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第10話 キアヌと水の勇者

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「すごい……」

 俺たちはたどり着いた島の様子を見て息を飲んだ。

 エメラルドグリーンの波が打ち寄せる白い砂浜。その中央に、キラキラしたカラフルな貝殻や魚のオブジェで彩られた、お城のような建物が建っている。

 まるで、おとぎ話に出てくるマーメイドの城だ。

「この綺麗な建物がダンジョンなのか……。景色もいいし、リゾート地みたいだな。どうりで人気のダンジョンのわけだ」

 ダンジョンの壁に触れると、湿っぽく、ほのかに潮の香りがした。

「さて、早速ダンジョン攻略といきますか」

 俺たちはダンジョンの中へと足を踏み入れた。


「緊張するなぁ……」

 ヴァーレンが地下に続く階段を下りながら不安そうに呟く。

「何言ってるんだヴァーレン!!ダンジョンの冒険!ワクワクするじゃないか!!」

 スアロがヴァーレンの背中をバシンと叩く。
 つるりとヴァーレンが足を滑らせた。

「うわああああっ」

 ヴァーレンが階段の下に転がり落ちそうになったそのとき。
 後ろから、シュルリと銀色の糸が伸びて、ヴァーレンの身体を優しく絡めとった。

「ご無事ですか」

 ヒューの糸がするりと解けて、ヴァーレンは階段に戻された。

「すみませんすみません!!僕なんかを助けていただいて……!」

 なんか、スアロとヴァーレンが加わって、一気に騒がしいパーティーになったな……。

 ダンジョンは内装も綺麗だった。
 階段のあちこちに珊瑚があって、壁には真珠が埋め込まれている。

 階段を下りると、広間になっていた。
 そこも、やはり、お城のように美しいのだが、ひとつ大きな問題点があった。

 床が海の底なのだ。

 広間の先には廊下があって、そっちは普通の道になっている。

 廊下に行くには水の上を渡らなきゃいけないってことか……。

「ど、どうしよう……僕の水魔法じゃ余計水浸しになるだけだよぅ……」

 ヴァーレンが涙目になりながら呟く。
 ヴァーレンは水を操る勇者らしい。

「オレに任せろ!!」

 スアロが赤い石のついた杖を振るうと、ボォッと広間に激しい炎が走った。
 炎が止むと、スアロはそっと水の中に手を入れた。

「うむ、温泉ができたぞ!!」
「だから何?」

 どうやら、スアロとヴァーレンは相当ポンコツな勇者らしい。

「……やれやれですね」

 キアヌは杖を振るって、海の上にポンポンと流氷を浮かべ、その上をピョンピョンと飛んで廊下へと渡った。

「みんなも早く来なよ」

「さ、さすがキアヌくん……!」
「見事だ、キアヌ!!」

 廊下に渡って、進んでいくと、再び広間が広がっていた。そこには、大量のスライムが待っていた。

「ひいぃぃぃ!!スライムだぁ!!」

 怯えるヴァーレンの足に、スライムが絡みついた。

「うわあああっすみませんすみません!!」

「えいっ」

 キアヌが杖を振るうと、スライムたちはみんな凍って動かなくなった。

「あ、ありがとうキアヌくん……」

「どういたしまして。先に進もう」

 広間の先は、分かれ道になっていた。

「探ってみましょう」

 ヒューはそう言うと、手から銀色の糸を何本も伸ばし、分かれ道の中に張り巡らせていった。傀儡を操るようにその手を動かすと、糸がピクピクと動いてうねる。

「ひいぃぃぃ!!糸がうねうねしてるぅ!!」

 こいつ、何にでもビクビクし過ぎだろ。

「うっせえな。こっちは集中してんだよ。ぶっ飛ばすぞコラ」

