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1 お月様にお願い!
第17話 冷や汗
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シルヴィへと向けられていた、先ほどまでの笑顔はどこにもない。
こわばった顔。金色のふわふわした髪が風に乱れている。震える手に、いっぱいの服を抱きしめ、それでも地に足が着いていないかのように、呆然と立ちつくしている。不安に揺れ動く青い瞳は、見れば見るほど、なぜか鮮烈に目に焼き付いて、離れなかった。
「とりあえず怪我が治るまでだ」
少女は、ぼんやりとうなずいた。うなだれる。ルロイは家の中へ少女を案内しようとして、ドアを開けた。
「うわあ」
ヤバイぐらいにぐちゃぐちゃであった。仕方がない、独身の狼というものはそういうものなのである。いくらなんでも、女の子を連れ込んでいいような部屋ではない。
とりあえず、入るのはやめにして、まずはばたんとドアを閉めた。
頭を抱えている暇はない。困惑して立ち止まる少女を押し戻し、とりあえず頭を下げる。
「ごめん、すぐ掃除するから、外で十分だけ待ってて」
「……お掃除、ですか?」
少女は眼をみはる。
ルロイはあわてた。意地っ張りに口をひん曲げる。
「汚い部屋なんか入りたくないだろ」
少女はルロイを見つめ、ふと、微笑んだ。
「……お手伝いしましょうか?」
「いや、ダメだ。マジで汚いから! いや、ちょっと待て、入っちゃだめ。あの、ヘンなものがあるかもしれないから……あ、あっ、ちょっと? ええっ?」
だが──二人で力を合わせれば、少々、いや、かなり散らかった部屋と言えど、それなりに見栄え良くこざっぱりとさせるのにさほどの時間はかからなかった。
「めちゃくちゃきれいになった」
ルロイは呆然と部屋を見渡していた。
「俺の家じゃないみたいだ」
ぐちゃぐちゃだった部屋は、見違えるようにこぎれいになり。
部屋のそこかしこに積み上がっていたゴミは、きれいに片づけられて、影も形もない。
「とりあえず礼を言わなきゃ。ありがとう。きれいにしてくれて。何か、本末転倒って感じだけど」
ルロイは油を足したランプに火をいれ、テーブルの上に置いた。そうすると、今までよりずっと明るくなった。
笑いかけてみせると、少女の表情もこころなしか明るくなったように思えた。
「いいえ、わたしこそ」
ふわりと優しげな面持ちがほころんで、やわらかな雰囲気に変わる。ルロイはぼんやりと少女の顔を見つめ、なぜか冷や汗をかいた。あわただしく背を向けて、既に片付いて終わっている椅子をテーブルへ押し込み、あわてふためいて引き直し、少女に勧めた。
「疲れただろ。働かせて悪かった。とりあえずそこに座って。俺、何か、飲めるもの持ってくる」
「お茶ならわたしが」
「いいよ。どうせ何がどこにあるか分からないだろ」
「すみません」
少女は、あわててキッチンへと走って行くルロイに声を掛けた。優雅な会釈をする。
ルロイはじりじりする思いで湯を沸かした。いつもなら、水なんか適当に火に掛けておけば勝手に沸騰して勝手に蒸発して知らぬ間に鍋の半分ぐらいまで減ってしまうのに、こんな時に限って、いつまで立ってもお湯にならない。ルロイは鍋を睨み付けた。いくら睨んでも湯が沸く時間は同じだ。
ふつふつと沸騰し始めてからも、さらにいらいらと指を折って時間を数える。
ようやく、ヘビイチゴの葉を煮立てた茶ができる。ルロイはポットを持って早足でキッチンを出た。
ルロイの顔を見た少女の目元が、にっこりと細められる。どうやら、おとなしく両手を膝にそろえて腰掛けたまま、ルロイが戻るのを待っていてくれたらしい。
なぜか、急いていた気持ちがほっとゆるんだ。
こわばった顔。金色のふわふわした髪が風に乱れている。震える手に、いっぱいの服を抱きしめ、それでも地に足が着いていないかのように、呆然と立ちつくしている。不安に揺れ動く青い瞳は、見れば見るほど、なぜか鮮烈に目に焼き付いて、離れなかった。
「とりあえず怪我が治るまでだ」
少女は、ぼんやりとうなずいた。うなだれる。ルロイは家の中へ少女を案内しようとして、ドアを開けた。
「うわあ」
ヤバイぐらいにぐちゃぐちゃであった。仕方がない、独身の狼というものはそういうものなのである。いくらなんでも、女の子を連れ込んでいいような部屋ではない。
とりあえず、入るのはやめにして、まずはばたんとドアを閉めた。
頭を抱えている暇はない。困惑して立ち止まる少女を押し戻し、とりあえず頭を下げる。
「ごめん、すぐ掃除するから、外で十分だけ待ってて」
「……お掃除、ですか?」
少女は眼をみはる。
ルロイはあわてた。意地っ張りに口をひん曲げる。
「汚い部屋なんか入りたくないだろ」
少女はルロイを見つめ、ふと、微笑んだ。
「……お手伝いしましょうか?」
「いや、ダメだ。マジで汚いから! いや、ちょっと待て、入っちゃだめ。あの、ヘンなものがあるかもしれないから……あ、あっ、ちょっと? ええっ?」
だが──二人で力を合わせれば、少々、いや、かなり散らかった部屋と言えど、それなりに見栄え良くこざっぱりとさせるのにさほどの時間はかからなかった。
「めちゃくちゃきれいになった」
ルロイは呆然と部屋を見渡していた。
「俺の家じゃないみたいだ」
ぐちゃぐちゃだった部屋は、見違えるようにこぎれいになり。
部屋のそこかしこに積み上がっていたゴミは、きれいに片づけられて、影も形もない。
「とりあえず礼を言わなきゃ。ありがとう。きれいにしてくれて。何か、本末転倒って感じだけど」
ルロイは油を足したランプに火をいれ、テーブルの上に置いた。そうすると、今までよりずっと明るくなった。
笑いかけてみせると、少女の表情もこころなしか明るくなったように思えた。
「いいえ、わたしこそ」
ふわりと優しげな面持ちがほころんで、やわらかな雰囲気に変わる。ルロイはぼんやりと少女の顔を見つめ、なぜか冷や汗をかいた。あわただしく背を向けて、既に片付いて終わっている椅子をテーブルへ押し込み、あわてふためいて引き直し、少女に勧めた。
「疲れただろ。働かせて悪かった。とりあえずそこに座って。俺、何か、飲めるもの持ってくる」
「お茶ならわたしが」
「いいよ。どうせ何がどこにあるか分からないだろ」
「すみません」
少女は、あわててキッチンへと走って行くルロイに声を掛けた。優雅な会釈をする。
ルロイはじりじりする思いで湯を沸かした。いつもなら、水なんか適当に火に掛けておけば勝手に沸騰して勝手に蒸発して知らぬ間に鍋の半分ぐらいまで減ってしまうのに、こんな時に限って、いつまで立ってもお湯にならない。ルロイは鍋を睨み付けた。いくら睨んでも湯が沸く時間は同じだ。
ふつふつと沸騰し始めてからも、さらにいらいらと指を折って時間を数える。
ようやく、ヘビイチゴの葉を煮立てた茶ができる。ルロイはポットを持って早足でキッチンを出た。
ルロイの顔を見た少女の目元が、にっこりと細められる。どうやら、おとなしく両手を膝にそろえて腰掛けたまま、ルロイが戻るのを待っていてくれたらしい。
なぜか、急いていた気持ちがほっとゆるんだ。
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