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第4話 キアヌと雷の勇者
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「初めまして。お待ちしておりました、キアヌ様」
ダンジョンの前には、癖毛の白い髪にグリーンの瞳をした青年が立っていた。紺色っぽいローブのような衣装を身に纏っている。彼の最大の特徴は、顔に花のような紋章が刻まれていることだ。つまり……彼は魔法使いということである。
「どなたですか?このダンジョンの案内人とかですか?」
「いえ、ダンジョンの案内人ではありません」
「えー……じゃあ、誰だろう……」
「あれじゃねーか?ジェミニが言ってた、アーノルドの側近!」
俺がキアヌに囁くと、キアヌはハッとして、
「アーノルド兄さまの側近の方ですか」
と聞き直した。
「そうです。ヒュー・オーロベルディと申します」
「やった。正解だ」
「アーノルドの側近が、キアヌに何の用だ?」
と聞いてみるが、俺の声は届かない。
そりゃそうだ。俺はキアヌにしか見えてないんだから。
「兄さまの側近の方が、僕に何の用ですか?」
キアヌが俺の代わりに尋ねる。
「魔王様のご命令により、本日からキアヌ様のお供をさせていただくことになりました」
「え?」
「は?」
キアヌと俺が同時に首を傾げる。
「魔王様は、キアヌ様のことを大変心配されているようで、私にキアヌ様の旅の補佐をするようにと命じられました。本来は、魔王様がご自身でキアヌ様の元へ伺いたかったそうですが、魔王様には魔王としての責務がある故、こうして私が代理を……」
いやいやいや。魔王討伐を命じられた勇者の旅に魔王の代理が同行したらおかしいだろ。
「つまり、君は、僕の味方ってこと?」
「はい」
「そっか。じゃあ、よろしくね。ヒューって呼んでいい?」
「おいーーーっ!!キアヌ、お前、すんなり受け入れすぎだろ!!」
「え、何、ウィル、なんか文句あるの」
「そいつが信頼できるヤツか、まだ分かんねーだろうが!」
俺たちが言い合っていると。
「そこに、悪魔がいらっしゃるんですか?」
とヒューが聞いた。
「うん。ウィルって言うの。僕の友達」
「そうなんですか。よろしくお願いいたします。ウィル様」
ヒューは俺に向かって恭しく頭を下げた。
「ウィル……さま……?」
俺は激しく動揺した。
俺は人間から嫌われている悪魔だ。それに、キアヌからも日々ぞんざいに扱われている。そんな俺のことを、ウィル様だと……?
悪くない気分だ!
「おお、よろしくな!」
「ウィルも『よろしく』って言ってる」
「そうですか。良かったです」
「よし、早速、ダンジョンの中に入ろうよ」
ダンジョンのガラスのような外壁は、触れてみると、氷のように冷たかった。
入口はトンネルのようになっていて、白い階段が地下へと繋がっている。
俺たちはそっとダンジョンの中に足を踏み入れた。
「なんか、涼しいね」
中は、ひんやりとした空気に満ちていた。
「気をつけろよ、キアヌ。お前、小さい頃からよく階段で転んでただろ」
「大丈夫だよ。僕ももうそんなに子供じゃないし」
と、言ったその直後。
つるりとキアヌが足を滑らせた。
「あっ」
キアヌが階段の下に転がり落ちそうになったそのとき。
キアヌの後ろから、シュルリと銀色の糸が伸びて、キアヌの身体を優しく絡めとった。
「ご無事ですか、キアヌ様」
見ると、ヒューの手元から、何本もの糸が伸びていた。
「うん……ありがとう」
ヒューの糸がするりと解けて、キアヌは階段に戻された。
「それ、ヒューの魔法?すごいね」
「そんな……恐縮です。こんな魔法ばかり使っているせいで、幼い頃から気味悪がられていたんです」
「気味悪くなんてないよ。ヒュー、かっこいいよ」
珍しく生気のある目で詰め寄るキアヌに、ヒューは照れ臭そうに顔を赤らめた。
「彼、ウィルより優秀なんじゃない?」
「うるせーよ。お前こそ、もっと注意して歩け」
