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その手で撫でられたら、絶対に敵わない
ぁっ……あん……どこ触ってんの……ありすの……ばか……っ(尻尾です)
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「……きゅうぅう……はひ……」
「私たちの前にとある理由から若いハンターが森へ向かったようです。名はキイス」
「ぁっ……あん……どこ触ってんの……ありすの……ばか……っ……ぁぅうん……!」
「おやおや」
もてあそばれまくりで身をよじるラウに笑い声が降りかかる。
「そんなに気持ちいいなら、もっと素直になればいいのに。おや、ここも触って欲しいのですか?」
「あっ……あっ、あ、ば、ばかあっ……! 誰が……そんな、ぁ……やぁ……んっ……!」
「ま、それは置いておくとして」
笑いを含んだ声がまた間近に聞こえる。
「すこし、疲れましたね。ひと眠りしましょうか」
アリストラムは大儀そうなためいきをつき、ベッドに長々と身を横たえた。
当然――ひとつのベッドに二人で、ということである。片腕が首の下へ、もう一方の手が腰へ回されて、そのまま抱き枕のようにすっぽりと身体ごと後ろから抱きかかえられる。
「う、うわ、やっ……やめてってば……」
「そんな声、どこで覚えてきたのです。子犬みたいな鳴き方して」
ラウはじたばたしようとした。
だが動くのはもはや尻尾ばかり。そればかりか、アリストラムの衣に甘く焚きしめられている乳香の効果でさらに頭がぼうっとして……身体が、ふにゃふにゃになって、突き飛ばすどころか、もう、まともに……ぁっ……撫で撫でされるの気持ちいい……きゅううん……
「態度ばっかり大きくなっても中身はまだまだ子供ですね」
「……う、う、うるさあいっ……!」
いつも、いつも、最後にはこうなるんだ……こいつと関わると……!
暖かい吐息が首筋にかかる。両腕が、ゆったりとラウを包み込む。アリスの匂い。静かで、清浄で、厳格な理性の塊。その思いも寄らぬ力強さに、また放心しかける。
つい、うっかり、優しい手に触れてほしくなって。
甘えたがりな声をあげて、無意識にアリストラムの指先を舐める。かるく甘がみして、指の先をくわえて、せがんで。もう一度、口の中に含んで、ちゅっ、と吸って、みる。
その手で、撫でられたら、絶対に敵わない……
意地悪で、皮肉で、優しい、魔法の手。
「少し、眠らせてください」
アリストラムの半ば眠りに落ちた低い声が耳元にささやかれた。
「後でまた起こしてください」
柔らかく絡み、まとわりつく腕。ぱたりと、力を失う。
吸い込まれてしまいそうだった。
夕暮れ近い、朱の混じった日の光に全身を赤く染めながら、静かにアリストラムは虚構の眠りへと落ちてゆく。
どれぐらい、そうしていただろうか。
部屋の中はもう薄闇の帳で閉ざされていた。優しい月の光が空を青い灰色に染めている。
香炉の煙はすでに絶えて久しい。
ラウは身を起こした。
力なく掛けられていたままのアリストラムの腕が、ぽとりとベッドに落ちる。
ラウは何度か自分の掌を開いたり閉じたりして、自在に動くことを確かめてから用心深く立ち上がった。
もう飢餓感はない。アリストラムの魔力が身体の隅々にまで行き渡っているせいだろう。全身に刻まれたはずの聖痕も、今は確認できない。
眠るアリストラムの、かすかな吐息だけがゆったりと繰り返されている。
ふいに、綺麗だ、と思った。
閉じた瞼。浅く開いた唇。見慣れたアリストラムの顔がこんなにも綺麗に、無防備に思えたのは初めてだった。そばで、もっと見たい……。
だがそこでぶるんぶるんと激烈にかぶりを振る。
違う違う違う! 人間は外見で判断しちゃいけない、って教えたのは他ならぬこの変態神官だ。いわゆるその、はんめんきょうし、ってやつだ。どんなに顔が綺麗でも口を開けば嫌みばかり説教ばっかりで、全くロクな人間じゃない。
だが、こんな無防備な姿を人目にさらしてしまうほど、魔力を費やしてくれたのは、たぶん、自分のためで。
何だかよく分からなかった。
どうして、魔妖の絶対的な排除者、天敵であるはずの聖神官が、わざわざ”害獣”である魔妖を飼い慣らそうとするのだろう。
どうしても強くならなければならない理由があった。
もっと早く、もっと強く。
絶対に強くなって、一族の、そして姉ゾーイの仇を――
(もし人間を襲えば、貴女も)
(貴女”も”)
ラウはふと嫌な寒気を感じてぶるっと身をふるった。
まさか。
聖印の首輪に手をやる。ひんやりとつめたい手触りが感じ取れた。魔力を消す首輪だ、とアリストラムは言った。魔妖は、成長すればするほど、その魔力を増してゆく。人間と共存するには、人に”飼われる”には、強すぎる魔の本性を押さえるしか方法は――
月の光が落とす闇のなか、ラウは、ベッドの傍らに立てかけておいた剣へ手を伸ばした。重みのある音をたてて引き寄せる。
