどっこい、まだ誰か居て、刑事たちがいつ入ってくるか分からねぇてのに、死体を積みやがったのさ!」
♪ガガンッ、ガンッ
 と、最後の「ガンッ」っで古論刑事はバケツを蹴り上げた。
 バケツはきれいな放物線を描き、今まさに、会議室のドアを開けて入ってきた人物の頭にガコンッとはまった。
 その人は署長だった。


 署長は静かにバケツを脱ぎ、静かに足下に置くと、静かに髪型を軽く整えた。
 そして、アンガーマネジメント講習会で教えられたとおり心の中で数を数えた後、静かに言った。
「君たちに、良い報告がある。集まってくれたまえ」
 刑事たちは、署長の前に1列に並んだ。
「4ヶ月後にこの中の1名に1週間ニューヨーク市警に視察研修に行ってもらう。人選は私がする」
「署長、なぜ、刑事長の私ではなくて、署長自ら人選を?」
「それは、刑事長である君自身も候補の1人だからなんだが、辞退するというなら……」
「滅相もございません! 人選、よろしくお願いいたします!」


 署長が会議室を出ると、会議室は騒然となった。
「ブロードウェイのお膝元、ニューヨーク市警に1週間!」
「歌い踊り狂うニューヨーク市警に1週間!」
「胸躍りますねぇ!」
「はっ! しかし、行けるのは、この中の1人だけ!」
「ということは、みんなライバル!」
「だからといって抜け駆けなんて……」 
「アリだ!」
 大声が響いて振り向くと刑事長だった。
「しかし、事件自体が解決しなければ元も子もない。事件が解決するようにカードを切りつつ抜け駆けをしろ! オール・フォア・オール! ワン・フォア・ワンだ!」

♪♪♪♪♪

 歌踊署の朝会はクネクネ体操をしながら行われる。
「あー、諸君には、なんとしても、今日中に、別荘封鎖犯を確保し、事情聴取してもらいたい」
 刑事長が言うのだが、思い切り身体を後ろに反り返らせているので聞き取りにくい。
「刑事長もう一度お願いしまーす」
「お願いしまーす」
 同じように身体を後ろに反り返らせた刑事たちが関取のような声で言う。
「今日中に、別荘封鎖犯を確保し、事情聴取してもらいたい」
 今度は、刑事長は前向屈をしながら言った。
「いいですが、なぜ、期限を切るんですか?」
 意外と身体の硬い三田婦警が苦しそうに言った。
「昨日話したとおり、今回死んだ5人は全員同じ会社の社員だ。そこで、その会社の所轄の警察署に協力を仰ぎ、今日から、全社員への聞き取り調査をやって頂いている」
 刑事長は上半身を左右にブンブン捻りながら言った。
「ありがたいことです」
 古論刑事が年齢からは考えられない力強さでブンブンいわせながら言った。
「しかし我々もその会社に行かないわけではない」
 刑事長が右足のアキレス腱を伸ばしながら言った。
「面白そうな話ですね?」
 鬼津刑事が期待に満ちて聞くと、
「露骨に嬉しそうな顔をするな」
 刑事長が左足のアキレス腱を伸ばしながら、たしなめた。
「我々は亡くなった社員の抜けた穴を埋める派遣社員として潜入捜査する!」
「ひゅーーーー!」
 と言って、段菜刑事と黒部刑事がハイタッチした。
「おいおい、くれぐれも浮かれてボロ出すんじゃないぞ! 同じ派遣会社から派遣されたことにはしてあるが、派遣社員同士がそんなに相手のことを知ってたら不自然だ。それから、仕事もちゃんとやってくれよ。それに、最初に言ったように、そのためには、今日中に別荘封鎖犯のほうを、片付けにゃならん。段菜と黒部は街で臨時収入でチョーシこいてる若者を当たれ! 三田と鬼津、古論と川村はそれぞれ組んで、資材が不自然に減った工務店なんかを当たれ! それじゃあ、今日もショウの始まりだ! スタート!」



