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第12話
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「ベル!!」
ルシフの大声で、僕は目を覚ました。
身体の力が抜けた僕を、ルシフが後ろから支えてくれていた。
僕は奇妙な生温かい感触が気になって、自分の両手を見つめた。
血だらけなのに、手の傷は塞がっている。
手だけじゃない。服も血まみれだ。だけど、身体はどこも痛くない。
足下にも、血の池ができている。
そこに沈んでいたのは、得体の知れない塊だった。
「ルシフ……。魔女は……?」
僕が尋ねると、ルシフはそっと僕から手を離した。
「なんか、自滅した」
「見え透いた嘘はやめてくださいよ。これ、僕がやったんでしょう?」
ルシフはしばらく困ったように沈黙していた。
「魔女は……死んだんですか?」
僕の問いに、ルシフは答えなかった。
その代わりに返ってきたのは、「ごめん」という謝罪だった。
「呪いもある意味では俺が持つ力の一部だ。気がつかなかっただけで、今までもずっと共有されてきたんだろう。お前の手だけは汚させたくないって、思ってたのに……」
ああ、確信した。
ルシフははっきり言ってくれないけれど、やはり僕が、ルシフの呪いに呑まれて魔女を殺したんだ。
血の池に沈んだ塊が、魔女の黒いワンピースであることをふと理解した。
「それに、俺は暴れるお前を無理やり操ってねじ伏せた。契約を使って支配した。
怖かったんだ。正気を失ったお前が何か別の生き物に見えた。結局、俺は、魔族を所有物扱いするエデンの奴らと同じことをした。俺は自分の呪いを受け入れられなくて、俺を信じてくれたお前のことを裏切った」
それを聞いて、そんな馬鹿正直に吐露する必要があるのかと思った。黙っていれば僕は知らないままでいられるのに。
「最低ですね。軽蔑しますよ」
溜め息を吐く。
「僕にそう言って欲しいんでしょ。責められて傷つかないと、自分を許せないから。あんたって、本当に面倒くさい男ですよね」
図星を突かれたからかルシフは決まり悪そうに目を逸らしたが、僕は勝手に話を続けた。
「僕は罪を犯したことを後悔なんてしませんよ。やっとルシフと同じ世界に堕ちて来られたんですから」
ルシフは怯えたような目で僕を見ていた。
後戻りできないところに来てしまった。僕を穢れた場所に引きずり込んでしまった。この罪は拭えない。僕らは汚れたまま朽ちていく。そのことへの恐怖の表れに見えた。
「そんなに思い詰めないでください。ようやくルシフを傷つける奴が居なくなってくれたんですよ?これで僕らは誰にも邪魔されずにずっと一緒にいられるんです」
僕はルシフを見つめた。
返り血に塗れ、ボロボロになったルシフの姿を見て、不意に衝動に駆られた。
僕がルシフの背中にそっと腕を回すと、ルシフの息が一瞬ふっと止まるのが伝わってきた。
「なっ……、何だよ……」
ルシフは僕に抱きしめられたまま、ただ立ち尽くしていた。
僕の体温の方が高くて、ルシフの体温はほとんど感じられなかった。
感情がどっと押し寄せ、僕はルシフの服に顔を埋めた。
「あんたが、無事で良かった」
ルシフの心音がドクンと響き、ルシフの手が僕の背に触れた。その手は優しくて、柔らかくて、躊躇いがちに震えていた。
「ところで、魔女はどうしてあっさり僕に殺されたんですか?魔女の死体はどこにいったんですか?なんで僕ら、怪我が治ってるんですか?」
「怒涛の質問責めだな……。
魔女の身体は死んだあと、腐り落ちていったよ。何百年も生きてた魔女だからな。肉体も限界だったんだろう。
怪我が治ってるのは、お前が呪いを発動させたお陰で、魔力が高まったからだ。