名も、顔も知らぬ憎い敵に殺された姉ゾーイが残した、唯一の形見。復讐のよすがだ。
青白い刃が、ぎらりと牙を剥いた。
「私たちの前にとある理由から若いハンターが森へ向かったようです。名はキイス」
「ぁっ……あん……どこ触ってんの……ありすの……ばか……っ……ぁぅうん……!」
「おやおや」
もてあそばれまくりで身をよじるラウに笑い声が降りかかる。
「そんなに気持ちいいなら、もっと素直になればいいのに。おや、ここも触って欲しいのですか?」
「あっ……あっ、あ、ば、ばかあっ……! 誰が……そんな、ぁ……やぁ……んっ……!」
「ま、それは置いておくとして」
笑いを含んだ声がまた間近に聞こえる。
「すこし、疲れましたね。ひと眠りしましょうか」
アリストラムは大儀そうなためいきをつき、ベッドに長々と身を横たえた。
当然――ひとつのベッドに二人で、ということである。片腕が首の下へ、もう一方の手が腰へ回されて、そのまま抱き枕のようにすっぽりと身体ごと後ろから抱きかかえられる。
「う、うわ、やっ……やめてってば……」
「そんな声、どこで覚えてきたのです。子犬みたいな鳴き方して」
ラウはじたばたしようとした。
だが動くのはもはや尻尾ばかり。そればかりか、アリストラムの衣に甘く焚きしめられている乳香の効果でさらに頭がぼうっとして……身体が、ふにゃふにゃになって、突き飛ばすどころか、もう、まともに……ぁっ……撫で撫でされるの気持ちいい……きゅううん……
「態度ばっかり大きくなっても中身はまだまだ子供ですね」
「……う、う、うるさあいっ……!」
いつも、いつも、最後にはこうなるんだ……こいつと関わると……!
暖かい吐息が首筋にかかる。両腕が、ゆったりとラウを包み込む。アリスの匂い。静かで、清浄で、厳格な理性の塊。その思いも寄らぬ力強さに、また放心しかける。
つい、うっかり、優しい手に触れてほしくなって。
甘えたがりな声をあげて、無意識にアリストラムの指先を舐める。かるく甘がみして、指の先をくわえて、せがんで。もう一度、口の中に含んで、ちゅっ、と吸って、みる。
その手で、撫でられたら、絶対に敵わない……
意地悪で、皮肉で、優しい、魔法の手。
「少し、眠らせてください」
アリストラムの半ば眠りに落ちた低い声が耳元にささやかれた。
「後でまた起こしてください」
柔らかく絡み、まとわりつく腕。ぱたりと、力を失う。
吸い込まれてしまいそうだった。
夕暮れ近い、朱の混じった日の光に全身を赤く染めながら、静かにアリストラムは虚構の眠りへと落ちてゆく。
どれぐらい、そうしていただろうか。
部屋の中はもう薄闇の帳で閉ざされていた。優しい月の光が空を青い灰色に染めている。
香炉の煙はすでに絶えて久しい。
ラウは身を起こした。
力なく掛けられていたままのアリストラムの腕が、ぽとりとベッドに落ちる。
ラウは何度か自分の掌を開いたり閉じたりして、自在に動くことを確かめてから用心深く立ち上がった。
もう飢餓感はない。アリストラムの魔力が身体の隅々にまで行き渡っているせいだろう。全身に刻まれたはずの聖痕も、今は確認できない。
眠るアリストラムの、かすかな吐息だけがゆったりと繰り返されている。
ふいに、綺麗だ、と思った。
閉じた瞼。浅く開いた唇。見慣れたアリストラムの顔がこんなにも綺麗に、無防備に思えたのは初めてだった。そばで、もっと見たい……。
だがそこでぶるんぶるんと激烈にかぶりを振る。
違う違う違う! 人間は外見で判断しちゃいけない、って教えたのは他ならぬこの変態神官だ。いわゆるその、はんめんきょうし、ってやつだ。どんなに顔が綺麗でも口を開けば嫌みばかり説教ばっかりで、全くロクな人間じゃない。
だが、こんな無防備な姿を人目にさらしてしまうほど、魔力を費やしてくれたのは、たぶん、自分のためで。
何だかよく分からなかった。
どうして、魔妖の絶対的な排除者、天敵であるはずの聖神官が、わざわざ”害獣”である魔妖を飼い慣らそうとするのだろう。
どうしても強くならなければならない理由があった。
もっと早く、もっと強く。
絶対に強くなって、一族の、そして姉ゾーイの仇を――
(もし人間を襲えば、貴女も)
(貴女”も”)
ラウはふと嫌な寒気を感じてぶるっと身をふるった。
まさか。
聖印の首輪に手をやる。ひんやりとつめたい手触りが感じ取れた。魔力を消す首輪だ、とアリストラムは言った。魔妖は、成長すればするほど、その魔力を増してゆく。人間と共存するには、人に”飼われる”には、強すぎる魔の本性を押さえるしか方法は――
月の光が落とす闇のなか、ラウは、ベッドの傍らに立てかけておいた剣へ手を伸ばした。重みのある音をたてて引き寄せる。
名も、顔も知らぬ憎い敵に殺された姉ゾーイが残した、唯一の形見。復讐のよすがだ。
青白い刃が、ぎらりと牙を剥いた。
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