 ここは、歌踊署の所轄に唯一存在する駅周辺のちょっと奥まったところにある裏通りの3on3ができるバスケットコートである。バスケットのネットは金属製の鎖がさび付いている。コートは昔は何か貼ってあったようだが、今はほぼコンクリートがむき出し。ここに集まるのはスーパーサイヤ人か人造人間18号のなり損ないのような若者ばかりなので、普通の人はこの辺りは通ろうとしない。
 そこに、スーツを着込んだ妙なおっさんが2人入り込んできたのだから、当然、注目を浴びた。
「Hey! Yo! 現代の若者さん! ちょいと質問いいですかぁ?」
 段菜刑事が陽気に話しかけた。すると、若者の1人が、
「人に質問するときは、まず名乗るべきじゃないのー?」
 と言った。それを受けて、黒部刑事が、
「僕たち東京から来て、若者のこと調査してて、部屋が用意してあるんで、ちょっと話を聞かせてくれませんか?」
 と言うと、他の若者が、
「それ、素人AVでよくあるやつー」
 と言った。段菜刑事は黒部刑事の肩をポンポンと叩いて、
「まぁ、冗談はそのくらいにして」
 と言って、段菜と黒部は声を合わせて、
「俺たちは警察だ!」
 と言いながら警察手帳を見せた。
 すると若者たちは、
「ああ? 警察だぁ?」
「誰が協力するか?」
「帰れ帰れ!」
 と口々に言った。
「まぁ、そう言わないでさぁ、昨日今日、急に金回りが良くなったお友達が居たら教えてくれよ」
 段菜が言うと、
「協力しねぇって言ってんだろ? とっとと帰れよ!」
 血の気の多そうなのが20人ほど取り囲んできた。
「そういうの公務執行妨害っていうんだよ」
 黒部が言うと、
「そんなんでビビるかぁ!」
 早速1人目が殴りかかってきた。
 黒部はそれを軽く交わしながら首の後ろに手刀をたたき込むと相手は気を失った。
「行きますか? 段菜さん」
「行きますかね? 黒部さん」
「ワン・ツー! イライラすんなよ! 猫でも飼っとけ!」
 黒部が「ワン・ツー!」と言うのに合わせてパンチを入れていく。
「ワン・ツー! ドキドキしろよ!  恋でもしとけ!」
 段菜も「ワン・ツー!」と言うのに合わせてパンチを入れていく。
「ワン・ツー! ガタガタ言うなよ! 世界はHappy!」
「ワン・ツー! ブツクサ言うなよ! 今を楽しめ!」
「ワン・ツー! ワン・ツー! ワンツーワンツーワンツー!」
「ワン・ツー! ワン・ツー! ワンツーワンツーワンツー!」
「不幸もつまらないも自分から!」
「羨ましいも妬ましいも自分から!」
「比べて腐るなら比べんな!」
「上見て凹むなら上見んな!」
「今を楽しめ!」
「自分を楽しめ!」
「未来を!」
「ツキを!」
「呼んでみろ!」
 呼んでみろ! を段菜と黒部が同時に言ったときには、刃向かう者は全員倒れていた。
「さてと、おまえとおまえとおまえ、詳しい話を聞かせてもらおうか?」
 段菜に指さされた3人はびっくりして聞いた。
「なんで俺たちだけ?」
「他の連中は俺たちだけ見て戦ってたのに、おまえら3人だけ、紫頭とソフトモヒカンとスキンヘッドの3人が逃げるのをチラチラ見ながら戦ってたろ? 目は口ほどにものを言うんだよ」
 黒部が答えた。
「友情は嫌いじゃねぇが時と場合による」



 段菜刑事と黒部刑事から連絡を受けた刑事長は、逃げた3人が勤める工務店の近くに居た古論刑事と川村婦警にその工務店に向かうように指示した。

「ここですね」
 川村婦警が言ったが、なぜか店に人の気配がない。
「裏に回ってみよう」
 古論刑事が先立って、店の裏に回ってみた。店の裏は広い庭になっていた。
「すみませーん。どなたか、いらっしゃいませんかー?」
 川村が声をかけると、何やら険悪な感じの男たちが20~30人出てきた。
 その中の1番年上と見られる男がズイッと前に出て口を開いた。
「あんたら警察か?」
「はい」
 と川村が答えると、
「康平たちを捕まえに来たのか?」
 と言うので、
「いえ、とりあえずは任意同行と言うことで」
 川村が言い終わるのも待たず、
「あいつらのケジメは俺が取らせる! 警察は帰ってくれ!」
 と親方は言う。
「いや、そういう訳にはいかんのですよ」
 古論刑事が言った。
「ふん! どのみちこの人数相手に小娘と爺ぃじゃ逆立ちしてもどうにもなるまい。帰れ帰れ!」
 親方が言った。それを聞いて、古論はポケットの中の小型スピーカー付きMP3プレーヤーのスイッチを入れた。陽気な民族音楽が大音量で辺りに響いた。
「そんじゃ、逆立ちしてみましょうかね?」
 古論は本当に逆立ちした。
「ふざけんじゃねー!」
 一人の男が古論に襲いかかったが、その瞬間、古論の脚がヒュンッとしなって回転したかと思うと、男の頭部を捉え一撃で倒した。
 古論は男たちの中に入ると、縦横無尽にヒュンヒュンと回転した。
 逆立ちばかりしているわけではない。立った姿勢からも蹴りが飛んでくる。いきなり上半身が消えたかと思うと、三点倒立のような姿勢からも蹴りが飛んでくる。空を舞ったり地を這ったり、とにかくどう攻撃しようかと思っている間に。訳の分からないタイミングで、訳の分からない方向から蹴りが飛んできてやられてしまう。
 ちなみに、古論が使っているのはカポエィラと言う格闘技である。