俺たちがまた言い合っていると、ヒューが不思議そうに尋ねた。
「ウィル様、どうかされたんですか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと拗ねてるだけ」
「拗ねてねーよ!」
俺たちは再び階段を下り始めた。
「ねぇ、ヒューは兄さまに仕えてるんだよね?兄さまは元気?」
「ええ。毎日りんご帝国の主として、立派に軍を指揮しておられます」
「そっか、良かった。ヒューは兄さまのこと、どう思う?」
「凛としていて、とても美しい方だと思います」
「ヒューもそう思う?兄さまはとってもかっこいいんだ」
「はい。魔王様は、私の憧れの方です」
俺はキアヌとヒューの会話をしばらく黙って聞いていた。
このヒューって男は、魔王の側近って割には、なんというか……ふわふわしている気がする。
まあ、キアヌにとってはその方が話しやすいか。
「いやぁ、僕、ヒューとは仲良くなれそうだよ」
「そりゃ、良かったな」
階段を下り終えると、そこには氷でできたロビーが広がっていた。
ロビーの先は、いくつもの分かれ道になっていた。
「これ、どの道が正解だろう?」
「ダンジョンって言うだけあってほんとに迷路みたいになってるんだな……」
「悩んでても仕方ないし、とりあえず端っこの道から入ってみる?」
ずんずん進んで行こうとするキアヌをヒューが引き留めた。
「お待ちください、キアヌ様。私が探りを入れてみます」
ヒューはそう言うと、再び手から銀色の糸を何本も伸ばし、全ての道の中に張り巡らせていった。傀儡を操るようにその手を動かすと、糸がピクピクと動いてうねる。
「どう?何か分かった?」
「おかしいですね……」
ヒューは出した糸をするすると引っ込めた。
「全ての道に、スライムが5体ずついます。しかし……どうやら、全ての道が行き止まりです」
「えっ?全部行き止まりなの?」
「はい、一体どういうことでしょうか……」
「うーん……まさか、このダンジョンがスライム天国ってわけじゃあるまいし……迷宮って言うからには、ゴールがどこかにあるはずだよね」
ヒューとキアヌが頭を悩ませていると、突然ピカッと青白い閃光が走って、キアヌへと向かっていった。
キアヌは咄嗟に氷の壁を作ってそれを弾き返した。
振り返ると、青い石のついた黒い魔法の杖を持った少年がいた。
少年の歳は12、3歳といったところで、色素の薄い短髪に、ヨレヨレの白いシャツにジーンズという服装だった。
跳ね返された閃光をかわすと、少年はキアヌに向かって杖で殴りかかってきた。
少年の持つ杖が雷を纏い、バチバチと音を立てた。
キアヌは自分の腕に氷を纏わせ、少年の杖を片腕で受け止めた。そして、もう片方の腕で少年の足を狙って杖を振るう。
キアヌの杖が氷を放ちながら少年の足に当たりそうになると、少年は素早く飛び退いてキアヌから距離をとった。
「氷の勇者……厄介な野郎だぜ。オレの雷魔法が弾かれる」
「……君は誰?」
「オレはロロ。女神レオに選ばれた勇者だ」
そう言うと、ロロと名乗った少年は、杖をビシッとキアヌに向けた。
「キアヌ。オレはここであんたを倒す」
ロロは、杖を大きく振り上げた。
ゴゴゴ……と、天井辺りに大きな光の玉が現れた。
「キアヌ……これ、まずいんじゃねーか!?」
光の玉から、青い稲妻が走った。
キアヌが俺たちの周りに大きな氷のバリアを張った。
ものすごい威力の雷を受けて、バリアにじわじわとひびが入り始める。
キアヌの首に汗が滲む。
「こいつ……俺たちを本気で殺す気か!?」
キアヌはぐっと杖に力を込めた。
「大丈夫だよ、ウィル。そうはさせない。僕が今からあいつを処す」
杖が水色の光を放つと、円形だったバリアがウニのようなトゲトゲした形に変形した。
その棘が、バリアから外れ、ロロにめがけて発射された。
ロロは飛んできた氷の棘をロビーを駆けて避けた。
氷の棘を避けるのに気をとられたからだろう、稲妻の勢いが少し弱まった。
氷のバリアからキアヌが一人飛び出した。
