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第12話 キアヌと兄さま
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「ここが、魔王の城か……」
しばらく歩いて、丘を登り、俺たちはようやく魔王の城にたどり着いた。
黒い壁に、銀色と紫色の装飾がなされた大きな城。いかにも魔王が住んでいそうだ。
「お帰りなさいませ、ヒュー様」
門番をしている軍服姿の男が2人、ヒューに頭を下げる。ヒューは門番に軽く会釈する。
「来客のキアヌ様です。お通しください」
ヒューが門に向かって呼びかけると、巨大な黒い門が一人でにゴゴゴ……と動いて開いた。
「この門は、魔王様が許可している者しか通さない魔法の門なのです」
「そうなんだ、魔法って便利だね」
門を通り抜け、大きな扉を開けて中に入ると、黒い壁と黒い床に覆われたロビーが広がっていた。正面には大きな階段。天井には豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
シャンデリアの明かりが勝手にふっと灯った。これも魔法か……。
「応接間は、この階段を上った先にあります」
俺たちは階段を上って正面の扉の前に立った。黒い扉に、紫色のりんごの形をした宝石が埋め込まれている。
「魔王様。ただいま戻りました」
ヒューが扉を開け放つ。
その先には、銀色のりんごの木のデザインがあしらわれた黒い玉座があった。
「あれ?兄さまは?」
「いらっしゃいませんね……。自室にいらっしゃるのかもしれません。こちらです」
ヒューについていくと、鍵のかけられた黒い扉があった。応接間の扉に比べると、シンプルなデザインの扉だ。
「兄さま、兄さま」
キアヌが外から呼びかける。
ガチャン。
音を立てて、鍵が開いた。
ヒューが扉を開く。
「キアヌ様、お入りください」
「ありがとう、ヒュー」
キアヌはそっと部屋に足を踏み入れた。
部屋には、大きなデスクと、本棚、ベッドがあった。デスクの上には書類が散乱し、床には本が山積みになっている。
そして、布団の上に、ボサボサの髪をしたパジャマ姿のアーノルドが腰掛けていた。
「キアヌ……」
「アーノルド兄さま……」
兄弟はしばらく見つめ合った。
先に口を開いたのは、アーノルドだった。
「すまない、散らかっていて……。ここ最近忙しくてな……。今は、仮眠をとっていたんだ」
キアヌはベッドに向かって駆け出し、アーノルドにぎゅっと抱きついた。
「会えて嬉しい」
「俺もだ。よく来たな」
アーノルドはキアヌの頭を優しく撫でた。
「僕、兄さまに話したいことがあるんだ」
「そうか……今、着替える。少し待ってろ」
アーノルドはさっと着替えを済ませ、長い黒髪を結い上げた。
「兄さま、髪結うの相変わらず下手だね」
「……そうか」
アーノルドが少しシュンとした顔をする。
「僕が結ってあげる」
キアヌがそう言って、デスクの上に置かれていた櫛を手に取った。
小柄なキアヌと違って背の高いアーノルドは、キアヌが髪を梳かしやすいように、椅子に腰を下ろした。
「小さい頃も、よくこうして髪を結ってあげたよね」
「そうだな」
2人はそんな会話をして微笑み合う。
平和だ……。
髪を結い終わると、アーノルドの案内で、俺たちは応接間に移動した。
黒いカーペットが敷かれたその部屋には、玉座が奥に置かれ、壁にキアヌの写真がかかっている。
「キアヌ、座ってみるか?」
アーノルドが玉座を指し示す。
王様がそんな簡単に玉座に人を座らせていいのか?
キアヌは遠慮もなしに玉座にポスンと座った。
「わー、リラックスできそうな椅子だね」
キアヌが全然ありがたみのない感じで玉座に座っていると、アーノルドは振り返ってヒューに命じた。
「ヒュー、キアヌに紅茶と菓子を持ってきてくれ。……ウィルもそこにいるのか?」
「いるぞー」
「僕の横にいるよ」
「ウィルの分の菓子も頼む」
「かしこまりました」
「それで……キアヌ、俺に話したいことというのは、何だ?」
キアヌは玉座から立ち上がってアーノルドに向き合った。
「僕……兄さまに、アリアンロッド王国への侵攻をやめてほしいんだ」
アーノルドは少し目を丸くして、キアヌを見つめた。
「兄さまが、魔眼を持つ僕のために、差別のひどいアリアンロッド王国をどうにかしようとしてくれてるのは知ってる。だけど、僕、兄さまと僕の一緒に過ごした故郷が滅びるのは嫌だよ」
キアヌはアーノルドを真っ直ぐ見据えた。
「だから……僕は、故郷を滅ぼさずに、兄さまと一緒にアリアンロッド王国を変えたい」
「キアヌ……」
アーノルドは不安そうな眼差しをキアヌに向けた。
「俺は……お前の気持ちも知らず、余計なことをしただろうか……」
すると、アーノルドの長い髪の隙間からじわっとスライムのような液体が溢れ出した。
「あっ、あっ、兄さまが溶けてる」
キアヌがあたふたしながらとりあえずアーノルドを玉座に座らせた。力が抜けたアーノルドの身体からスライム状の液体がドロドロと流れていく。
なんか、ハウルの動く城でこういうシーン、見たことあるぞ!