 そのうち、刑事はもう1人居たことに気付いた者が出てくる。
 鉄パイプで川村に殴りかかろうとした者が居た。両手で鉄パイプを持って大上段に振りかぶっている。その瞬間、川村の袖から金属製の鎖が飛び出た。鎖の先には三角形のフック状の分銅がついている。鎖は男の手ごと鉄パイプに巻き付いてフックで固定された。川村がタイミング良く鎖を引くと、男は前のめりによろめいた。そのまま、川村は鎖を引きつつ男の懐に飛び込んで、鉄パイプごと男を投げ飛ばした。
 川村が、ちょっと鎖の力を緩めただけで、フックは外れ、鎖は袖の中に戻った。
 川村は鉄パイプを手に取った。何人かの男が川村に対峙している。
 川村は鉄パイプを腰の後ろに構え、バレリーナのようにクルクルと回転しては男たちを打ち据えていった。川村が全員片付けたときには、古論が水道で手を洗っていた。


 
 古論刑事と川村刑事は、なんとか少年3人の潜伏先を聞きだして刑事長に報告した。刑事長から連絡を受けた三田婦警と鬼津刑事は至急現場に向かった。

 そこは倉庫であった。そこそこデカい。
「この中から探すんですか?」
 うんざり気味に鬼津刑事。
「あぶり出しましょう」
 三田婦警が言うと、
「そうなると正面からは入れませんね」
 よく分かっているようで、鬼津刑事。
「探してみましょう」
 三田婦警が率先して歩き出した。

 探してみると別の入り口はあった。しかし、鍵がかかっている。
「三田さん、なんとかなりそうですか?」
 鬼津が聞くと、
「うーん、これかな?」
 といって、彼女の長い髪をアップにしている無数のヘアピンから1本抜き出した。実は彼女のヘアピンは、1本1本が違う錠前破りの道具なのだ。
 果たして鍵はあっさり開いた。
 こっそりと入っていく2人。もちろん気付かれる可能性はあるが、これから始めることにあまり支障はない。
 とりあえずある程度入り口に近づく。
「ここからならいける?」
 三田が聞く。
「バッチリです」
 鬼津が答える。
 鬼津はポケットから殻付きのクルミの実を出した。鬼津は握力を鍛えるため、いつもクルミの実を持っていたのだが、楽々割れるようになった今でも持ち歩いている。
「じゃあ、いきますよ」
 鬼津は言うと、クルミの実を投げた。それは見事に入り口脇の照明のスイッチに当たり、倉庫内は真っ暗になった。

 いきなり倉庫内が真っ暗になって、少年たちはビビった。
「おい、どうなってんだ? これ?」
「慌てんな! 誰かが、スイッチ消しちまっただけだろ?」
「お、おう! 灯けにいこうぜ!」
 そのとき遠くから、歌声が聞こえてきた。
「静かな湖畔の森の陰から」
 ビクッとなる3人。
「もう起きちゃいかが? とカッコウが鳴く」
「静かな湖畔の森に陰から」
 今度はさっきと全然違う場所から輪唱が聞こえてくる。
「カコー、カコー、カコーカコーカコー」
「もう起きちゃいかが? とカッコウが鳴く」
 また、聞こえてくる場所が全然違う。
「カコー、カコー、カコーカコーカコー」
「カコー、カコー、カコーカコーカコー」
 3人は死に物狂いで出口に向かう。
「カコー、カコー、カコーカコーカコー」
 歌が終わった。静寂が戻る。一瞬気が抜けたその瞬間、3人の耳元で囁くように小声で、
「カコー」
 3人が振り返ると、そこに異形の者が。
 3人は声にならない声を上げて気絶した。



 3人は自分たちが別荘を封鎖したと自供した。
 しかし、依頼した人間は、依頼したときも、施工状況を確かめて成功報酬を手渡ししたときも、大きなマスクに大きなサングラスをしていて、目深に帽子をかぶっていて、人相は分からず。体格は、背の高さも太り具合も、まさに普通。言葉にも特になまり等もなく。とにかく、依頼人の特徴については何も得られなかった。

「しかし、1つハッキリしたな」
 刑事長が言った。
「何ですか?」
 古論刑事が聞いた。
「別荘の封鎖が完了したとき、別荘の封鎖を依頼したやつは別荘の外に居たってことがだ」
「なるほど」
「それに、これで、心置きなく潜入捜査に行ける」
「それなんですが、亡くなったのは5人、我々は6人ですが?」
「ああ、だから、古論さんは悪いが清掃員として入って、各所を動き回って情報を集めて欲しい」
「なるほど、分かりました」
「それから、今日の聞き取り調査で『幽霊清掃員』がいたらしいんだ。それも調べて欲しい」
「なるほどなるほど、それはなかなか面白そうですね」
「じゃあ、今日は、明日からの準備をして、早く寝てくれ」

