世界と世界の狭間で

さうす

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第11話

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 眼下には地獄の様相が広がっている。
 自我を失い荒れ狂う群衆と、それを止めようと戦い続ける魔法使いたち。

「封印されし偉大なる魔導師の力よ、我に勝利の導きを」

 詠唱とともに、ルシフの身体を煌めく光が包み込む。

「行くぞ、ベル!」

 ルシフがホウキを握る手に力を込めると、ホウキは水晶のついた魔法の杖へと戻った。
 その杖をルシフは高く振り上げた。水晶が夕日のような輝きを放ち、バチバチッと音を立てた。
 水晶の放つ光線を目で辿ると、天空に巨大な魔法陣が出現していた。

 魔法陣から、紅い稲妻が走った。
 その閃光は枝分かれして、暴れる民衆たちだけを狙って落ちていった。その雷に打たれた人々が一瞬にして気を失い、バタバタと倒れていく。

 突然、敵が一掃され、戦いの最中だった第三部隊の少女たちは驚いたように頭上を見て、黒髪の少年が空から高速で落下してくる姿に、甲高い悲鳴をあげた。
僕はルシフが地面に叩きつけられる前に、手から出した蔓でルシフの身体を絡め取った。
 同時に、自分の変化を解き、翼をはためかせて再び高く舞い上がる。
 僕が蔓を引っ込めると、ルシフはまた杖をホウキに変えて乗り直した。

「この辺りのゾンビ共はひとまずやっつけたが……」

「向こうの街はまだゾンビで溢れかえってますね」

「くそ、想像以上に数が多いな……。もっと魔力を温存しないと……」

 そう言うルシフの額にはじんわりと汗が滲んでいる。体力の消耗も激しいらしい。

「というか……この街、見覚えあるな」

「イリスさんの家がある街ですよ。
 ……あっ!!」

「どうした?」

「あそこ、人が倒れてます……!!」

 そこは、煉瓦造りの小さな一軒家。イリスさんの家の目の前だった。

 血を流してぐったりしている人と、それを必死に介抱している青年の姿が見える。
 僕らがその近くまで飛んでいくと、その青年がふと顔を上げた。

「魔法屋……?」

 青年の顔も、右目の辺りが斬りつけられていて、血に塗れていた。その乱れた髪の隙間から覗く左目を見て、僕らはハッとした。

「レヴィ……!」

 ルシフと僕は急いで家の前に降り立った。

 すると、レヴィはいきなりルシフの足に縋り付いてきた。

「頼む……!助けてくれ……」

 王子としてのプライドを一切捨てた行動に、僕らはぎょっとした。

 そこに倒れていたのは、小柄で華奢な青年……アスだった。

「アス兄が、俺のせいで……っ、だけど……俺、まだ、足が、動かなくて……このままじゃ、アス兄が……」

 ルシフは狼狽えているレヴィをそっと引き離し、優しく肩を叩いた。

「落ち着け。お前の兄貴に何があったかは知らんが、死んでるって訳じゃねーんだろ。だったら、まだ間に合う」

 出血しているアスの腹部にルシフが触れると、陽だまりのような光がぽっと傷口を包み込んだ。

「これは……?」

 レヴィが不安げな表情でルシフに問う。

「応急処置だ。でも、傷が深すぎる。教会の神職に診てもらった方がいい。死にかけた俺たちを救ってくれたようだからな。治癒のスペシャリストなのは間違いない」

 ルシフはそう言うと、僕の方を振り返り、

「ベル、二人を教会に連れて行け」

と命令した。

「はい……でも、ルシフは?」

「俺は、こいつらをどうにかする」

 ルシフの視線の先には、自我を失った民衆が迫っていた。

「わかりました」

 僕はアスを抱き抱え、レヴィを背負って飛び上がった。

 ルシフが暴れ狂う人波の中に飲まれていくのを横目に見つつ、教会を目指して速度を上げる。

 身体の小さなアスだけならともかく、レヴィも一緒に運ぶとなると、さすがに僕でも結構しんどい。

「一体、何があったんですか?」

 僕が尋ねると、レヴィは弱々しい声で話し始めた。

「イリスが……、襲われてたんだ……」

「あのゾンビたちに?」

「ううん……シェム兄の部下に……」

「暴走した魔族ですね」

「それで、俺は……、イリスを守ろうと思って、戦った……んだけど……」

「その魔族にやられた、ってことですか?」

「違う……」

「え……じゃあ」

「俺の右目を潰したのは、イリスだ」

「えっ……!?」

「あのイリスは……もう、イリスじゃなかった……」

「それって……、つまり」

「俺は、彼女を守りきれなかったんだ……」

「イリスさんも、ゾンビ化しちゃったってことですか……!」

「イリスに、足を斬りつけられて……、動けなくなって……。俺は、そのまま、暴走したシェム兄の部下に殺されそうになって……。そしたら、アス兄が俺を助けようとして……、こんなことに……」

「なるほど……。経緯は分かりました」

 だけど、意外だ。
 アスがレヴィを庇うなんて。

 アスは普段から自分の弟に容赦ない罵倒や暴力を浴びせていたようだし、正直、自ら進んで人助けをするような柄でもないと思っていた。

 僕は力尽きて動かないアスを見遣った。

 僕の背にもたれるレヴィのことを、アスは虚ろな目で見つめていた。
 まだ、アスには微かに意識があるようだ。
 アスを抱える僕の腕にも、辛そうな呼吸が伝わってくる。
 急がないと……。
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