「……。俺は……お前が魔眼を理由にいじめられるのを見るのが、何よりも辛い……。アリアンロッド王国を滅ぼさずして、どうこの現状を打破できる……?」
そこに、ヒューが紅茶(おそらくアップルティー)とアップルパイを持って戻ってきた。
「魔王様……!アップルパイを……!」
キアヌがヒューからアップルパイを受け取り、アーノルドに食べさせた。
すると、アーノルドのスライム化が止まった。
「魔王様は、キアヌ様のことを心配しすぎると、溶けてしまうのです。ですが、アップルパイを食べると落ち着きます」
「そういえば、小さい頃もよく溶けてたよね」
「すまない……」
キアヌはアーノルドにアップルティーを差し出した。
「兄さまは、余計なことなんかしてないよ。りんご帝国の人たちはみんな幸せそうだったもん。兄さまはたくさんの魔法使いたちを救ってる」
「キアヌ……」
「それに、アリアンロッド王国に平和をもたらすのは、兄さまにしかできないよ」
「……?」
「僕は、アリアンロッド王国と、りんご帝国に、同盟を結んでほしいんだ」
キアヌの言葉を聞いて、アーノルドは顔を上げ、キアヌを見つめた。
キアヌは話を続けた。
「同盟を結んで、アリアンロッド王国に魔法使いの権利を認めてもらえるように持ちかけるんだ。その代わりに、りんご帝国が、アリアンロッド王国に侵攻しないこと、それに加えて何かアリアンロッド王国の利益になるようなことを提案する。きっとアリアンロッド王国は乗ってくるはずだよ」
キアヌ……いつも呑気そうにしてたのに、そんな真面目なこと考えてたのか……。
アーノルドはしばらく考え込んでいたが、やがて、キアヌに告げた。
「分かった。部下たちと話し合ってみよう」
それから数週間、俺とキアヌは、りんご帝国の城に客人として滞在していた。
その間に、アーノルドは軍の部下たちと話し合い、アリアンロッド王国への侵攻を中止する方向で話を固めた。
そして、キアヌは、アリアンロッド王国の国王宛てに手紙を出し、アーノルドがアリアンロッド王国の国王に謁見できるように取り計らった。
いよいよ魔王城到着から1ヶ月後、りんご帝国とアリアンロッド王国の同盟を結ばせるため、俺たちはアリアンロッド王国の城を訪ねることになった。
「アリアンロッド王国の城……遠いな」
「やれやれですね」
魔王城から出発し、俺たちは、アリアンロッド王国エトワール地区までやってきた。
アーノルドは一国の主であるにもかかわらず、旅のお付きはヒューだけだった。アリアンロッド王国に敵意がないことを示すために、アーノルドが自らそうしたのだ。
アーノルドがふと路地の前で立ち止まった。
「ここは……ヒューと俺が出会った場所だな」
「はい。懐かしいですね」
ヒューが路地を見て優しい表情を浮かべた。
「ここで、魔王様に喧嘩を売って、ボコボコにぶちのめされたんですよね……ですが、拳を交わしたあと、2人で食べたアップルパイの味は格別でした」
エピソードが全然優しくない……。
「せっかくだし、この路地を通って行こう」
キアヌの提案で、俺たちは狭い路地の中に入った。
路地には、幼い魔法使いの少年たちがたむろしていた。
「この子たちも、かつての私のように、居場所がないのかもしれませんね」
ヒューが寂しそうに呟く。
「表向きはきらびやかな王都だが、少し日陰を覗けば、荒んだ生活を送る魔法使いたちで溢れている……俺はその現状をどうにかしたい」
「そっか……。僕には、優しい兄さまや母さまがいてくれたけど、そうじゃない人たちもたくさんいるんだもんね……」
路地を抜けると、小さな教会が建っていた。
「あ、ここ、僕らが育った村にあった教会に似てるね」
「そうだな」
「魔王様とキアヌ様はシエル地区の生まれでしたよね。たしかに、教会が多い地区だと聞きます」
「うん、だから、その分女神信仰も根強くて、僕らは村人たちから避けられてたんだよね」
教会の前には、若者たちが集っていた。
若者たちは、一人の少年を取り囲んでいた。少年の顔には、魔法使いの紋章が刻まれている。
「おい、何してんだよ、このガキ」
「ぼ、僕、女神様にお祈りしようと……」
「魔法使いのガキが教会に入っていいわけねーだろうが。それに、何だそれは」
「こ、これは……女神様への献上品で……僕が育てた花です……」
若者たちは、少年から花を取り上げた。
「あっ……返してください……!!」
「魔法使いが育てた花なんて、汚らわしい」
若者のひとりが花を靴で踏みつけた。
「僕の花が……!!」
少年の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「帰れ、クソガキ、二度と来るんじゃねえ」
その瞬間。