♪♪♪♪♪

 黒部は頃合いを見計らって、隣の席の2歳年上の佐藤という男に声をかけた。
「すみません、佐藤先輩。ここのところは、どうすれば?」
「ああ? それか? 『臨時会計』にしておいて」
「ありがとうございます」
「いや、何でも聞いて」
「あー、いや、私、派遣先は必ず軽くエゴサするんですけど」
「じゃあ、見ちゃった?」
 佐藤は手を止めた。
「ええ。なんか、事件の異常性の割に、マスコミの扱い小さくないですか?」
 それは、黒部としては本気で疑問に感じていることだった。
「それは、俺たち社員も疑問に思ってるんだわ。ウチの社長にそんな力やコネがあるとも思えんし」
「社内のいじめが原因とかって、あれは?」
「いやー、あの3人のやり方は確かに古くさかったかも知れないけど、ちゃんと教育してたと思うんだけどなぁ」
「で、どなたが亡くなったから、先輩はそんなに深く悲しんでるんですか?」



「でねー、祐子とは入社も同期でずっと仲が良かったの」
 三田は、隣の席の榊原という同い年の女のおしゃべりに辟易していた。
「一ノ瀬祐子さんですね?」
「そう。彼女は美人で気が利いて私の誇りだったわ」
 そこで、榊原は「内緒話をする」という感じで手招きをした。
「それなのに、そのうち、後輩の男子社員を同僚の女子社員とグルになっていじめるようになってねぇ」
 内緒話のはずなのに声のボリュームは上がったような?
「それで、清掃員のおじさんが『俺の別荘、タダで貸してやるから、旅行に行ってきなよ』って言われりゃ疑いもせずにヒョイヒョイ乗っかるし」
「清掃員のおじさんが別荘?」
「そう! 誰だっておかしいと思うわよ! それを疑いもせずに、四谷君と五木君を『荷物持ちにする』って、連れてってさぁ。こんなことになって。まったく……」
「先輩! その先聞きたくないです。あなた、人が亡くなったっていうのに、はしゃぎすぎです。慎みなさい! トイレに行ってきます」



「四谷も五木も人付き合い下手だったからね。どっちも友達居なかった」
 川村は休憩室で3つ年上の柴崎と話していた。
「四谷さんと五木さんで仲良くすればいいのに」
「俺も一度はそう思ったんだけどね。ダメ、絶望的に馬が合わない」
「柴崎さんって優しいんですね」
「ただのお節介焼きだよ」
「社内いじめって?」
「どーだろう? 四谷と五木はそう思ってた。周りの社員は行き過ぎた古くさい教育くらいに思ってた。俺は、俺の意見は、分からないや」
「嫌なら旅行なんか行かなきゃいいのに」
「焚き付けられてたよ。例の幽霊清掃員に、『行って復讐しろ』って。まさか、殺すって知ってたら止めたのに」
「本当?」
「え?」
「あなた、心に悪魔を飼ってない?」



「あ、でねー、私、衝撃だったんだどぉ」
 鬼津は、同い年の深沢という女がキャッピってるのに若干引いていたが調子を合わせていた。
「うんうん」
「じゃーん! これ見て! なんだか分かる?」
 スマホの写真を得意げに見せられて、一瞬「トイレ」と即答しそうになって言葉を選ぶ。
「トイレってことは分かるけど、何か様子が変だねぇ」
「でしょー! 『簡易水洗』って言うんだって。どういう仕組みなんだろう?」
「ん? ああー、俺、親戚の家に泊まりに行ったときに使ったことあるわ」
「え? そうなの? どうやって使うの?」
「うん、水を流してもね、チョロチョロって、ちょっとだけしか水が流れなくて、流された物の重みで底の小さい丸い蓋がパクンって開いて下に落ちるんだ。で、流れずにこびりついた物は、この壁のフックに引っかけてあるウォーターガンで狙い撃ちにして落とすんだ」
「へー! おもしろーい! ウォーターガン撃ってみたーい!」
「まぁ、最初はちょっと面白かったけど、すぐに飽きたよ」
「この簡易水洗の便器の下ってどうなってるんだろー?」
「ああ、それをどけると、普通の和式便器があって……」
 そこまで言って、鬼津はある考えに捕らわれた。
「どうしたの? 鬼津君?」
「あ、いや、何でもない」



