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今、あたし、ビッキビキにみなぎってんの

これ以上、余計な心配はかけないと約束してください

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 巨大な水晶柱は、轟音を立てて砂浜に深々と突き刺さった。茨の蔓のような放電を無数に放ったあと、縦に裂けて、砕け散る。

 銀の爆風がレオニスを吹き飛ばす。その手から剣が飛んだ。

「貴様ごときに!」
 牙を剥き、毒の唾を吐き散らし、レオニスはもはや人の形をとどめることもできずにぐねぐねと身体をのたくらせ、とぐろを巻いた蛇の本性を剥き出しにして、吠え猛る。

 ラウは虚空にきらめく刃の軌跡を眼で追う。
 見えた。
 複雑に入り組んだ水晶の空中回廊を、疾風のように駆け上がる。

 レオニスがちぎれた闇の翼を打ち振って行く手を遮った。
「ぶち殺すぅああああああああ!!」

 蛇の尾が、毒矢となって降り注ぐ。ラウは水晶の柱の裏側へ飛び込んだ。

「あたしの剣!」
 遙か彼方、きらめきの放物線を描いて落下してゆく剣に向かって、手を伸ばす。

 その足下に、毒の黄色い酸を含んだ矢が吹きかけられる。
 ラウはジグザグに跳ねて逃れた。
 周囲の柱が次々に溶け、砕け散る。飛び散った毒が、肌を焼く霧となってラウの手足を撃ち抜いた。

「……ッ!」

 完全には避けきれない。
 毒を浴びた足場が、どろっ、と溶けて崩れた。とっさに隣の柱へ飛びつく。頭上から、黄色い毒の粘液が降りそそぐ。
 足が滑った。必死にしがみつく。

「うわっ!?」
 かろうじて身をかわしたものの、片腕一本でぶらさがる。

 折れた水晶の柱が、はるかな深みへと落ちていくのが見えた。
 遠い水しぶきが上がる。

 焼け付く痛みが全身をひりつかせる。それでもラウはニヤリと笑った。
 くるっ、とブランコのように回転して枝に飛び上がると、さらに水晶の柱を駆け上ってゆく。

 ゾーイの剣を掴み取るために。

「死ね、小僧! 吹ッ飛ばしてやる!」

 うねうねと身をくねらせ、柱に絡みつきながら、恐ろしく速い速度でレオニスが後を追ってくる。
 その眼が、ぞっとする黒い炎を立ちのぼらせた。不協和音に満ちた振動が空気をゆるがす。
 水晶の発する青白い光が周囲を照らし出す。湖面に落ちるレオニスの影は、巨大にのたうつ蛇の形そのものに見えた。

 ラウはぐっと息を吸い止めるなり、宙に身を躍らせた。足下には何もない。落ちれば死ぬ高さだ。
 ラウは崩落する水晶柱を蹴って、さらに宙高く飛んだ。声を迸らせる。

「ゾーイ!」

 こんなところで失うわけにはゆかない。
 絶対に取り戻してみせる。
 もう少しだ。
 もう少し。
 落ちてゆくゾーイの剣に向かって、手をぎりぎりいっぱい、指の先まで伸ばす。

「死ねええええ!」
 レオニスの嘲笑とともに、巨大な闇の炎が背後に迫る。

(ラウも、いつかゾーイおねえちゃんみたいにエロカッコイイおおかみになるんだ)

 なぜか、小さかったときの記憶が思い出された。
 あの夜、ラウを置いて出ていったまま永遠にいなくなってしまったゾーイ。
 その、懐かしい声が。

(……もちろん、なれるわよ)

 聞こえた。
 ラウは、歓喜の遠吠えを上げた。
 あたりまえだ。なれるに決まっている。
 だって──

 指先が、剣に、届く。

 ラウは、落ちてゆくゾーイの剣をしっかりと掴み取った。剣が再びの輝きを放ってうちふるえる。

「取ったぁ!!」

 ラウは大声で笑った。笑いながらまわりを見回す。
 炎うずまく闇の狭間に一瞬、アリストラムの姿が見えた。気を失ったミシアを抱きかかえ、銀の聖結界で護っている。
 その視線は、まっすぐにラウへと向けられていた。優しくも強い瞳が、うながすように笑っている。