魔女がどうして殺されたか……それは、俺にも解らない。あの女はベルが呪いに呑み込まれたとき、何の抵抗もしなかった。むしろ殺されることすら楽しんでいたように見えた。単にお前が憎しみに溺れる姿に興奮していたのか、本当に死にたがっていたのか……あの女は異常な思考回路をしてたからな」
「死んだと見せかけて実は生きてるパターンは……無いですよね?」
「それは、無い、と思う。多分……」
「自信ないんですか!?」
「自信なんかねーよ!!あの女の思考は本当に読めねーんだよ!!まあ……、万が一、生きてたとしても、相当弱体化してることは間違いないけどな……」
「そうですか……」
「ベル」
ルシフが僕の服をくいっと引っ張った。
その表情は不安げだった。
「俺は……」
ルシフの手に力が入る。
「俺は、もう、先生の魔力を使えない」
僕は唾を飲み込み、次の言葉を待った。
「女が死んだお陰で、俺自身の魔力は戻ってきた。でも、一度俺の身体を抜けた先生の魔力は馴染まなくなっちまった」
先生の形見である魔力が失われてしまったという辛い現実を突きつけられているのに、それほど僕の心が乱れることはなかった。
「俺には、もともと魔法以外に何もない。家事も苦手だし、人と関わるのも苦手だ。先生の魔力を失くした俺なんて、お前にとってはただのお荷物でしかない」
「えっ……珍しくネガティブですね」
「それでも」
ルシフの顔が熟した林檎のように赤く染め上がる。
「そ、それでも……俺はお前と、一緒にいたい……」
僕はそれを聞いて吹き出さずにいられなかった。
「なにそれ、今更……っ、まさか、先生の魔力が使えなくなったから自分は見捨てられる……とか思ったんですか!?」
「そういう訳じゃねえ……。お前は、俺を独りにしないって言ったからには、最期まで約束を守る男だろ……。そうじゃなくて、ただ、お前にこの先も迷惑をかけるのが、申し訳ないなと思っただけで……」
しどろもどろになっているルシフが面白くて仕方ない。
「大丈夫ですよ。僕はあんたのお世話するの、実は嫌いじゃないんです。ルシフを甘やかすことで、ああルシフはポンコツだな、という優越感に浸れるので」
「相変わらず最低だなお前……」
そんなことを言い合っていたとき、後ろから微かに足音がした。
「誰か来る……!」
僕らは咄嗟に身構えた。
そこに現れたのは魔法軍の制服を着たポニーテールの美少女。
アレクトだ。
「なんだ、これは……」
彼女は血の海となった屋敷を見て、呆然としていた。
「ベル君、ルシフ君……。この状況は一体……?そこに落ちている、女の服は……」
ルシフは迷うこともなく答えた。
「俺が殺した」
僕は心臓が止まりそうになった。
「違う!この女は僕が……っ」
「黙れ」
ルシフは片手で僕の首を絞め上げた。
「あっ……う……っ」
ルシフの目を見てぞっとした。
使い魔に命令を下す、主人の目だ。
ルシフに手を離されると、僕はその場に崩れ落ちて噎せ返った。
「俺が女を一人、ここで殺した。死んで当然の悪い魔女だったんで、荒っぽい殺り方をしちまったがな」
アレクトがルシフに向ける眼差しが疑惑と軽蔑へと変わっていった。
「ベル、行くぞ」
ルシフは僕を自分の背に負ぶった。
「待て!」
アレクトはルシフを捕まえようと手を伸ばしたが、ルシフが自分の周りにバリアを張る方が速かった。アレクトは跳ね返されて尻餅をついた。
ルシフはそのまま屋敷を出た。僕はルシフに背負われたまま、ルシフの服をぎゅっと握りしめた。
「どうして……」
どうしてあんな嘘を吐いたの……どうして僕を使い魔扱いしたの……。
分かるよ。僕を庇うためだろ?
でも、僕は、そんなこと頼んでない。
これからは、罪も苦しみも分け合って、一緒に生きていくんだって思っていたのに。
結局、そう思っていたのは僕だけだったの?