 ヒューが眼を飛ばすと、ヴァーレンはヒューの前にスライディング土下座した。

「ひいぃぃぃ!!すみませんすみません!!」

 その図はまさに、ヤンキーといじめられっ子だ。

「ヒュー、素が出てる」

「はっ……申し訳ありません……!」

「それで、何か分かった?」

「はい、キアヌ様。右の道は行き止まりになっているので、左の道が正解だと思います。が……、この感触、どうやら魔物が待ち受けているようです」

 俺はごくりと唾を飲んでキアヌを見た。

「左の道か……早速行ってみようぜ」

 道の中に入っていくと、ヒューの言う通り、魔物ドロダグが待ち受けていた。

「ど、どうしよう……!」

 ヴァーレンがキアヌの後ろに隠れる。

「今度こそ、オレに任せろ!!」

 スアロが杖を振るうと、赤い炎の龍が現れ、ドロダグにバグリと食らいついた。
 燃えていくドロダグの背後から、目玉に羽の生えた魔物……アイガルーガの群れがバサバサと飛び込んできた。
 スアロがまた杖を大きく振るうと、炎でできたフェニックスが舞い上がり、アイガルーガに向けて口から次々と炎を発射した。

 魔物たちはどんどん燃え尽きていった。

「すごいね、スアロくん……!」
「はっはっは!!」

「スアロのやつ、炎魔法の威力は半端ねーな……」

 俺が呟くと、

「いわゆる脳筋ってやつだね」

とキアヌが身も蓋もないことを言う。

「む!!また分かれ道になっているぞ!!」

「私の魔法の糸を辿って行きましょう」

 ヒューは道の中に糸を伸ばし、それを辿って歩き出した。

 ヴァーレンはキアヌの背中にしがみつきながら歩いていく。隠れヤンキーのヒューが怖いみたいだ。なんでこんなにビビリなヤツが勇者に選ばれたのか、不思議だ……。

 分岐点を迷うことなく進んでいくヒューについていくと、やがて、床に海が広がる空間にたどり着いた。天井には美しい魚たちの絵が描かれていて、向こう岸には、大きな扉がある。扉は化石のように白く、古びていた。

「この海を凍らせて、向こう岸に渡ればいいのかな?」

 キアヌが海に向かって杖を振るおうとすると、ザパァと飛沫を上げて、ひとりの少女が海の中から現れた。

「うわあああっ」

 ヴァーレンが驚いて尻餅をつく。
 少女はそれを見てクスクスッと笑った。その少女の足は人間ではなく、魚のひれになっていた。

「キアヌ、この子、人魚だぜ!しかも、美少女だ!!」

 人魚は俺を見ると、ふふっと優しく微笑んだ。

「か、かわいい……」

 俺が見惚れている間に、人魚は話を始めた。

「私はこの扉の番人。立派な魔物ハンターになるには、ただ強いだけではダメ。賢さが重要よ。そこで、あなたたちにクイズを出すわ」

「クイズだと!?オレの得意分野じゃないか!!」

 スアロがそう言うが、絶対ウソだろ。

「正解すれば、この扉の鍵をあげる。だけど、不正解なら……この海に引きずりこんじゃうわよ」

「ひっ、引きずり込む……!?」


「ふふっ。それでは、クイズです。海に沈んだのに、海の中を探してもないものはなーんだ?」


「そんなものは、ない!!」
「ちょっとは考えろ!」

 俺のツッコミはスアロには届かない。

「海に沈んだのに、海の中にはないもの……何だろう……」

 キアヌが首を傾げる。

「人間……ではないですよね。死体が残りますし」

 ヒューがさらっと怖いことを言う。

「こ、これ、なぞなぞじゃないかな……?」

 ヴァーレンが恐る恐る口にする。

「こ、ことば遊びみたいな……。たとえば、『沈んだ気分』って言うことがあるけど、実際にどこかに気分が沈んでるわけじゃないでしょ……?だから、『海に沈む』って言い方をするものを探せばいいんじゃないかな……?」