光の玉からキアヌへと雷が落とされた。
キアヌにその光が触れそうになるのと同時に、キアヌの身体を氷の鎧が包んだ。
キアヌの杖から氷が地面に放たれ、ロロの足を絡めとった。
雷がキアヌの鎧を突き破ろうとし、氷がロロの杖を包もうとする。
キアヌが再び杖を振るった。
雷を受け、氷の鎧にひびが入る。
一気にロロの手足が氷漬けにされた。
氷の鎧がパリンと弾けた。
同時に、雷も止んだ。
キアヌは小さく息を吐いた。
「危なかった……」
「くそ……っ、魔法を解け……っ」
「その前に、質問させてよ。どうして急に僕を攻撃してきたの?僕が魔眼の持ち主だから?」
「は?ちげーよ。そんなのどうでもいい」
「じゃあ、どうして?」
「オレは……」
ロロは切実な表情で叫んだ。
「オレは、金が欲しいんだよ!!」
「金……?」
「オレは、どの勇者よりも早く魔王を倒して、報酬を手に入れるんだ……。ウチは貧乏だからな……。母ちゃんのために、何としても、金を手に入れる」
「そっか……。君は、すごくお母さん想いなんだね。それじゃあ……もし僕がこの国に平和をもたらすことができたなら、その報酬は君にあげる。僕は報酬目当てで勇者になったわけじゃないし」
「だったら、あんたは何のために勇者になったんだよ」
「僕は、魔王を『討伐』せずに、この国に平和をもたらしたいんだ」
「そんなことできるわけねーだろ……」
「きっとできるよ。僕は魔王の弟だから。僕は、兄さまに会って、故郷のアリアンロッド王国を滅ぼさなくても、兄さまの理想を実現する方法を探したいんだ。そのために、兄さまを倒そうとする勇者は全員ぶちのめす」
「あんた、変わってるな……」
「よく言われる」
キアヌはふっと笑みを浮かべた。
ロロを拘束する氷が溶けていった。
「まだ手足が冷えてると思うから、温めた方がいいよ。お互い、頑張ろうね。じゃあ、僕は先にゴールを目指すね」
「ああ……オレ、もうちょっと休んでから先に進むよ」
ロロは力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「それで、ゴールってどこにあるんだ?」
俺が尋ねると、キアヌが
「そう、それが問題だよね」
と、呑気な声で言う。
「一体このダンジョンはどうなってんだ……?」
俺が溜め息を吐きながら、壁にもたれたそのとき。
「うおっ!?」
ガタン、と音がして、俺の寄りかかっていた壁が奥にズズズ……と動いた。
「こ、これは……」
そこに現れたのは、一本の薄暗い通路だった。
「隠し通路だ……!」
「すごいじゃん。ウィル、お手柄だよ」
「早速、行ってみようぜ」
俺たちは、隠し通路の中を進んで行った。
すると……突然、天井から次々と氷柱が降ってきた!
「やべえ!!キアヌ、ヒュー、走れ!!」
氷柱の落ちてくる通路を走り抜けると、再びロビーのような場所が広がっていた。
そして、そこには、巨大な魔物が待ち構えていた。
恐竜のような巨体に、鋭い牙……中級魔物ドロダグだ。
「こいつは僕が倒すよ」
キアヌが杖を構えた。
すると、そこにバサバサとコウモリほどの大きさの何かの群れが飛び込んできた。
大きな目玉に羽根が生えているだけという見た目をした魔物……アイガルーガの群れだった。
「私に任せてください」
ヒューが手から糸を放つと、大きな蜘蛛の巣がロビー中に張り巡らされ、アイガルーガの群れは引っかかって、動けなくなった。
「キアヌ様、今のうちにドロダグを倒してください」
「あっ、うん」
キアヌが杖を振り下ろすと、氷の剣がドロダグにグサリと突き刺さり、ドロダグは「グオオオ」とおぞましい呻き声を上げながら倒れた。
続けてキアヌが杖を振ると、何本もの氷柱が発射され、アイガルーガに突き刺さった。
ドロダグとアイガルーガの群れは、ダイヤモンドのような光に包まれ、シュウウ……と消滅した。
「さすがキアヌ!余裕だったな!」
「でも、まだゴールじゃないみたいだね」
ロビーの先に、またいくつもの分かれ道があった。