「ルシフの馬鹿……酷いよ」
「ああ……いくらでも責めてくれ」
「許さない……。ルシフなんか、大っ嫌いだ……」
僕はまたルシフの服に顔を埋めた。
ルシフの大声で、僕は目を覚ました。
身体の力が抜けた僕を、ルシフが後ろから支えてくれていた。
僕は奇妙な生温かい感触が気になって、自分の両手を見つめた。
血だらけなのに、手の傷は塞がっている。
手だけじゃない。服も血まみれだ。だけど、身体はどこも痛くない。
足下にも、血の池ができている。
そこに沈んでいたのは、得体の知れない塊だった。
「ルシフ……。魔女は……?」
僕が尋ねると、ルシフはそっと僕から手を離した。
「なんか、自滅した」
「見え透いた嘘はやめてくださいよ。これ、僕がやったんでしょう?」
ルシフはしばらく困ったように沈黙していた。
「魔女は……死んだんですか?」
僕の問いに、ルシフは答えなかった。
その代わりに返ってきたのは、「ごめん」という謝罪だった。
「呪いもある意味では俺が持つ力の一部だ。気がつかなかっただけで、今までもずっと共有されてきたんだろう。お前の手だけは汚させたくないって、思ってたのに……」
ああ、確信した。
ルシフははっきり言ってくれないけれど、やはり僕が、ルシフの呪いに呑まれて魔女を殺したんだ。
血の池に沈んだ塊が、魔女の黒いワンピースであることをふと理解した。
「それに、俺は暴れるお前を無理やり操ってねじ伏せた。契約を使って支配した。
怖かったんだ。正気を失ったお前が何か別の生き物に見えた。結局、俺は、魔族を所有物扱いするエデンの奴らと同じことをした。俺は自分の呪いを受け入れられなくて、俺を信じてくれたお前のことを裏切った」
それを聞いて、そんな馬鹿正直に吐露する必要があるのかと思った。黙っていれば僕は知らないままでいられるのに。
「最低ですね。軽蔑しますよ」
溜め息を吐く。
「僕にそう言って欲しいんでしょ。責められて傷つかないと、自分を許せないから。あんたって、本当に面倒くさい男ですよね」
図星を突かれたからかルシフは決まり悪そうに目を逸らしたが、僕は勝手に話を続けた。
「僕は罪を犯したことを後悔なんてしませんよ。やっとルシフと同じ世界に堕ちて来られたんですから」
ルシフは怯えたような目で僕を見ていた。
後戻りできないところに来てしまった。僕を穢れた場所に引きずり込んでしまった。この罪は拭えない。僕らは汚れたまま朽ちていく。そのことへの恐怖の表れに見えた。
「そんなに思い詰めないでください。ようやくルシフを傷つける奴が居なくなってくれたんですよ?これで僕らは誰にも邪魔されずにずっと一緒にいられるんです」
僕はルシフを見つめた。
返り血に塗れ、ボロボロになったルシフの姿を見て、不意に衝動に駆られた。
僕がルシフの背中にそっと腕を回すと、ルシフの息が一瞬ふっと止まるのが伝わってきた。
「なっ……、何だよ……」
ルシフは僕に抱きしめられたまま、ただ立ち尽くしていた。
僕の体温の方が高くて、ルシフの体温はほとんど感じられなかった。
感情がどっと押し寄せ、僕はルシフの服に顔を埋めた。
「あんたが、無事で良かった」
ルシフの心音がドクンと響き、ルシフの手が僕の背に触れた。その手は優しくて、柔らかくて、躊躇いがちに震えていた。
「ところで、魔女はどうしてあっさり僕に殺されたんですか?魔女の死体はどこにいったんですか?なんで僕ら、怪我が治ってるんですか?」
「怒涛の質問責めだな……。
魔女の身体は死んだあと、腐り落ちていったよ。何百年も生きてた魔女だからな。肉体も限界だったんだろう。
怪我が治ってるのは、お前が呪いを発動させたお陰で、魔力が高まったからだ。
魔女がどうして殺されたか……それは、俺にも解らない。あの女はベルが呪いに呑み込まれたとき、何の抵抗もしなかった。むしろ殺されることすら楽しんでいたように見えた。単にお前が憎しみに溺れる姿に興奮していたのか、本当に死にたがっていたのか……あの女は異常な思考回路をしてたからな」
