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あの日、確かに聞いた

今、神にすべてを捧げろ

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 魔力を押さえ込んでいた封印が壊れる。

 人に、仇をなしてはならない。
 人を、傷つけてはならない。
 言霊の琴線が引き剥がされ、銀の弦音を立てながらばらばらにちぎられてゆく。

 聖銀の首輪は、魔妖の力を失わせるためのもの。もし、魔力を抑制する首輪を外せば、今まで余計に押さえ込んでいたぶん、その反動で人の姿を、理性を保てなくなる──

「あ、あ……いやだ……!」
 ラウは悲痛にしゃがれた遠吠えを漏らした。だがそれはもう、人の喉が発する音域ではなかった。

 自分が、引き裂かれてゆく。
 幼かった身体がめきめきと音を立てて、元の、本来あるべき妖艶な狼のそれを思わせる体躯へと変わってゆく。
 ラウは身体が急激に変わってゆく苦痛に身悶え、悲鳴を上げた。

「さてと。聞かせてもらおうか」
 消えようとする意識の上を、つめたい嘲弄が吹き過ぎてゆく。だが、その声すらもう、おそろしく遠くにしか聞こえない。
「聖神官アリストラム。この不始末、どう片を付ける」

 アリストラムは一瞬、かたく眼を閉じた。くちびるを噛みしめる。
 氷混じりの旋風が白くその姿を取り巻いてゆく。

「逃げるのか、堕教者アリストラム」
 レオニスが怒鳴った。殺意を吹きまとわせた槍で、アリストラムごとラウを貫こうとする。
 今までアリストラムの姿が占めていた空間が、吹雪のようにざあっと音を立てて四散した。

「くっ……!」
 みぞれを含んだ突風に眼を突かれ、レオニスは仰け反った。手で顔をかばいながらよろめく。白銀の髪が、氷を含んだ突風に吹きあおられて激しくたなびいた。
 残された白い影だけが、ぼんやりと吹き流されている。槍の穂先はむなしく空を切り、何もない空間だけを突き刺していた。

「ちっ」
 レオニスは舌打ちして槍を引いた。
「逃げられたか。まあ、いい。囮が残っている」
 超然とした態度を装って吐き捨てる。

 全裸のミシアが胸の刻印を隠すでもなく突っ立っていた。レオニスは改めて上から下まで、値踏みするような眼でミシアの裸身を見回すと、その顎をつかんだ。
 ぐいと乱暴に持ち上げる。

「汝、まつろわざるもの。神の名において絶対の服従を命ず。お前は、俺の木偶人形デコイだ」
 ミシアは何の抑揚もない声で繰り返した。
「はい……わたくしはレオニスさまの……人形です」

 胸に刻まれた魔妖の刻印が、どくり、と、なまめかしく光り出した。花片のように張り裂けた心の疵痕から、道化の涙めいたしずくがしたたりあふれて、淫靡に胸を汚す。

「欠落者ならば、奴隷にされて当然だな」
 ミシアは情緒の欠けたうつろな眼で、言われたとおりに繰り返す。

「……はい。わたくしはレオニスさまの奴隷です」

 レオニスはミシアの乳房に開いた罪の花芽を見やり、侮蔑の笑みを浮かべた。自らのコートの胸元へと手をやり、一番上のボタンを片手ではずして、ぐいとゆるめる。

「では、その証として今、神にすべてを捧げろ」
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