「それで、その清掃員は、なんで『幽霊清掃員』だなんて呼ばれてたんですか?」
 段菜は60近い清掃員のおばちゃんと話し込んでいた。
「それがね、その清掃員、誰にも雇われてなかったのよ」
「はぁ?」
「制服も、首にかけてる入構許可証も本物にしか見えなかったんだけど、事件の後勝手に来なくなったんで上に文句を言ったら、『そんな人は雇ってない』って」
「えぇ? じゃあ、そいつはワザワザ潜り込んでタダ働きしてたってことですか?」
「そうねぇ、ただ、気味の悪い話もあってね?」
「何ですか?」
「その幽霊清掃員に以前どこかで会ったような気がするって言う社員がすごくたくさんいるのよ」
「それは気持ち悪いですね」
「なんか、今日、1人、新しい人が入って来たけど、その人のことも疑っちゃうわ」
「それは無理もないですよ」



 それぞれの刑事の得た情報は、世間話を装って古論に伝えられ、古論から本部待機の刑事長に情報が伝えられた。
「とにかく、少なくとも殺人ツアーをプロデュースしたのは幽霊清掃員で決まりですね」
 古論が言うと、刑事長が、
「なぁ、古論さん、その幽霊清掃員の昨日作成していただいた似顔絵なんだが、ある人物の面影がないか?」
「似顔絵ですか? ……さぁ? さっぱりです」
「そうか。なぁ、古論さん。俺たちが小さな子供の頃は、あの湖で泳げたよな?」
「あぁー、そう言えば! 今では考えられませんけど」
「俺たち、5体の遺体のことを『5段重ね』って言ってるが、『5重の死体』とも言えないか?」
「そうですが、どうしたんですか、刑事長? さっきから話があっちこっち飛びすぎですよ」
「飛んでるようで繋がっているんだよ。『5重の死体』はイントネーションを変えると、『50の死体』にならないか?」
「50の死体? ああ! そもそも、あの湖で泳げなくなったのは、上流にある製薬工場が誤ってとんでもない毒物を排水して、そのとき湖で泳いでいた人の大半が死傷した大事故があってからでしたね! そのときの死者が確かちょうど50人」
「そして、死体の名字に入っている数字を上から順番に並べてみた。『14235』。五は名字の五木のときなど『いつ』と読むよな? それでこう読んでみた。『一緒に散逸』」
「『一緒に散逸』? 確かにそうとも読めますが、何と一緒に何が散逸したっていうんです?」
「もし急に、親が亡くなったら、子供たちが散り散りに引き取られるってこともあるよな?」
「あの事故で両親を亡くして、そうなった子供たちがいるって言うんですか?」
「あの別荘の持ち主の名前はな、『本間太郎』だ」
 古論はもう一度似顔絵を見た。
「『ほんまか太郎』!」
「そう」
 刑事長は吉本新喜劇の「ほんわかぱっぱ」のメロディーで歌い出した。
「♪ほんまか、ほんまか、ほんまか、ほんまか、ほんまか太郎」
「あの目立ちたがりの中学生!」
「その後、見ねえと思ったら、そういう事情で遠くの親戚に引き取られていた。兄弟散り散りにな」
「でも、だからって、今回の事件に関われるわけが……」
「本間太郎は、あの会社の会長だ」



 ここは、件の会社の所轄署である平松署の会議室。
 この場を借りて、改めて各々からの報告を聞き終わったところであった。事件が解決に向かっているというのに空気が重い。

「じゃあ、後は密室の謎が解ければ、ほぼほぼストーリーは出来上がりってことか?」
「それなんですけど、たぶん解けました」
 鬼津が手を上げる。
「刑事長、あの別荘の簡易水洗の便器をどかしてみましたか?」
「いや、動かしてみても居ない……あっ!」
「そう、普通、簡易水洗の便器をどければ、普通の便器がありますが、もし、それがなくて簡易水洗の便器と同じくらいの大きな穴だったら?」
「外の方は?」
「まぁ、普通、金属製の蓋を開けて、バキュームカーで中の汚物を吸い出すわけですが、蓋の周りは四角くコンクリートをうってありますよね? その四角いコンクリートも蓋のように抜けるとしたら?」
「そして、中はトンネルになってるって訳か? 今すぐ、巡査か誰かに行ってもらって、確かめてもらおう!」

 歌踊署から、連絡があるまで、皆落ち着きなくダンスの基本ステップなど踏んでいた。

 刑事長のスマホが鳴った。急いで刑事長が出た。
「もしもし、刑事長のスマホでよろしいでしょうか?」
「ああ、徳さんか。で、どうだった?」
「ええ、鬼津刑事の推理通り、簡易水洗の便器をどけると大きな穴でした。外の方も、コンクリートごと抜けるようになっていて、重いけど1人でも動かせる重さでした。そして、中は人がくぐれるくらいのトンネルになっていました」
「ありがとう、徳さん。本当に助かった」
 刑事長は皆の方を向いた。
「スピーカーモードで会話していたけど聞こえたか?」
「ばっちりです」
 鬼津が嬉しそうに答えた。