ヒューがまた糸を伸ばして探り出す。
「これ、またどうせ全部スライム天国だろ」
「キアヌ様。全ての道がスライム天国です」
俺とヒューがハモる。
「またどこかに隠し通路があるのかぁ……やれやれですね」
「しょうがねーなぁ。俺が隠し通路を探してやるよ」
「ウィル、そんなことできるの?」
「たまには俺にも活躍させろ」
俺は、悪魔の言葉で呪文を唱え、地面に大きな黒い魔法陣を描いた。
魔法陣から黒い線が放射状に広がっていき、その線はくねくねと動いて一つに交わっていく。
その線はやがて、矢印となり、一つのポイントを指し示した。
それは、床の一番隅だった。
「あそこだ」
よく見ると、床の一部が扉になっている。
「でも、鍵がかかってるな……」
「あっ、天井のシャンデリアに鍵がぶら下がってるよ」
「俺がとってやるよ」
俺はふわりと飛び上がってシャンデリアに引っかかっている鍵を掴んだ。
「ありがとう、ウィル。これで、先に進めるね」
キアヌは鍵を床の扉に差し込んだ。
扉を開くと、地下に続く階段があった。
俺たちはゆっくりと階段を下りていった。
階段の先には、ドロダグよりもさらに大きな魔物が待ち受けていた。上級魔物、ボルギオだ。
その先に、銀色の装飾がなされた宝箱が置かれている。
どうやら、ボルギオを倒したらクリアということらしい。
キアヌは杖を握ってボルギオに向き合った。
ボルギオは雄叫びを上げて、ゴリラのように大きな拳をキアヌへと振り下ろした。
「キアヌ!!」
俺はさっとキアヌを抱えて飛んでその拳を避けた。
「ありがとう、ウィル」
俺が手を離すと、キアヌは杖を振るった。
キアヌの足元から凍っていき、氷の足場が造られた。
キアヌは足場を駆け上がり、ボルギオの首元まで近づいた。
キアヌが氷の剣でボルギオの首を斬ろうとしたとき。
ボルギオがグワァァと口から炎を吐いた。
キアヌは咄嗟に炎を氷の剣で反射させた。
ボルギオは自分の炎が自分の顔に当たって悶え苦しみ出した。
その隙にキアヌは氷の剣を振り下ろした。
しかし、ボルギオの固い皮膚はそう簡単には斬れない。
キアヌは杖を振り、ボルギオの全身を氷で覆い尽くした。
キアヌがぐぐっ……と杖に力を込めると、冷気がこっちにも吹きつけてきた。
氷漬けにされたボルギオは、やがて、動かなくなった。
凍死したようだ。
ボルギオもやはりダイヤモンドのような輝きに包まれて消滅した。
その輝きの中から鍵がポトリと落ちてきた。
「キアヌ、きっと宝箱の鍵だぜ。開けてみろよ」
「うん」
キアヌは宝箱に鍵を入れてひねった。
パカリと宝箱が開いた。
中には、氷の結晶の形をした宝石と一枚の紙が入っていた。
紙には、『ダンジョン攻略証明石。この石は、女神ジェミニのダンジョンを攻略したことを証明する宝石です。この石は、魔物ハンターの資格として使用することができます』と書かれていた。
「やったー」
「おめでとうございます、キアヌ様」
「やったな、キアヌ!これでお前もめでたく魔物ハンターだぜ!」
「いや、僕、勇者だけど……」
俺たちが喜びを分かち合っていると。
「キアヌ!」
そう呼ぶ声がして、キアヌの杖からジェミニが現れた。
「よくやったな。私の作った迷路を攻略されたのは少し悔しいが、ダンジョンクリアだ。そして……」
ジェミニは、ヒューに目をやった。
「お前が、ヒューだな。キアヌのことをよろしく頼むぞ」
「ジェミニが『キアヌをよろしく頼む』って言ってる」
とキアヌが通訳する。
ジェミニは女神なので、女神の使徒である勇者と、悪魔といった人外にしか見えないのだ。
「はい。誠心誠意、キアヌ様をお守りいたします」
「ウィルと違っていいヤツそうだな」
「うるせー、アホ女神」
「誰がアホだ。貴様、処す」
「ちょっと、2人とも、喧嘩しないでよ。ほら、見えてないからヒューが困ってるじゃん」
キアヌが宥めると、ジェミニは我に返ったように真面目な顔に戻った。
「そうだ、キアヌ。お前のレベル上げはこれで終わりではない。早速次のダンジョンに行ってもらうぞ」