「死んだと見せかけて実は生きてるパターンは……無いですよね?」
「それは、無い、と思う。多分……」
「自信ないんですか!?」
「自信なんかねーよ!!あの女の思考は本当に読めねーんだよ!!まあ……、万が一、生きてたとしても、相当弱体化してることは間違いないけどな……」
「そうですか……」
「ベル」
ルシフが僕の服をくいっと引っ張った。
その表情は不安げだった。
「俺は……」
ルシフの手に力が入る。
「俺は、もう、先生の魔力を使えない」
僕は唾を飲み込み、次の言葉を待った。
「女が死んだお陰で、俺自身の魔力は戻ってきた。でも、一度俺の身体を抜けた先生の魔力は馴染まなくなっちまった」
先生の形見である魔力が失われてしまったという辛い現実を突きつけられているのに、それほど僕の心が乱れることはなかった。
「俺には、もともと魔法以外に何もない。家事も苦手だし、人と関わるのも苦手だ。先生の魔力を失くした俺なんて、お前にとってはただのお荷物でしかない」
「えっ……珍しくネガティブですね」
「それでも」
ルシフの顔が熟した林檎のように赤く染め上がる。
「そ、それでも……俺はお前と、一緒にいたい……」
僕はそれを聞いて吹き出さずにいられなかった。
「なにそれ、今更……っ、まさか、先生の魔力が使えなくなったから自分は見捨てられる……とか思ったんですか!?」
「そういう訳じゃねえ……。お前は、俺を独りにしないって言ったからには、最期まで約束を守る男だろ……。そうじゃなくて、ただ、お前にこの先も迷惑をかけるのが、申し訳ないなと思っただけで……」
しどろもどろになっているルシフが面白くて仕方ない。
「大丈夫ですよ。僕はあんたのお世話するの、実は嫌いじゃないんです。ルシフを甘やかすことで、ああルシフはポンコツだな、という優越感に浸れるので」
「相変わらず最低だなお前……」
そんなことを言い合っていたとき、後ろから微かに足音がした。
「誰か来る……!」
僕らは咄嗟に身構えた。
そこに現れたのは魔法軍の制服を着たポニーテールの美少女。
アレクトだ。
「なんだ、これは……」
彼女は血の海となった屋敷を見て、呆然としていた。
「ベル君、ルシフ君……。この状況は一体……?そこに落ちている、女の服は……」
ルシフは迷うこともなく答えた。
「俺が殺した」
僕は心臓が止まりそうになった。
「違う!この女は僕が……っ」
「黙れ」
ルシフは片手で僕の首を絞め上げた。
「あっ……う……っ」
ルシフの目を見てぞっとした。
使い魔に命令を下す、主人の目だ。
ルシフに手を離されると、僕はその場に崩れ落ちて噎せ返った。
「俺が女を一人、ここで殺した。死んで当然の悪い魔女だったんで、荒っぽい殺り方をしちまったがな」
アレクトがルシフに向ける眼差しが疑惑と軽蔑へと変わっていった。
「ベル、行くぞ」
ルシフは僕を自分の背に負ぶった。
「待て!」
アレクトはルシフを捕まえようと手を伸ばしたが、ルシフが自分の周りにバリアを張る方が速かった。アレクトは跳ね返されて尻餅をついた。
ルシフはそのまま屋敷を出た。僕はルシフに背負われたまま、ルシフの服をぎゅっと握りしめた。
「どうして……」
どうしてあんな嘘を吐いたの……どうして僕を使い魔扱いしたの……。
分かるよ。僕を庇うためだろ?
でも、僕は、そんなこと頼んでない。
これからは、罪も苦しみも分け合って、一緒に生きていくんだって思っていたのに。
結局、そう思っていたのは僕だけだったの?
「ルシフの馬鹿……酷いよ」
「ああ……いくらでも責めてくれ」
「許さない……。ルシフなんか、大っ嫌いだ……」
僕はまたルシフの服に顔を埋めた。
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