「……。へぇ、なるほどー」
「キアヌ、お前わかってないだろ」

 俺たちが悩んでいると、人魚が急かしてくる。

「早く答えないと、日が暮れちゃうわよ」

「だから、そんなものは、ない!!」
「お前は黙ってろ!」

 俺のツッコミはスアロには届かない。

「日が……暮れる……」

 その言葉がヴァーレンを閃かせた。

「あっ、キアヌくん!!」

「どうしたの?」

「僕、わかったよ!海に沈んでも、海の中にないもの……答えは夕日だ!」

「あー……なるほどなるほど。たしかに、夕日は沈むけど、海の中にはないね」

 キアヌは人魚に問いかけた。

「人魚さん、正解は、夕日ですか?」

 俺たちは息を飲んで人魚を見つめた。


「正解よ!約束通り、鍵をあげるわ!」


「やったー」
「やったね、キアヌくん……!」
「君のおかげだよ。ありがとう」

 キアヌにそう言われて、ヴァーレンは嬉しそうに笑った。

 人魚はヴァーレンに向けて白い鍵を放り投げた。

「うわあっ」

 ヴァーレンが慌てて鍵をキャッチする。

「あなたたちは賢い冒険者ね!おめでとう!」

 人魚はそう言い残して、海の中へと姿を消した。

「よし、先に進もう」

 キアヌがまた海の上に流氷を浮かべる。

 流氷の上を渡り、俺たちは扉の前に立った。
 ヴァーレンが扉に鍵を差し込み、震える手で開く。

 すると、また床が海になっている空間が広がっていた。
 その向こう岸に、宝箱が置かれている。

「グオオオオ」

 凄まじい声を上げて水の底から海に住む巨大な魔物……アジェンが出てきた。

「ひゃあああああああっ!!」

 ヴァーレンが絶叫しながら杖をブンッと振り下ろす。ドゴオオオオッと杖から大量の水が一直線に発射された。

「ギヤアアアア」

 アジェンが水圧で天井まで吹っ飛ばされ、押し潰されて消滅した。アジェンの消滅した跡から、光り輝く鍵が落ちてきた。

「わあああああっ」

 ヴァーレンは落ちてくる鍵を取ろうとしてピョーンとジャンプした。
 そこは、海の上。
 キアヌがすぐに杖を振るって、海を凍らせた。
 ヴァーレンは氷の上に落下し、尻餅をついた。

「いてて……。ありがとう、キアヌくん。鍵をゲットしたよ……!」
「わーい」

 俺はヴァーレンを呆然と見ていた。
 ヴァーレンのやつ、性格はビビリだが、賢いし、水魔法の威力も半端ない。
 なんで勇者に選ばれたのか、やっとわかった気がする。

 ヴァーレンは宝箱に鍵を差し、パカリと開けた。

 中には、雫のような形をした宝石と一枚の紙が入っていた。

 紙には、『ダンジョン攻略証明石。この石は、女神アクエリアスのダンジョンを攻略したことを証明する宝石です。この石は、魔物ハンターの資格として使用することができます』と書かれていた。

「ダンジョンクリアだ……!」

「やったー」

「僕、ダンジョンクリアなんて、初めてだよ……!」

 ヴァーレンが感激して涙目になりながらキアヌの手を握る。

「その石は、アクエリアスに守護されてる君が持ちなよ」

「うむ、オレもそれが良いと思うぞ!!」

「いいの……?ありがとう、キアヌくん、スアロくん……!」

 キアヌたちが喜びを分かち合っていると。

「キアヌ!」

 そう呼ぶ声がして、キアヌの魔法の杖からジェミニが現れた。

「ダンジョンクリアおめでとう!友達が増えたみたいで良かったな」

「スアロとヴァーレンは友達……ってことでいいのかな?まあ、いっか」

「さて、お前のレベルはこれで270まで上がった。レベル300越えまであと少しだ」

「おお、すごいじゃねーか、キアヌ!」

「あとは、地道に魔物退治や鍛錬をしつつ、魔王城を目指してもらうぞ」

「いよいよ魔王城か……」

 キアヌは嬉しそうにふっと笑った。

「やっと兄さまに会いに行けるんだね」

「オレたちはまだ別のダンジョンの攻略を続けるから、ここでお別れだな、キアヌ!!」

「そうなんだ。頑張って」

 相変わらず、キアヌ、スアロに対して素っ気ないな。

「キアヌくん……君と友達になれて良かったよ」

 寂しそうに笑うヴァーレンの手を、キアヌは優しく握り返した。

「僕もそう思う」


 俺たちはスアロやヴァーレンと別れ、魔王城目指して出発した。

「ヴァーレン、面白いヤツだったな」
「僕が処さなかった勇者、初めてだね」
「残る勇者はあと一人か……」
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