アーノルドが若者の頭をガシッと掴んだ。
そして、いきなり地面に叩きつけた。
若者の顔面が地面にめり込む。
「二度と来るな……それはこっちのセリフだ」
「なっ……なんだテメー!!」
「貴様らの罪……悔い改めろ」
殴りかかってきた別の若者の頭に、アーノルドは軽くゲンコツを食らわせた。
すると、ドゴォッと若者が地面にめり込んだ。
さらに、後ろから襲いかかってきた別の若者にも、デコピンを食らわせた。
すると、若者は後ろに吹っ飛び、教会の壁をドガァンと破壊した。
「な、なんだこいつ……化け物か……!?」
「指先に魔力を少し込めただけだ」
次々と襲いかかってくる若者たちをアーノルドは軽く触っただけでいとも簡単にぶっ飛ばしていく。
あっという間に若者たちが地面や壁に全員めり込んでしまった。
アーノルドが手を結んで開くと、地面や教会の壁は元に戻り、若者たちの怪我も元通りになった。若者たちは怯えたように走り去っていった。
少年がアーノルドの元へ駆け寄ってきた。
アーノルドが少年の花を拾い上げると、萎れていた花は生気を取り戻した。
「お兄ちゃん、ありがとう!僕もお兄ちゃんみたいに強い魔法使いになりたい!」
少年がそう言うと、アーノルドはふっと笑って少年の頭を撫でた。
「兄さま、かっこいい……」
「魔王様、素敵です……」
「『怖い』の間違いじゃねーか……?」
しばらく歩いて、丘を登り、俺たちはようやく魔王の城にたどり着いた。
黒い壁に、銀色と紫色の装飾がなされた大きな城。いかにも魔王が住んでいそうだ。
「お帰りなさいませ、ヒュー様」
門番をしている軍服姿の男が2人、ヒューに頭を下げる。ヒューは門番に軽く会釈する。
「来客のキアヌ様です。お通しください」
ヒューが門に向かって呼びかけると、巨大な黒い門が一人でにゴゴゴ……と動いて開いた。
「この門は、魔王様が許可している者しか通さない魔法の門なのです」
「そうなんだ、魔法って便利だね」
門を通り抜け、大きな扉を開けて中に入ると、黒い壁と黒い床に覆われたロビーが広がっていた。正面には大きな階段。天井には豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
シャンデリアの明かりが勝手にふっと灯った。これも魔法か……。
「応接間は、この階段を上った先にあります」
俺たちは階段を上って正面の扉の前に立った。黒い扉に、紫色のりんごの形をした宝石が埋め込まれている。
「魔王様。ただいま戻りました」
ヒューが扉を開け放つ。
その先には、銀色のりんごの木のデザインがあしらわれた黒い玉座があった。
「あれ?兄さまは?」
「いらっしゃいませんね……。自室にいらっしゃるのかもしれません。こちらです」
ヒューについていくと、鍵のかけられた黒い扉があった。応接間の扉に比べると、シンプルなデザインの扉だ。
「兄さま、兄さま」
キアヌが外から呼びかける。
ガチャン。
音を立てて、鍵が開いた。
ヒューが扉を開く。
「キアヌ様、お入りください」
「ありがとう、ヒュー」
キアヌはそっと部屋に足を踏み入れた。
部屋には、大きなデスクと、本棚、ベッドがあった。デスクの上には書類が散乱し、床には本が山積みになっている。
そして、布団の上に、ボサボサの髪をしたパジャマ姿のアーノルドが腰掛けていた。
「キアヌ……」
「アーノルド兄さま……」
兄弟はしばらく見つめ合った。
先に口を開いたのは、アーノルドだった。
「すまない、散らかっていて……。ここ最近忙しくてな……。今は、仮眠をとっていたんだ」
キアヌはベッドに向かって駆け出し、アーノルドにぎゅっと抱きついた。
「会えて嬉しい」
「俺もだ。よく来たな」
アーノルドはキアヌの頭を優しく撫でた。
「僕、兄さまに話したいことがあるんだ」
「そうか……今、着替える。少し待ってろ」
アーノルドはさっと着替えを済ませ、長い黒髪を結い上げた。
「兄さま、髪結うの相変わらず下手だね」
「……そうか」
アーノルドが少しシュンとした顔をする。
「僕が結ってあげる」
キアヌがそう言って、デスクの上に置かれていた櫛を手に取った。
小柄なキアヌと違って背の高いアーノルドは、キアヌが髪を梳かしやすいように、椅子に腰を下ろした。
「小さい頃も、よくこうして髪を結ってあげたよね」
「そうだな」
2人はそんな会話をして微笑み合う。
平和だ……。
髪を結い終わると、アーノルドの案内で、俺たちは応接間に移動した。
黒いカーペットが敷かれたその部屋には、玉座が奥に置かれ、壁にキアヌの写真がかかっている。
「キアヌ、座ってみるか?」
アーノルドが玉座を指し示す。
王様がそんな簡単に玉座に人を座らせていいのか?
