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ラウ、逃走

とにもかくにもぱんつをかぶり、パジャマに足を突っ込んで穿き

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 ラウは頭を抱えて七転八倒しながらアリストラムの上からごろごろと転がり落ちた。

 とにもかくにもぱんつをかぶり、パジャマに足を突っ込んで穿き、こんがらがってもつれる足をじたばたとさせながら一目散に窓辺へと駆け寄る。
 一気にカーテンを引き払う。朝のきよらかな光が流れ込んだ。

「アリスの、馬鹿ああああああ!」

 うわあああんと泣きながら窓から飛び降りる。涙の尾が放物線を描いて落ちていった。

 しなやかな身のこなしで音もなく着地し、そのまま涙の噴水を撒き散らして走り出す。敏捷な姿が古ぼけた城の中庭を駆け抜けた。手入れのされていない枯れた生け垣を跳び越え、見張り櫓を駆け上って青い空に舞う。

 視界が一気に広がった。眼下に、湖から水を引いた壕が広がっている。水面に映る白い雲がふわふわとたゆたって、さざ波に揺れていた。堀のほとりに咲く色とりどりの花が風に揺れ、一斉になびいて、小鈴のようにさんざめき笑う。きらり、と陽の光が湖面に反射した。

 ラウは人間にはとうてい飛び越えられない堀の幅をまるで羽根でも生えているかのように楽々と踏み越え、跳ね橋の頂上へと飛びついたかと思うと、遙かに遠い渡り桟橋へと大きく身を躍らせた。
 空中でくるくると身を丸めながら回転し、細い桟橋の中央へと見事な着地をきめる。桟橋全体が激しくたわみ揺れ、水面に高々としぶきが吹き上がった。

 振動で森の鳥が一斉に羽ばたき飛んで逃げ散った。きらめく水しぶきに虹が浮かび上がる。

 着地の衝撃をやり過ごすと、ラウは再度うわああんと大声で泣きじゃくって走り出した。森へと逃げ込み、髪に草の種やら小枝やらがくっつくのにも構わずめちゃくちゃに走り回る。

 何でぱんつ脱げてるの! まさか……まさか!
 闇雲な恐怖にかられて現実から逃げまどっていたラウは、ふいにもっととんでもない現実に気付いてたたらを踏んだ。

 ぱんつ……頭にかぶったままだった……

 立ち止まり、めそめそとぱんつを穿く。
 情けなさ過ぎて笑いも出ない。

 身体のあちこちがひりひりと痛い。裸で森の中をめちゃくちゃに走り回ったせいで、そこかしこに細い引っ掻き傷ができていた。

 さすがに、ぱんつだけでは心許無かった。何か着なければいけない。そう思って、かろうじて引っ掴んできた黄色とこげ茶色の着ぐるみパジャマに無言で袖を通す。

 アリストラムが口を酸っぱくして言っていたことを思い出す。無茶をすればいつか大怪我をする――いきなり道路に飛び出したり、いきなり走り出したり、知らない人に向かって吠えたり唸ったりあまつさえ噛みついたりしてはしてはいけない。人間と共存するためには絶対に守らなければならない大事な決まりごとだと、ずっとそう言い含められてきたのに。

 ラウは、しゅんと肩を落とした。

(だから言ったでしょう)
 むっとした顔のアリストラムが思い浮かんだ。
(こんなに傷を作ってきて。何度言えば分かるのです)

 眼も合わせてくれないまま、皮肉の香辛料をたっぷりとまぶした、心配してのことやら怒ってのことやらさっぱり分からない紛らわしい嫌みを言ってくるに違いない。
 怒られる……。
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