「でも、私たちってナメられてるんでしょうか?」
 そう言った川村婦警に視線が集まる。
「だって、そんな大がかりな仕掛けを放っておくなんて」
「いや、そうとも限らない」
 黒部が言った。
「下手に戻そうとすれば、その現場を押さえられるリスクがある。そのリスクと我々が気付かない可能性を天秤にかけたとすれば、悪い賭けじゃない」

「となると、いよいよ残されたのは、本間太郎の動機だけだな」
 刑事長が苦しそうに言った。
「そうですね。さっぱり分からない」
 古論も苦しそうだ。
「しょうもない動機って可能性はないんですか? 中坊の頃から目立ちたがり屋だったんでしょう?」
 段菜が言った。
「いや」
「それはないな」
 刑事長と古論が目を合わせながら言った。
「とにかく今日の潜入捜査、ご苦労さん! 明日は歌踊署に戻って、本間太郎に関して調べまくるぞ!」
「はい、分かりました! それは、ともかく、みんな慣れない仕事で気疲れしたし、刑事長と古論さんが重くて、俺たち歌いも踊りもしてないから、カラオケ行きましょう!」
「はぁ? ちょっと待て! お前ら!」
「大丈夫! 割り勘ですから!」
「レッツゴー!」

 明日の悲劇を誰も知らない。

♪♪♪♪♪

 難事件から3日後の朝にして、ほんとんど全容が解明されているというのに刑事長の心は沈んでいた。
 肝心の犯人の動機が分からない。いや、事件を起こそうとした気持ちが分からない。犯人像が浮かんで来ない。
 まるで、パズルのど真ん中の一番簡単なピースだけが、なぜかハマらないような気持ち悪さであった。
 犯人「本間太郎」という人物だけを置き去りにして、事件解明がトントン拍子に進んでいく。それもこれも本間太郎本人による自己アピールのせいなのに、決定的な証拠は残さず、何も語りかけて来ようとしない。



 午後になり、重苦しい雰囲気に包まれる刑事たちの下に、素っ頓狂な声が飛んできた。
「た、大変です! 今、無銭飲食で捕まった男が『俺は本間太郎だ。刑事長と古論刑事に会わせてくれ』って言っています!」
 飛び込んできたのは、昨日、徳さんと呼ばれていた巡査だった。



「どういうつもりだ? こんな手の込んだ真似をしなくても普通に自首すればいいだろう?」
 刑事長が本間太郎の正面のイスに座り、古論は入り口のドアにもたれかかって立っていた。
「その口ぶりといい、『本間太郎』の名だけで話が通ったことといい、大体のことは、もう、お分かりと言うことですね?」
 本間太郎は言ったが、
「いや、あんたの口から聞かなけりゃ、自白にはならない」
 刑事長が言うと、本間太郎は事件のことを時間を追って事細かに淡々と語った。それらは、ほぼ、刑事たちが考えた通りだった。

「まぁ、ここまでは挨拶代わりみたいなもんだ。俺たちにも分からなかったのは、お前さんの動機だ。どうしてこんなことをした?」
「ここの刑事さんで、あの製薬工場の排水事故のことを覚えていらっしゃるのは、お2人だけですよね?」
「ああ」
「私は、あの事故が許せない! 私の両親を奪い、私たち兄弟を引き裂いた!」
「それが、動機だというのか?」
「いえ、そんなわけありません。この話は、もっと長いです」
「それで?」
「刑事長さん、古論刑事、あの事故の話を知っている人が、今。この地元にどのくらい居ると思いますか?」
「それは」
 刑事長は古論の方を振り返った。
「ほとんど居ないと思いますよ」
「俺も、そう思う」
 と言いながら、刑事長は本間太郎に向き直った。
「あれだけの大事故なのに風化するのが早すぎると思いませんか?」
「そう言われてみれば確かに」
「もみ消されているんですよ。大きな力で」
「……それは確かなのか?」
「はい、私は独自にあの製薬会社についていろいろ調べたんですが、圧力をかけてきたのはスジもんじゃなくて、上の方の人たちでした。何かあるたびに守られているようです」
「本当か?」
「はい、命を危険にさらされたこともありました」
 刑事長が椅子にもたれかかるとギシッと大きな音を立てた。

