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わたし、狼になります!

第34話 むかし、むかしのお話です。

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 むかし、むかしのお話です。
 とある国の。
 とある街。
 だまされて毒リンゴを口にした王女は、遠い、遠い、山奥の森に捨てられてしまいます。
 あやういところを運良く狼のしっぽを持った少年に助けてもらったのは良いのですが――

 でも困ったことに、王女さまは深窓育ち。満月になると男の子がどうなるのか、まったく知りません。
 さすがに、王女さまもほとほと困ってしまわれました。というのも、大変なことに気づいてしまったからなのです。
 なぜ、困ってしまったかって?
 それは、ですね……



 深い山奥の、そのまた奥。豊かな森がどこまでも続く山里に、バルバロの国がある。
 緑濃い木々の枝には小鳥たちが遊び、枝垂れた蔦づたいに小動物が走る。
 聞こえてくるのは、明るい歌。

 声を探して緑の小径を進むと、ふいに景色がひらけて、山懐に抱かれたまばゆい湖が現れる。遠くの崖には白糸の滝が見え、水鳥が波紋を引いて水面を走り、青々とした湖水の上を羽ばたき滑る。白い山嶺を映す湖面は、さながら銀のラメを散らした薄絹を広げるかのよう。

 ぴしゃん、と水の跳ねる音がした。下流へと強く流れ出る小川のほとりを、女の子たちが一斉に走ってゆく。せせらぎを蹴る白いしぶきが飛ぶ。歓声が聞こえた。

 夏は、バルバロたちの恋の季節だ。


「それで?」
「どーなった?」
「振り返ったら、そいつが泣きながら追い掛けてきててさ」
「うわあキモい。どーしたのよそれ」
「当然断るでしょ」
「うっわ、かわいそーー」
「そしたら、いきなり押し倒されてキスされそうになって」
「うわあーーーーー犯罪じゃんーーー! で、で?」
「……ぶんなぐっちゃった」
「……ナニソレ全然萌えない」

 いいつかった洗濯物のことなど、バルバロの少女たちはまったく気に留めてもいなかった。中の一人がうわさ話を始めたかと思うと、もう誰も彼もが洗濯の手を止め、おおげさに鈴を転がし、はしゃぎ回る。

 健康的につやつやと光る褐色の肌。
 ぴん、と立った三角の耳。ふさふさした尻尾。水しぶきがかかるたび、茶褐色の髪がきらきらと輝く。

 射し込む金の木洩れ日が、風が吹くたび、まばゆく揺れる。

 濃い茶色から明るい茶色、黒っぽい色から灰色まで。少女たちの眼も、尻尾や髪の毛と同じ色合いだ。しかし、瞳に宿すきらめきは、川のしぶきよりもはるかにまぶしかった。

「ねえ、シェリーは?」
 少女たちは、ごろごろと巨岩の転がる河床の隅で、一人もくもくと山積みの洗濯物を洗っていたシェリーの回りを取り囲んだ。
「ルロイと一緒に住んでるんでしょ? あいつ、どんな感じ?」

「え」
 シェリーは思わず仕事の手を止め、頬を染めた。泡の立った洗濯物をもじもじと揉み合わせる。
「ど、どうって……言われましても」

「キスよ、キス! したでしょ?」

 バルバロの少女たちは、好奇心にきらめく眼でシェリーを取り囲む。
「してんでしょ、チュー? つがい同士なら、イチャイチャらぶらぶしまくってないとおかしいから。チューとか、チューとか、チューとか!」

 シェリーは、他の少女たちとはまるで違う外見だった。ふわふわした金色の髪。宝石のような青い瞳。ほっそりと華奢な体つき。ミルクのような肌の色。何より、尻尾がない。

「あ、あのう……」
 シェリーは半分涙ぐんだような眼になって顔を真っ赤にし、どぎまぎとうつむいた。
「……ルロイさんは優しい、ですけど……?」

「交尾は!?」
「やった!?」
 話題に食いついたと見るや、少女たちは、あけすけに目を輝かせ、シェリーを問いつめる。

 シェリーは、眼をぱちくりとさせた。小首を傾げる。
「えっと、こうび?」
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