「えー、もう次?」
「次のダンジョンは、女神ライブラが造ったダンジョンだ」
ダンジョンの前には、癖毛の白い髪にグリーンの瞳をした青年が立っていた。紺色っぽいローブのような衣装を身に纏っている。彼の最大の特徴は、顔に花のような紋章が刻まれていることだ。つまり……彼は魔法使いということである。
「どなたですか?このダンジョンの案内人とかですか?」
「いえ、ダンジョンの案内人ではありません」
「えー……じゃあ、誰だろう……」
「あれじゃねーか?ジェミニが言ってた、アーノルドの側近!」
俺がキアヌに囁くと、キアヌはハッとして、
「アーノルド兄さまの側近の方ですか」
と聞き直した。
「そうです。ヒュー・オーロベルディと申します」
「やった。正解だ」
「アーノルドの側近が、キアヌに何の用だ?」
と聞いてみるが、俺の声は届かない。
そりゃそうだ。俺はキアヌにしか見えてないんだから。
「兄さまの側近の方が、僕に何の用ですか?」
キアヌが俺の代わりに尋ねる。
「魔王様のご命令により、本日からキアヌ様のお供をさせていただくことになりました」
「え?」
「は?」
キアヌと俺が同時に首を傾げる。
「魔王様は、キアヌ様のことを大変心配されているようで、私にキアヌ様の旅の補佐をするようにと命じられました。本来は、魔王様がご自身でキアヌ様の元へ伺いたかったそうですが、魔王様には魔王としての責務がある故、こうして私が代理を……」
いやいやいや。魔王討伐を命じられた勇者の旅に魔王の代理が同行したらおかしいだろ。
「つまり、君は、僕の味方ってこと?」
「はい」
「そっか。じゃあ、よろしくね。ヒューって呼んでいい?」
「おいーーーっ!!キアヌ、お前、すんなり受け入れすぎだろ!!」
「え、何、ウィル、なんか文句あるの」
「そいつが信頼できるヤツか、まだ分かんねーだろうが!」
俺たちが言い合っていると。
「そこに、悪魔がいらっしゃるんですか?」
とヒューが聞いた。
「うん。ウィルって言うの。僕の友達」
「そうなんですか。よろしくお願いいたします。ウィル様」
ヒューは俺に向かって恭しく頭を下げた。
「ウィル……さま……?」
俺は激しく動揺した。
俺は人間から嫌われている悪魔だ。それに、キアヌからも日々ぞんざいに扱われている。そんな俺のことを、ウィル様だと……?
悪くない気分だ!
「おお、よろしくな!」
「ウィルも『よろしく』って言ってる」
「そうですか。良かったです」
「よし、早速、ダンジョンの中に入ろうよ」
ダンジョンのガラスのような外壁は、触れてみると、氷のように冷たかった。
入口はトンネルのようになっていて、白い階段が地下へと繋がっている。
俺たちはそっとダンジョンの中に足を踏み入れた。
「なんか、涼しいね」
中は、ひんやりとした空気に満ちていた。
「気をつけろよ、キアヌ。お前、小さい頃からよく階段で転んでただろ」
「大丈夫だよ。僕ももうそんなに子供じゃないし」
と、言ったその直後。
つるりとキアヌが足を滑らせた。
「あっ」
キアヌが階段の下に転がり落ちそうになったそのとき。
キアヌの後ろから、シュルリと銀色の糸が伸びて、キアヌの身体を優しく絡めとった。
「ご無事ですか、キアヌ様」
見ると、ヒューの手元から、何本もの糸が伸びていた。
「うん……ありがとう」
ヒューの糸がするりと解けて、キアヌは階段に戻された。
「それ、ヒューの魔法?すごいね」
「そんな……恐縮です。こんな魔法ばかり使っているせいで、幼い頃から気味悪がられていたんです」
「気味悪くなんてないよ。ヒュー、かっこいいよ」
珍しく生気のある目で詰め寄るキアヌに、ヒューは照れ臭そうに顔を赤らめた。
「彼、ウィルより優秀なんじゃない?」
「うるせーよ。お前こそ、もっと注意して歩け」
俺たちがまた言い合っていると、ヒューが不思議そうに尋ねた。
「ウィル様、どうかされたんですか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと拗ねてるだけ」
