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第5話 引きずり込む
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少女は、顔を上げた。息を呑んでルロイを見つめる。
ルロイは、引きつった笑顔を少女へと向けた。
笑ってみせる。
暗闇の中だ。その笑顔と真意がどれほどの確かさで伝わったのか、ルロイには分からない。
だが。
少女は、おずおずと手を差し出した。
ふるえている。
ルロイは即座に少女の手を取った。力を込めて壁の上の横穴へと吊り上げる。
少女の身体を横穴へ引きずり入れ、しっかりと抱きしめるのと。
荒々しい怒鳴り声とともに、光が差し込んできたのとが、ほぼ同時だった。
揺れる光があちらこちらの壁をを照らしながら乱高下していた。
ルロイは、悲鳴を上げかけた少女の口を押さえようとしてできず、とっさに、唇で息をふさいだ。少女がちぎれんばかりに眼を押し開き、身体をこわばらせる。
「……んっ」
「しずかに」
くちびるをかさねたまま、ささやく。
ルロイは少女の冷え切った身体を強く抱きしめた。腕で。足で。胸全部で。
ちぢこまった少女を全身で暖めるようにして、強く抱く。
吐息だけが、ひそやかに香る。
それはかすかに、毒の味がした。
「ぁ……っ……」
長い、身体がしびれきるほどの長い時間。
唇を重ねたまま。
微動だにせず、全身で時が過ぎるのを待ち続ける。
少女の身体から紅潮した心臓の鼓動が伝わってきた。
足音が近づいてくる。
ますます鼓動が早まる。
ルロイは、なおいっそう強く少女の身体を抱いた。腕の中の少女が苦しげにうめく。
「動くな」
声を押し殺す。
そういう自分の心臓もまた早鐘のように乱れていた。息が詰まりそうだ。
砂利を踏み荒らす足音が近づいた。横柄な声が響き渡る。
「よく探せ。どこかにいるはずだ」
光の線が横穴の天井部分をかすめた。
少女がびくりと身体を震わせる。心臓の音が耳を圧する。
真っ黒な軍服を着た人間の男が尊大な仕草で兵士を追い立てている。顔は他の兵たちと同様、仮面に隠されて見えない。
兵士たちは軍服の男に命じられるまま、さらに奥へと進んでいった。だが、この先は行き止まりだ。突き当たったことに気づいた軍服の男が、無駄な行程を選んだことに対して口汚く怒鳴り散らしている。
ルロイは、軍人の胸に光る黒い紋章に気付いた。
黒い百合の花の模様──
一瞬、嫌悪に全身が振るい上がった。
兵士の一団は、武具を荒々しく鳴らし、鉄と革と火薬の臭いをさせながら通り過ぎてゆく。
その声が聞こえなくなり。
誰の、気配もしなくなり。
真っ暗の、ひやりとした空気だけが。
残る。
兵士の一団は、ルロイと少女が潜む頭上の横道に気づかないまま、洞窟の外へと出て行ったらしい。ルロイは、耳をくるりと回して周囲を探った。
ゆっくりと唇をはなす。
「……もう、大丈夫みたいだ」
少女は、身体をよじらせた。息苦しげに、ためいきをつく。
「……はい」
そのときになって、ルロイはようやく、全裸の少女とぴったり全身を密着させたままであることに気づいた。あわてて少女を押しやろうとする。
少女が顔をゆがめた。
「痛っ……」
「ご、ごめん」
焦って頬をあからめ、あたふたと口ごもる。ただでさえ狭い横穴に、むりやり二人分の身体を押し込めたものだから、身体の置き場所がなく、互いに動くに動けない。
ルロイは、引きつった笑顔を少女へと向けた。
笑ってみせる。
暗闇の中だ。その笑顔と真意がどれほどの確かさで伝わったのか、ルロイには分からない。
だが。
少女は、おずおずと手を差し出した。
ふるえている。
ルロイは即座に少女の手を取った。力を込めて壁の上の横穴へと吊り上げる。
少女の身体を横穴へ引きずり入れ、しっかりと抱きしめるのと。
荒々しい怒鳴り声とともに、光が差し込んできたのとが、ほぼ同時だった。
揺れる光があちらこちらの壁をを照らしながら乱高下していた。
ルロイは、悲鳴を上げかけた少女の口を押さえようとしてできず、とっさに、唇で息をふさいだ。少女がちぎれんばかりに眼を押し開き、身体をこわばらせる。
「……んっ」
「しずかに」
くちびるをかさねたまま、ささやく。
ルロイは少女の冷え切った身体を強く抱きしめた。腕で。足で。胸全部で。
ちぢこまった少女を全身で暖めるようにして、強く抱く。
吐息だけが、ひそやかに香る。
それはかすかに、毒の味がした。
「ぁ……っ……」
長い、身体がしびれきるほどの長い時間。
唇を重ねたまま。
微動だにせず、全身で時が過ぎるのを待ち続ける。
少女の身体から紅潮した心臓の鼓動が伝わってきた。
足音が近づいてくる。
ますます鼓動が早まる。
ルロイは、なおいっそう強く少女の身体を抱いた。腕の中の少女が苦しげにうめく。
「動くな」
声を押し殺す。
そういう自分の心臓もまた早鐘のように乱れていた。息が詰まりそうだ。
砂利を踏み荒らす足音が近づいた。横柄な声が響き渡る。
「よく探せ。どこかにいるはずだ」
光の線が横穴の天井部分をかすめた。
少女がびくりと身体を震わせる。心臓の音が耳を圧する。
真っ黒な軍服を着た人間の男が尊大な仕草で兵士を追い立てている。顔は他の兵たちと同様、仮面に隠されて見えない。
兵士たちは軍服の男に命じられるまま、さらに奥へと進んでいった。だが、この先は行き止まりだ。突き当たったことに気づいた軍服の男が、無駄な行程を選んだことに対して口汚く怒鳴り散らしている。
ルロイは、軍人の胸に光る黒い紋章に気付いた。
黒い百合の花の模様──
一瞬、嫌悪に全身が振るい上がった。
兵士の一団は、武具を荒々しく鳴らし、鉄と革と火薬の臭いをさせながら通り過ぎてゆく。
その声が聞こえなくなり。
誰の、気配もしなくなり。
真っ暗の、ひやりとした空気だけが。
残る。
兵士の一団は、ルロイと少女が潜む頭上の横道に気づかないまま、洞窟の外へと出て行ったらしい。ルロイは、耳をくるりと回して周囲を探った。
ゆっくりと唇をはなす。
「……もう、大丈夫みたいだ」
少女は、身体をよじらせた。息苦しげに、ためいきをつく。
「……はい」
そのときになって、ルロイはようやく、全裸の少女とぴったり全身を密着させたままであることに気づいた。あわてて少女を押しやろうとする。
少女が顔をゆがめた。
「痛っ……」
「ご、ごめん」
焦って頬をあからめ、あたふたと口ごもる。ただでさえ狭い横穴に、むりやり二人分の身体を押し込めたものだから、身体の置き場所がなく、互いに動くに動けない。
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