「しかし、それが、本当だとして、動機とどう繋がるんだ?」
「私の動機は、あなた方に直接会ってタレコミするためです」
「なにぃ?」
「あさって、秋名山のヘリポートでとても大きな合法ドラッグの取り引きがあります。あの製薬会社の製品で、実は麻薬以上に危険なシロモノです。誰かさんが頑張って非合法化させていないという話です。どうか、その現場に踏み込んで下さい!」
 本間太郎はメモ用紙を机の上に置いた。
「そんなの普通にタレコめばいいだろう?」
「言ったでしょう? 私は目を付けられているから迂闊に動けない。取引日を変えられてしまうかも知れない。それに……」
「それになんだ?」
「本当に普通にタレコミに来たとして、あなたたちは私に会って下さったでしょうか? 会って下さったとして、私の話を信じて下さったでしょうか? 信じて下さったとして、心を動かされて下さったでしょうか? わたしは、この歳になるまで、必死に兄弟たちを探し続けたけれど、ついに、唯の1人にも会うことができなかった。私は最後に一矢報いたい。どうか、現場に踏み込んでもらえませんか?」
「犯罪には、1つ大原則がある。『犯罪者はその犯罪によって、いかなる利益も受けてはならない』」
「知っていますよ」
「それから最後に自殺した五木だがな。普通、自殺者の傷は浅い。死体の山の一番下になんかに入れられなきゃ、助かっていたかも知れなかったんだぞ」
「それも分かっています。そもそも、他人の命や死体を弄ぶなんて万死に値します」
「自分で自分を裁くんじゃねぇ! 裁判所で裁いてもらえ!」
「嫌です」
 その瞬間、かすかにカリッと言う音がした。
「てめぇっ!」
 刑事長は、イスを吹っ飛ばして立ち上がった。
「もう遅いです。口の中の毒入りカプセルを噛んで呑みましたから」
「犯罪者は、その犯罪によって利益を得てはいけないんだよ!」
 古論が本間太郎の脈や呼吸を見ていたが、
「ダメです。死んでます」
 と言った。



 刑事長が亡霊のように自席でうつむいて考え事をしていると、目の前に何やら小冊子のような物を差し出された。
 その小冊子の表紙には、デカデカと「ガサ入れのしおり」と書いてあった。
 タイトルの下には、バスの窓から顔を出している刑事たちの似顔絵が描いてあった。
 中を開けると、
「おやつは500円まで」
「バナナはおやつに入りません」
「おこづかいは3000円まで」
 などが書いてあり、定番の歌の歌詞とか、ゲロ袋の作り方なども書いてあった。

「こりゃ、一体、どういうことだ?」
 刑事長が聞くと、
「見ての通りです」
 と段菜が答えた。
「古論さん!」
 刑事長は怒鳴ったが、
「確か、口止めはされてませんよ」
 古論は涼しい顔で答えた。
「刑事長、俺たちはあくまで、刑事長に無理矢理連れて行かれたことにしますので、責任は刑事長お1人で取って下さい」
「ノリノリのクセして何言ってやがる」
 刑事長が久しぶりに笑った。
「じゃあ、曲はあれで行くからな」



 秋名山ヘリポート。深夜。取り引きのため商品と現金を確認している真っ最中に、1発の照明弾が真っ直ぐに天高く上がっていき、辺りを昼間のように照らす。
 
 少し高いところから、刑事長が拡声器でがなり立てる。
「ミューーーーーーーーズ!」
 方々に身を潜めていた刑事たちが、一斉に立ち上がって叫ぶ。
「ミュージック、スタートッ!」

 捕り物が始まる。

♪♪♪♪♪

「ひん曲がった根性が やつらを結ぶ
 本気でも犯罪    よこしまなこころ
 それでも見てるよ  大きな夢を
 ここにいるよ    ぶっ潰してやるよ
(わかってる)
 簡単じゃない    逆らうだろう
(わかてっる)
 だって、戦いも   仕事
(やるんだよ)
 集まったら強い   チームになってくよ
(きっとね)     勝ち続けて
(We`ll be catch)
 それぞれが好き勝手 やらかしたのなら
 新しい(場所は)  刑務所だね
 それぞれが好き勝手 やったのなら
 絶望を(抱かせ)  ぶち込むだろう
(逃れる夢は捨て去れ)
 最悪の真顔で
(伏して伏して低く) 君らはムショの中で
 
 刑期を待ってろ」



 合法ドラッグの密売人も買う側も始め呆気に取られていた。
 令状を持った刑事たちが歌い踊りながら雑魚たちとはいえ、どんどん討ち取っていく。
 実に、シュールな光景だ。現実感がマルでない。



 なんてのが通用するのも曲が1曲終わる頃まで。
「なんなんだ? てめーらは?」
「だから、言ってんだろ! 歌踊署の刑事だ!」
「正気か? お前ら? たった7人で、これだけの人数しょっ引けると思ってんのか?」
 確かに、多勢に無勢すぎた。雑魚にかまけている間に、主犯格がへりで逃げるのは簡単そうだ。
「やってみねーであきらめるわけねーだろ!」
「おい、ちょっと相手してやれ!」