「拗ねてねーよ!」
俺たちは再び階段を下り始めた。
「ねぇ、ヒューは兄さまに仕えてるんだよね?兄さまは元気?」
「ええ。毎日りんご帝国の主として、立派に軍を指揮しておられます」
「そっか、良かった。ヒューは兄さまのこと、どう思う?」
「凛としていて、とても美しい方だと思います」
「ヒューもそう思う?兄さまはとってもかっこいいんだ」
「はい。魔王様は、私の憧れの方です」
俺はキアヌとヒューの会話をしばらく黙って聞いていた。
このヒューって男は、魔王の側近って割には、なんというか……ふわふわしている気がする。
まあ、キアヌにとってはその方が話しやすいか。
「いやぁ、僕、ヒューとは仲良くなれそうだよ」
「そりゃ、良かったな」
階段を下り終えると、そこには氷でできたロビーが広がっていた。
ロビーの先は、いくつもの分かれ道になっていた。
「これ、どの道が正解だろう?」
「ダンジョンって言うだけあってほんとに迷路みたいになってるんだな……」
「悩んでても仕方ないし、とりあえず端っこの道から入ってみる?」
ずんずん進んで行こうとするキアヌをヒューが引き留めた。
「お待ちください、キアヌ様。私が探りを入れてみます」
ヒューはそう言うと、再び手から銀色の糸を何本も伸ばし、全ての道の中に張り巡らせていった。傀儡を操るようにその手を動かすと、糸がピクピクと動いてうねる。
「どう?何か分かった?」
「おかしいですね……」
ヒューは出した糸をするすると引っ込めた。
「全ての道に、スライムが5体ずついます。しかし……どうやら、全ての道が行き止まりです」
「えっ?全部行き止まりなの?」
「はい、一体どういうことでしょうか……」
「うーん……まさか、このダンジョンがスライム天国ってわけじゃあるまいし……迷宮って言うからには、ゴールがどこかにあるはずだよね」
ヒューとキアヌが頭を悩ませていると、突然ピカッと青白い閃光が走って、キアヌへと向かっていった。
キアヌは咄嗟に氷の壁を作ってそれを弾き返した。
振り返ると、青い石のついた黒い魔法の杖を持った少年がいた。
少年の歳は12、3歳といったところで、色素の薄い短髪に、ヨレヨレの白いシャツにジーンズという服装だった。
跳ね返された閃光をかわすと、少年はキアヌに向かって杖で殴りかかってきた。
少年の持つ杖が雷を纏い、バチバチと音を立てた。
キアヌは自分の腕に氷を纏わせ、少年の杖を片腕で受け止めた。そして、もう片方の腕で少年の足を狙って杖を振るう。
キアヌの杖が氷を放ちながら少年の足に当たりそうになると、少年は素早く飛び退いてキアヌから距離をとった。
「氷の勇者……厄介な野郎だぜ。オレの雷魔法が弾かれる」
「……君は誰?」
「オレはロロ。女神レオに選ばれた勇者だ」
そう言うと、ロロと名乗った少年は、杖をビシッとキアヌに向けた。
「キアヌ。オレはここであんたを倒す」
ロロは、杖を大きく振り上げた。
ゴゴゴ……と、天井辺りに大きな光の玉が現れた。
「キアヌ……これ、まずいんじゃねーか!?」
光の玉から、青い稲妻が走った。
キアヌが俺たちの周りに大きな氷のバリアを張った。
ものすごい威力の雷を受けて、バリアにじわじわとひびが入り始める。
キアヌの首に汗が滲む。
「こいつ……俺たちを本気で殺す気か!?」
キアヌはぐっと杖に力を込めた。
「大丈夫だよ、ウィル。そうはさせない。僕が今からあいつを処す」
杖が水色の光を放つと、円形だったバリアがウニのようなトゲトゲした形に変形した。
その棘が、バリアから外れ、ロロにめがけて発射された。
ロロは飛んできた氷の棘をロビーを駆けて避けた。
氷の棘を避けるのに気をとられたからだろう、稲妻の勢いが少し弱まった。
氷のバリアからキアヌが一人飛び出した。
光の玉からキアヌへと雷が落とされた。
キアヌにその光が触れそうになるのと同時に、キアヌの身体を氷の鎧が包んだ。
キアヌの杖から氷が地面に放たれ、ロロの足を絡めとった。