キアヌは遠慮もなしに玉座にポスンと座った。
「わー、リラックスできそうな椅子だね」
キアヌが全然ありがたみのない感じで玉座に座っていると、アーノルドは振り返ってヒューに命じた。
「ヒュー、キアヌに紅茶と菓子を持ってきてくれ。……ウィルもそこにいるのか?」
「いるぞー」
「僕の横にいるよ」
「ウィルの分の菓子も頼む」
「かしこまりました」
「それで……キアヌ、俺に話したいことというのは、何だ?」
キアヌは玉座から立ち上がってアーノルドに向き合った。
「僕……兄さまに、アリアンロッド王国への侵攻をやめてほしいんだ」
アーノルドは少し目を丸くして、キアヌを見つめた。
「兄さまが、魔眼を持つ僕のために、差別のひどいアリアンロッド王国をどうにかしようとしてくれてるのは知ってる。だけど、僕、兄さまと僕の一緒に過ごした故郷が滅びるのは嫌だよ」
キアヌはアーノルドを真っ直ぐ見据えた。
「だから……僕は、故郷を滅ぼさずに、兄さまと一緒にアリアンロッド王国を変えたい」
「キアヌ……」
アーノルドは不安そうな眼差しをキアヌに向けた。
「俺は……お前の気持ちも知らず、余計なことをしただろうか……」
すると、アーノルドの長い髪の隙間からじわっとスライムのような液体が溢れ出した。
「あっ、あっ、兄さまが溶けてる」
キアヌがあたふたしながらとりあえずアーノルドを玉座に座らせた。力が抜けたアーノルドの身体からスライム状の液体がドロドロと流れていく。
なんか、ハウルの動く城でこういうシーン、見たことあるぞ!
「……。俺は……お前が魔眼を理由にいじめられるのを見るのが、何よりも辛い……。アリアンロッド王国を滅ぼさずして、どうこの現状を打破できる……?」
そこに、ヒューが紅茶(おそらくアップルティー)とアップルパイを持って戻ってきた。
「魔王様……!アップルパイを……!」
キアヌがヒューからアップルパイを受け取り、アーノルドに食べさせた。
すると、アーノルドのスライム化が止まった。
「魔王様は、キアヌ様のことを心配しすぎると、溶けてしまうのです。ですが、アップルパイを食べると落ち着きます」
「そういえば、小さい頃もよく溶けてたよね」
「すまない……」
キアヌはアーノルドにアップルティーを差し出した。
「兄さまは、余計なことなんかしてないよ。りんご帝国の人たちはみんな幸せそうだったもん。兄さまはたくさんの魔法使いたちを救ってる」
「キアヌ……」
「それに、アリアンロッド王国に平和をもたらすのは、兄さまにしかできないよ」
「……?」
「僕は、アリアンロッド王国と、りんご帝国に、同盟を結んでほしいんだ」
キアヌの言葉を聞いて、アーノルドは顔を上げ、キアヌを見つめた。
キアヌは話を続けた。
「同盟を結んで、アリアンロッド王国に魔法使いの権利を認めてもらえるように持ちかけるんだ。その代わりに、りんご帝国が、アリアンロッド王国に侵攻しないこと、それに加えて何かアリアンロッド王国の利益になるようなことを提案する。きっとアリアンロッド王国は乗ってくるはずだよ」
キアヌ……いつも呑気そうにしてたのに、そんな真面目なこと考えてたのか……。
アーノルドはしばらく考え込んでいたが、やがて、キアヌに告げた。
「分かった。部下たちと話し合ってみよう」
それから数週間、俺とキアヌは、りんご帝国の城に客人として滞在していた。
その間に、アーノルドは軍の部下たちと話し合い、アリアンロッド王国への侵攻を中止する方向で話を固めた。
そして、キアヌは、アリアンロッド王国の国王宛てに手紙を出し、アーノルドがアリアンロッド王国の国王に謁見できるように取り計らった。
いよいよ魔王城到着から1ヶ月後、りんご帝国とアリアンロッド王国の同盟を結ばせるため、俺たちはアリアンロッド王国の城を訪ねることになった。
「アリアンロッド王国の城……遠いな」