 黒部刑事に襲いかかって来たのは、ヘビー級のプロボクサー崩れの男。黒部のパンチはことごとくかわされ、相手の重いパンチは面白いように黒部を捉える。明らかに手を抜いているのが分かるが、確実に黒部を逃げ場のない場所に追い詰めていく。黒部もダメージが溜まっていき、足に来ていて誘導されるがままだ。
 次が、フィニッシュブローと思われた瞬間、ボクサー崩れの男の目に向かってクルミの実が飛んできた。しかし、男は瞬時にその実の軌道は自分の目の前を横切るタダの目くらましと判断して無視して、フィニッシュブローに集中することにした。
 だが、クルミの実が男の目の前に来た瞬間、逆方向から飛んできた鎖の先についた三角形の鉄製の分銅によって、クルミの実は砕かれ、破片が男の目に入り目潰しとなった。
 その瞬間をついて、黒部のパンチが男の顎を捉え、大脳を激しく揺すられた男はその場に崩れ去った。



 古論刑事のカポェイラの相手を買って出たのは、合気道の達人だった。
 しかし、お互いに対戦経験がなく、苦戦していた。
 古論の蹴りが相手を捉えそうになると、相手に足を取られそうになるので、古論が足を変化球のように軌跡を曲げてかわす、という一進一退の攻防が続いていた。
 そこで、急に、段菜刑事が身長差に物を言わせて、合気道の男の身体を抱え上げると、闇雲に走り出した。合気道の男は、てっきりそのまま投げにくると思い、対処しようと思ったが、ただ走り続けている。行く手に壁などはなかったはず、どういうつもりだ? と思った瞬間、後頭部に重い一撃が入った。
 古論刑事が2人を追い抜き、待ち伏せして攻撃したのだ。
 合気道の男は、古論を年寄りと侮ったことを後悔しながら落ちた。



 歌踊署の面々が力を合わせて倒しても、次々と怪人のような戦闘員が現れた。
 刑事たちは疲弊し、まさに、主犯格を乗せたヘリが離陸しようとしていた。



 刑事たちが、諦めかけたとき、1機のヘリが急降下してきて、主犯格を乗せたヘリの上空でホバリングし、離陸を阻んだ。
 主犯格のヘリはなんとか、謎のヘリの下から出ようと低空を飛んでみるが、その動きに合わせて謎のヘリも移動するので、やがて諦めて元の場所に戻って着陸した。



 すると。謎のヘリにライトがつき、スライドドアが開いて人が出てきた。
 ヘリには「群馬県警」と書かれ、出てきたのは歌踊署署長そのひとだった。
「私だ! 意外かね? 里子に出された子供が偽名を使うと言うことは珍しくない。私の本名は本間五郎だ!」
 呆気に取られる刑事たち。
「先日は、兄が大変世話になった。礼を言う。この捜査も私のお墨付きとする。そして、私からプレゼントだ。受け取れ!」
 空から7色の光が降ってくる。それは美しい光景。7つの光は寸分違わず、1つずつ7人の刑事たちの下へ落ちていった。
「こ、こりゃあ、一体?」
 刑事長が訊く。
「特殊サイリュウム型警棒だよ。そんななりだが警棒の15倍の強度がある。どうだ? 力がみなぎって来ないか?」
「テンション爆上がりっすよー!」
 鬼津刑事が満面の笑みで答える。
「パーティ3つははしごできるぜ」
 黒部刑事が言えば、
「ああ? 俺は5つ行けるぜ」
 と段菜刑事。
「セーラーなんちゃら全員に勝てそう」
 三田婦警が言えば、
「プリキュアオールスターズと勝負できます」
 と川村婦警。
「こりゃ、四半世紀は若返りますね」
 古論刑事が言い、
「俺は、15年で十分です」
 と刑事長が受ける。
「つまり、まだまだ行けるってこったぁ! よっしゃ! 行けやぁ! 上級国民なんぼのもんじゃあ! こちとら、上州警察だぁ!」
 そのとき、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
「おるぁ! 数でも負けてねーから1人も逃がすんじゃねーぞ!」










「で、結局、署長は左遷ですか?」
 三田は不満そうだ。
「まぁ。そういうもんだよ」
 あきらめ顔の古論。
「そう、諦めたもんでもないですよ」
 鬼津刑事がパソコンのモニターを指さす。
 そこには、誰が取ったのか、特殊サイリュウム型警棒での捕り物の映像が映し出されていた。
「なんだ、こりゃ?」
「YouTubeです。ニコ生やツイッターにも上がってて、すごい反響ですよ」
「いや……、だからって」
「まぁ、もう、見守ることしかできないよ」
「そうですね」



【完】
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