雷がキアヌの鎧を突き破ろうとし、氷がロロの杖を包もうとする。
キアヌが再び杖を振るった。
雷を受け、氷の鎧にひびが入る。
一気にロロの手足が氷漬けにされた。
氷の鎧がパリンと弾けた。
同時に、雷も止んだ。
キアヌは小さく息を吐いた。
「危なかった……」
「くそ……っ、魔法を解け……っ」
「その前に、質問させてよ。どうして急に僕を攻撃してきたの?僕が魔眼の持ち主だから?」
「は?ちげーよ。そんなのどうでもいい」
「じゃあ、どうして?」
「オレは……」
ロロは切実な表情で叫んだ。
「オレは、金が欲しいんだよ!!」
「金……?」
「オレは、どの勇者よりも早く魔王を倒して、報酬を手に入れるんだ……。ウチは貧乏だからな……。母ちゃんのために、何としても、金を手に入れる」
「そっか……。君は、すごくお母さん想いなんだね。それじゃあ……もし僕がこの国に平和をもたらすことができたなら、その報酬は君にあげる。僕は報酬目当てで勇者になったわけじゃないし」
「だったら、あんたは何のために勇者になったんだよ」
「僕は、魔王を『討伐』せずに、この国に平和をもたらしたいんだ」
「そんなことできるわけねーだろ……」
「きっとできるよ。僕は魔王の弟だから。僕は、兄さまに会って、故郷のアリアンロッド王国を滅ぼさなくても、兄さまの理想を実現する方法を探したいんだ。そのために、兄さまを倒そうとする勇者は全員ぶちのめす」
「あんた、変わってるな……」
「よく言われる」
キアヌはふっと笑みを浮かべた。
ロロを拘束する氷が溶けていった。
「まだ手足が冷えてると思うから、温めた方がいいよ。お互い、頑張ろうね。じゃあ、僕は先にゴールを目指すね」
「ああ……オレ、もうちょっと休んでから先に進むよ」
ロロは力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「それで、ゴールってどこにあるんだ?」
俺が尋ねると、キアヌが
「そう、それが問題だよね」
と、呑気な声で言う。
「一体このダンジョンはどうなってんだ……?」
俺が溜め息を吐きながら、壁にもたれたそのとき。
「うおっ!?」
ガタン、と音がして、俺の寄りかかっていた壁が奥にズズズ……と動いた。
「こ、これは……」
そこに現れたのは、一本の薄暗い通路だった。
「隠し通路だ……!」
「すごいじゃん。ウィル、お手柄だよ」
「早速、行ってみようぜ」
俺たちは、隠し通路の中を進んで行った。
すると……突然、天井から次々と氷柱が降ってきた!
「やべえ!!キアヌ、ヒュー、走れ!!」
氷柱の落ちてくる通路を走り抜けると、再びロビーのような場所が広がっていた。
そして、そこには、巨大な魔物が待ち構えていた。
恐竜のような巨体に、鋭い牙……中級魔物ドロダグだ。
「こいつは僕が倒すよ」
キアヌが杖を構えた。
すると、そこにバサバサとコウモリほどの大きさの何かの群れが飛び込んできた。
大きな目玉に羽根が生えているだけという見た目をした魔物……アイガルーガの群れだった。
「私に任せてください」
ヒューが手から糸を放つと、大きな蜘蛛の巣がロビー中に張り巡らされ、アイガルーガの群れは引っかかって、動けなくなった。
「キアヌ様、今のうちにドロダグを倒してください」
「あっ、うん」
キアヌが杖を振り下ろすと、氷の剣がドロダグにグサリと突き刺さり、ドロダグは「グオオオ」とおぞましい呻き声を上げながら倒れた。
続けてキアヌが杖を振ると、何本もの氷柱が発射され、アイガルーガに突き刺さった。
ドロダグとアイガルーガの群れは、ダイヤモンドのような光に包まれ、シュウウ……と消滅した。
「さすがキアヌ!余裕だったな!」
「でも、まだゴールじゃないみたいだね」
ロビーの先に、またいくつもの分かれ道があった。
ヒューがまた糸を伸ばして探り出す。
「これ、またどうせ全部スライム天国だろ」
「キアヌ様。全ての道がスライム天国です」
俺とヒューがハモる。
「またどこかに隠し通路があるのかぁ……やれやれですね」
