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男装メガネっ子元帥、超女ったらし亡命者に逆尋問を受ける
敵国からの亡命者
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闇。闇。闇。
疾駆する馬の感覚だけが頼りだった。深い森の道を一直線に駆け抜けてゆく。乱れる蹄鉄の音、踏み折る小枝の甲高い軋み。
「ハッ!」
ふいに馬が飛んだ。倒木があったのか。それさえも乗り手には見えていない。
甲高く鳴り渡る笛が聞こえた。追っ手の火が後方に広がる。思いの外、近い。
乗り手は顔を上げ、振り返る。
秀麗な面もちだった。今はするどく、けわしく、鋭利な刃物そのものの表情を浮かべてはいるが。
一目見れば分かるゾディアック帝国の軍服をまとっている。巨大な太刀。深紅の立ち襟に黒の上着、折り返しの袖には三本の金線。上級大将の証だ。
だが、その誇り高くあるべき軍服はところどころ裂け、汚れていた。斬り結んだ痕がありありと見える。追われているのだった。
背後の松明が数を増やし、じりじりと迫ってくる。
蹄の音が森を突っ切って駆け抜ける。ねばついた土くれが後方へと飛び散った。
顔の横を、ごうっと音を立てる青白い炎が追い越していった。木々が火の手をあげ、夜を掻きむしる。
「逃がすな。回り込め」
降りかかった声に、逃亡者が顔色を変える。
「……ブランか。やはりな」
押し殺した声を漏らす。逃亡者は手綱を強くつかみ、殺ぎ落とされた野性味ある笑みをうかべた。
「奴め、本気だな」
逃亡者の眼がぎらりと光る。国境はもうすぐだ。川を越えれば脱出がかなう――敵国ティセニアへの亡命が。
「撃て! 撃て! 逃すな!」
後ろから浴びせかけられた銃撃の嵐が、鉄の車軸となって降り注ぐ。耳に鋭い跳弾の金属音が突き刺さった。
前方の枝が折れ曲がった。頭上から降りかかってくる。
逃亡者は馬に鞭を入れた。眼前に迫る倒木の下をくぐり、一瞬の間隙をついて駆け抜ける。
直後、脇のベルトから投擲弾を引き抜きざま、信管のピンを口にくわえて抜き去った。
背後へと放り投げる。
轟音が闇を揺るがした。爆煙が背中を舐めるように吹きつけた。長い金髪が、荒々しく逆巻いてたなびく。
亡命者は馬上に突っ伏し、襟首をあぶる熱風に耐えた。鞍に縛り付けた豪奢な拵えの太刀が赤い炎を反射する。
視界が煙に飲み込まれた。背後の炎が森を赤く焼き焦がす。
「悪いがブラン、手加減する余裕は今の俺にはちょっとなさそうだぜ」
黒々と伸びる影を踏み越えて、亡命者はいっそう激しく馬を駆り立てた。
疾駆する馬の感覚だけが頼りだった。深い森の道を一直線に駆け抜けてゆく。乱れる蹄鉄の音、踏み折る小枝の甲高い軋み。
「ハッ!」
ふいに馬が飛んだ。倒木があったのか。それさえも乗り手には見えていない。
甲高く鳴り渡る笛が聞こえた。追っ手の火が後方に広がる。思いの外、近い。
乗り手は顔を上げ、振り返る。
秀麗な面もちだった。今はするどく、けわしく、鋭利な刃物そのものの表情を浮かべてはいるが。
一目見れば分かるゾディアック帝国の軍服をまとっている。巨大な太刀。深紅の立ち襟に黒の上着、折り返しの袖には三本の金線。上級大将の証だ。
だが、その誇り高くあるべき軍服はところどころ裂け、汚れていた。斬り結んだ痕がありありと見える。追われているのだった。
背後の松明が数を増やし、じりじりと迫ってくる。
蹄の音が森を突っ切って駆け抜ける。ねばついた土くれが後方へと飛び散った。
顔の横を、ごうっと音を立てる青白い炎が追い越していった。木々が火の手をあげ、夜を掻きむしる。
「逃がすな。回り込め」
降りかかった声に、逃亡者が顔色を変える。
「……ブランか。やはりな」
押し殺した声を漏らす。逃亡者は手綱を強くつかみ、殺ぎ落とされた野性味ある笑みをうかべた。
「奴め、本気だな」
逃亡者の眼がぎらりと光る。国境はもうすぐだ。川を越えれば脱出がかなう――敵国ティセニアへの亡命が。
「撃て! 撃て! 逃すな!」
後ろから浴びせかけられた銃撃の嵐が、鉄の車軸となって降り注ぐ。耳に鋭い跳弾の金属音が突き刺さった。
前方の枝が折れ曲がった。頭上から降りかかってくる。
逃亡者は馬に鞭を入れた。眼前に迫る倒木の下をくぐり、一瞬の間隙をついて駆け抜ける。
直後、脇のベルトから投擲弾を引き抜きざま、信管のピンを口にくわえて抜き去った。
背後へと放り投げる。
轟音が闇を揺るがした。爆煙が背中を舐めるように吹きつけた。長い金髪が、荒々しく逆巻いてたなびく。
亡命者は馬上に突っ伏し、襟首をあぶる熱風に耐えた。鞍に縛り付けた豪奢な拵えの太刀が赤い炎を反射する。
視界が煙に飲み込まれた。背後の炎が森を赤く焼き焦がす。
「悪いがブラン、手加減する余裕は今の俺にはちょっとなさそうだぜ」
黒々と伸びる影を踏み越えて、亡命者はいっそう激しく馬を駆り立てた。
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