「やれやれですね」
魔王城から出発し、俺たちは、アリアンロッド王国エトワール地区までやってきた。
アーノルドは一国の主であるにもかかわらず、旅のお付きはヒューだけだった。アリアンロッド王国に敵意がないことを示すために、アーノルドが自らそうしたのだ。
アーノルドがふと路地の前で立ち止まった。
「ここは……ヒューと俺が出会った場所だな」
「はい。懐かしいですね」
ヒューが路地を見て優しい表情を浮かべた。
「ここで、魔王様に喧嘩を売って、ボコボコにぶちのめされたんですよね……ですが、拳を交わしたあと、2人で食べたアップルパイの味は格別でした」
エピソードが全然優しくない……。
「せっかくだし、この路地を通って行こう」
キアヌの提案で、俺たちは狭い路地の中に入った。
路地には、幼い魔法使いの少年たちがたむろしていた。
「この子たちも、かつての私のように、居場所がないのかもしれませんね」
ヒューが寂しそうに呟く。
「表向きはきらびやかな王都だが、少し日陰を覗けば、荒んだ生活を送る魔法使いたちで溢れている……俺はその現状をどうにかしたい」
「そっか……。僕には、優しい兄さまや母さまがいてくれたけど、そうじゃない人たちもたくさんいるんだもんね……」
路地を抜けると、小さな教会が建っていた。
「あ、ここ、僕らが育った村にあった教会に似てるね」
「そうだな」
「魔王様とキアヌ様はシエル地区の生まれでしたよね。たしかに、教会が多い地区だと聞きます」
「うん、だから、その分女神信仰も根強くて、僕らは村人たちから避けられてたんだよね」
教会の前には、若者たちが集っていた。
若者たちは、一人の少年を取り囲んでいた。少年の顔には、魔法使いの紋章が刻まれている。
「おい、何してんだよ、このガキ」
「ぼ、僕、女神様にお祈りしようと……」
「魔法使いのガキが教会に入っていいわけねーだろうが。それに、何だそれは」
「こ、これは……女神様への献上品で……僕が育てた花です……」
若者たちは、少年から花を取り上げた。
「あっ……返してください……!!」
「魔法使いが育てた花なんて、汚らわしい」
若者のひとりが花を靴で踏みつけた。
「僕の花が……!!」
少年の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「帰れ、クソガキ、二度と来るんじゃねえ」
その瞬間。
アーノルドが若者の頭をガシッと掴んだ。
そして、いきなり地面に叩きつけた。
若者の顔面が地面にめり込む。
「二度と来るな……それはこっちのセリフだ」
「なっ……なんだテメー!!」
「貴様らの罪……悔い改めろ」
殴りかかってきた別の若者の頭に、アーノルドは軽くゲンコツを食らわせた。
すると、ドゴォッと若者が地面にめり込んだ。
さらに、後ろから襲いかかってきた別の若者にも、デコピンを食らわせた。
すると、若者は後ろに吹っ飛び、教会の壁をドガァンと破壊した。
「な、なんだこいつ……化け物か……!?」
「指先に魔力を少し込めただけだ」
次々と襲いかかってくる若者たちをアーノルドは軽く触っただけでいとも簡単にぶっ飛ばしていく。
あっという間に若者たちが地面や壁に全員めり込んでしまった。
アーノルドが手を結んで開くと、地面や教会の壁は元に戻り、若者たちの怪我も元通りになった。若者たちは怯えたように走り去っていった。
少年がアーノルドの元へ駆け寄ってきた。
アーノルドが少年の花を拾い上げると、萎れていた花は生気を取り戻した。
「お兄ちゃん、ありがとう!僕もお兄ちゃんみたいに強い魔法使いになりたい!」
少年がそう言うと、アーノルドはふっと笑って少年の頭を撫でた。
「兄さま、かっこいい……」
「魔王様、素敵です……」
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