「しょうがねーなぁ。俺が隠し通路を探してやるよ」
「ウィル、そんなことできるの?」
「たまには俺にも活躍させろ」
俺は、悪魔の言葉で呪文を唱え、地面に大きな黒い魔法陣を描いた。
魔法陣から黒い線が放射状に広がっていき、その線はくねくねと動いて一つに交わっていく。
その線はやがて、矢印となり、一つのポイントを指し示した。
それは、床の一番隅だった。
「あそこだ」
よく見ると、床の一部が扉になっている。
「でも、鍵がかかってるな……」
「あっ、天井のシャンデリアに鍵がぶら下がってるよ」
「俺がとってやるよ」
俺はふわりと飛び上がってシャンデリアに引っかかっている鍵を掴んだ。
「ありがとう、ウィル。これで、先に進めるね」
キアヌは鍵を床の扉に差し込んだ。
扉を開くと、地下に続く階段があった。
俺たちはゆっくりと階段を下りていった。
階段の先には、ドロダグよりもさらに大きな魔物が待ち受けていた。上級魔物、ボルギオだ。
その先に、銀色の装飾がなされた宝箱が置かれている。
どうやら、ボルギオを倒したらクリアということらしい。
キアヌは杖を握ってボルギオに向き合った。
ボルギオは雄叫びを上げて、ゴリラのように大きな拳をキアヌへと振り下ろした。
「キアヌ!!」
俺はさっとキアヌを抱えて飛んでその拳を避けた。
「ありがとう、ウィル」
俺が手を離すと、キアヌは杖を振るった。
キアヌの足元から凍っていき、氷の足場が造られた。
キアヌは足場を駆け上がり、ボルギオの首元まで近づいた。
キアヌが氷の剣でボルギオの首を斬ろうとしたとき。
ボルギオがグワァァと口から炎を吐いた。
キアヌは咄嗟に炎を氷の剣で反射させた。
ボルギオは自分の炎が自分の顔に当たって悶え苦しみ出した。
その隙にキアヌは氷の剣を振り下ろした。
しかし、ボルギオの固い皮膚はそう簡単には斬れない。
キアヌは杖を振り、ボルギオの全身を氷で覆い尽くした。
キアヌがぐぐっ……と杖に力を込めると、冷気がこっちにも吹きつけてきた。
氷漬けにされたボルギオは、やがて、動かなくなった。
凍死したようだ。
ボルギオもやはりダイヤモンドのような輝きに包まれて消滅した。
その輝きの中から鍵がポトリと落ちてきた。
「キアヌ、きっと宝箱の鍵だぜ。開けてみろよ」
「うん」
キアヌは宝箱に鍵を入れてひねった。
パカリと宝箱が開いた。
中には、氷の結晶の形をした宝石と一枚の紙が入っていた。
紙には、『ダンジョン攻略証明石。この石は、女神ジェミニのダンジョンを攻略したことを証明する宝石です。この石は、魔物ハンターの資格として使用することができます』と書かれていた。
「やったー」
「おめでとうございます、キアヌ様」
「やったな、キアヌ!これでお前もめでたく魔物ハンターだぜ!」
「いや、僕、勇者だけど……」
俺たちが喜びを分かち合っていると。
「キアヌ!」
そう呼ぶ声がして、キアヌの杖からジェミニが現れた。
「よくやったな。私の作った迷路を攻略されたのは少し悔しいが、ダンジョンクリアだ。そして……」
ジェミニは、ヒューに目をやった。
「お前が、ヒューだな。キアヌのことをよろしく頼むぞ」
「ジェミニが『キアヌをよろしく頼む』って言ってる」
とキアヌが通訳する。
ジェミニは女神なので、女神の使徒である勇者と、悪魔といった人外にしか見えないのだ。
「はい。誠心誠意、キアヌ様をお守りいたします」
「ウィルと違っていいヤツそうだな」
「うるせー、アホ女神」
「誰がアホだ。貴様、処す」
「ちょっと、2人とも、喧嘩しないでよ。ほら、見えてないからヒューが困ってるじゃん」
キアヌが宥めると、ジェミニは我に返ったように真面目な顔に戻った。
「そうだ、キアヌ。お前のレベル上げはこれで終わりではない。早速次のダンジョンに行ってもらうぞ」
「えー、もう次?」
「次のダンジョンは、女神ライブラが造ったダンジョンだ」
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