「おっしゃあ! 全部、ぶっ飛ばしてやる!」

 ラウは、全身全霊を込めて剣を振り下ろした。すべてを打ち返す剣が、闇の炎を反射させる。突風が吹き下ろす。
 手にしたゾーイの剣が、闇色の炎に炙られ、翡翠の光を放って熔け、ちぎれながら吹き飛ばされてゆくのが見えた。
 驚愕に見開かれたレオニスの表情が一瞬、絶望の色に焼き付く。

「馬鹿な」
 呻き声が、白刃の光に呑まれ、まっぷたつに途切れた。
「この、俺が」

 次の瞬間、轟音とともに、光は潰えた。

 粉砕された水晶のかけらが、きらきらと舞い散っている。
 まるで満天を彩る星のようだった。

 ラウはひゅるひゅると高度を下げ。
 そして。
 落ちた。

 盛大な水しぶきを上げ、地底湖に墜落する。一瞬、衝撃で気を失う。ぶくぶくと白い泡を立ちのぼらせて、どこまでも深く沈んでゆく。

 ぶくぶくぶく……。

 って沈んでる場合じゃないし!

 ラウは、がば、と眼をひん剥くと、じたばたと犬かきを始めた。
 ともすれば口から漏れ出る空気の泡を手で必死に押さえ、ほっぺたを冬眠前のリスみたいに膨らませて湖水を蹴る。

「ぶはあっ!」
 必死の思いで水を掻き、一気に空気の下へと飛び出す。

「ラウ、大丈夫ですか」
 波の向こうから声が聞こえた。首を捻る。水辺に佇んだアリストラムが、おだやかに微笑んで手招いているのが見えた。

 ラウは冷たい地底湖を泳ぎ渡った。びしょびしょの姿で水から上がる。
「ほら、掴まって」
 アリストラムが身を屈めて手を差し伸べる。

「うん」
 ラウはくすくす笑った。アリストラムは怪訝な表情で首を傾げる。
「どうかしたのですか」
「ううん」

 ラウは、一気に全身を震わせて髪の毛についた水玉を吹き飛ばした。噴水のような飛沫がびしゃびしゃとアリストラムにかかる。
 アリストラムはあわてて顔をそむけ、手でかばった。

「やーいやーい引っかかったあ! あたしだけ濡れるなんて不公平だもんね! アリスもびちょんこになれー!」

 ラウは思いっきり子どもじみたふうに手を叩いて飛び跳ね、やんやとばかりに囃し立てた。

「そんなことよりも、ラウ」
 アリストラムは声を強めた。強引にラウの手を取って立ち上がらせる。
 つんのめり気味に引き寄せられて、ラウは思わずうろたえた。

「へっ?」
「貴女には一言、言っておきたいことがあります」

 思っていたのと違う、どこか苛立ちを抑えた低い声が、ぎょっとするほど近くから降ってくる。

「え、えと、あの……な、何……?」
 叱られるかと首をちぢめて、ぎくぎくとへっぴり腰で見上げる。
「そんなに怒った?」

「いいえ」
 ぴしゃりと遮られる。近づくアリストラムの眼が、ふいに揺れ動いた。

「今回は致し方ないとしても」
 詰めた息を一気に吐き出すような口調で責め立てられる。

 怒られるか、と思って首をちぢめたラウを、アリストラムは、ふいに抱き寄せた。身をかがめ、傷ついたラウの頬に唇を寄せる。

「貴女には、最初から最後まで、ずっと、心配させられ通しです」
 柔らかな銀の髪が、はらりとアリストラムの肩からこぼれ落ちた。

「だから、もう……これ以上、余計な心配はかけないと約束してください」

 優しい、胸の奥にまで染み入ってきそうな声だった。ずきん、と胸が高鳴る。息をするだけで痛かった。
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